アトリエから私生活まで...映画監督が記録し続けた「ドリス・ヴァン・ノッテン」の素顔

ドリス・ヴァン・ノッテン

 ブランドの休止や買収のニュースが相次ぐファッション業界で、インディペンデントブランドとして維持し続けているデザイナー ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)。クリエーションと経営の両方に携わり、メディアのインタビューはめったに受けない。スキャンダルとも無縁だ。その知名度に対して、ドリスの私生活やクリエーションプロセスは謎に包まれていた。そんなドリスを3年かけて口説き落とし、約1年間密着することが許されたライナー・ホルツェマー監督に電話インタビューを敢行。監督が捉えたドリスの横顔、そして彼が"完璧主義者"とされる所以を聞いた。

ドリス・ヴァン・ノッテンの素顔に迫った初のドキュメンタリー映画、来年1月に日本で公開

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ライナー・ホルツェマー
1958年、ドイツ・ゲミュンデン生まれ。ドイツ語圏のドキュメンタリー界を牽引するベテラン作家。ドイツで初めてエイズ患者と公表した人物に密着した「I Am Still Alive」(1986年/日本未公開)や、アウシュビッツに強制収容されたロマ族に光を当てた「Verfolgt und vergessen」(1985年/日本未公開)など、これまで30本以上のドキュメンタリー作品を発表してきた。日本では2007年に「マグナム・フォト 世界を変える写真家たち」を上映。ドリス・ヴァン・ノッテンに密着した映画「ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男」が、1月13日から公開される。現在はミュンヘンの美術館の長期改築プロジェクトなどを撮影中。

■3年におよぶ取材交渉

ー ドリスとの出会いは?

 最初にドリスに会ったのは、写真家のユルゲン・テラー(Jeurgen Teller)のドキュメンタリーを撮っている時ですね。ドリスの作品にも彼の人柄にも惹かれて「ぜひドキュメンタリーを撮りたい」と伝えました。

ー ドリスを追ったドキュメンタリーは本作が初めてです。

 ドリスは控えめな性格で、とても忙しい人です。チームも仕事に集中する必要があるから、という理由で密着のオファーになかなか首を縦に振ってもらえませんでした。 結局、出会ってから実際に撮影に至るまでの説得には、3年かかりましたね。

ー ドリスにはこれまで密着取材のオファーは多々あったと聞きました。ライナー監督のオファーを受けた決め手は何だと思いますか?

 私がいわゆるファッション業界の人間ではないことでしょうか。ファッションフィルムを手掛けてきた監督だと、どうしてもコレクション制作のプロセスやバックステージ、そこで繰り広げられるドラマに興味がいってしまうでしょう。私はドリスのアーティスティックなアプローチに興味を持った、ということが一番大きな理由じゃないかと思っています。

 あと、ドリスには密着取材をされることでチームの集中力を下げるのではという懸念があったため、まずはテストシューティングを提案しました。彼がパリで行うエキシビジョンの準備を進めていた時に、3日間だけテスト撮影をすることが許されたのですが、いざ始めて見ると、撮影を継続するか止めるかということは話にあがることはなく、このように映画を完成させることができたんです。

ー ライナー監督はこれまでエイズやアウシュビッツなど社会的な題材を扱ったドキュメンタリーを発表してきました。過去の作品の被写体とドリスの共通点、また違いについてはどのように感じていますか?

 全ての作品に共通しているのは、これまで私にとって身近ではなかった被写体や題材を選んでいること、そして私が映画で見せたいのは被写体の現在や過去、アイデア、思い、気持ち、そして本当の姿だということ。違いを言えば、私の経験値でしょうか。ドキュメンタリー撮影を始めた頃は、社会問題の実態を記録するにしても、被写体の感情を捉えるにしても、ドラマティックな題材に作品の意味があると感じていました。今は、そうした経験を経て、それぞれの人間に潜む感情に興味を持ち、それを引き出して捉えることに意味を見出していると思います。

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ー 本作では、2015年春夏ウィメンズコレクションの舞台裏から、パリのオペラ座で開催された2016-17年秋冬メンズコレクションのショーまで、4つのコレクションの制作過程に密着。約1年間にわたる密着取材で、意外だったことや驚いたことは?

 驚きは毎日のようにありました。映画にも入れているシーンですが、ドリスは当初、2016年春夏メンズコレクションを白を基調に、少しだけチェック柄を挿した構成で考えていたんです。それから2週間後、再びアトリエを訪れたら全く違う構成に変わっていて。机の上にはマリリン・モンローの写真やロブスターをプリントした生地が並んでいたんです。彼はファッションについて常に思いを巡らせ、アイデアを発展させ続けている。1年で4つのコレクションを作っているわけですが、1人のアーティストからこんなにもたくさんのアイデアが出てくるんだということが最大の驚きだったかもしれません。

■監督が考える"ドリス"像

ー 1年間密着したライナー監督から見た1人の人間としてのドリスとは?

 彼は本物の完璧主義者だと思いますね。自宅の庭で摘んだ花のアレンジメントに1日何時間も没頭したり、部屋の模様替えにしてもミリ単位で調整するくらい。私生活で見せるドリスの完璧主義者ぶりが仕事の場でも発揮されているのは、近くで見ていて非常に興味深かったです。服を作るときに、0.5ミリ単位から調整する理由もドリスの中に明確な回答があるんです。服作りだけではなく、映画でも見られるパリ・オペラ座でのショー演出でも同じです。当初は天井に照明があったのですが、前日に「これは全然違う。変えよう」と彼が言い出したのです。技術チームにとってみれば大変な話ですが、彼らしいと思いますし、ショーが終わってみれば彼の判断は的確だったとわかるんです。

ー コレクションの発表形式が多様化していくなかで、昨年3月には100回目のショーを開催しました。自分のポリシーを貫くドリスの信念を感じます

 ドリスが完璧主義なのは、良いことだと思います。そうじゃないと、あれだけのクオリティのものを生みだせないですから。私もドリスの服を着始めたら、他のブランドを着られなくなってしまいました。本当に細かいところまで考えて作られていて、着た時のフィット感もすごく良い。そして、ドリスはベストを尽くして素晴らしいものを作り上げても、それに全く満足していない。彼のその姿勢に私はまた魅了されるのです。

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ー 映画に対しても「こうしてほしい」といったリクエストは多かったんでしょうか?

 私も彼の性格上、撮影したシーンの変更やカットを頼まれるんじゃないかと思っていたのですが、全くそんなことはなく、撮影・編集を通して私が表現したかったことを尊重してくれました。ほとんどそのまま受け入れてくれて、完成版はラフカットより10分ほど短いだけなんですね。変更した部分というのも、過去のコレクション映像を入れた部分で「ホワイトのルックが多いから、色味のあるものも少し入れてくれないか」ということだったり、映画の流れとして大きな調整ではないような部分ばかりでした。

ー ジャーナリストに酷評されたシーズンや売れ行きの良くなかったシーズンなど、過去のコレクションのネガティブな面について言及するシーンもありました

 撮影を進めていくにつれて、彼自身も良い面だけを切り取った映画にするべきではないと感じたようです。ドリスは一人で淡々と作業をする"孤高"な存在でもありますが、とても正直で誠実な人でもあります。ネガティブな面も含めたリアルな姿を伝えるのは彼にとっても重要なことだったんです。

■プライベートの姿も記録

dries_still-20171024_007.jpg1840年代に建築されたという自宅「ザ・リンゲンホフ」


ー 完成した映画を見たドリスの感想は?

 ドリスに初めて見せた時は、とても緊張しました。上映中近くに座っていたんですが、約100分間、全くリアクションがなくて。笑いもしなければ、コメントもないんですよ。上映後に感想を聞いたら「正直いまコメントするのは難しい」と。ドリスは好んでカメラの前に立つ人ではないので、普段見ることのない自分の側面をスクリーンを通して直視することになり、戸惑いがあったようです。ただ、彼のパートナーでもあるパトリックや友人、職場のチームなどドリスをよく知る周りの人物が、映画を見てすごく良かったと言ってくれていたみたいで。特にパトリックはすごく気に入ってくれたんですね。

ー それでは、ドリスの感想は聞かないままなんですか?

 映画が完成して数週間後、ドリス自身がプライベートで上映会を主催してくれたんです。それまで映画については一切話さなかったんですが、上映前にドリスがスピーチをしたんです。作品をとても気に入っているということ、そしてそこに映し出されている自分はリアルであるということ、最後に監督に感謝していると言ってくれました。ドリスはシャイではありませんが、控えめな人。普段から自分の気持ちを積極的に表現するタイプではないので、本当に気に入ってもらえたんだということが伝わってきて安心しました。私にとって忘れられない瞬間になりました。

ー 自宅でパートナーのパトリックさんと過ごすシーンだったり、プライベートでのドリスの姿が印象的でした

 ドリス自身、見られるのが恥ずかしいプライベートな瞬間がいくつかあって、実は2〜3シーンほど外せないかと聞かれたんです。プロフェッショナルな顔だけではなく、ドリスのより人間的な部分を見せることが重要だったので、「それは外せません」と伝えると納得してくれましたが、今も気恥ずかしさは少し残っているみたいですよ(笑)。

ー 「見せたくない」と思う部分を公にすることは簡単ではないですよね。ライナー監督が考えるドキュメンタリー撮影の意義とは?

 映画を見た人に、被写体に親近感を持ってもらい、彼らの世界の中に一歩踏み込めた、そんな気持ちになってもらうのは、ドキュメンタリーを撮る上で達成したいこと。ですから、アントワープで行った上映イベントで若い女性から「ドリスをとても近い存在に感じた」と言われてとても嬉しかったですね。私にとってドキュメンタリー撮影は恋愛のようなものなんです。被写体に恋をして、距離を縮めていく。人と人が信頼関係を築き上げるには時間がかかるものです。そうした中で、立ち会えた被写体の自然体な姿を捉えることができ、それが作品の中で良いシーンに仕上がった時、私は最高に嬉しいのです。

■ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男
監督・脚本・撮影・製作:ライナー・ホルツェマー(Reiner Holzemer)
2016年/ドイツ・ベルギー/93分
配給:アルバトロス・フィルム
2018年1月13日より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
© 2016 Reiner Holzemer Film - RTBF - Aminata bvba - BR - ARTE
公式サイト

 
(聞き手:谷 桃子)