Kaijiro Masuda

"メタボセクシャル"の衣食日記(1)75歳が見せたファションへの情熱

増田海治郎

ファッションジャーナリスト

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 初日は全7ブランドを制覇した。そのなかから、13年ぶりのショーでその感性が微塵も錆び付いていないことを示した「タケオキクチ(TAKEO KIKUCHI)」、同じく80年代のDCブランド・ブームを牽引してきたアバハウス系の「5351プール・オム エ ラ・ファム(5351POUR LES HOMMES ET LES FEMMES)」、金子功の「ピンクハウス」が現代に蘇ったかのような「バイユー(byU)」の3ブランドを取り上げてみたい。テーマは"80年代の熱"である。

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1986年、私は埼玉の田舎の中学2年生だった。その頃のファッションといえば=DCブランドで、日本中が彗星のように現れた日本のファッションデザイナーたちの服に夢中になっていた。中学生のお小遣いでは買えるはずもなく、創刊したばかりのメンズ・ノンノ、今は廃刊してしまったチェックメイトなどの雑誌を通して、かれらの作る夢のような服を着ている自分を夢想する毎日だった。

 菊地武夫は、そのムーブメントの中心に君臨していた。スーツにハイネックのセーターかポロシャツを合わせ首元にはスカーフを巻くのがトレードマークで、学者のような知的な風貌が印象的だった。それから何年の月日が流れただろう。業界に入ってからお見かけすることはあっても、一度もちゃんとお話したことはなかった。だから、中学生のあの頃に戻ったように、正座するような気持ちでショーに臨んだ。

 ショーは愉快痛快であった。ロンドンの本物のルードボーイたちが、音に合わせて踊りながら楽しそうにランウェイを闊歩する。かれらが身につけている服は"ワールドの52週MD"とは無縁である。ジャケットを裏返しに着たり、ストライプをペンキで描いたり、服の上に落書きしたり、シャツをお腹の上でカットオフしたり......。自身でも印象に残っているという1985年のショーから大枠をピックアップし、それを現代的に再構築した洋服は、クオリティという観点で見れば特筆すべきものではないのかもしれないが、なにか得体の知れない熱みたいなものを発していた。ハリス・エリオット(3月20日からラフォーレ原宿で催される「RETURN OF THE RUDEBOY展」のキュレーター)との共同作業による自由なスタイリングも、現代ではなかなかお目にかかれないものだった。

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 80年代は今の大手アパレルがDCブランドを通して最先端を作ってきたわけが、それが90年代に入ってセレクトショップに代わり、今はそれを誰が担っているのかが分からない状況にある。きちんと週単位でMDを組めば売上が取れる時代はとうの昔に終わっている。誰もがそれをやって前年を超えられないのだから、次の手を考えるしかないのだ。75歳の菊地の挑戦する姿勢と情熱に、次へのヒントが隠されているような気がしたのは自分だけではないだろう。

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>>TAKEO KIKUCHI 全ルック

 「5351プール・オム エ ラ・ファム」も、衰退の激しいマーケットに位置するブランドである。1990年のデビューなので、DCブランドの後退期にデビューしたということになるが、タケオキクチと同様にDC時代をリードしたアバハウス直系だから、DCの歴史を引き継ぐ数少ないブランドだと言える。

 昨年のテットオムの民事再生法の適用申請(はるやま商事が買収)に象徴するように、丸井とパルコを主戦場とするメンズ・コンテンポラリー市場は厳しさを増している。多くは日本製にこだわった誠実なモノ作りをしてきたが、トレンドを牽引するドメスティックブランドの枠でもなく、ファストファッション勢には当然価格で勝てるはずもなく、難しいポジションに立たされているのだ。

 コレクションは黒を基調とした分かりやすいものだった。取り立てて新しさはないけれど、安心して見られるクオリティは備えていて、とくに産地に入ってイチから開発するという生地のクオリティには目を見張るものがあった。また、1920〜30年代のアイテムやディテール(スペクテイターシューズ、ボタンブーツ、ワイドパンツなど)をモードの中に溶け込ませているのも上手いと思った。

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 かつては東コレの常連で、90年代後半にはパリコレにも進出した5351だが、ショーをやるのは実に10年ぶりのこと。小村和久デザイナーは「25周年を迎えるにあたり、もう一度かつてのコレクションブランドの立ち位置に戻りたいと思った」と話す。なんとなく独立系ブランドの集合体のイメージがあるMBFWTだが、なにも中堅〜大手アパレルが参加してダメな理由はない。2015年3月16日は、25年もの間クリエーションの面では日陰にいたDC勢が復活の狼煙を上げた日なのかもしれない、と思った。

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5351POUR LES HOMMES ET LES FEMMES 全ルック

 続いてはデビューショーの「バイユー(byU)」である。80年代の東京のガーリーの象徴的存在であるピンクハウスの創始者「カネコイサオ」、メルローズの「トワ・エ・ボンボン」などで経験を積んだ植村浩樹の新ブランドだ。

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 恥ずべきことに、デビューショーにもかかわらず、プロフィールを確認せずにショーを拝見した。コレクションを一言で形容するなら "80年代のリセエンヌ"であった。レース、花柄、ガーリーなワンピース、そしてジェーン・バーキンの声で"憧れのパリ"の世界を紡いでいる。といっても、それはリアルなフランスの80年代ではなく、日本の80'sフレンチ(マガジンハウスのオリーブから飛び出してきた"日本流に編集されたフランス)である。だから、安定感のあるクオリティを含めて、ベテランのフランス好きのデザイナーが作った服なのだと思った。

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 でも植村はまだ35歳。世代的には早熟だったなら90年代前半の渋谷系のフレンチを経験しているはずだが、その影響は全くといっていいほど感じられず、もう2回り上の世代が想像するフレンチの色が濃い。2007年に引退した金子功の寵愛を受けたと聞いているから、きっとそのDNAを色濃く受け継いでいるのだろう。

byU 全ルック

 様々な80'sを体感し、中学生に戻ったような感覚を覚えた初日。残り5日間、75歳が見せたファションへの情熱を超えるものに出会ってみたい。

増田海治郎

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