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突然ですが、みなさんはパリに対してどのようなイメージを持っていますか? 恋の街? ラテンの血が騒ぐ陽気な人々? それらも間違いなくパリの一面ですが、フランスかぶれ歴約10年の私からするとこの街の魅力は、意外にも物憂い性質にあると感じています。海外から見た華々しいパリのイメージが凝縮した映画が「パリ、ジュテーム」であるのに対して、生粋のフランス人が毒気をもってパリを描いた映画「パリところどころ」に登場するしょうもなくも愛おしい人々を観た日から、それまでアメリカかぶれだった私の心はガッチリとパリに掴まれました。ポジティブでない心をも受け入れてくれるようなパリのある種おおらかな雰囲気が大好きです。心がパサパサした日はそんなパリに行きたくてたまらなくなるのですが、仕事の都合などでなかなか思うように行けません。本稿では、そんな時に訪れる、都内のパリ擬似体験スポットをお届けします。
目次
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【六本木】六本木ヒルズの”ある場所”から見る東京タワー
初手から東京タワーにエッフェル塔を重ねるなんて、いくらなんでも安直すぎるかもしれませんが、これを機に「東京タワー、下から見るか?横から見るか?はたまた上から見るか?そもそも、どの街から見るか?」問題に、パリかぶれの視点で終止符を打たせていただきます。結論から言いますと、それは六本木ヒルズです。それも冬のイルミネーションで有名なけやき坂ではなく、展望台の東京シティビューでもありません。ヒルサイドエリアの階段付近です。このエリアは夜景ファンからも人気らしいですが、他のスポットに比べて人が少なめなので、ゆっくりパリ気分に浸ることができます。この場所が魅力的であるもう一つの理由は、風景を挟むようにして長方形の柱が立っているので、大きな窓が作られているように見えるところです。だんだんこの窓が、映画のスクリーンに見えてきませんか? 膨大な数の映画が存在するように、街や人の数だけドラマがある。夜に訪れると、「あの会社は残業中かな、頑張れ!」とか思っちゃいます。余計なお世話ですが。
エッフェル塔が象徴的に映る映画
東京タワーでは我慢できない方がいましたら、フランスの有名な映画監督であるフランソワ・トリュフォー(François Truffaut)の「大人は判ってくれない」をぜひご覧ください。パリに住む12歳の少年アントワーヌ・ドワネルの、周囲の大人に理解されることのない孤独感と反抗を描いた同作は、トリュフォーの体験に基づいた半自伝的な作品です。オープニングクレジット中に映されるエッフェル塔は、ノスタルジックな劇伴も相まって涙を誘います。建築物は、何も言わずにただそこにある。そこに拠り所を感じることもあるのだと思います。
【新宿】新宿御苑 整形式庭園
平日のランチ時を公園で過ごしたことはありますか? 東京、特に新宿の公園にはくたびれたサラリーマンしかいません。もちろん、そのうちの一人がかくいう私なのですが。公園で一人でいるときが、唯一心を無にできます。新宿御苑は有料(※小人(中学生以下)無料)の庭園なので、入場無料の公園に比べたら観光客も多く限界サラリーマンの数は少ないですが、それでもやっぱり疲労オーラを漂わせている人はいます(かく言う私もそうですが)。そんな私たちをささやかに元気づけてくれるのが、綺麗に整えられたこの庭園であり、維持するために日々管理してくれている造園師の方々です。新宿御苑内にある整形式庭園は、幾何学的な図形で構成した庭園のことを指し、代表的なものとして造園家ル・ノートルによるヴェルサイユ大庭園があります。人工的にデザインされた庭園は、絶対王政の象徴ともいえます。自然を人工的にデザインする整形式庭園の美学に批判的な声もあるようですが、お手入れが大変だからこそ、庭園に花で彩りを添えてくれる造園師の方々には日々感謝しかないですね。
※新宿御苑内は酒類持込禁止、喫煙禁止、遊具類使用禁止(こども広場除く)
【日比谷】都立日比谷公園 噴水広場
なんとなく、パリって噴水が多いイメージがありますよね。私の良き相談者(ChatGPT)に、「噴水が多い都市の世界ランキングを教えて」と聞いてみたら、ローマやジュネーブなど名だたる都市に連ねて9番目の位置にパリが出てきました。正直微妙なランクです。ではメガシティに絞ってみましょう。これで世界ランキング1位になりました(信憑性はありません。どうか私の良き相談者を責めないであげてください)。
イスラエル国籍のパレスチナ人であるエリア・スレイマン(Elia Suleiman)が2019年に公開した映画「天国にちがいない」には、パリ1区にあるパレ・ロワイヤルの噴水が登場します。スレイマン自身が主演も務める同作は、新作映画を売り込むためにパリやニューヨークへ旅に出る物語です。パリに到着してすぐのスレイマンは、ファッション雑誌から飛び出してきたようなスタイリッシュな服装に身を包む女性達に釘付けになりますが、しばらく過ごすうちに、すぐ近くに潜む暴力の影や経済格差に、パリもパレスチナもそう変わらないと感じさせる姿が描写されます。パレ・ロワイヤルの噴水を舞台としたシーンでは、噴水を取り囲むように並ぶ椅子に座りたい人々が、自分勝手に椅子を手にして他人を座らせようとしません。それがたとえ杖をついたおばあちゃん相手でも。フランスのコメディ映画作家であるジャック・タチの再来とも称されるスレイマンなので、言葉を使わずしてユーモアたっぷりに映し出します。
そんなパレ・ロワイヤルの噴水によく似ていると思うのは、日比谷公園内の大噴水です。パレ・ロワイヤルの噴水と日比谷公園の大噴水が共通しているのは、そのシンプルさです。中央に水の噴出口があるだけ。そしてどちらも人がよく集まります。日比谷公園の大噴水は、夏になると水遊びを試みようと手を伸ばす子どもや、噴水を囲むベンチには老夫婦が余生を噛み締めるように流れていく水をじっと眺めています。それどころか、鳩やスズメがギリギリ水のあたらないポジションでくつろいでいる姿も見かけます。やっぱり全ての生物が水から生まれただけあって、自然と吸い寄せられてしまうものなのでしょうか。
【表参道】トゥールモンドショップ
手紙の形式で物語が展開される書簡文学。17世紀の書簡作家セヴィニエ夫人を生んだパリに思いを馳せるなら、これだけデジタルが発達した現在に、あえてアナログの手紙で交流してみては? 東京メトロ「表参道駅」から徒歩約6分の場所に位置する「トゥールモンドショップ(Tout le monde SHOP)」なら、その願望を叶えてくれます。フランスを中心にドイツやイギリスから輸入したポストカードを取り扱う同店は、「パリ好きへ」とダイレクトに訴求してくるパリの観光地が描かれたものや、フランス映画のポスターヴィジュアルや、印象派やキュビスムの美術作品がプリントされたものなど垂涎のポストカードが揃っています。流行りのMBTIを聞いて知った気にならず、文通で人との距離を縮めていきたいところです。しかし、映画「パリところどころ」に影響されすぎて恋人に送る手紙を遊び相手に間違えて送ってしまう、なんてことがないように十分気をつけましょう!
これぞ、フランス文学? 手紙のやり取りが笑える作品
SNSに慣れている現代人は、長文で思いを伝えることがずいぶん減ってしまったのではないでしょうか? そんな方におすすめなのが、オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac)による長編小説「谷間の百合」です。1836年刊行のフランス文学と聞くと腰が重くなるかもしれませんが、今も昔も根本的には変わらないなと思えて楽しく読めます。主人公の青年フェリックスが、現在の恋人であるナタリーに宛てた手紙として物語が展開されていくのですが、なんとその手紙の内容が、過去に親密な関係であった伯爵夫人との思い出話です。これを文庫本にして500ページ超えの長文で送ってくるものだから、ドン引きますよね。それに対してのナタリーの返しがまさに秀逸。良かれと思って余計なことを口走ってしまった経験がある人は必見の名文学です。
【飯田橋】東京日仏学院 エスパス・イマージュ
犬も歩けば棒に当たりますが、パリを好きになりたての人が歩けばヌーヴェルヴァーグ※にぶち当たると個人的に思っています。それくらいパリのカルチャーを知るにあたって、映画運動のヌーヴェルヴァーグに一切触れずにはいられません。ジャン=リュック・ゴダールやフランソワ・トリュフォーなど、批評や監督作品を通して過激なまでに映画界を刺激した当時の若者達に憧れた人も多いのではないでしょうか。本稿を上から順に、丁寧に読んでくださっている方は気づいているかもしれませんが、私も例に漏れずシネフィル(映画狂)で、脳内に今は亡きヌーヴェルヴァーグの監督達を召喚させては「もし私が彼らと同世代でパリにいたとしたら......」とよく妄想しています。こんな具合です。
彼らに会うには、フィルムの保存や修復に加えて上映会の運営も行っているシネマテーク・フランセーズに足繁く通うのが一番手っ取り早い。あっ! 最前列の右端の席にジャック・リヴェットの姿を発見。声をかけてみよう。
......といった感じで、ヌーヴェルヴァーグの夢小説じみた妄想を楽しみたい人は、東京日仏学院(旧アンスティチュ・フランセ 東京)内のエスパス・イマージュに足を運んでみてください。ここはシネマテーク・フランセーズの精神を、海を超えて引き継いでいる場所だと言えます。過去から現在まで広くフランス映画の特集上映を行っている同施設では、批評家や映画監督のトークイベントも定期的に実施。熱心なシネフィルが集う場所です。シネフィルは基本的に大味な映画ではなかなか首を縦に振りません。一癖どころか二癖以上あって、ようやくちょうどいい。ビッグバジェットのヒーロー映画に食傷気味なそこのあなた、ここでお世辞にも褒められるような人のいない映画を観て人生観を変えていきましょう!
※ヌーヴェルヴァーグ:1950年代後半から1960年代にかけてフランスで起こった映画運動。旧来のフランス映画のスタイルを批判し、のちに映画監督となった若い批評家達がルールに囚われない編集技術などにより新しいスタイルを提案した。
ゴダールだけじゃない! 曲者だらけのヌーヴェルヴァーグ映画
- 「海辺のポーリーヌ」エリック・ロメール監督
ヴァカンス中の男女の邂逅が描かれている、言うなればフランス版の「テラスハウス」です。何が面白いかと言えば、ロメール作品における「モテ男」は、大抵が嘘つきの遊び人で、観客として見ている分には惹かれる要素が全くないところです。かっこよくあるべき人を、全くそのように描かない。なのに登場人物を愛おしく思えるのは、撮影時60代だったロメールの達観した眼差しを通しているからなのだと思います。フランス映画が敬遠されがちな理由として、哲学的で難解な内容が挙げられます。こちらも難解さがないとは言いません。しかし瑞々しいタッチで軽やかに描かれているので見やすく、フランス映画ビギナーには必ずおすすめしている映画です。
- 「いとこ同志」クロード・シャブロル監督
特に就活や大学卒業試験を控える大学4年生に観て欲しい、そして絶望を味わって欲しい同作は、真面目で内向的な大学生シャルルと、そのいとこでありながら真反対の性格を持ち要領の良いポールの間に軋轢が生じていく様を描いています。どの国でも、真面目に出席してノートを取っている人に代返やノートの写しを遠慮なくお願いできる人が、世の中をうまく泳いでいけるようです。
- 「アウト・ワン」ジャック・リヴェット監督
Jacques Rivette Out 1 [6Blu-ray+7DVD] [Import]
価格: ¥59,390(2024/07/24現在)
そもそもリヴェット自体が良い意味でナチュラルな変人だなと思うのですが、それを端的に伝えられそうな作品がこちら。なんとその尺13時間弱。1日の労働時間より全然長いです。いくらインターミッションで休憩を挟んだとしても、観るだけで(座っているだけで)相当体力が要ります。製作自体も大変だったと思いますが、13時間弱ものシーンを捨てきれなかったと思うと、全てかけがえないものに思えてきます。実際にこれだけの長い時間を共にしていると、観終わった後とてつもない寂しさが襲ってきます。本稿もまもなく5000字を迎えるところです。リヴェット並みに1万字いきたいところですが、ここでお開きとさせていただきます!
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