GUCCI 2018年秋冬コレクションより
Image by: GUCCI
昨年から今年にかけて、大物クリエイティブディレクターの退任が頻発している。2023年は9月に「アレキサンダー マックイーン(Alexander McQueen)」のサラ・バートン(Sarah Burton)、12月を迎えると「ジバンシイ(GIVENCHY)」のマシュー・ウィリアムズと、驚きの退任が発表されたが、今年に入るとさらなる衝撃のニュースが訪れる。
2024年3月19日に報道された、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)がシグネチャーブランドを去るというニュースは、近年の退任劇でも最大のインパクトをもたらす。これでしばらくディレクター退任ニュースも沈静化するかと思いきや、ファッション界の波はおさまらない。(文:AFFECTUS)
2024年3月22日、今度は「ヴァレンティノ(VALENTINO)」のピエールパオロ・ピッチョーリ(Pierpaolo Piccioli)の退任が明らかに。ピッチョーリは、1999年に現在「ディオール(DIOR)」のウィメンズ・アーティスティック・ディレクターを務める、マリア・グラツィア・キウリ(Maria Grazia Chiuri)と共に「ヴァレンティノ」へ入社し、アクセサリーデザイナーとしてブランドでのキャリアをスタートする。
そして2008年からピッチョーリはキウリと共に、「ヴァレンティノ」のクリエイティブデイレクターに就任し、2016年7月にキウリが「ディオール」に移籍した後も、単独でディレクターを務め、精力的にコレクションを発表してきた。
きっと多くの人たちが、メゾンとピッチョーリの蜜月はまだまだ続くだろうと思っていたのではないか。その思いは幻と終わったが、悲しむ間もなく、注目はピッチョーリの後任へと移り、早くも新クリエイティブディレクターが発表されるのだった。
ピッチョーリの後任として指名されたデザイナーの名は、アレッサンドロ・ミケーレ(Alessandro Michele)。「トム・フォード(TOM FORD)」時代から続いていた「グッチ(GUCCI)」の濃厚なセクシースタイルを一変させ、新時代のファッションを確立した革新者がついにモードシーンへ戻ってくる。
ミケーレが手掛ける「ヴァレンティノ」のデビューコレクションは、今年9月発表とのこと。「ヴァレンティノ」は「グッチ」よりもフォーマルな色が強く、オートクチュールも制作している。ミケーレにとってオートクチュールは初めての挑戦であり、ヴァレンティノでは新たなデザインが求められるだろう。
それともミケーレはブランドが変わろうと、自身のデザイン哲学を貫くのだろうか。本稿ではミケーレが「グッチ」で発表してきたコレクションを振り返り、改めて彼のデザインの特徴と魅力を語っていきたい。そして、最後にこれからの「ヴァレンティノ」について考えてみたいと思う。
性別の境界ではなく、時間の境界を超えることで生まれるアンドロジナスメンズ
ADVERTISING
正式に「グッチ」でミケーレによるディレクションが始まったのは、2015年2月に発表された2015年秋冬ウィメンズコレクションからで、期間は2022年9月発表の2023年春夏コレクションまでの約7年間に及ぶ。今回改めてすべてのコレクションを振り返ってみると、ミケーレのデザインは大別して3つの特徴に分けられることがわかった。
それが、「時間の境界を超えるアンドロジナスなメンズ」、「トレンドではなく時代を観察する」「純文学的デザイン」の三つである。そこで、取り挙げるコレクションは時系列ではなく、発表時期にとらわれず3つの特徴が大きく現れたコレクションに焦点を当てていく。まずは、アンドロジナスなメンズから始めたい。
ミケーレのメンズウェアは、一つのルックの中に、男性的とも女性的とも言えるムードが混在する。このデザインはミケーレファンにとってはお馴染みだろう。だが、ミケーレのアンドロジナスなメンズは、スタイルを作り上げる構造に特異性があった。たとえば性別の境界を超えるコレクションを制作する際、多く見られるアプローチの一つに「女性の服を男性が着る」といった手法がある。
ミケーレより一足早く、世界のスターデザイナーに駆け上がったジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)の手法は代表例だ。アンダーソンが注目を集め始めたころ、彼のメンズウェアには、男性モデルがウィメンズウェアの要素が入った服を着用するという特徴があった。2013年秋冬メンズコレクションは、裾がフリルのショートパンツ、チューブトップを男性モデルが着用し、当時のアンダーソンの特徴が見て取れるデザインだ。
翻って、ミケーレの手法は異なる。あくまでもメンズウェアのフォーマット上で、従来の女性と男性の服装イメージにとらわれないファッションをデザインする。その傾向が最も大きく現れたコレクションが、フィレンツェで発表された2018年クルーズコレクションである。
従来のメンズウェアに見られる力強さや、シャープ、クールといった形容が当てはまらないデザインである。2018年クルーズコレクションのメンズウェアで、鍵となったアイテムがショートパンツとハイソックスだ。キッズウェアの主役とも言える二つのアイテムが、このコレクションでは幾度も登場し、ミケーレのメンズスタイルを作り上げていく。
ミケーレのメンズは一貫して、中性的な印象があることは先ほど述べた。だが、その印象を生み出しているのは女性のファッションイメージを使った手法ではない。2018年クルーズコレクションで明らかなように、ミケーレは子ども服のイメージを使うことで、ステレオタイプなメンズウェアのイメージを打ち崩す。子ども服を、大人に成長した男性のために作り上げる。そのようなアプローチで、ミケーレはアンドロジナスなメンズウェアを完成させるのだった。この構造が見えてくると、ミケーレのメンズはアンドロジナスではなく、エイジレスと表現するほうが適切に思えてくる。
また、ミケーレのメンズルックにはナードな雰囲気が漂うことも特徴だ。
ナード(nerd)は、学問や科学技術などに熱中し、あるジャンルに関して専門的な知識や興味を持つ人を指し、特定の趣味や関心事に没頭するあまり、一般的には社交的でないと見なされることがある。インターネットが当たり前になった現代では、コンピュータやITに精通する知識と技術が卓越した人に抱かれていたイメージでもある。
ミケーレがランウェイで提示する男性像には、アクティブな人物とは別の男性像が浮かぶ。モードの舞台で、しかも社交性に満ちた華やかでラグジュアリーな「グッチ」というブランドで、ナードな男性像にスポットライトを当て、新たなファッションスタイルとして提示したことは、かつてラフ・シモンズ(Raf Simons)が1990年代後半に少年性をテーマに新しい男性像を提示したものに通じる、ファッションコンテクスト的価値と言っていい。ミケーレは、メンズウェアに一つの功績を刻んだ。
ウィメンズウェアについても触れておきたい。ミケーレは、ウィメンズウェアではメンズウェアよりも等身大の女性像を提示することが多い。ただし、等身大であってもモダンという形容は当てはまらない。1970年代のヒッピー要素が入り込み、時代を超えたファッション性が強くなるのだ。同じく2018年クルーズコレクションから、ウィメンズルックをピックアップしてみよう。
大ぶりなレンズのアイウェア、頭部に巻かれたヘアアイテム、幾何学柄や花柄を中心にした柄&柄のスタイリングなど、それらは1970年代のヒッピーファッションにつながる要素であり、モダンやアーバンといったスタイルとは異なる世界線のウィメンズルックである。
ミケーレは、同じ「時間」であってもメンズウェアでは年齢を超え、ウィメンズウェアでは時代を超えるという違いがあるのだ。
「グッチ」時代のミケーレはサイケデリックも大きな特徴なのだが、その源泉はやはり「子ども」にあるのではないかと思う。そのことを、2019年クルーズコレクションを見ていると実感する。
コンサバ、ガーリー、トラッド、クラシック、ウェスタン、ありとあらゆるファッションが混ぜ合わさり、色と柄が大渦を巻き起こすように集約する。服装史に登場する様々なファッションが混在する様子は、子どものおもちゃ箱を見ているかのようだ。自分の好きなものをすべて一緒にしてしまう。そこに美しい調和はないが、見る者を惹きつけるカオスがある。
ウィメンズとメンズ、双方が人気となったミケーレのデザインだが、文脈的価値で見た時、大きな価値を持つのはメンズである。一見すると、性別の境界を曖昧化するファッションだが、スタイルの構造はウィメンズウェアの要素を転用するのではなく、あくまでメンズウェアのフォーマット上で展開する。
重要な役割を果たすのは、子ども服の要素を大人の服に転換するようなアプローチであり、それは女性の服を男性モデルが着用するジェンダーレスコレクションとは一線を画す。また、モードの文脈上でナードな人物像に焦点を当て(しかも華やかなラグジュアリーブランドを舞台に)、新たなメンズファッションを作り上げる。ミケーレの成し遂げた功績は非常に大きい。彼は、男性のエレガンスに新しい領域を切り拓いたのだ。
その視線はトレンドよりも時代の変化に向かっていく
1970年代、ヒッピー、フォークロア、サイケデリック。ミケーレは一貫して自分のスタイルを貫く。前回、ドリス・ヴァン・ノッテンをテーマにした際、ストリートウェアをクラシカルに仕上げたコレクションを紹介した。ドリスには、自身の武器であるクラシックと対極であっても、自分のスタイルに昇華させる創作姿勢があった。
しかし、ミケーレは異なる。ファッションのトレンドがどう変化しようが、自分のスタイルを崩すことはない。その姿勢は、エディ・スリマン(Hedi Slimane)とも共通する。だが、ミケーレはトレンドに重きは置かなくても、時代の変化は観察し、コレクションに投影させてきたのだ。それを知るために、世界の価値観を一変させたコロナ禍における、ミケーレのコレクションを見てみよう。
2020年が到来し、世界がパンデミックに襲われると、時代と密接にリンクするファッションにも変化が現れ始めた。ファッションデザイナーたちは、激変した世界を暮らす人々にどんな服が必要かを模索する。
ストリートウェア旋風が吹き荒れるよりも前から、ストリートスタイルを世界に発表してきた丸龍文人は、自身のブランド「フミト ガンリュウ(FUMITO GANRYU)」で、寛ぎをもたらすカジュアルウェアを製作した。2021年春夏メンズコレクションはトラックスーツも発表され、スタイリストのトム・ギネス(Tom Guiness)をモデルに起用し、彼の自宅で撮影したルックは、毎日の食事を作るキッチンを背景に撮影するなど、外出を控えて家で過ごすことが余儀なくされた現実を、心地よく愛おしいものにする。
上質な素材をクラシックに仕立てるイタリアブランド「ゼニア(ZEGNA)」。アーティスティックディレクターのアレッサンドロ・サルトリ(Alessandro Sartori)は、上質さはそのままに、ルームウェアを彷彿させるリラックス&リュクスな2021年秋冬メンズコレクションを発表する。キャメルに染まったワイドシルエットのパンツは、家の外と内を曖昧化させ、服を着る人がどこにいようとも、快適で心地よい時間に導く。
そしてミケーレも時代に寄り添い、自身のスタイルをアップデートする。2020年7月にオンラインで発表された2021年リゾートコレクションは、「グッチ」デザインチームのスタッフをモデルに起用するという大胆な試みが披露された。最新ルックに登場する服の多くが、等身大の1970年代ウェアである。
プリントTシャツ、色褪せたブルージーンズ、頭のヘアバンド、膝下から広がるフレアシルエット。ミケーレの愛するファッションがそこにはあった。シンプルな装いだけでなく、ミケーレの特徴である色と柄のコンビネーションも、ヒッピースタイルに乗って発表された。ただし、サイケデリックなムードはこれまでよりも抑制され、1970年代当時のヒッピーに近づく。
当たり前だった日常が失われていく日々は、自分にとって本当に大切なものが何かを考えさせる。現実世界が非現実的になったなら、ファッションはリアルに寄り添ってもいい。デザイナー自身が愛するスタイルを等身大の姿で届ける。モードとは、何も大胆で奇抜な服ばかりを発表する場ではない。
社会の変化を見つめ、その変化にふさわしいライフスタイルウェアを発表することも、ファッションデザイナーに課さられた使命である。ミケーレは自身のシグネチャースタイルをありのままに、いつも共に仕事をしてきた仲間に手伝ってもらい、インターネットという現代人にとって欠かせないリアルを通して我々に届けた。現実こそが今のファンタジーなのだと訴えるように。
いくらパンデミックにおける暮らしに順応したとしても、室内で好きなことを耐えてばかりの毎日を送っていたら人間は息苦しくなってしまう。コロナ禍が徐々に落ち着きを見せ始めたころ、2021年11月に発表された2022年春夏コレクション「Gucci Love Parade」は、ロサンゼルスのハリウッド大通りでショーを開催し、煌びやかな装いでパーティームードを演出した。
2000人以上のスターの名前が歩道の星に刻まれた「ハリウッド・ウォーク・オブ・フェイム」があるストリートを歩くのは、エンターテインメント性にあふれたファッションを着たモデルたち。ミケーレはただ服を発表するだけでなく、服を発表する場にも意味を持たせ、時代を切り取る。このショーでは、映画『ホーム・アローン』で世界的子役スターへ昇りつめたマコーレー・カルキン(Macaulay Culkin)もランウェイに登場し、ショーはいっそう華やかなものになる。
2021年リゾートコレクションと2022年春夏コレクションが物語るように、ミケーレは時代の変化を敏感に察知し、自分のスタイルを提案する技量を備えている。彼のスタイルはシーズンが変わろうとも、たしかに一貫している。だが、決して独りよがりのものではない。
時代と共に変化するファッションの本質を捉え、ミケーレは我々に新しさを披露する。コレクションにはいつも見ても変わらない、ミケーレを愛する人々にとって大好きなスタイルがある。ただし、ランウェイを歩くシャツやボトムには時代の変化をとらえた変化が入っていて、変わらなくて新しいミケーレスタイル。ファンの期待に応え、ファンに刺激を届ける。それが、アレッサンドロ・ミケーレというデザイナーだと言えよう。
純文学的ファッションデザインの非コンテクストデザイナー
前章で述べたとおり、ミケーレは時代の変化に敏感だ。しかし、トレンドに対するミケーレの反応は、少々オーバーな表現になるが「我関せず」といった印象が強い。ただ、それはネガティブな意味ではない。自分のスタイルを表現することに集中することで、生まれる魅力があるのだ。
ストリートのデザイナーたちによって、フーディーやロゴウェアが世界中で人気アイテムになると、ランウェイはどの都市、どのコレクションにもビッグシルエットやロングスリーブがあふれた。それは一見するとデザインの同一化に見えるが、それぞれのデザイナーがそれぞれの解釈で、ビッグシルエットやロングスリーブをデザインする文脈的アプローチが行われている。
たとえば「ラフ・シモンズ(RAF SIMONS)」の2016年秋冬メンズコレクションは、ビッグシルエットを多数発表したが、アイテムはレタードニットやカーディガンなど、アメリカントラッドの代表的アイテムを基盤にしていた。シモンズは、トレンドのビッグシルエットに自身の解釈を盛り込み、ストリートウェアとは異なるビッグシルエットスタイルを提案したのだ。ファッションにとって、トレンドを取り入れてデザインすることは、必修科目と言っていい側面がある。
しかし、誤解を恐れず言えば、ミケーレは「単位を落としてしまうのではないか」と思うほどに必修科目への関心が薄い。彼は自分の得意が活かされる選択科目に、エネルギーの大半を注ぎ込む。
2019年春夏コレクションは、ファーストルックからミケーレワールドが全開だ。彼が得意とする1970年代・ヒッピー・サイケデリックがパワフルに表現される。一目で引きつける鮮やかなレッド、フリンジのディテール、耳や手首に取り付けられたアクセサリーの数々、装飾性高いルックでショーが開幕する。色と柄の重層性がサイケデリックなルックは、ミケーレの偏愛を覗く気分だ。
そして、アイマスクにも見えてしまう、極端な大きいレンズのアイウェアを掛けてベルボトムシルエットのパンツを穿いたスーツルックは、1970年代の人間が現代を歩く姿を彷彿させる。
翌シーズンに発表された2019年秋冬コレクションでも、ミケーレの才能が惜しみなく発揮された。このコレクションは、ミケーレにしては珍しくクラシックの趣が強い。それを証明するようにシックなジャケットルックが数多く発表され、チョークストライプ・アーガイル柄・ライトグレー・ネクタイといった、クラシックファッションではお馴染みの素材・柄・色・アイテムもランウェイには登場する。
ただし、ミケーレがクラシックを王道の姿で作るわけがなかった。
一見するとシンプルなスリーピースだと思われるかもしれない。しかし、ボトムの裾に目を向けると、シャーリングで仕上げられ、シックな生地の質感と色味とは対極のカジュアルディテールが組み込まれている。
今度はベストを見てみよう。襟元が通常のベストとは違うことに気づく。台襟付きのシャツカラーで作られ、ベストと思えたアイテムは、ジャケットとパンツの同素材で作られたシャツだった。だが、そう思うと、厚みのある生地のシャツをパンツにタックインしているのかと些細な違和感を覚える。その違和感は、別のルックでも現れていた。
クラシックファッションでは見慣れたチョークストライプの生地を、ハイウェストのパンツへ。いや、ハイウェストというよりもコルセットとの一体化ボトムと言うべきだろう。トップスに合わせたのは、肌を大胆に透かす薄手生地を使い、パフスリーブと袖口にレースをあしらったディテールが特徴のボウブラウス。非常にフェミニンなアイテムだが、このウェアを着ているのは男性モデルだ。
ミケーレはメンズのフォーマット上で、性別の境界を曖昧化するのがいつもの手法だが、このルックでは「女性の服を男性が着る」という、ジェンダーレスデザインで散見される、けれどもミケーレにとっては珍しい手法を選択していた。しかし、ウィメンズウェアの要素をメンズウェアに持ち込むというミケーレにとって新鮮な手法が、クラシックに仕上げられたミケーレメンズに新たなスパイスを加え、キッチュなクラシックウェアが誕生した。
ネクタイルックは衿のサイズが誇張されたロイヤルブルーのシャツと、シャンパンゴールドのブラックストライプパンツと合わせる。伝統ファッションの破壊はそれだけでは終わらず、サスペンダーは刺々しく、首は同様に刺々しさが巻かれて、拘束具的アクセサリーがパンキッシュだ。ライトグレーのスラックスを穿いたルックは、牧歌的なグラフィックを着用し、足元にはストリートなスニーカーを履く混在スタイルで歩みを進める。
造形、素材といった物質的要素に加えて、スタイルも時代も何もかも混ぜ合わせて混沌の様子を示し、モデルたちは奇怪なマスクも被る。ミケーレのサイケデリックな視点は、おもちゃ箱をひっくり返し、床に散らばったおもちゃの様子を表すようにすべてをミックスしていくのだった。
ミケーレは自分の好きを徹底的に追求していく。コレクションを見ていると、ミケーレの内面世界を見ている錯覚に陥り、それは純文学小説の読後感に似ていた。
夏目漱石や太宰治といった文豪、舞城王太郎たち現代の鬼才、物語のエンターテインメント性よりも、作品内に現れる人間の感情に惹かれる純文学は、どこか閉鎖された空間にも感じる。だが、その閉じられた空間が、自分の感覚と合えば、心地よく何度でも味わいたくなる。そこには楽しさだけでなく、痛み、悲しみもあるのだが、それらさえも好きになるのが純文学小説だと言えよう。
ミケーレは、ファッショントレンドの解釈を競うゲームから距離を置く。一方で、先述したラフ・シモンズのように、ファッショントレンドの解釈を創造的に見せてくれるデザイナーもいる。これはどちらが良い悪い、どちらが優れているということではなく、単なるデザイン手法の違いに過ぎない。
見つめるのは、モードの文脈よりも自分の世界。自身が愛するファッションを何年にもわたって作り続けてきたミケーレは、非コンテクストデザイナーとも言える。彼の服を見た人の中には、こんな思いに襲われた瞬間もあったのではないか。
「これこそが、私の服なんだ」
ある意味救いにも似たファッション体験。あなたの感情が、ミケーレによって再び揺さぶられる瞬間はもうすぐだ。
ヴァレンティノから始まるアレッサンドロ・ミケーレの新しい歴史
1960年にヴァレンティノ・カラヴァーニ(Valentino Garavani)が設立したブランドは、テーラードとドレスが欠かせず、コレクションには誘惑的な色気も漂うが、退任を発表したピッチョーリはブランドの伝統に縛られず、果敢に挑戦を行ってきた。
2020年春夏メンズコレクションでは、ストリートウェアと装飾性という当時のトレンドを、フーディーやTシャツといったカジュアルではなく、シャツやタックパンツなどドレッシーな服を軸に具現化する「ヴァレンティノ」ならではのアプローチで進化させた。
オートクチュールコレクションでも、ピッチョーリの才能は冴えていた。贅沢と技巧を駆使するドレスこそ、オートクチュールの主役。ピッチョーリはそんな常識を裏切るのだった。2022年秋冬オートクチュールコレクションでは、シャツとパンツというオートクチュールでは驚きのカジュアルルックを披露するのだが、ピンクの生地で仕立てられたシャツは、オーバーサイズシルエットが優雅で、ブラックパンツはセンタープレスが凛々しく、首元に添えられたローズカラーのフラワーモチーフは実に艶かしい。ピッチョーリは究極のプレタポルテルックにクチュールエレガンスを添え、「ヴァレンティノ」に新たな解釈を加える。
ミケーレが「グッチ」時代に発表してきたナードでサイケなスタイルと、「ヴァレンティノ」が持つドレッシーなDNAはたしかに異なる。けれども、ピッチョーリが証明したように、60年以上の歴史を持つイタリアブランドは、挑戦を許容する懐の深さがある。
相反するものが融合する時こそ、ファッションは面白い。境界の壁を超えた先に、高鳴るファッションがきっと待っている。アレッサンドロ・ミケーレの挑戦が、もう一度始まる。我々は新しい歴史の証人となろう。
アレッサンドロ・ミケーレの来歴
<1972年>
・イタリア ローマで生まれる
<1994年>
・イタリアのニットブランド「レ コパン(Les Copains)」でキャリアをスタート
<1997年>
・「フェンディ(FENDI)」に移籍し、シニア・アクセサリーデザイナーとして活動
<2002年>
・グッチに移籍
・当時のクリエイティブディレクター トム・フォード(Tom Ford)のもとでバッグデザインを担当
<2006年>
・グッチのレザーグッズのディレクターに就任
<2011年>
・当時のグッチのクリエイティブディレクター フリーダ・ジャンニーニ(Frida Giannini)の右腕となるアソシエイト クリエイティブディレクターに就任
<2014年>
・グッチのアソシエイト クリエイティブディレクターと兼任する形でイタリア磁器ブランド「ジノリ 1735(Ginori 1735)」のクリエイティブディレクターに就任
<2015年>
・グッチのクリエイティブディレクターに就任
・ジノリ 1735のクリエイティブディレクターを退任
<2022年>
・グッチのクリエイティブディレクターを退任
<2024年>
・ヴァレンティノのクリエイティブディレクターに就任
2016年より新井茂晃が「ファッションを読む」をコンセプトにスタート。ウェブサイト「アフェクトゥス(AFFECTUS)」を中心に、モードファッションをテーマにした文章を発表する。複数のメディアでデザイナーへのインタビューや記事を執筆し、ファッションブランドのコンテンツ、カナダ・モントリオールのオンラインセレクトストア「エッセンス(SSENSE)」の日本語コンテンツなど、様々なコピーライティングも行う。“affectus”とはラテン語で「感情」を意味する。
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【フォーカス】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
READ ALSO
あわせて読みたい
RANKING TOP 10
アクセスランキング