「メタボセクシャル」の衣食日記(9-1)――服飾史を更新する「静かなる革命」を主導する美しき人々
ビューティフルピープル 2021年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP
ビューティフルピープル 2021年秋冬コレクション
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「メタボセクシャル」の衣食日記(9-1)――服飾史を更新する「静かなる革命」を主導する美しき人々
ビューティフルピープル 2021年秋冬コレクション
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1982年、川久保玲はたった1つのショーでモードの歴史をひっくり返した。それから40年近く経った今、彼女の薫陶を受けた熊切秀典とビューティフルピープルの面々は、相反する物を共存させるためのデザイン技法とプロセス=「Side-C(サイド-C)」を武器に、西洋が定義した服飾パターンの常識を更新し続けている。師匠のようなド派手な満塁ホームランではなく、コツコツと内野安打を打ち続けること6回。サイド-Cは服の上下を取り替えて着られる「ダブルエンド」というコンセプトに発展し、いよいよ飛躍の時を迎えている。
タイムマシンがあったら、1ヶ月前に遡って自分で自分にドロップキックをかましてやりたい。私は「ダブルエンド」の初お披露目となる2021年フォールの展示会を、多忙を理由に見逃してしまったのだ。そして、3月4日に公開した2021年秋冬のパリのデジタルショーを見て、行かなかったことを激しく後悔した。これは間違いなく革命で、1ヶ月前に見て試着していれば、より深いところまで理解できたはずだった。
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服の裏表をひっくり返して着られるリバーシブルは、ちょっと凝ったファッションブランドの定番テクニックだ。でも今回ビューティフルピープルが挑んだのは、服の上下の両方から着られる服。想像してみてほしい。上下ですよ? スウェットシャツなら肩をボタンで開閉するようにして袖を太くすれば可能だと思う。でも、コートやパンツはどう考えても無理な気がする。ビューティフルピープルはそんな無理難題に真っ向から挑戦しているのだ。
会場に足を踏み入れた。ランウェイの中央には、パリのルーブル美術館の入り口を連想させるピラミッドが2つ設置されている。ひとつは上下逆さまの逆ピラミッドだ。ピラミッドの底面には各4枚のモニターが設置されていて、ショーの最中に同じ映像が流れ、逆ピラミッドは逆さに映し出される仕掛け。このセットは、2006年秋冬のアレキサンダー・マックイーンのラストシーンの立体映像にオマージュを捧げたものだという。
四角のランウェイの右側の両端からモデルが同時に登場する形でショーは幕を開けた。中央でふたりが交差して立ち止まる。ふたりは同じ服を上下逆に着ているのだが、俄かには信じられない。全く違う服にしか見えないのだ。映像ではあらが見えなかったが、常識を覆す挑戦なのだから、多少はプリミティブな部分(無理)があると思っていた。でも、意地悪な視点で見ても破綻がない。
もっとも素敵だと思ったのは、真っ白なセーラールックだ。白のセーラー服とセーラーハットの彼と、マフラーと一体になったジャケットとバケットハットの彼女。彼のセーラー服の後ろ側のヘムには、彼女のマフラーになる部分が尻尾のように垂れ下がっている。一方の彼女はその尻尾を首に巻く。ややコスプレちっくな彼のベレー帽は、裏返すと彼女のライン入りのバケットハットに変身する。上下を逆さまにするだけで2通りの全く違う着こなしが楽しめ、なおかつそれを男女でシェアできるのだ。素敵すぎるにもほどがある。
映像でも印象的だったミリタリーのN-3Bジャケットは、上下を逆にするとN-1デッキジャケットに。トラディショナルなグレンチェックのパンツとベストは、上下を逆にすると形状の違うコルセットと膝丈のスカートになる。ゆったりとしたシルエットのダッフルコートは、上下を逆にするとお尻にフードが付いたミリタリーコートに変身する。この単体でデザインしたら絶対に思いつかない新鮮な後ろ姿は、サイド-Cの圧倒的な強みだと感じた。
強いて苦言を呈すなら、映像と同様にショーで見ても構造が分かりにくいことが気になった。表地と裏地の間を使って様々な着こなしを楽しめる従来型のサイド-Cもそれが課題だったから、一般に分かりやすく伝えるための工夫も更新し続けてほしい。革命は大衆に伝わってこそ革命になりえるのだから。
大人になった厨二
あくまで肌感覚なのだが、ここ数年の東京は久しぶりにファッションに熱のある若者が増えている気がする。着飾ることを全力で楽しんでいる子が、同世代では少数派なのかもしれないけど、増えている気がするのだ。「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」のショーには、そうした東京の感度の高い子たちが一堂に集まる。会場の雰囲気はパリで言うと少し前の「ワイ・プロジェクト(Y/PROJECT)」や最近の「パロモスペイン(PALOMO SPAIN)」みたいで、今東京で最も観客がスタイリッシュなブランドだと思っている。
私は厨二病全開だったデビュー当初のケイスケの服が好きだった。初期の代表作であるカラオケニットは今でも欲しい。だからウィメンズのモードにシフトした時は悪手だと思ったのだが、ここ数シーズンで世界観が確立し、ずいぶん様になってきた気がする。トレンチコートというブランドのシグネーチャーもでき、ニューエイジ勢の中では最もビジネス的に飛躍できるポジションにいると思っている。
ショー会場の中央には、紫色に塗られた机と椅子が置かれていた。色以外は誰もが経験してきた中学校や高校のクラスの景色だ。2つの席には花が置かれていて、明るい光に包まれた会場に不穏な空気が漂っている。モデルたちはこの世の絶望みたいな顔をして下を向いて歩き、机の上に立つ。なんだか昔の学園もののドラマを見ているみたいだ。
制服の要素を随所に取り入れた服もダークな雰囲気が色濃く漂う。それを助長しているのが、テーマの「Like a dead pigeon(死んだ鳩)」と連動したグラフィック。本来は若さの象徴であるチェックのミニスカートは、アシンメトリーにして歪んだ雰囲気を演出している。肩を出して体の前面に貼り付けたようなコートのルックは、前に垂らした髪型の効果もあり、可愛い幽霊みたいだ。全体的には初期の厨二感が復活しているとも言えるが、当時は明るさの裏にある暗さみたいなものを表現していて、今回はそれが逆になっている。
このショーを自分の青春時代の暗部と重ねてしまうとブルーになってしまうかもしれない。自分も高校時代にサッカー部でハブられたことを思い出した(泣)。遊びたい盛りの若者にとって、コロナ禍は大人以上に厳しいものがあると思う。でも、吉田がファッションと出会って救われたように、辛いことを乗り越えた後には必ず楽しいことが待っている。そんな逆説的な"希望のメタファー"に、会場に駆けつけた若者たちは未来への希望を感じたのではないだろうか。
もうひとつ彼がいいなと思うのは、熱心に幅広いジャンルの過去を掘っていることだ。めぼしい古着屋のインスタを覗くと、だいたい彼がフォローしていて、律儀にいいね!を押して足跡を残している。まるでインスピレーションを与えてくれたことに感謝するかのように。ヴィンテージ加工されたラストルックのリボントレンチを見て、そうしたディグりの成果を感じるとともに、彼の服を若い子だけに独占させておくのはもったいないという思いを強くしたのである。
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