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「我々はどうやって装っていくべきなのかを問いかけたい」——ファッション イン ジャパン展、キュレーションへの想い

Video by: FASHIONSNAP

 人と人との接触や、移動が制限された非日常ともいえる新しい日常に、不自由さを感じつつも慣れを覚え始めた2021年。そうした渦中にある今、ファッションという日常と密接に関わる現象に焦点を当てる展覧会「ファッション イン ジャパン 1945-2020—流行と社会」が、国立新美術館で開幕した。同展では、戦後である1945年から現在に至るまでの日本ファッション史が、衣服やアイデアを創造するデザイナーと、衣服を身につけ流行を生み出す消費者の双方向から辿られている。国立新美術館主任研究員で同展を担当した本橋弥生は、同展開催の理由を「戦後からわずか25年という短期間で、洋装を自らの文化へと変容させただけではなく、西洋における『ファッション』の価値観を揺さぶるデザイナーを輩出し、東京がファッションキャピタルになるまでを丁寧に見せたかった」と説明する。コロナ禍による延期を経て開催された同展の見所や、キュレーションへの想い、美術館で「ファッション」を取り扱うことについてなどを聞いた。

本橋弥生
 国立新美術館主任研究員。2003年に国立新美術館設立準備室が創設以来、同館に勤務。これまで担当した主な展覧会は、「スキン+ボーンズ――1980年代以降の建築とファッション」(2007年)「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」(2014年)「MIYAKE ISSEY展:三宅一生の仕事」(2016年)「ウィーン・モダン クリムト、シーレ世紀末への道」(2019年)など。

ー既に会期が始まってから数週間経ちました。どのような感想が届いていますか?

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 好意的な感想が多く寄せられていて、まずは一安心です。会場設営をしてくれた施工会社の方に「懐かしいですね」と声をかけてもらう回数が多かったことも嬉しかった。それぞれの人が持つ、自分史に引っかかる展示になればな、と思っています。

ーコロナ禍によるオリンピックの延期に伴って、同展も会期が延期になりました。

 当初は、東京オリンピックの開催に合わせて2020年6月3日から国立新美術館で、2020年9月19日から島根県立石見美術館で開催予定でした。企画立案は4年前。当時の館長が「海外からのお客さんがたくさん来る時期。日本の文化として思い浮かぶのは漫画やアニメ、建築、そしてファッションだろう」ということで、国内の漫画やアニメに着目した展示と、ファッションにフォーカスした同展の二本立てを用意することになりました。

本橋弥生

ー「ファッション分野に興味があった」とのことですが、学校で専門的に学ばれていたんですか?

 専門的に学ぶ機会はなかったです。学問的に学んだことはないのですが、消費者として「着る」ということをとても楽しんでいたんですよね。

ー延期を経て無事に開催されたことについて、担当学芸員として率直な気持ちを教えてください。

 「去年やりたかった」という気持ちがないと言ったら嘘になります。山本寛斎さんからも、この企画のお話をした時とても賛同してくださったと聞いています。ベテランデザイナーが亡くなってしまったことは、1年間のロスにおける最も残念な部分。一方で、コロナ禍があり、様々な事象を自分の問題として捉えざるを得なくなっている昨今。日常と密接に関わる「ファッション」を通して、現在に至るまでのこれまで歴史を振り返り、現在の立ち位置を知る良い機会になるといいな、と思っています。

ー今回の展示のキュレーションは、本橋さん1人で担当したんですか?

 全部で4人の学芸員で企画しました。今回の展示は10年単位で日本のファッションを振り返る内容となっていますが、年代ごとに分担してキュレーションを行いました。私は主に、70〜80年代を担当しています。

ー同展を作り上げた4人の学芸員の方は、全員国立新美術館に所属している人ですか?

 国立新美術館からは2人。残りの2人は島根県立石見美術館の学芸員という構成です。

ー島根県立石見美術館では地方巡回展も行われました。協業のきっかけは?

 石見美術館は、デザイナー 森英恵さんの出身地ということもあり、美術展だけではなく「ファッション」にフォーカスした展示を積極的に行っている美術館なんですよ。そこでお声がけをしたところ企画に賛同してくださったのがきっかけです。石見美術館さんが1960年代までの展示前半を、70年代以降の後半を新美術館が担当しました。

「ヒロミチ ナカノ ビバユー」が手掛けた小泉今日子の衣装3点

1964年に行われた「オリンピック東京大会」の日本選手団のユニフォーム

「コシノジュンコ」が手掛けた、大阪万博のユニフォーム

ーこれまでの展覧会で「ファッション史」を振り返る時、アメリカやイギリスなどの西洋文化を含めて振り返ることが多かったと思います。同展があくまでも「日本のファッション史」にこだわった理由は?

 きっかけは、「日本人はいつから『洋』服を着るのが当たり前になったんだろう」という素朴な疑問からです。仕事でミャンマーやベトナムなどの東南アジアに行くことがあったんですが、彼らの装いというのはまだまだ民族衣装が主流。ミャンマーに関してだけ言えば、イギリス領であった過去もあるので「洋服」がもう少し市民権を得てもいいはずなのにな、と思ったんですよね。そういう素朴な疑問を解消するために勉強をしている時に「こんなに面白いなら皆さんにも見てもらいたいな」と。ファッションの歴史についてある程度学んでからは、国内外で行われている様々なファッション展において、日本のファッション史がいつも70年代から語られることを個人的に残念に思うようになりました。だからこそ、今回は戦後である45年から現代までを網羅する展示空間にしました。

ー「黒の衝撃」とも評される「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」のコレクションが置かれている台座を見た時、「この時、時代は動いたんだな」と感じました。私自身がそう感じた理由は「デザイナーたちが幼少期にどのような流行と社会を経てきたのか」というのを展示空間を通して見ることができたからだと思います。

 観賞者であるお客さんがそうやって感じてくれるのはありがたいです。デザイナーに限らず、自分自身の家系を辿っていくと、どこかで洋裁学校に行っていたとか型紙を作っていたとか言う人がいると思うんです。

左)トップ、ドレス|川久保玲|コム デ ギャルソン|1983年春夏|京都服飾文化研究財団(株式会社コム デ ギャルソン寄贈)、右)コート、トップ、パンツ|川久保玲|コム デ ギャルソン|1983年秋冬|京都服飾文化研究財団(株式会社コム デ ギャルソン寄贈)

ー洋裁文化は1950〜60年代の社会現象と言ってもいいムーブメントだったんですね。

 例えば「自分の祖母がワンピースを作っていた」とか、日本人のほぼ全員に「洋裁をしている家族」という記憶はあるんじゃないかなと思うんですよね。その現象が実際、何だったのかというのを見てもらいたかった。今の日本人がファッションに対して情熱がある背景には、50〜60年代にあった「洋裁ブーム」が必要不可欠だったと思っています。これは今回の展覧会の趣旨でもあるかもしれませんね。

ー展示の副題は「流行と社会」。この副題は展示する服が決まってから付けられたのでしょうか?

 企画が立ち上がり始めた初期の段階でもう決めていました。副題と合わせて決めていた方針が2つあります。1つは、戦争をきっかけとした国民服やもんぺを原点に、和洋折衷だったものが「洋服」になっていった、という過去と今を1本の線で結びつけるという方針。もう1つは「作り手と受け手と発信者の3つが揃って初めて、ファッションやカルチャーが醸造される」ということを示すこと。満遍なく触れることはできなかったのですが、「しっかり時代ごとにその3者の関係性を見ていく」というのが2つ目の方針でした。

1940年代のもんぺや国民服

ー確かに同展の特徴は「ファッション」と謳いながらもメディアにもスポットを当てている点だと思いました。

 服をみて「綺麗だな」と思うだけではもったいない気がしたんですよね。「ものづくりが美しい」というのも、もちろんあると思います。でも受け手である私たちが「見て/着てみる」ことで新たな付加価値がついて「現象」になっていく。例えそれがデザイナーにとって違う意図だったとしても、広まってはじめて「ファッション」になるな、と。

ー美術館で「ファッション」を取り扱うことは難しいという見方もありますよね。

 アートとファッションの関係性は様々なところで議論されていますよね。私が近年調べている田中千代さんは1930年代から既に「服飾は芸術的な美と、実用的な美を両方兼ね備えたもの。個人的ではなく時代が作っていく」みたいなことを書いていて。先人たちは「洋服(ファッション)」が日本に入ってきた時から、ファッションと美の関係性をわかっていたんだなといつもハッとさせられます。

ー展示空間はどちらかと言えば、一つの服(作品)をスポット的に見せる博物館風の展示方法だなと思いました。

 「流行と社会」という副題を付けたくらいなので、当時の社会をしっかりと見ることが出来るようにしたいと思いました。「ファッション」という概念を定義付けるような展示ではなく、当時の社会現象を「装うこと」から見る。やはり真摯にものづくりをしていた熱量というか、社会に新しい価値観をもたらそうと必死に活動してきた人たちの作品を取り上げられたらな、という想いがあったんですよね。だからこそ、まずは資料として「こんなものが残っていて、当時はこのような時代背景でした」という説明をきちんとしたかった。そのため、白い壁に白い30センチの台座、マネキンもなるべく白で統一して展示デザイン自体もフラットに見えるような展示になっています。服という作品そのものが持つ美術的な要素だけを見てさえもらえれば、我々がアレンジを加えなくても作品が語ってくれるだろう、と。

「マメ クロゴウチ(Mame Kurogouchi)」の2020年秋冬コレクション

山本寛斎のジャンプスーツ

ーメディアにフォーカスされているのと同じように、ストリートスナップにもスポットが当たっている点が興味深かったです。

 ストリートスナップは、西洋ファッション誌と日本ファッション誌を比較した時、大きな分かれ道かなと思っています。西洋のファッション誌ではあまり見かけないのではないでしょうか。そのため、「日本のファッション史」を振り返る上でストリートスナップは欠かせないな、と。ストリートスナップは日本のファッションの独自性だと思っています。

ー本橋さんが、一番思い入れの深い展示ブースはありますか?

 田中千代さんのパジャマドレスを見つけた時はすごく嬉しかったです。いかんせん戦前の洋服なので全然残っていないだろうと思っていたんです。洋服のデザインとしても、シルクを使用したとてもモダンなもので。

田中千代「パジャマドレス」

ーパジャマドレスはどこで見つかったんですか?

 「渋谷ファッションアンドアート専門学校(旧田中千代学園)」です。1991年に展覧会があったので、再製作されたものがあるということは知っていたんですが、掘り起こしたら1930年代のものも見つかったんですよね。しかもそれがただのスカートではなく、パンツスーツだったというのもかっこいいな、と。もんぺもそうですが、おしゃれしたいという女性の気持ちにすごい感動したんですよね。

1番最後の展示空間「第8章 未来へ向けられたファッション」の様子

ー1940年代から2000年代まではあくまでも「過去」として振り返る展示だったと思います。2010年代以降の展示は、過去を経たこれからも続くものであるという意味で、他の展示空間と一線を画していると感じました。

 一番最後の展示空間である第8章は「未来へ向けられたファッション」というタイトルが付けられています。10年ごとに時代を区切って辿ってきた最後に、今のブランドを示すということで「今だって可能性を持っているし、ここからさらに発展していって欲しい」という願いを込めて締めくくったつもりです。ファッションは地続きです。商品としての「服」ではなく、「我々はこれから、どうやって装っていくべきなのか」と皆さんに問いかける展示になっていればいいな、と思っています。

(聞き手:古堅明日香)

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石岡瑛子展

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■ファッション イン ジャパン 1945-2020 —流行と社会
会場:国立新美術館 企画展示室1E
※島根県立石見美術館での会期は終了
会期:2021年6月9日(水)~9月6日(月)
休館日:毎週火曜日
時間:10:00〜18:00(入場は閉館の30分前まで)※毎週金・土曜日は20:00まで
料金:一般 1700円、大学生 1200円、高校生 800円、中学生以下無料
公式サイト

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