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【連載:30歳の景色】ファッションデザイナー コシノジュンコ

コシノジュンコ Image by FASHIONSNAP
コシノジュンコ
Image by: FASHIONSNAP

 女性にとって年齢は大きな意味を持つ。SK-Ⅱが1,400人の女性に対し実施した意識調査によれば、30歳は最も迎えることが不安な年齢であり、20代女性の過半数が30歳を迎えることに不安を抱いているという。女性にとっての年齢とは、どういう意味を持つのか。そして、人生の先輩たちはどのように年齢、そして30歳と向き合ったのか。短期連載「30歳の景色」、最終回となる第四回はファッションデザイナーのコシノジュンコ。

【関連】充実した日々を送っていても30歳を迎えるのは不安?SK-IIが意識調査を実施

- 史上最年少の19歳で装苑賞を受賞。若くしてデザイナーデビューしたコシノさんの20代は?

 20代は仕事に遊びに没頭していました。当時毎日のように通っていた新宿のバーには、黒川紀章さんをはじめ作家や建築家、文化人など現在でも活躍されている方々がいて。26歳の頃にオープンしたブティック「コレット」に金子國義さんディレクションによる家具を飾ることができたのも、30歳の頃に依頼された大阪万博のユニフォームデザインも、全てこのバーでの出会いから生まれた仕事だったんですよ。賢三さん(文化服装学院時代の同級生で「ケンゾー(KENZO)」創設者の高田賢三)も「僕のパリのお店は友達みんなで作ったようなもの」って言っていましたが、異業種の人たちと混ざって、業界関係なく一緒に仕事していく中で、その時代は作られていったんだと思います。

- 華やかな時代だったんですね。

 今はそういった文化人たちが集まれる場所があまりないですよね。精一杯仕事して、精一杯儲けて、たくさん使って。当時の私は「サイケの女王」なんて呼ばれたり、ちょっとした有名人でしたから(笑)。青山にブティックがオープンした時には、自分達で車にヒョウ柄を描いたりもしました。青山は個人的にも大好きなエリアで、今でも会社とブティック、自宅があるんです。青山にキラー通りってあるでしょう?実は私がゴッドマザー(名付け親)なんですよ。墓地に面しているから「キラー」と名付けたの(笑)。

- 初めて知りました。20代はデザイナーとしてどのような目標を掲げていたのでしょうか?

 20代の頃は「パリ」を目指していましたね。でも、初めてパリの合同展示会に参加したのは31歳の時。憧れていたはずなのに、直感的に「何か違う」と感じてすぐにやめてしまったんです。当たり前ですが映画を観て勝手に思い描いていたパリやモードと現実がかけ離れていて、がっかりしちゃったんだと思います。それからは「憧れたこと自体が間違っていた」と思い直して、ニューヨークやロンドンなど他の国へも目を向けました。ようやく38歳でパリに再び挑戦する決心をして初めてショーを開催してみると、最初はわからなかったパリの魅力に気づけたように思えて。以来頻繁に足を運ぶようになりましたね。

- パリへの挑戦。順風満帆でしたか?

 パリコレ3回目のショーがスケジュール担当者の間違いで、「シャネル」の日程とバッティングしてしまったことがありましたね。当然、本場パリでシャネルを外す業界人はいませんから。今思い出してもゾッとするエピソードですが、失敗や辛い思いは誰にでもあるもので、二度と同じことを経験しないための財産、試練だと思うんです。失敗にショックを受けて辞めてしまう人もいるかもしれないけど、そこでやめないことが大事。以前パリのブティックでショーを行った時に、森英恵先生が見にきてくださって「続けなきゃだめよ」と言ってくださったんです。先生とは装苑賞に選んでいただいた縁もあり、その言葉はとても印象に残っています。

- 20代と30代、仕事やプライベートとの付き合い方に変化はありましたか?

 20代は背伸びをしていた部分もありましたが、30代に入ってから余裕ができましたね。周りにいる大人たちが自分がやっていることを理解してくれたり、きちんと向き合ってくれるようになったりして。その余裕が良い影響になってパリコレデビューをはじめ、プライベートでは結婚をして、その後出産もしたので、30代で人生の中で大きな3つの出来事を全て経験しましたね。中でも出産の影響は大きく、私のデザイナー人生の中でも大きな転機になりましたから。

- どういった転機になったのでしょうか?

 出産を控えていた当時、スイカのように丸くなった自分のお腹を見て「対極(コントラスト)」というコンセプトに出会いました。自然的なものを象徴する「丸」と対極するような関係に、人の手によって作られるものを象徴する「四角」がある。丸と四角だけではなく「男と女」や「東洋と西洋」「昼と夜」だったり、この世には両極にある2つのものが常に同時に存在していて、2つあるからこそバランスがとれるんですよね。宇宙にある丸い地球や月はまさに自然のものでしょう。そんなことに、スイカのようにまん丸になった自分のお腹を見て気づきました。「ロケットに乗らずとも、宇宙はこんなに身近にあるんだ」って。それまではフィーリングでデザインをしていたのですが「コントラスト」という理念が見つかって以来、コンセプトに基づいたクリエーションを行うようになりました。特に、当時のコレクションには丸の要素をたくさん取り入れましたね。これは女性ならではの経験ですし、普通はお腹が丸くなってこんなことを考える人はいないでしょう(笑)。

- それはコシノさんならではの経験ですね。

 結婚相手が経営をサポートしたので、途中からお金関係のことは全て彼にお願いして、私はクリエーションに集中することができたこともラッキーだったと思います。出産で休んだのはたった2週間。ちょうど8月で夏休みの時期だったので、周りからは「いつ産んだの?」って言われましたね(笑)。

- 当時は「女は家庭に入る」という考えが今よりも強かったのではないでしょうか?

 私にはもともとそういう感覚が全く無くて。女ばかりの家庭で育ったからか、男はこうあるべきとか、女はこうあるべきという考えは持っていないんです。先入観がないことが、型にはまらない自分らしい生き方につながっているんだと思います。

- 簡単には真似できないことですが、"型破りな生き方"のコツはありますか?

 業界の壁を取り払って、自分の職業以外の人と付き合うことね。「私はこの業界の人間です」という主張は一番必要ないと思います。私自身、文化人や作家の友人が多くて、今も少年少女のように輝いている自慢のお友達なんです。20代に知り合った友達がほとんどですが、面白い人っていくつになっても全然変わらないんですよ。

- SK-Ⅱが行った調査によると、年齢を重ねることに不安を感じる20代女性が多いそうです。

 必要以上に焦らなくて大丈夫です。必ず、時がくるから。ただ、言葉に出さなかったとしても、自分の思いは常にしっかりと持たなければいけないですよね。目的意識さえあれば、日本であろうが外国であろうが、必ず向こうからチャンスはやってくるものです。目的意識のない人は、出会っても気が付かない。チャンスが目の前を素通りしちゃうんですよ。無鉄砲だったとしても、やりたいことはやったほうがいい。だって今やらなくて、いつやるのよ。人生は、30歳になることが目的じゃないんですから。

- 30歳はひとつの通過点ということですね。

 実は私、昔の話はあまり好きじゃないんです(笑)。20代は存分に面白いし、30代になったら30代も面白い、40代になったらやっぱり40代も面白い。その時にしかできない経験があるから毎日がフレッシュ。私にとっては、いつも今が一番なんです。

コシノジュンコ:
 ファッションデザイナー。大阪府岸和田生まれ。文化服装学院デザイン科在学中、新人デザイナーの登龍門といわれる装苑賞を最年少の19歳で受賞。1978年に初参加したパリコレクションでは、服のルーツは中国にあると考え「プリミティブオリエンタル」というテーマのショーを発表し、高評価を得た。拠点は東京に置きつつも、1985年北京、90年NY(メトロポリタン美術館)、1994年ベトナム、1996年キューバ、1999年ポーランド、2009年ミャンマー、2015年北京など世界各地でショーを開催している。


【連載:30歳の景色】
第一回 編集者 軍地彩弓
第二回 ストリートフォトグラファー シトウレイ
第三回 HiRAO INC代表 平尾香世子

■動画「期限なんてない」


 SK-IIが女性にとって年齢の持つ意味を考えるキャンペーンを6月21日から開始。多方面で活躍する女性へのインタビュー企画に加えて、YouTubeでは日本や中国、韓国で生まれ育った女性が世間の意見に惑わされず自らの人生を切り開く様子を描いた動画が公開されている。

特設サイト
SK-II 公式ツイッター

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