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【コラム連載|あがりの服と、あがる服】カーディガン編:東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」 / 珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット

【コラム連載|あがりの服と、あがる服】カーディガン編:東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」 / 珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット

>>前回記事「メンズアクセサリー」編はこちら

(文:sushi)

 エアコンは電源の入り切りに一番電力を使うため、付けっ放しが最も電気代がかからないらしい。ガサツな自分にとっては何とも都合のいい話なので、今年の夏は僕の部屋のエアコンを24時間フル稼働させているが、秋口を前にしてエアコンを切るタイミングを見失っている。 寝ている時も付けっ放しのため、目を覚ますとエアコンの風に体が冷えきっていることもあり、ちょうどいい時季かと思い、適当な羽織りとしていくつかカーディガンをクローゼットから引っ張りだした。僕自身、急な温度の変化に弱いので、季節の変わり目には羽織りが欠かせないのだが、カーディガンはジャケットのようにかさばらないし、脱ぎ着もしやすいので、個人的にあらゆる服のカテゴリーの中でも厚い信頼を寄せている。職場などでの日常使いでは「ユニクロ(UNIQLO)」が展開するエクストラファインメリノシリーズの物を十数着ほど着まわす程度にカーディガンを偏愛しているが、そんな自分が毎年この時期になると思い起こす2つのアイテムがある。

東北の逸品 気仙沼ニッティング「MM01」

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 優れた保温性と特徴的な編みで知られるアランニッ卜およびアランカーディガンはその名の通りアイルランドのアラン諸島にルーツを持ち、港町で働く漁師たちを冷たい潮風から守るために生まれた、いわゆるフィッシャーマンニッ卜の一種だ。今でこそ一般的なニットデザインとして普及したが、ファッショナブルなアイテムとして確立されたのは1956年のこと。クリスチャン・ディオールがコレクションで発表したことを機にヨーロッパで認知が広まり、1960年代には大陸を渡りアメリカでも大流行し、その後アメトラブランドである「ヴァン(VAN)」がこれを曰本に持ち込んだ。

 こうして普及したアランニットだが、市場に出回る多くのものは機械編みで作られている。手編みのアランニットは完成するまでに相当な手間がかかるため、大量生産はできるはずもなく、流通量は多くはない。編み手も減っているため、状態の良い手編みのアランニットを手に入れるのにはそれなりに根気がいる。ヨーロッパ物を取り扱うヴィンテージショップを根気よく回り、サイズ感や状態に納得できる一点を探し出すのも一つの手なのだが、国内で高い技術力を持つ編み手が編んだアランニットを生産しているブランドがある。それが、東北・宮城の漁師町である気仙沼に本社を置く「気仙沼ニッティング」だ。

 アラン諸島現地で用いられる毛糸は油分を多く含み、手触りはごわつきが強い。もちろんこの武骨さこそがアランニッ卜最大の特徴であり、その強靭さがアラン模様をより立体的に浮き上がらせるためには必要不可欠なわけだが、とはいえ非常に重い上にかさばるので、日常使いするには少々使い勝手が悪い。そこで、気仙沼ニッティングではアランニット特有の模様を際立たせつつ、軽く心地よい着心地を両立させるために、国内の企業と協業し毛糸を独自に開発している。また、糸そのものの品質だけではなく、保管方法にも強いこだわりがある。本来、紡績後の毛糸はコーンに巻かれて管理されるが、気仙沼ニッティングの工房ではテンションをかけていない柔らかな状態の毛糸のテクスチャを守るためにあえてコーンには巻かず、そのままの状態で管理しているという。こうした細かいこだわりによって作り出される手編みならではの着心地の良さはすぐに世に知られる。

 気仙沼ニッティングが展開する数あるモデルの中でも、ファーストモデルである「MM01」は、ニットデザイナーである三國万里子氏がデザインを手掛ける極上のアランカーディガンだ。手編みで作られるのは当然のこと、注文者の希望のサイズ感に応じて一点ずつオーダーメイドで編み上げられる。毛糸の色は全6色で、オリジナルの色である「春の海」色と「冬の海」色は同じ青色だが微妙にトーンが異なり、それぞれの海の情景を彷彿とさせる独特な色合いに仕上げられる。一着14万円程度と高価格だが、現在は数百人がニットの編み上がりを待っている状態だという。注文は順番待ちで、ようやく自分の番が来たかと思えばそこから手元に届くまでに1ヶ月程度を要する代物だが、自分のためだけに作られた至高のカーディガンのことを思えば、その長い待ち時間すら愛おしいと感じられるはずだ。

 気仙沼ニッティングが立ち上がったきっかけは、2011年3月に発生した東日本大震災。震災によってそれまでの生活や仕事を奪われた人への支援や気仙沼の復興を目指し、糸井重里さんが主宰する「ほぼ日刊イトイ新聞」の支援プロジェクトとして始まった。気仙沼は最も甚大な被害を被った地域の一つ。気仙沼ニッティングの御手洗瑞子社長は、とあるインタビューで「気仙沼を最高の商品が産まれる場所として世界に広めたい」と語っていた。復興支援というものは最終的には支援を受けた組織が自立できることが本質であり、そのためにはその組織やビジネスが中長期的に成長・存続できることが重要だ。気仙沼ニッティングの作るカーディガンを初めて手に取ったとき、そのクオリティの高さを肌で感じることができたのはもちろんのこと、「被災した地元の商品だから」という気持ちではなく「純粋に素敵なものだから手に入れたい」と素直に感じることができたし、そういう商品をプロデュースすることこそが最も本質的な復興支援ではないかと感じた。 僕自身は恥ずかしながらまだオーダーはできていないものの、地元宮城をファッションで支援する同社のカーディガンは、今後いつになろうとも絶対に手に入れたいと思える一着だ。

珠玉のアウター コモリ×ノラのストールジャケット

 僕はひねくれた性格で、昔から何のジャンルとも振り分けられないデザインの服が好きだった。ありふれたデザインの服では満足できなくなり、一時期は尖ったデザインの物ばかりを着ていたが、最近は生意気にワードローブのバランスなんかも意識するようになり、服の趣味も落ち着いてきた。とはいえ、何とも形容しがたいデザインの服を発見するとすぐ飛びついてしまう癖は今も残っている。そんな「あがる出会い」は良くて年に一度あるかないかというものだが、「コモリ(COMOLI)」とヤク素材に着目した織物ブランド「ノラ(Norlha)」のコラボによって生まれたストールジャケットには心を奪われた。

 ストールジャケットと銘打たれただけに「今回はカーディガンの話ではなかったのか」という声が聞こえてきそうだが、織物を生地に使用していること、そしてざっくりとしたサイジングによる気楽さは「ジャケット」という表現が正解かどうか微妙なデザインで、そのカテゴリー分けできないデザインの新規性に感激し、衝勤的に購入した。僕の場合は専らカーディガンに近い感覚でスタイリングに取り入れている。

 このアイテムの特筆すべき点と言えば、間違いなくその秀逸なデザインにあると思う。たっぷりととられた身幅や裾にあしらわれたフリンジ、ストールにそのまま袖を付け足したようなデザインにもかかわらず、どこか着物のような雰囲気を纏っているようにも感じており、伝統を踏襲したクラシックなアイテムでは得られない高揚感を与えてくれる最たる例であるようにも思う。

 コモリとコラボしたノラは、エルメスや他多数のビッグメゾンに生地を卸していることでも知られる。同社の代名詞ともいえる素材は、チベットの標高3000メートル以上の過酷な寒さの環境で生態系を構築するヤクから採取される天然繊維で、その希少性と保温性から"繊維の宝石"と称される力シミヤをもしのぐといわれている。ヤクという生物は牛の仲間であり、その見た目は長くやわらかな毛に包まれていて何とも可愛らしいが、価格は全く可愛くないというのが正直なところである。

 ストールジャケットとの出会いは、昨年の冬に青山にあるコモリの旗艦店にふらっと立ち寄った際のことだった。この日は別の秋冬物の購入もあり、すでに財布は困窮状態であったが、無機質な什器と空間の余白を絶妙に配合したハイセンスな店舗内に置かれていたこのアイテムに目が留まった。見た目はカジュアルだが、着丈はヒップが隠れる程度の長さがあり、テーラードジャケットの様な上品さを感じさせる。デザインの良さもさることながら、ヤクという繊維の肌触りの良さは袖を通してみるとより一層魅力的で、見た目は薄手な一枚仕立ての布だが、その温かさに心許なさは全く感じなかった。ここまで魅力に取り憑かれたものの一度は頭を冷やそうと思い店を後にしたが、結局その帰路の途中にネットで購入してしまった。その月末のカードの支払いは、このアイテムのおかげで完全な予算オーバーとなり資金繰りに相当あくせくした。 社会人にもなってこんなことはみっともないとは思いながらもノラのことを調べると、村落における経済発展の未熟さが問題となっているチベットに雇用をもたらし、過疎化抑止に寄与するために立ち上げられたことを知った。そんなブランド背景を知れば、僕のその出費もいくらかはどこかの誰かの役に立っていることで多少は救われた気分になるし、そのひと月くらいは誰かのために自分がヒイヒイと言いながら生活をすれば良いじゃないかとも思う。そんなことを考えながら、今は執筆をしながら気仙沼ニッティングのオーダーフォームとにらめっこをしているわけだが、今年の冬もどこかの誰かのために月末の資金繰りに奮闘することになりそうだ。

■sushi(Twitter)
15歳で不登校になるものの、ファッションとの出会いで人生が変貌し社会復帰。2018年に大学を卒業後、不動産デベロッパーに入社。商業施設の開発に携わる傍、副業制度を利用し2020年よりフリーランスのファッションライターとしても活動。noteマガジン「落ちていた寿司」でも執筆活動中。

あがりの服と、あがる服 バックナンバー
【vol.1】シャツ編:シャツの極致 シャルベ / 15歳の僕を変えたマーガレット・ハウエル
【vol.2】ルームウェア編:アマンも認めるプローのバスローブ / 外着にもしたいスリーピー・ジョーンズのパジャマ
【vol.3】レインウェア編:誇り高き迷彩のヴィンテージバブアー / 心強い鎧ビューフォート
【vol.4】サンダル編:"サンダル界のロールスロイス"ユッタニューマン / チープ・シックな逸品 シーサンのギョサン
【vol.5】メンズアクセサリー編:トゥアレグ族のクラフトマンシップ溢れるエルメスの「アノー」 / 真鍮の経年変化を楽しむマルジェラの「IDブレスレット」

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