
ディオール 2026年サマーコレクション
Image by: Dior
1947年にクリスチャン・ディオール(Christian Dior、以下 ムッシュ・ディオール)が打ち出した"ニュールック"は、モード界に革命をもたらした。それから78年──革新の精神は、新たにクリエイティブ ディレクターに就任したジョナサン・アンダーソン(Jonathan Anderson)に受け継がれる。メゾンのヘリテージを読み解き、歴史と豊かさを現代に向けて再構築する──注目を集めたジョナサンのデビューコレクションに宿るヴィジョンと、そのアプローチに迫る。
年間18コレクション ジョナサンの創造力
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卓越した創造力でファッションの可能性を広げ続けている鬼才、ジョナサン・アンダーソン。歴史あるクチュールメゾンであるディオールの全コレクションを統括しながら、自身のブランド「JW アンダーソン(JW Anderson)」や「ユニクロ(UNIQLO)」との協業ラインを含め、年間18ものコレクションを送り出すことになるという。
なかでも最も大きなディオールでの仕事をメンズコレクションから始動させたのは、ウィメンズの方が圧倒的に大きい市場規模を考えれば意外かもしれない。しかし彼にとっては自然な選択とも言える。自身のデビュー時も、ロエベの在籍時も、メンズからキャリアを築き、メンズウェアの新しい提案によって注目を浴びてきたからだ。
また今回、"2026年サマー"というコレクション名で、公式の発表では「メンズ」という表記を排している点にも注目したい。メンズもウィメンズも同じヴィジョンのもと、ジェンダーの境界すら問い直すといった、静かな声明とも受け取れる。
新しいロゴとシャルダンの名画
モード界が注目したデビューの舞台は、アンヴァリッドのドーム教会の前に建てられた特設会場。外観にはディオールの歴史が刻まれてきたサロンが描かれ、新しい「Dior」のロゴが掲げられていた。大文字・小文字混合のクラシックなブランドロゴに回帰した形だ。

会場内はベルリンの絵画館(ゲメルデギャラリー)を模したシンプルな造り。グレーのベルベット張りの壁面に、ジャン・シメオン・シャルダンの名画2点が静かに飾られている。いずれもスコットランド国立美術館とルーヴル美術館から特別に貸し出されたもの。日常を慈しみ、壮大さより誠実さと共感を重んじるシャルダンの美学が、このコレクションの精神をさりげなく予感させる。
限られた数の客席は、オートクチュールのサロン同様、至近距離で服を鑑賞できる設計。ショーが開幕するまでの間、俳優ルイ・ガレルによる「DIOR by Dior」の朗読が流れ、ムッシュへの深い敬意をうかがわせた。



アーカイヴを再構築 ドレスがカーゴショーツに
注目のファーストルックは、メゾンの最も象徴的な「バー」ジャケット。まさにムッシュ・ディオールのデビューコレクション(1947年)で登場し、時代を超えて受け継がれてきた名作。歴代デザイナーにより、主にウィメンズで展開されてきたシルエットを、ジョナサンの出身地であるイングランドのドネガルツイードを用いてメンズウェアに再構築した。

そこにカーゴショーツを組み合わせるのが、ジョナサン流のリアリティ。一見するとカジュアルなアイテムだが、クチュールの手法で約15メートルもの布地をひだ状に縫い重ね、ボリュームシルエットが作られていた。レファレンスとなったのは、メゾンのアーカイヴ「デルフト」ドレス(1948年)。足元はストライプソックスにサンダルというラフなコンビネーションで、洗練と遊びが同居する。
さらに、1948年のドレス「カプリス」の優雅に流れるスカートのフレアを、ジーンズやチノパンのパターンに再現。また、1952年のドレス「ラ シガール」の腰から張り出した立体的なスカートのフォルムをカーゴショーツに置き換えた。いずれもムッシュが女性のためにデザインしたオートクチュールのシルエットを、現代のワードローブへと巧みに転換。加えてモワレ生地といったムッシュが好んでドレスに用いていた素材も取り入れている。


貴族的エレガンスとナポレオンジャケット
さらに時代を遡り、18世紀ロココ期フランスの紳士服に着想を得たディテールも印象的だ。アンティークのウエストコートを起点に、緻密な植物文様の刺繍をベストやニットへと展開。高いスタンドカラーの付け襟とクラシックなボウタイが貴族的エレガンスを漂わせ、金属糸で織り上げたコート(約3200万円・予価)はサヴォワールフェールを極めた逸品だ。




一方でナポレオンジャケットは、貴族社会を崩壊に導いたフランス革命後の実用的なスタイルを象徴すると同時に、エディ・スリマン時代のディオール オムがモード界に刻んだ鮮烈な足跡を甦らせた。ちなみにショー会場のアンヴァリッドには、そのモデルとなったナポレオン・ボナパルトの墓がある。


フォーマリティを再定義する、ゆるく絞めたネクタイとシャツのコンビネーション。これはティザーとして公開されたムードボードの、アンディ・ウォーホル撮影によるジャン=ミシェル・バスキアのポートレートを思い起こさせた。


カラフルなケーブルニットのバリエーション、あえて裏側のラベルを見せるネクタイ、パンツの裾を片側だけ軽くロールアップ──ポップカルチャーと自己表現をクロスオーバーさせるスタイリングは、ジョナサンがこれまでもロエベやJW アンダーソンでタッグを組んできたベンジャミン・ブルーノ(Benjamin Bruno)を起用した。
また、ヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌ(Victoire de Castellane)が手掛けているディオールのファインジュエリーが用いられ、庭園の花やてんとう虫、蜂といった繊細でカラフルなモチーフが彩りを添えている。













ブックトート、レディ ディオールが登場
バッグでは、主にウィメンズコレクションとして展開されてきた「ディオール ブックトート」が登場。本の表紙を模したデザインで、ショーのティザー段階から注目を集めていた。シャルル・ボードレールの「悪の華」、トルーマン・カポーティの「冷血」、ブラム・ストーカーの「吸血鬼ドラキュラ」、そしてムッシュの自叙伝「DIOR by Dior」も題材に。物語性を引き立てる名脇役となった。


また、ジョナサンのクラフトへの情熱が注ぎ込まれた、特別な「レディ ディオール」が登場。ウールアーティストのシーラ・ヒックス(Sheila Hicks)によって、リネンの糸の束がバッグ全体を包み込み、持ち歩くことができるアート作品のよう。
現実的でビジョナリーな"ニュールック"
18世紀ロココの貴族装束から現代のワードローブ、ウィメンズからメンズ、さらにはアートやカルチャーのエッセンスまで──時代もジャンルも自在に横断し、新生ディオールをリアルに描き出す。美を追求するメゾンの精神を宿しながら、より現実的でビジョナリーな、新時代の"ニュールック"と言えるのではないだろうか。
今後はウィメンズコレクションと、ジョナサンが初めて手掛けるオートクチュールコレクションの発表が控えている。特にクチュールでは、クラフトを敬愛するジョナサンによる、サヴォワールフェールの極地が見られるかもしれない。ムッシュ・ディオールがシーズンごとに新しいシルエットを打ち出したように、どんな進化を遂げていくのか。ディオールの新章に期待が募る。
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