混沌を極める現代社会で雑誌は何を求められているのか HIGH(er) magazine編集部haru.&Miyaにインタビュー

左からMiya、haru.
Image by: FASHIONSNAP

左からMiya、haru.
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左からMiya、haru.
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10年前の2016年、東京藝術大学の学生だったharu.が友人たちと共に立ち上げた「ハイアーマガジン(HIGH(er) magazine)」。日々の中にある小さな違和感をすくい上げ、“声なき声”に光を当て続けてきた同誌は現在、誌面にとどまらず、ワークショップやポッドキャストへと表現の場を広げている。
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「本当、どうやって続けてきたんだろう?」。取材中にふとこぼれたその言葉の通り、この10年はきれいな言葉では語りきれない。怒りも、悔しさも、理不尽も、それでも手放さなかった雑誌への情熱も──そのすべてが、ハイアーマガジンを形作ってきた。「一筋縄ではいかなかった」と語る10年間の歩みと、雑誌から“少しズレた場所”にいるからこそ見えてきた今の時代に必要なメディアの在り方について、編集長のharu.と編集部員Miyaに話を聞いた。
目次
常に態勢体制だった創刊期
⎯⎯2016年に創刊してから今年で10年を迎えました。振り返ってみていかがですか?
haru.:藝大在学中に親に借金をして、自分たちのやりたいことをやるというスタイルで、友人たちを巻き込んで文字通り衝動のまま創刊した雑誌が2桁年目に突入したことに自分ごとながら驚いています。始めたときは10年先のことなんて考えていませんでしたし、なんなら5年先のことすら考えていなかったような。10年を振り返ると、嬉しいことも、悔しかったことも、ムカつきすぎて泣いたこともありましたが(笑)。ライフワークとして始めた雑誌の制作を今も続けることができていることに感謝しています。
Miya:私は大学時代にハイアーマガジンに参画し、2019年にはharu.さんとアーティストマネジメントやコンテンツプロデュース事業を手掛ける株式会社HUGを立ち上げて。形を変えながら成長していくハイアーと歩んできて、気がついたらもう10年が経っていました。
⎯⎯「HIGH(er)magazine」という名前の由来は?
haru.:私、上昇志向がすごくあって。誰かと比べてどうこうではなくて、自分の作るものとか、社会とか、いつだってより良くしていきたいみたいな感覚です。その気持ちを反映したかったのですが、すべて大文字で「HIGHER」にしてしまうと少しスポ根感があって暑苦しいなと(笑)。「もっと」のニュアンスを小文字で括弧に入れることで、ほどほどに頑張る、という控えめな姿勢を込めて少しだけ謙虚さを持たせました。

⎯⎯この10年間で大変だったことは何ですか?
haru.:もう、すべてです。会社を立ち上げたばかりの頃は、いつも怒っていた記憶があります。「これって、私たちが若い女性だからこんなことを言われているのかな」と感じることも多く、25歳くらいまでは自分の力を過信していた部分もあって、ずっともがいていたように思います。
それでもやめなかったのは、マガジンで自分をさらけ出すことで社会とつながれると実感したからです。でも、一人でできることには限界がある。最近になって、周りの人の力を借りることの大切さに気づいて、少し肩の力が抜けてきました。
⎯⎯女性だからこんなことを言われるとは具体的に?
haru.:端的に言うと、舐められていたんだと思います。
ヌード撮影の依頼だったり、取材と言われてカフェに行ったら「ホテルをとってあるのでそこで話しましょう」、と急にiPadで筆談し始める人がいたり、仕事の人に急に手を繋がれたり。他にも、ある企業とのキャンペーンで私が書いたキャッチコピーが、大きな代理店の人によってちょっとだけ変えられて使われたこともありました。一応最終段階での確認はありましたが、制作した意図とは違う形で使われていて。今であれば事前に確認すべきことや対処の仕方も分かりますが、当時は知識がなく、結果的に泣き寝入りのような形になってしまって。今でも思い出すたびに悔しいですね(笑)。
インディペンデントで活動するアーティストや小さなブランドが大きな企業や組織に搾取されてしまう構造は、今も少なからず存在していると思います。その中で、後ろ盾のない人たちは自分の身を守るために常に過剰なまでの防衛意識を持たざるを得ない。そうした状況自体が業界の歪みとしてあるのは事実です。

⎯⎯振り返ってみて、創刊当時のクリエイティブシーンにはどのような特徴があったと感じますか?
haru.:創刊当時は、「ZINEがまた来ている」とか「ミレニアル世代が熱い」と言われていたタイミングで、東京アートブックフェアが始まったこともあり、若者への注目度が一段と高かったように思います。友人が1993年生まれのクリエイターを集めた「1993年展」を開催したりと、同世代のつながりも強く、ハイアーマガジンも雑誌を通して一種のコミュニティを形成できました。
Miya:ミレニアル世代を祭り上げるような風潮はありましたよね。メディアがクリエイターを取り上げる際にも、必ずと言っていいほど「ミレニアル世代」という言葉が冠されていた印象があります。
haru.:そうそう。当時ミレニアル世代は、「自分の声を持った若者」としてもてはやされていたような。ただ一方で、声を上げることを躊躇わない若者たちにスピーカーの役割を背負わせすぎた風潮もあったと感じていて。
メディアの中の人が顔を出して発言することは、媒体にとっても個人にとってもリスクがある。だからこそ、本来メディア自身が言うと角が立つようなことを、若者の声として代弁させていた側面があったと思います。その結果、語り手個人があるトピックの“代表”のように扱われてしまう場面も少なくなかった。私自身も、多くの企画に“社会に物申す人”のような立ち位置で出演してきましたが、年数を重ねるごとに同じテーマのイベントやトークに登壇するメンバーが徐々に固定化していくような感覚があって。「また同じ人が話しているな」という印象を与えてしまうことへの違和感や、「haru.はこういう話をする人」とラベリングされていくことへの窮屈さはずっと感じていました。
⎯⎯現代の若者にも同じ役割が課されていると感じますか?
haru.:メディアが用意したいわゆる“代表”的な役割は、以前よりも薄くなっていると思います。その背景には、誰もがメディアを持てるようになったことがあるのかなと。YouTubeやTikTokの普及で、既存のメディアを介さずに個人の考えや活動を発信できる環境が整ったことで、若者がメディアを通して発信するメリット自体が、当時よりも相対的に小さくなっているんだと思います。
社会問題って、ジャンヌ・ダルク的に誰かが引っ張って解決に導くのには限界があると思っていて。その人に寄りかかりすぎていると、その人が倒れてしまったときに立ち行かなくなってしまう。だからこそ、誰もがメディアを持つようになった今の時代はある意味では健全な流れなのかもしれません。一方でメディアはメディアで、責任を持って特集を組み、多角的な対話をつくっていくことが求められていると思います。ハイアーもその役割を担えるよう、試行錯誤しているところです。

ハイアーマガジンローンチパーティーの風景
Image by: HIGH(er) magazine

制作風景
Image by: HIGH(er) magazine
マガジン作りってバンド活動だよね
⎯⎯ハイアーマガジンはインディペンデントマガジンとして創刊されましたが、現在はyutoriと協業で運営しているアンダーウェアブランド「ヒープ(HEAP)」のコンセプトブックとしても発売するなど、自由な運営体制になっています。
Miya:ハイアーマガジンは創刊当初の印象が強く、インディペンデントマガジンというイメージを持たれていることが多いと思います。ただ現在の私たちを完全にインディペンデントと呼べるかというと、株式会社HUGとして発行しているメディアでもあるので、その定義からは少し外れてきていて。そもそもインディペンデントマガジンの明確な定義自体があるわけではないので、自分たちの立ち位置をどう呼ぶかは難しいところですが、ハイアーマガジンはいわゆる街の本屋さんでの販売はしていないので立ち位置的にはZINEに近いのかもしれないです。
haru.:そうなんだよね。自分たちの持っている財力や体力で何ができるかを基準に完全に自分たちの意思だけで動いていた創刊当初と比べると、純粋な意味での“インディペンデント”とは少し違う立ち位置になってきていて。ただ、その変化によってできることが広がっているのも事実で、どこまでを自分たちの裁量として保てるのかのバランスは常に意識しています。
出版を続けていく以上、ある程度の収益構造を持たなければならないという現実は避けられません。タイアップもその一つの主流な手段ではあるけれど、お金をもらう以上何かを宣伝する必要が出てくるし、そこに寄りすぎるとどうしても“クライアントのための雑誌”になってしまう。自分たちのためのメディアであり続けるためにどうするかというのは、私たちに限らず出版業界全体が抱えている課題だと思います。
⎯⎯ハイアーマガジンは、ファッション・性・アート・メンタルヘルスなど、さまざまなトピックを並置した構成が特徴です。これも“自分たちのためのメディア”という意識が反映されているのでしょうか。
haru.:そうですね。私が紙雑誌を好きな理由のひとつが、雑多なトピックが一冊の中に共存していて、それでも全体として制作者の視点が通っているところなんです。今はSNSのように単発で情報を消費することが主流ですが、雑誌には最初から最後まで読み進める“時間の流れ”があって、ページをめくるごとに体験が連続していく。その構造自体が紙媒体の魅力であり、強みだと思っています。
その感覚を反映して、創刊当初からファッションやアートと同じ地続きのものとして、セックスやメンタルヘルス、フェミニズムといったテーマも扱ってきました。当時の日本ではまだオープンに語られることの少なかった話題を、“特別なもの”としてではなくできるだけ日常の延長として並べたかったんです。なので、誌面ではファッションストーリーの次にセックスのインタビュー、その次に食の話題が続く、といったように、異なる領域をあえてフラットに配置しています。この編集スタイルは今も変わらず続けていますが、インディペンデントとして始めて自分たちのスタイルを守ってきたからこそ続けられているんだと思います。

HIGH(er)magazine issue no.6
⎯⎯創刊当時と比べて、現在はさまざまなテーマを語りやすくなったと感じますか?
haru.:かなり変わったと思います。フェミニズムや生理についての話など、当時はちょっと“特別”な話題として扱われていたものも、今はよりオープンに語られるようになってきた印象がありますし、誰が何を語るかに対しても以前より寛容になってきていると感じます。
一方で、紙媒体そのものの存続はやはり厳しくなっていて、雑誌自体が成立しづらい状況も続いています。社会的なテーマを扱いたくても予算が通らない、といった話は他媒体の方々からもよく聞きます。
Miya: 紙媒体では表現しずらいからこそ、日が当たりにくいトピックに力を入れたウェブメディアが増えてきている印象です。とはいえ、集英社の「ヨイ(yoi)」のようなメディアですら終了を余儀なくされる現状を見ると、継続することのハードルの高さを感じます。

⎯⎯ハイアーマガジンでは取り上げるトピックをどのように決めていますか?
Haru.:創刊当時は、「今、性や身体をテーマに特集を組めば盛り上がるのではないか」といった、ある種打算的な視点も持ちながらテーマを選んでいました。でも今は必ずしも“反響の大きさ”を重視しているわけではありません。
個人がそれぞれメディアを持つことが当たり前になった今、大衆に向けたコンテンツを作ること自体が難しくなっていると感じていて。ここ数年は、編集メンバーやその家族など、より身近なコミュニティに目を向けて、その人たちと何ができるのかを起点に制作するスタイルに変わりました。創刊時の原点である「ライフワーク」というテーマを見つめ直しながら、いかに心地よく、自分たちの純粋な興味を反映できるかを大切にしています。
⎯⎯より内向きな雑誌になった。
haru.:そうとも言えますね。誌面に登場していただいているのは、友人や編集部が「今、対話したい」と思う人たちだけです。流行しているかどうかではなく、本当に自分たちが気になっているテーマに取り組んでいる人や、日々の暮らしを生きている人と話したり、何かを一緒につくることにこだわっています。
これは編集者の林央子さんの「今一緒にいたい人と、雑誌を通してどう対話していくか」というマガジン作りのスタンスに影響を受けていて。「花椿」時代から現在まで、長い時間をかけて自分が向き合いたい人と真摯に対話を続けている姿を見てきて、ハイアーマガジンもそうなっていきたいと思ったんです。だからこそ、世間体を気にして企画をやめることは基本的にありません。もちろん言い回しには配慮しますが、自分たちが話を聞いたり、掘り下げていく過程そのものを面白いと思えるか、そしてその内容が長く残って欲しいかどうかを企画の軸にしています。
⎯⎯ハイアーマガジンにおける「面白いかどうか」の基準を教えてください。
haru.:編集部内での「面白い」っていう感覚はかなり直感的で。自分たちが何らかの理由で面白いと思えれば、その選択は無条件に正しいことにしているんです。それは意義深いとか新しい視点があるという意味での面白さもあれば、単純に「何それ、変なの」という感覚のときもあります。なので、トピックもインタビューも突拍子もなく決まることが多くて。例えば5号目のときは沖縄でヴィジュアル撮影をすることになっていて、撮影準備をしているときにYouTubeを見ていたら、偶然赤Tシャツに赤ふんどし姿で社会的なことを沖縄の海に向かって叫ぶ「せやろがいおじさん」の動画が流れてきて。この人に話を聞いたら絶対面白いなと思って、企画会議に出して、撮影に併せてインタビューしました。
もちろん読者のことは意識していますし、雑誌という体裁をとっている以上「読んでもらうために作っている」という前提はあります。ただ、それを読んでどう感じてほしいかまでをコントロールすることはできないと思うんです。だから、読者の考えを劇的に変化させたいというよりは、自分たちが本当に面白いと思うものを、なるべく素直にアウトプットして残していくイメージで制作しています。
そして理想を言えば、時間が経ったときに、編集メンバーと共に過ごした制作の記憶ごと振り返ることができる雑誌であること。私たち編集部ではよく「雑誌はタイムカプセルのようなものだ」と話しているんです。
⎯⎯時間が経っても手元に残る雑誌は確かにタイムカプセルのようですね。
haru.:そうですよね。あと最近は、自分たちのやっていることはバンドに近いのではないかとも思うようになりました。バンドがアルバムというかたちで作品を残していくように、マガジンもまた、その時々の空気や関心を一冊に閉じ込めていくものだと感じています。楽曲が誰かの人生に寄り添ったり、記憶を呼び起こしたりするように、自分たちのマガジンも、誰かの記憶と結びつく存在でありたいと思っています。

謙遜撲滅委員会との緩やかな繋がり
⎯⎯雑誌以外に、包括的性教育のワークショップなど教育活動もされています。
haru.:基本的にワークショップや教育機関での講演などの依頼は受けるようにしていて、去年は他にも五島列島の小値賀島で地元の中高生や教育関係者の方に向けた包括的性教育のワークショップを行ったり、代官山のティーンエイジャー向けコミュニティ「代官山ティーンズ・クリエイティブ」に声をかけていただき、理想の下着をつくるワークショップを開催したりしました。普段あまり接点のない、さまざまな世代の人が集まるのがワークショップの面白いところなんです。
例えば、林さんが手掛けるプロジェクト「拡張するファッション演習」の一環で、シルバーカーをデコレーションするワークショップにレクチャーとして参加したことがあるのですが、そこには地元の87歳のおばあさんも来てくださって。一見すると少し不思議なイベントですが、目的がはっきりしすぎていないからこそ、いろいろな人が自然と集まってくるんだと思います。日常生活では出会わないような人たちとの会話はいつも刺激的です。
⎯⎯ワークショップの活動は先ほどの「上昇志向」のお話とも繋がる気がします。
haru.:そうですね。ワークショップも、自分の内側にある思いや考えに気づき、それを言葉やかたちにしていくという意味で、ひとつの上昇のあり方だと思っています。
多くの人が内側にさまざまな思いを抱えているにもかかわらず、日本ではそれを言葉にする機会があまり多くないように感じていて。ワークショップは、そうした内側に一度向き合う時間でもあるんです。手を動かしていく内に、「今、自分は何を欲しているのか」といった、自分の内側の動きに気づいて、それが作品を通して可視化される。そのプロセスの前と後では、その人がまるで別人のように見えることもあって。この変化はとてもポジティブなものだと感じています。
⎯⎯そうした小さな変化が、社会を変えていく。
haru.:そう思います。社会的なことって、必ずしも明確に変わることばかりではないと思うんです。ワークショップの1.5時間の中で起きた出来事は、目に見えない些細な変化かもしれないけれど、その後のその人の物の選び方や表現の仕方に何かしらの変化を与えているかもしれない。それはとても素敵だし、意義のあることだと感じています。
もっと若かった頃は、それこそ法律が変わるような分かりやすい変化を望んでいました。もちろん今でも同性婚の合法化など、さまざまな法律がきちんと整備されるべきだと思っていますし、そのためにアクションを起こしている人たちのことはとてもリスペクトしています。ただ、自分たちができることはそれだけではないとも感じるようになりました。小さな変化の積み重ねも大事なんじゃないかと思うようになって。ワークショップのような場を通して、個人が自分について改めて考え直す機会を創出することは、ゆくゆくは社会をより良い方向へと変化させるきっかけになるのではと考えています。

ティーンズ・クリエイティブのワークショップ風景
Image by: HIGH(er) magazine
⎯⎯ハイアーマガジンは2023年からポッドキャスト「take me high(er)」の配信も行っています。
haru.:雑誌はどうしても制作に時間がかかるので、発行が年1回になると読者との接点も限られてしまいます。制作期間中に考えていることを共有できる場が欲しいと思い、Miyaを誘って始めました。自分たちのポッドキャストは「聴くマガジン(たたかう女のライフスタイルマガジン)」と呼んでいて、紙のマガジンと近いテンションで作りながらも、また別のかたちのメディアとして配信しています。
Miya:スタートしたのは、haru.さんの卒業制作として5号目を作った後、6号目を出すと言いながら実現できていなかった時期でした。休刊していた理由はシンプルで、会社を立ち上げて多忙だったからです。ただ、いざ制作に向き合おうとしたときにharu.さんが「5年のブランクがある状態でいきなり雑誌を作るのが怖い。誰も読んでくれなんじゃないか」と悩み始めて。それなら、「雑誌を発売しました」と発信する前に、ポッドキャストを通して制作過程を共有してみようと考えました。今どんな人たちが読者としていてくれているのかを、改めて知るきっかけにもなるのではないかと思ったんです。
Haru.:創刊当時は、読者も自分たちも学生でしたが、時間が経って制作メンバーも結婚や出産などライフステージが変わっていきました。そうした中で、自分たちが発信してきたようなパーソナルな内容が、今の読者にとってどれほど意味を持つのか分からなくなってしまって。だからこそ、いきなり雑誌を作ることに不安があったんです。でもポッドキャストで他愛もない会話を発信してみると、想像以上に多くの人が聞いてくれて、共感してくれていることが分かって。それが「このまま雑誌を作っても大丈夫だ」と思えるきっかけになり、6号目のローンチにつながりました。
⎯⎯再スタートへの布石としてポッドキャストを選んだ理由は?
haru.:当時ポッドキャストは比較的新しいメディアでしたが、男性パーソナリティーが多く、資ノウハウ系のコンテンツが中心になっている印象がありました。日常的にさまざまな番組を聞いていたのですが、その中で、女性が日常の中で感じていることを積み重ねていくような音声メディアがあまりないのではと感じるようになって。雑誌以外のことをやるならば、生活の中での感情や気づきをフラットに共有できる場、且つもっと個人の実感に根ざした声が集まるような空間にできたらと考えたんです。
初期はコントリビューターも女性に絞り、雑談に近いトーンでの発信を意識していましたが、現在は性別やジャンルを限定せず、さまざまな方を迎えて発信しています。最近だと佐伯ポインティさんをゲストに迎え、性や身体について語りながら学ぶ回を配信するなど、内容の幅も広がってきました。今を生きる人たちのリアルな声を記録として残していけるメディアにしていくことが目標です。

編集部の壁にはポッドキャストのタイトルが
⎯⎯ポッドキャストではリスナーを「謙遜撲滅委員会」と呼んでいますよね。
haru.:ハイアーを好きでいてくれている皆さんのことを謙遜撲滅委員会と呼んでいます。褒められるとついつい謙遜してしまいがちですが、ありのままを愛し、励まし合おうという思いを込めて命名したんです。
謙遜撲滅委員会のみなさんとの繋がりは、かなり緩やかなものだと思っています。たまたま同じ時代を生きて、同じことに悩んだり、不安を感じたりしている人たち、という感覚に近いですね。カルチャー的なものと結びついた集団は「コミュニティ」とよく形容されますが、私自身はその言葉にどこか“人を囲い込む”ようなニュアンスを感じてしまい、少し苦手意識があるんです。なので謙遜撲滅委員会のことも、いわゆる“ハイアーの人たち”のように括りたくなくて。イベントで皆さんと顔を合わせることもありますが、自分たちの人という意識はあまりありません。
⎯⎯自然体な空気感を持つハイアーマガジンらしい考え方な気がします。創作の場を広げることで何か気づきはありましたか?
haru .:私、「暮らしの手帖」が大好きで。中でも読者からの寄稿ページがすごく好きなんです。ポッドキャストをやりながら、ふと「“暮らしの手帖“的なあり方が一番今っぽいのかもしれない」と思った瞬間があって。それはやっぱり、読者と一緒に作っているところに理由があるのかなと感じました。多分もう雑誌は、「これが正しいですよ」とか「このカルチャーが今一番かっこいいですよ」と提示するような存在ではなくなってきていると思うんです。今の少し生きづらい社会の中で、何を大切にしてどう生きていくのかを読者と一緒に考えていく。これからは、そういうあり方のメディアが求められているのかなと思うようになりました。
一方通行ではない、これからのメディアのかたち
⎯⎯求められる雑誌が変化していく中で、ハイアーマガジンもまた形を変えていくのでしょうか。
haru.:スタイルを少し変えて、発行頻度を上げていきたいと考えています。これまでは1年かけて「自分たちはこう考えています」というものをまとめて提示する形でしたが、日々の中で生まれる問いに対してもう少し頻繁に向き合っていきたいと思っていて。日常の中で次々と生まれていく他愛のない問いについて、編集部だけでなく読者と一緒に考えていくような冊子にしたいんです。まだ構想段階ですが、例えば2ヶ月に1回のペースで発行して、テーマに対して書き込めるスペースを設ける。そうすることで、読者が自分自身と向き合うきっかけになるようなものにできたらと考えています。いわば“ワークジャーナルマガジン”のような形ですね。
今の世の中、外に出たりスマートフォンを開いたりすれば情報はいくらでも入ってきます。そうした環境の中では、自分にとって何が大切なのかも、意識して立ち止まらないと見えにくくなってしまうと感じていて。だからこそ、シンプルな問いに少しだけ時間をかけて向き合う。そのプロセスが、この混沌とした状況の中で、自分の輪郭を見つけることにつながるのではないかと思っています。そうした体験を、自然に促せるような冊子を作っていきたいです。
⎯⎯自分たちのやりたいことを形にしていく上で、売り上げや評価にはどう向き合っていますか?
haru.:マガジンに関しては、あまり売り上げや外部の評価に振り回されたくないと思っています。これだけは自腹でもやりたいと思えることなので、内容に関しては失敗という感覚もあまりなくて。発注のバランスなどで反省することはありますが、あくまで自由に実験できる場だと捉えています。
ただ一方で、それをどうやって持続可能な形にしていくかは、次の課題でもあります。これまではクライアントワークで得た収入や時間を使って制作を続けてきましたが、最近はマガジンを起点とした仕事や、より自由度の高い仕事も少しずつ増えてきていて。そうした流れの中で、お節介に伝えたいことを読者にきちんと届けながら、制作に関わる人たちが無理なく続けていけるようなサイクルを作っていけたらいいなと思っています。どうすればマガジンの制作により集中できる形にシフトしていけるのか、それが今の自分たちにとっての大きな課題でありテーマです。

issue no.7 台割り
Image by: HIGH(er) magazine
⎯⎯これから10年どのように活動していきたいですか?
haru.:ハイアーを通して築いてきた関係性を絶やさずに、無理なく続けていける形をつくっていきたいです。それがこの先の10年で一番大切にしたいことで。私にとって制作メンバーは、人生の1番の応援隊のような存在なんです。年齢を重ねる中で、メンタルや体調を崩したり、それぞれいろいろなことがあっても、また立ち直って一緒に活動できている。みんなとはその場にいなくても、どこかでお互いを応援し合っているような繋がりを感じていて。年を重ねるほど、そういう関係性の大切さは増していく気がしています。これから先もいろいろな出来事があると思いますが、「ハイアーマガジンがあるから頑張れる」と思ってもらえるような存在で続けたいです。
Miya:シンプルに、みんな健やかに、10年後も生きていてくれたらいいなと思っています。最近は仲間と「みんなで住む家を創りたいね」なんて話したりもしているんですよ。
haru.:そうそう。みんながずっとそこに住んでいなくてもいいんですけど、自由に出入りできたり、そこで活動できたりするような場所があったらいいなと思っていて。いわば、簡易的な“老人ホーム”みたいなイメージですね。ゆくゆくは、編集部を本当にそういう場所にできたらいいなとも思っています。
50年後のことみたいに先の話ばかりしてしまいましたが(笑)。近い未来で言うと今新刊を誠意作成中です。謙遜撲滅委員会の皆さん、発売を楽しみに待っていてくれたら嬉しいです。
最終更新日:
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