Image by: Maison Francis Kurkdjian
フレグランスの魅力とは、単に“匂い”だけじゃない。どんな思いがどのような香料やボトルに託されているのか…そんな奥深さを解き明かすフレグランス連載。
今回取り上げるのは、調香師としてのキャリア30周年を祝し回顧展を開催中のフランシス・クルジャン(Francis Kurkdjian)。その軌跡を主要作品でたどりつつ、節目を迎えた現在の心境を聞いた。
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パリで開催中の回顧展「PERFUME, SCULPTURE OF THE INVISIBLE: 30 YEARS OF ARTISTIC CREATION BY FRANCIS KURKDJIAN」のポスター
Image by: Maison Francis Kurkdjian
フレグランスに興味がある人なら知らぬ者はいない、現代を代表するスター調香師フランシス・クルジャン。2009年に自身のブランド「メゾン フランシス クルジャン(Maison Francis Kurkdjian)」を立ち上げ、2021年にはディオール パフューム クリエイション ディレクターに就任、多彩な香りを生み出しているのは周知のとおり。
だが、クルジャンを“調香師”と呼ぶにはやや違和感がある。なぜならキャリア初期から、いわゆる商業作品とは別に“香りのインスタレーション”に精力的に取り組んでいるからだ。
パリ16区にある「パレ・ド・トーキョー」で11月23日まで開催中の「PERFUME, SCULPTURE OF THE INVISIBLE: 30 YEARS OF ARTISTIC CREATION BY FRANCIS KURKDJIAN」は、キャリア30周年を迎えた彼の創作活動を振り返る回顧展である。

セーブル磁器職人が手仕事で仕上げた、ほのかに香るバラの小径が来場者を迎え入れる。「Éclats de Roses」(上海, 2024)
Image by: Elephant
香りという目に見えないものを扱った調香師による単独展覧会は、もちろん前例がなく、それがクルジャンによるものということで話題を呼んだはずだ。オープン初日からチケットは完売続き、残りわずかだという。
「連日ソールドアウトというのは正直、想定外でしたね。この展覧会に着手したのは約15ヶ月前。メゾン フランシス クルジャン共同創設者のマーク・チャヤ(Marc Chaya)が、キャリア30周年に向けて展覧会を開催したらどうかと発案したのがきっかけです。とにかく無事オープンできたことにほっとしています。そして何より私のチームをとても誇りに思っています。今回の回顧展を実現するために、彼らは懸命に、しかも見事な連携で取り組んでくれました」とクルジャン。

グラン・パレで開催された「第6回ヨーロッパ美術館の夜」で、花や樹木など10種の香りを放つ多数のシャボン玉を飛ばし、ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」をBGMに幻想的な空間を演出。「NoctamBulle」(パリ, 2010)
Image by: Nathalie Baetens
ジェローム・ニュートル(Jérôme Neutres)のキュレーションによる本展は、過去30年の作品の中から大きな反響を呼んだ香りのインスタレーションや空間演出を写真や映像で再現。またVRヘッドセットを用いた香りの体験や香り付き飲料水など、さまざまな分野のクリエイターとのコラボレーションによって実現した、五感で香りを堪能できる稀有なエキシビションである。

フランス人アーティスト兼リサーチャーのヤン・トマ(Yann Toma)との協業で生まれた“香り付きの飲める湧き水”という実験的アート作品。「L’Or Blue」(ヤン・トマ/パリ, 2012)
Image by: Yann Toma
どれもがクルジャンの探究心とアーティスト性を感じさせる作品ばかりだが、思い入れのあるものをひとつ挙げるとしたら、どれだろう?
「どの作品も私の人生や創作の軌跡のモーメントを象徴しているので、ひとつだけを選ぶのは難しいですね。ただ、あえて選ぶとすれば『L’Odeur de L’Argent(お金の香り)』。私の転機となった特別な作品で、私の仕事が香水の枠を超え、空間や光、感情を伴った芸術表現へと展開した瞬間です。今回の回顧展で改めてこの作品を目にしたとき、最初のインスピレーションを思い出すと同時に、香りと創造への情熱がここまで自分を導いてくれたことを再認識しました」

クルジャンがアーティストと初めて共同制作した作品。1999年にソフィ・カル(Sophie Calle)との対話から生まれた「魅力的でありながら不快なお金の香り」。「L’Odeur de L’Argent」(ソフィ・カル/カルティエ現代美術財団, 2003)
Image by: Elephant
個人的にクルジャンの作品に初めて惹かれたのは2006年、「ランバン(LANVIN)」のアーティスティック・ディレクターに着任したアルベール・エルバス(Alber Elbaz)初のフレグランス「ルメール(Rumeur)」だ。それ以来、「ナルシソ ロドリゲス(narciso rodriguez)」「バーバリー(BURBERRY)」「バカラ(Baccarat)」「ニナ リッチ(NINA RICCI)」「ケンゾー(KENZO)」などラグジュアリーメゾン肝入りのアイコンフレグランスが誕生するたびに、調香師フランシス・クルジャンの名を目にするようになる。

今年誕生した「バカラ ルージュ 540 ミレジム・エディション」をテーマに映像作家、シェフ、キネティックアーティスト、作曲家、ピアニストがコラボレート。五感すべてで香りを体感できる。「L’Alchimie des Sens」(シリル・テスト、アンヌ=ソフィー・ピック、エリアス・クレスバン、ダヴィッド・シャルマン、カティア&マリエル・ラベック/2025)
Image by: Studio Nina Chalot
「本当に、あっという間の30年でした。振り返ると、それは出会いや感情、経験、そして無数の迷いや驚きに満ちた旅であったことがわかります。節目を迎えた今、信じがたくも感慨深いものがあります。ノスタルジーに浸るというよりは、今の私⎯⎯ 調香師であり、ひとりの人間である私を作り上げてきた道のりに思いを馳せます」
そして「ディオール(DIOR)」というビッグメゾンの仕事との両立を図りながらも、クルジャンはすでに次のステージへと歩みを進めている。

2022年、チェリストでありパリ管弦楽団の音楽監督を務めるクラウス・マケラ(Klaus Mäkelä)の演奏に合わせ、5つの楽章それぞれに対応するフレグランスアコードを創作し、フィルハーモニー・ド・パリで共演。「L’Essence de la Musique」(クラウス・マケラ/フィルハーモニー・ド・パリ, 2022)
Image by: JPH-Clandoeil.
「パレ・ド・トーキョーでのこの回顧展は終着点ではありません。立ち止まり、振り返り、創造の本質と改めて向き合う小休止のようなものです。次に何があるかというと…すでにいくつかのプロジェクトが形になりつつあります。例えば、11月14日からフィルハーモニー・ド・パリで開催されている『PLAYING WITH FIRE』という没入型VRコンサートに参画しています。これはピアニストのユジャ・ワン(Yuja Wang)とともに行うプロジェクトで、“火”という概念を香りで描き出し、8曲のクラシック楽曲と組み合わせています。プロジェクトにはパーソナルなものもあれば、コラボレーションによるものもありますが、それらはいずれも、私の作品の中軸である“香り、芸術、感情の境界の探求”をテーマに展開しています」
最終更新日:
ビューティ・ジャーナリスト
大学卒業後、航空会社、化粧品会社AD/PR勤務を経て編集者に転身。VOGUE、marie claire、Harper’s BAZAARにてビューティを担当し、2023年独立。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修了、経営管理修士(MBA)。専門職学位論文のテーマは「化粧品ビジネスにおけるラグジュアリーブランド戦略の考察—プロダクトにみるラグジュアリー構成因子—」。
◾️問い合わせ先
メゾン フランシス クルジャン:公式サイト
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