
今年2月から3月にかけて、世界の主要都市で2026年秋冬ウィメンズ・ファッションウィークが開催された。本稿では、数あるなかでも最高峰とされるミラノとパリにフォーカス。1. コンセプト(思想・メッセージ)、 2. スタイル(型・構図)、 3. キャラクター(作家性・手ぐせ)、4. コンテクスト(歴史・文脈)、5. アティチュード(振る舞い・スタンス)という5つの視点から、現地取材を通じて実際に目で見て触れる価値を感じさせた5ブランドをピックアップする。さらに、それぞれのクリエイションがビジネスにどう結びついていくかを紐解いていく。
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プラダ:「装いの主体性」を問う、レイヤードと多面性
ミウッチャ・プラダ(Miuccia Prada)とラフ・シモンズ(Raf Simons)が手掛ける「プラダ(PRADA)」の2026年秋冬ウィメンズコレクションで、特に際立っていたのは「コンセプト(思想・メッセージ)」と「スタイル(型・構図)」だ。時代を深く読み解く力に長けた2人のデザイナーは、シーズンごとに今がどういう時代なのかを捉えて服作りを行うが、今季は「INSIDE PRADA」をテーマに掲げ、15人のモデルが4度装いを変更して登場するという演出により「装いの主体性」を体現した。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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装いの主体性とは何か。それは、他者の目やブランドネームに踊らされず、日々変わる心と身体に向き合い「今日の私をどう世界に提示するか」を選び取るプロセスそのものだと言える。プラダはファッションの本質が流動的であることに重ね、15人のモデルが4度も着脱を繰り返し、次々と表情を変えていくという動的な構成とコンセプトにより、多面性を表現してみせた。
今季の「スタイル」を象徴するのは、厚着から薄着へ、レイヤードの順序を変えるだけで異なるシルエットを生み出す計算された手法だ。重厚な4つボタンのウールコートの内側から光沢のあるスカートやニットをはみ出させ、シアースカートの下にビジューをあしらったスカートを重ねる。そして今季多くのブランドが提案しているハイソックスとスティレットヒールの合わせがスタイリングを引き締めていた。
決して分かりやすく「綺麗な色合わせ」をしないのもプラダならでは。ブラック、チャコールグレー、ネイビーといった重厚で保守的なベーシックカラーで覆われているが、アウターを一枚脱ぐと、内側からペールピンクやアシッドグリーン、鮮やかなスカーレットレッドといった色彩が突如として現れる。加えてパティーナ加工を施した経年変化のディテールなど、一見すると不協和音になりそうな色合わせを成立させる「アグリーシック(Ugly Chic)」の美学は今季も健在で、他ブランドとの差別化に繋がっている。
ビジネス面に目を向けると、2025年12月期(2025年1〜12月)の通期連結決算において、グループ全体では売上高が前期比8%増の57億1800万ユーロと伸長していたものの、プラダ単体では同1%減とやや足踏みを見せていた。そんななか、今季の「一つのピースを幾通りにも組み替えられるワードローブ」という提案が、鍵になるかもしれない。“特別な一着“ではなく、既存のワードローブに接続しながら編集可能なスタイルとして提示すること。それは顧客にとってのプラダの必要性を再定義できるかという位置付けにつながるのではないだろうか。
トム フォード:夜の遺伝子を「日常」へ上書きするアッカーマンの手ぐせ
ハイダー・アッカーマン(Haider Ackermann)率いる「トム フォード(TOM FORD)」の2026年秋冬コレクションは、就任3シーズン目にして、ハイダー自身の強固な「キャラクター(作家性・手ぐせ)」と、ブランドが持つ「コンテクスト(歴史・文脈)」が絶妙なバランスで溶け合ったショーとなった。

Image by: Courtesy of TOM FORD

Image by: Courtesy of TOM FORD

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創業者のトム・フォードが築き上げた文脈といえば、力強いテーラリングとグラマラスな「夜」のエレガンスである。ハイダーはその美学に深い敬意を払いながらも、今季は舞台をミッドナイトブルーから、煌々と光が差し込む「昼の世界」へと誘った。ここで発揮されたのが、服に「時間経過の余韻」を持たせるというハイダー特有の手ぐせだ。例えば、終盤のイヴニングスタイルで見せた、ジレの上にボウをたすき掛けし、シャツのフロントを開けて着崩した姿。それはまさに夜遊びに興じた翌朝の気怠い余韻そのものであり、完璧に構築されたトム・フォードのタキシードをあえて着崩すことで、彼が得意とするエフォートレスで生々しい官能性が立ち現れていた。
この「夜から日常への翻訳」は、異素材のミックスにも顕著に表れている。雨具を連想させるPVC素材にレザーのパイピングを施してシャープなジャケットに重ねるスタイリングや、タイトスカートから下着のようにレースを透かせるアプローチ。さらにはブランド初となるジャパニーズデニムを投入し、職人技によるリアルな生活の痕跡(色落ちやヒゲ)を刻み込んだ。トム フォードの官能的なエレガンスを、デイリークローズへと軽やかに上書きしてみせたのだ。
ビジネスという現実に目を向けると、ブランドは今重要なフェーズにある。エルメネジルド ゼニア グループの2025年度連結売上高は前期比1.5%減の19億1700万ユーロで、純利益は同20%増の1億900万ユーロ。その中で、トム フォード ファッション単体の売上高は同0.8%増の3億1710万ユーロと推移したものの、調整後EBITはマイナス1550万ユーロと赤字が拡大している。人員強化やITプラットフォーム、そして店舗網の拡大といった将来の事業成長に向けた先行投資を積極的に行ったためだが、この投資をいかに回収し、収益を生む体質へと転換できるかが喫緊の課題となっている。
だからこそ、ハイダーの今季コレクションは高く評価されるだろう。特別な装いにとどまらない、上質な日常性を提示したことで、ブランドが注力するDTCチャネルでの需要を押し上げる余地がある。ショーでは年齢層の幅広いモデルを起用しており、イメージの転換を通じてブランドの受け皿を広げ、より多様な支持にもつながりそうだ。
コム デ ギャルソン:トレンドと決別した孤高の前衛
「Ultimately Black(究極の黒)」をテーマに掲げて発表された「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」の2026年秋冬コレクションは、川久保玲の真髄を突き詰めたマスターピースであった。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

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今季最大の魅力は、自らの原点でありブランドの象徴である「黒」に改めて真正面から向き合った、その揺るぎない「アティチュード(振る舞い・スタンス)」にある。1981年のパリコレデビューで世界を揺るがした「黒の衝撃」から45年。情報消費の速度がかつてなく加速し、多くのブランドが商業的なトレンドに迎合しがちな現代において、コム デ ギャルソンは完全に独立したポジションに立っている。「黒」を単なる色彩としてではなく、反骨精神や尽きることのない創造性、そして深遠な宇宙を内包する最大の象徴として提示してみせた。周囲のノイズに流されず、半世紀にわたり新たな美の基準を模索し、前衛であり続けるその孤高のスタンスは、説得力をもって観る者の胸を打った。
その精神性を具現化した「スタイル(型・構図)」もまた、特筆すべき点だ。最大の特徴は、黒が持つ重力と物質性を極限まで追求した純度の高いクリエイションである。身体の自然なラインから完全に離れた異形のシルエットをベースに、衣服の骨組み(構造)をあらわにしたシースルールックや、ジョーゼットを幾重にも重ねて折ったり縛ったりして生み出された「布の彫刻」のような造形美がランウェイを支配した。光と影を操る精緻なテクスチャーの作り込みも特徴で、黒一色の中に銀糸やスパングルを密かに忍ばせ、光の反射により黒という色の深みと多面的な表情を与えている。
決して時代に迎合しない反骨のアティチュードと、計算し尽くされたスタイルが高い純度で融合した今季は、ブランドのアイデンティティを再定義するとともに、ファッションが持ち得る表現の深さを改めて世に問う力強いコレクションとなった。
シャネル:歴史の再解釈と「ローウエスト」が導く再成長のシナリオ
マチュー・ブレイジーがアーティスティック・ディレクターに就任して2シーズン目を迎えた「シャネル(CHANEL)」の2026年秋冬コレクションは、デビューコレクションに続く「対話」をテーマに、メゾンの歴史と現代の息吹を交差させた。同コレクションの素晴らしさは、シャネルというブランドが現在置かれている「コンテクスト(歴史・文脈)」への深い理解と、それを現代のワードローブへと変換するブレイジーの圧倒的な「スタイル(型・構図)」の力にある。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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2025年通期決算はまだ出ていないが、2024年12月期決算では、日本や韓国が好調だったものの中国市場の停滞が響き、アジア太平洋地域が前期比9.3%減と苦戦。全体の売上高は同5.3%減の186億9900万ドル、営業利益は同30.1%減の44億7900万ドルと落ち込んだ。経営陣が「2025年も大幅な回復は見込んでいない」と慎重な見方を示した中、メゾンのクリエイションの舵取りを託されているのがマチューである。彼のクリエイションには、芸術的な進化だけでなく、実需を喚起しブランドを再成長へと導く使命が課せられている。
そうした背景に対するマチューの回答こそが、今季提示された現実的かつエレガントな「スタイル」である。創設者ガブリエル・シャネルの言葉や歴史的なアーカイヴを的確にサンプリングしながらも、決して過去のノスタルジックな模倣には陥っていない。焦点を当てたのは、昼から夜へと移り変わる「現代女性の生活の移行」に寄り添う実用的な服作りだ。序盤はシャネルのスーツの再解釈が光り、前シーズンから引き続きドロップウエストのデザインが採用されていた。かつてガブリエルがコルセットから女性の身体を解放した歴史と呼応するこの低いウエストラインは、現代の顧客が求めるリラックスしたエレガンスと抜け感を強調した。
こうしたクリエイションを根底で支えているのが、マチュー自身の強みである革新的なテキスタイル開発だ。天然繊維に合成繊維やシリコンを緻密に織り交ぜることで、シャネルの象徴である「ツイード」を現代のテクノロジーでアップデートし、実用性と気品を兼ね備えたアイテムへと昇華させている。
過去のアーカイヴを重んじるコンテクストの継承と、厳しい市場環境の中でも顧客の日常に寄り添うドロップウエストのスタイル。歴史あるメゾンに不可欠なエレガンスを厳格に保ちながら、素材やスタイリングで軽やかな変容を促すその現代的なスタンスは、新生シャネルが次なる成長軌道を描くための、力強く知的なアプローチである。実際、マチューによるデビューコレクションが並んだパリのブティックでは、若い客が足を運ぶ姿も見受けられるなど、店頭は賑わいを見せていた。画面越しのルックだけではない「売り場での確かな手応え」が、新生シャネルの前途洋々たる未来を物語っている。
ドリス ヴァン ノッテン:ジュリアン・クロスナーの瑞々しい感性を反映
ジュリアン・クロスナー(Julian Klausner)が率いる「ドリス ヴァン ノッテン(DRIES VAN NOTEN)」の2026年秋冬ウィメンズコレクションは、思春期のアイデンティティの模索というエモーショナルな過程を衣服へと落とし込んだ。その魅力は、衣服を通じて精神的な成長を描き出す「スタイル(型・構図)」の力と、ブランドの偉大なレガシーを継承しながらも自身の瑞々しい感性を開花させたクロスナーの「キャラクター(作家性・手ぐせ)」にある。

Image by: ©Launchmetrics Spotlight

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「スタイル」の視点において、今季の出発点にあるのは、ショーの舞台となったパリのリセ・カルノー高校が示す通り、「スクールユニフォーム(制服)」という厳格な型。紋章入りのブレザーやダッフルコート、ネクタイを締めた白シャツ、プリーツスカートといったフレッピーで規律的な装いがベースとなっている。しかし秀逸なのは、コレクションが進むにつれてこの「型」が徐々に崩され、極めてパーソナルなものへと変容していく構成力だ。端正な白シャツとネクタイの組み合わせに、あえて色落ちしたウォッシュドデニムやトレンチコートを重ねることで、礼儀正しさの中にティーンエイジャー特有の反抗的な刺激を潜ませている。きつく締めたスカーフや緩めたネクタイといった着崩しのスタイリングは、画一的な制服から異素材やレイヤードを重ねて個性を帯びていく「成長のプロセス」を物語っていた。
そして、このエモーショナルなプロセスを根底で支えているのが、ブランドの神髄をアップデートした同氏の「キャラクター」だ。グランジ調のチェックや静物画を思わせる柄など、相反する要素をひとつのルックで調和させる豊かなテキスタイル使いは健在だが、注目すべきは、距離やアングルによって表情を変える多面的な素材の扱い方だ。遠目には単なるプリントや刺繍に見えるものが、近づくと極めて精巧で立体的な花柄のジャカード織りであることが分かる。未完成で揺れ動く若者の複雑な心情や、経験を通して視野を広げていく多感な時期の戸惑いをテキスタイルへと翻訳した、彼独自の特徴と言える。
創業者ドリスが築き上げたポエティックなロマンティシズムを引き継いだ、同氏のクリエイションの成功は、数字にも現れているようだ。親会社プーチ(Puig)の2025年12月期決算は、売上高が前期比5.3%増の50億4200万ユーロ、純利益が同11.9%増の5億9400万ユーロと増収増益を達成。傘下ブランドの詳細な業績は非開示だが、同社は「ドリス ヴァン ノッテン ファッションは2025年度において見事な業績を収めた」と説明している。
アーカイヴを単なるデータとしてなぞるのではなく、物語に乗せて現代のリアルなワードローブへと更新してみせたそのスタンスは、ドリス ヴァン ノッテンの確かな未来と独自のアイデンティティを力強く証明している。
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