スタイリスト ロッタ・ヴォルコヴァ
Image by: FASHIONSNAP
「ミュウミュウ(MIU MIU)」が絶好調だ。プラダグループ2023年12月期決算では、ミュウミュウ単体の売上高が前期比50.3%増の6億4800万ユーロ(約1036億円)と発表され、まさにイットブランドと呼ぶにふさわしい勢いを見せている。この快進撃の主役が誰かと問われたなら、それはもちろんミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)と答えるしかない。
コレクションがあってこそのファッションブランド。「ミュウミュウ」の源であるミウッチャの創造性が、ブランドの爆発的成長を促したのは事実だろう。「プラダ(PRADA)」では、ラフ・シモンズ(Raf Simons)と共同クリエイティブ・ディレクターを務めるが、ミウッチャの愛称がブランド名になった、グループもう一つの柱であるブランドでは、彼女単独でコレクションを手掛け、「プラダ」とは異なるデザインを展開している。(文:AFFECTUS)
ミウッチャがショーのフィナーレに見せる装いは、コンサバスタイルが体現されており、彼女にはグレーのニットとグレーのスカートがよく似合う。だが、「ミュウミュウ」のランウェイに登場するモデルたちは、コンサバとは一線を画す破天荒ガールと呼ぶべきスタイルを披露している。
飛ぶ鳥を落とす勢いのブランドには、ミウッチャ以外にも重要と言える人物がいた。それが、スタイリストのロッタ・ヴォルコヴァ(Lotta Volkova)だ。彼女は、2021年秋冬コレクションからショーだけでなく、キャンペーンのスタイリングも手掛け、活躍する領域は従来のスタイリスト像で捉えることはできない。
今回はヴォルコヴァが「ミュウミュウ」のスタイリストに就任してからのコレクションをピックアップし、そのスタイリングに注目してみたい。スタイルはシーズンのイメージを作り、ブランドのイメージを作る。インパクトのあるスタイルは、バズを引き起こし、世界中に大きな影響を与えることもある。
コレクションから入る前に、まずはヴォルコヴァの歩みから触れていこう。
歴史に残るストリートウェアブームを引き起こす
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熱烈なモードファンなら、ロッタ・ヴォルコヴァの名をご存知の方は多いだろう。2015年にデビューすると、驚異的な人気で唯一無二の存在になった「ヴェトモン(VETEMENTS)」。カルトブランドでショーのスタイリングやモデルのキャスティングを手掛けていた人物が、ヴォルコヴァだ。
1984年、ロシアのウラジオストックに生まれたヴォルコヴァは17歳を迎えると、ロンドンへ渡る。セントラル・セント・マーチンズ(Central Saint Martins)でアートとデザインを学ぶため、3ヶ月のコースを受講するためだった。彼女はコースを修了しても、ロンドンに暮らし続け、ナイトクラブで過ごす夜を謳歌する。
ロンドンで過ごした日々を終え、スタイリストとしてキャリアを歩み始めたヴォルコヴァは、パリで運命的な出会いをする。それが、「ヴェトモン」元デザイナー、デムナ(DEMNA)との出会いである。共通の友人を通じて知り合い、ヴァルコヴァは「ヴェトモン」のファーストコレクションのルックブックを見せてもらう。
彼女は「ヴェトモン」の服は気に入ったが、スタイリングが気に入らなかった。そのことを正直にデムナへ伝えると、彼からコレクションのスタイリングを頼まれる。この邂逅によって「ヴェトモン」の躍進が始まっていく。
彼女が「ヴェトモン」で携わったことは、ショーのスタイリングだけではない。モデルのキャスティング、コレクションのコンサルティングも行い、時には自らモデルとしてランウェイも歩くのだった。2015年秋冬コレクションでは、胸元に赤いラインの入った黒いトップスと、黒いスカートと黒いサイハイブーツのボトムスタイルでファースルックをクールに飾った。
1年後に発表された2016年秋冬コレクションでも、ヴォルコヴァはファーストルックを務めるが、今度は一転してガーリーなスタイルで登場。しかし、そこは「ヴェトモン」。フェミニンとは素直には言えないニュアンスのルックだ。プリーツが施されたブラウンのスカートは保守的な印象だが、スカート丈はスーパーミニでアグレッシブ。上半身に目を向けると、スカートと同じ色のブラウンに映えるのは、首元と手首にあしらわれた白いレース。繊細さが香る一方で、ショルダーラインは一目でわかるほどのいかり肩に形づくられ、少々歪である。
そして、美醜の醜に目を向けるデムナのデザインを、ヴォルコヴァがスタイリングでさらに加速させる。ガーリーなミニレングスルックの足元は、「ヴェトモン」の赤いロゴと黒いラインが入ったスポーティソックスと、白いショートブーツ。カジュアルなのか、ドレッシーなのか。ヴォルコヴァはスタイルを一つの形容では語らせない。
「ヴェトモン」で見せたヴォルコヴァのミックス感覚は、「ミュウミュウ」でより研ぎ澄まされるのだが、それを詳しく語るのは後にしよう。
ヴォルコヴァは「ヴェトモン」だけでなく、ゴーシャ・ラブチンスキー(Gosha Rubchinskiy)とも一緒に仕事をし、彼のショーのスタイリングを手掛け、デムナがアーティスティックディレクターに就任した「バレンシアガ(BALENCIAGA)」でもスタイリングを行った。
東欧から現れたデザイナーたちが、ストリートウェアで一時代を築いた陰には、ロッタ・ヴォルコヴァの力があったのだ。では、ここから「ミュウミュウ」における彼女の仕事を見ていこう。
初のコレクションは広大な雪原を歩く異端ミックス
ヴォルコヴァが初めてスタイリングを手掛けた「ミュウミュウ」は、2021年秋冬シーズンである。2021年3月にムービーで発表されたコレクションは、壮大な大自然の雪山を背景に発表されたエンターテインメントと言えよう。イタリア北東部に連なるのは3000m級の山々で、「ドロミテ」と呼ばれる山脈の麓に位置するリゾート地、コルチナ・ダンペッツォで撮影が行われた。
映像がスタートすると映し出されたのは、イエローのバラクラバを被るモデルの目元。カメラは引いていき、全景を映す。ライトブルーのキルティングウェアを着たモデルは山頂に立っていた。次にカメラが捉えたのは、絶景と呼ぶしかない、広大に広がる雪山と雪原だ。シャイニーな素材の服を着たモデルは、ゆったりと歩みを進める。
ファーストルックから、ヴォルコヴァの感性が覗く。キルティングブルゾンの下に合わせられた服はスキンカラーのトップスであり、胸元の深いカッティングはブラトップを彷彿させる。屋外の雪山で発表されるコレクションだというのに、秋冬のムードから最も遠く離れた、室内や肌を想起させるアイテムが組み込まれていた。
ヴォルコヴァは、シチュエーションに似つかわしくない服を組み合わせ、その違和感をパワーにしてスタイルに個性を生むのだ。彼女の異端ミックスは、随所に現れている。
顔にはグリーンのバラクラバ型マフラーを巻き、脚にはボリュームあるファーのサイハイブーツと、雪山にふさわしいアイテムを選択。しかし、トップスとスカートはまるで街中を歩く女の子のスタイルといっていい。胸元を深く見せるU字ネックの長袖トップス、淡いピンクのミニスカートは快活なファッションで、頭部と脚部のアイテムに対して大胆なコントラスト描く。
淡さが目を惹くパープルルックではより直接的な手法で、ランジェリーライクを披露した。ワイドなアウターとパンツに対して、インナーには薄手トップスの上からブラを重ね着。しかもマフラーを、ブラとトップスの間に挟み込むというアクセント付きで、さらに胸元を強調し、見る者の視線をバストへ向かわせる。
世界線の異なるアイテムを同時に着用させ、対比を表現するヴォルコヴァの手法は、このボディスーツルックにも見られた。ネイビーのパンツに合わせているのは、ピンクに染まっボディスーツなのだが、ボトムの上からレオタード型アイテムを着用するという、一癖も二癖もある発想を見せている。
このルックも頭部にバラクラバ型マフラーを巻き、両手にはビッグサイズのグローブをはめ、冬対策の施された着こなしと言えるが、ウィンターファッションの主役であるアウターは着用させていないために、ボディスーツ&パンツのレイヤードという、特異なスタイルが際立つ。
元々、この2021年秋冬コレクションは発表されたアイテムからして歪だ。バラクラバとマフラーを一体化したアイテムをメインに据えて、ファーやキルティングなどを、ワイドなシルエットのアウターとパンツ、サイハイブーツに使用し、寒さから身を守るアイテムを、外観的にも素材的にも完璧に準備している。一方で、薄手のニット、ノースリーブのワンピースなど、通常なら秋冬シーズンよりも春夏シーズンにふさわしいアイテムも豊富に揃え、コレクションの構成自体が大胆なコントラストを作り出しているのだ。
だが、その違和感に満ちた対比が、2021年秋冬コレクション最大の特徴といえよう。ヴォルコヴァは異端ミックスのスタイリングによって、ミウッチャのアヴァンギャルド精神が作り出した個性をさらに増大させ、パワフルに魅せた。
ショー映像は終盤を迎える。最新ウェアを着たモデルたちは、円を作りゆっくり歩き立ち止まり、円の中心を一斉に見る。その視線の先で、積まれた薪が勢いよく燃え、ゆらゆらと揺れる巨大な炎が薄暗くなった周囲を照らしていた。翌シーズンの2022年春夏コレクション、ヴォルコヴァは熱く燃え盛る炎に負けない熱狂を引き起こす。
バイラルなマイクロミニスカートをオーソドックスに着こなす
「ニューバランス(New Balance)」の歴史上最も履かれてきた「574」、キャメルのVネックニット、ベージュのチノパンツ、白いボタンダウンシャツを着用し、ランウェイを歩いていく。文章だけを読めば、「ミュウミュウ」2022年春夏コレクションは、普遍のトラッドスタイルが思い浮かぶ。
そのイメージのまま、実際に発表されたルックを見てみよう。きっと頭に描かれた想像は裏切られるに違いない。瞳に映るのはベーシックであって、ベーシックではない服の数々だ。
このシーズンで最も注目を浴びたアイテムは、カットオフされたマイクロミニスカート。その丈の短さが尋常ではない。切りっ放しの裾の下から飛び出しているのは、形状から察するにポケットの袋布だろうか。タックインした青いボタンダウンシャツの裾も、ほんのわずかだが確認できる。本来なら隠れているはずのものが、スカートの向こう側から見えてくる。
ファッションの歴史上、最も丈の短いミニスカート。そう断言してもいいのではないか。常軌を逸した短さのボトムが、トラディショナルな装いにアヴァンギャルドな精神を持ち込む。究極のミニレングスが展開されたのは、スカートだけではない。
シャツ・ニット・ジャケット、ベーシックを代表する3アイテムすべてがボレロのように短く、モデルは水着を着るように腹部を見せて「ニューバランス」を履き、短くも長くもないミドルレングスのグレーソックスが、伝統の装いにシックなムードを漂わせる。
上記のルックも、パッチポケットのジャケット・ケーブル編みニットと白いシャツ・膝下丈のプリーツスカート、これまたベーシックの中のベーシックが勢揃いのルックだ。しかし、一見するだけでわかるように、ジャケットの内側に合わせたアルティメットなミニレングスのシャツとニットが、均衡したベーシックのバランスを崩す。モデルが着用している服はまったく違うというのに、これからトレーニングに臨むスポーツ選手が着用するタンクトップがイメージされてきた。
アイデアだけを見れば「丈を短くする」という、誰でもいつでも思い浮かべそうな至極単純なもので、複雑さと難解さはゼロだ。しかし、そのシンプルな発想に「極端に短くする」という要素を掛け合わせることで、マイクロミニスカートがInstagramやTikTokで世界中にバイラルを巻き起こし、ニコール・キッドマン(Nicole Kidman)は「ミュウミュウ」のミニボトムを穿いて「ヴァニティ フェア(Vanity Fair)」の表紙を飾った。
では、このショーのスタイリングに注目したい。結論から言えば、ヴォルコヴァは何もしていない。その表現は少々誤解を招くかもしれないが、言い換えればヴォルコヴァのスタイリングは気を衒わず、基本に忠実だった。まず、2022年春夏コレクションのファーストルックを見てほしい。
このルックは、これまで紹介したルックに比べ、シャツとニットの着丈が標準に近く(とは言っても、十分に短いが)、スタイリングの特徴が把握しやすいために選んだ。どうだろう。着こなしが、王道のトラッドスタイルだと実感してもらえるのではないか。
トップスの着丈がさらにスタンダードに近くなり、Vネックニットにシャツをレイヤードし、シンプルなコートに袖を通すこのルックならば、よりトラッド王道の香りを感じてもらえるだろう。
ヴォルコヴァは、ミウッチャが完成させたコレクションから、そのコレクションの最も特筆する特徴を見出し、際立たせるために適切スタイリング手法を選ぶ。前シーズンの2021年秋冬コレクションは、キルティング素材を用いたブルゾンやパンツなど外着として活躍する秋冬アイテムと、ノースリーブワンピースなどの春夏にマッチするアイテム、ボディスーツなどのインナーウェアに通じるアイテムを同時に発表し、服を着るシーズンもシーンも混乱を招く、コレクションの構成の歪さが最大の特徴だった。
「それなら、その違和感ある構成を一つのルックの中でも再現しよう」。
雪山を歩くモデルたちのスタイリングからは、そんな言葉が浮かぶほどのコントラストが形になっていた。
そして今回の2022年春夏コレクションは、着丈の短さは確かに強烈だが、アイテムと構成はベーシックそのものだ。アヴァンギャルドに振れず、ベーシックが基盤になっているからこそ、極端に短いレングスが特別な存在感を放っていた。もしこれが、ダイナミックな造形と特殊加工の素材による服だったら、いくら想像を超えた短さの着丈であっても、形と生地のインパクトの前では存在感が希薄になってしまう。
ベーシックを維持した服のまま着丈を短く、しかも通常ではありえないほど短くしたからこそ、見る者の心をとらえる衝撃が生まれた。人間は抱いていたイメージが崩れた時に、深い印象を記憶に刻むシステムを持っている。ヴォルコヴァは異端ミックスが武器なのではなく、コレクションの構成に合わせて手法を選択できる理性こそ、彼女の武器。2022年春夏コレクションは、ヴォルコヴァの本質が窺えるスタイリングである。
見せないことが美しいコンサバに見せる美しさを持ち込む
ヴォルコヴァがスタイリングを手がけ始めた2021年秋冬シーズン以降、「ミュウミュウ」は破天荒ガールと呼びたくなるコレクションが続いたが、2023年秋冬コレクションは装いが一変する。スタイルのベースはコンサバだ。
「保守的な」を意味する言葉「コンサバティブ(conservative)」が語源となっているように、コンサバは上品で綺麗な服装を第一とし、グレーのカーディガン、タイトなシルエットの膝下丈スカートは、「挑戦的で刺激的」「色気にあふれている」といった表現とは無縁のファッション。ある意味、無難とも言えるイメージに凝り固まったコンサバを、ミウッチャとヴォルコヴァは崩していく。
ファーストルックは、クルーネックで首元が詰まったライトグレーのカーディガンに袖を通し、ボトムは黒いドットの膝丈スカート、靴は黒いスリングバックを履き、シックでお淑やか。バッグの持ち方も上品だ。曲げた腕に、バッグの持ち手を掛ける姿は、まさにコンサバファッションの極み。ただし、スカートの素材と着こなしが王道から外れているのだ。
脚のラインが透けて見えるほどスカートの素材は薄く、カーディガンの裾はスカートの下に穿いたストッキングに挟み込んでいる。ボトムの下に穿くアイテムのウェストを露わにする様子に、「カルバン・クライン(CALVIN KLEIN)」のショーツを穿いて、ウェストのブランドロゴを覗かせる若者たちの姿がオーバーラップされてきた。
ファーストルックと同じ構成のルックはカーディガンの裾が、ストッキングの中でめくり上がっている様子をよりクリアに確認できる。従来の価値観で言えば、この着こなしをクールだと思える人はきっと少ないだろう。だが、通常なら否定的に捉えられる感覚を、自身のファッションの美として提示するのが、ミウッチャの「悪趣味なエレガンス」である。そして、スタイルの本質を際立たせるヴォルコヴァのスタイリングが、「ミュウミュウ」の異端性を輝かせる。
2023年秋冬コレクションは、外着と下着の境界を薄手素材とスタイリングで曖昧にするが、外出着と室内着の境界も曖昧にしていく。
ルームウェアとして活躍する素材と色のアイテムが、ランウェイに何度も登場する。シックなダブルブレステッドコートを着用し、フードをコートの外に出してショルダーバッグを斜め掛けするカジュアルな装い。現代ファッションに内も外もない。着たい服を、着たい場所、着たい時間に着ればいい。時にはスカートを穿き忘れて、外出してもいいのだ。「ミュウミュウ」が、服装のセオリーに揺さぶりをかけていく。
これまでのコンサバファッションには、セクシーという表現は似合わなかった。むしろ肌を見せないこと、下着を見せないことの奥ゆかしさが、スタイルにエレガンスを生んでいた。しかし、「見せないこと」という前提を崩すことで、保守的なスタイルは一気に前衛となり、最先端ファッションへと生まれ変わった。
煌びやかに飾られたショーツを、スカートの下に隠してしまうなんてもったいない。このアイテムを際立たせるなら、トップスはベーシックなタートルネックニットがベスト。遊びは必要ない。長袖トップスのカラーはブラックで無地が最適だ。色の対比を起こすことによって、ピンクの甘い輝きはいっそうランウェイで映えるというもの。そして、瀟洒なバッグの持ち方が、淑女の美を添える。
ヴォルコヴァは概念的部分から、スタイリングを仕掛けていく。2023年秋冬コレクションで言えば、見せないことが美しいコンサバに「見せる」という概念を持ち込み、スタイリングを行った。新しさを作ろうとするなら、ファッションの定義から考え直すこと。ヴォルコヴァの手法には、その斬新なスタイリングとは裏腹に理知的な香りが漂う。
最新コレクションでまたも登場するベーシックスタイリング
最後にピックアップするのは、3月に発表された最新2024年秋冬コレクションだ。ショーで話題を呼んだのはキャスティングで、これまでの「ミュウミュウ」は若い女性モデルの起用が多かったが、今コレクションでは幅広い年齢層のモデルが起用されていた。
中でも注目は、ブランドの1ファンで、愛用のアイテムを着こなす写真をInstagramにポストしていたQin Huilanだろう。彼女はショーの数日前に「ミュウミュウ」からオファーが届き、急遽ランウェイのデビューが決まったのだ。
ストリートでモデルをハンティングすることは、モードの世界では珍しくないが、現代において最も重要なストリートはInstagramなのかもしれない。キャスティングについて言及するのはここで終わりにし、ここからはヴォルコヴァのスタイリングに注目する時間だ。
まずコレクション全体の印象から触れたいと思う。2024年秋冬コレクションは、ミウッチャのDNAであるコンサバが再び主役として展開されている。ただし、同じコンサバがテーマでも、前章で取り上げたインナーウェアを大胆に露出する2023年秋冬コレクションとは違い、今回は王道に寄せていた。
2024年秋冬シーズンは各ブランドのルックを見ていると、「ビッグシルエットの復権か?」と思えるほど、オーバーサイズの服が散見されていたのだが、「ミュウミュウ」ではコンパクトなシルエットがオーバーサイズと同様に数多く発表されていた。その代表的アイテムが、このダブルのノーカラーコートだ。
肩幅はジャストでシルエットはスレンダーなアウターを、フロントボタンを留めて凛々しく着て、首元はパールのネックレスで飾る。ココ・シャネル(Coco Chanel)に端を発するコンサバの本流が登場した。
グレーのセットアップは、近年の「ミュウミュウ」のルックにしては驚くぐらいオーソドックス。両手には野生味あるデザインのグローブを合わせてはいるが、全体を見ればサングラスからシューズまで、奇抜な組み合わせは見られない。コンサバの教科書があるなら、見本として掲載されるスタイリングだ。
ショー終盤に登場したブラックドレスはデザインもさることながら、サングラス・グローブ・シューズといずれのアイテムも、ボディラインを立体的に強調するクチュールライクなシルエットに合わせて落ち着いたムード。ヴォルコヴァはシックにはシックで応えて、スタイルを組み立てていく。
もちろん、ミウッチャが手掛ける「ミュウミュウ」なのだから、鮮やかな色使いで目を惹くアイテムも登場した。だが、スタイリング自体はシンプルの領域にとどまっている。
随所に甘さと明るさが取り入れられたカラーパレットで、色のインパクトに目が奪われるが、スタイリングに注目するとシンプルであることがわかる。2023年春夏コレクションで発表された、下着のショーツを露わにしたスタイルのような大胆さはない。
テイストの違うアイテムを混ぜるルックも複数登場するが、いずれもミックス感覚を楽しむといった類のスタイリングに着地しており、アヴァンギャルドを標榜するのではなく、これまでのファッションの延長線上にある新しさを表現しているかのようだ。
2024年秋冬コレクションのヴォルコヴァは、2章で取り挙げた2022年春夏コレクションと同様のアプローチを示している。それは、「奇を衒わず、基本に忠実」というスタイリングである。
2022年春夏コレクションはマイクロミニスカートをはじめとした、極端な丈の短さが特徴のコレクションであり、スタイリングをベーシックに展開することで、スーパーショートなレングスが際立つ効果を発揮し、コレクションの個性を強調していた。翻って2024年秋冬コレクションは、ミウッチャの美意識がコンサバ王道の姿で表現され、それが特徴となっている。
ミウッチャはミニマリズムの女王 ジル・サンダー(Jil Sander)とも双璧を成す、シンプルデザインの名手。決してアグリーな色使いやディテールだけが武器のデザイナーではなく、服のカッティングで自身の感性も表現できるデザイナーだ。ミウッチャの服を形づくるセンスをコンサバの文脈上で表現したスタイルが、この2024年秋冬コレクションだと言えるだろう。
ミウッチャが提示した美しさを、壊すことはなく強調するにはどうすればいいのか。コンサバの基本に則したスタイリングを行えばいい。原則を実行することで、ミウッチャのセンスが際立つ。ヴォルコヴァは、ファッションデザイナーの感性を尊重し、これでもかと輝かせるスタイリストだ。
その才能と実力はスタイリストの領域を超えている
キャンペーンビジュアルでも、ヴォルコヴァの才能は発揮されている。2024年レザーグッズキャンペーンは、モデルにジジ・ハディット(Gigi Hadid)、フォトグラファーにスティーブン・マイゼル(Steven Meisel)という超一流のクリエイターが参加。キャンペーンの着想源となったのは、婦人参政権論者でもあったイギリスの写真家、イエヴォンデ・ミドルトン(Yevonde Middleton)だった。
1930年代に撮影したイエヴォンデの作品は、白黒写真がまだ主流であった時代にカラー写真の革命家として、愛らしく明るい色使いで淑女のエレガンスをフィルムに収めてきた。ヴォルコヴァは、イエヴォンデが写してきた女性たちを、「ミュウミュウ」とジジで再現する。ブランドのシグネチャーバッグであるマテラッセを持つジジの姿は、古き良き時代の美しい装いが現れていた。
スタイリスト一人の力で、ブランドは魅力的に変貌する。スタイリストを超えたスタイリスト、ロッタ・ヴォルコヴァの創造性から目が離せない。ミュウミュウガールズは、今日も街中を煌びやかに歩いていく。
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