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キディルが提案する「新しいパンク」とは何か “秋葉原カルチャー”とファッションに通じる無限の想像力

キディル2026年春夏コレクションをレビュー

Image by: KIDILL

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キディルが提案する「新しいパンク」とは何か “秋葉原カルチャー”とファッションに通じる無限の想像力

キディル2026年春夏コレクションをレビュー

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 パリファッションウィークの公式スケジュールでコレクションを発表している日本のメンズブランドは増えているが、末安弘明による「キディル(KIDILL)」2026年春夏コレクションショーの会場には特にグローバルのメディアやバイヤーの姿が多く見られ、その注目度の高さが伺えた。

 キディルのブランドの根幹にあるのは、デザイナー末安が愛するロンドン発祥のパンクムーブメントとその周辺で育まれたユースカルチャーにある。そしてキディルにおける「パンク」の持つ「反骨精神」は、業界のトレンドや外部からの圧力に左右されないものづくりに対する純粋性によって発露している。自身を「オタク気質」と評する末安が目指すのは、「本気でパンクが好きな人間」が好きなものを貫き続けたことで生まれる「新しいパンク」だ。

 キディルの2026年春夏コレクションのテーマは「スピリチュアルブルーム」。「服のデザインというよりも自分の精神性をもう少し“オープンマインド”で、花が咲くように進化させていきたい」と末安は説明する。

“秋葉原カルチャー”とファッションに通じる「想像力」

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 先シーズン、1990年代末から2000年代初頭の東京・原宿の反抗的で個性的なストリートファッションを着想源にしていたキディルは、今シーズンその視点を原宿から「秋葉原」へと移した。マンガやアニメファンたちが培った“オタクカルチャー”はさまざまなクリエイターに影響を与え、今ではファストファッションからラグジュアリーまでさまざまなブランドがコラボレーションしており、いうまでもなく、日本の主要産業として世界的認知を得ている。しかし、まさに1990年代末から2000年代初頭、原宿でストリートファッションが全盛期を迎えていた頃、「オタク」という言葉にはまだ蔑称としての意味が強かった。そうした社会の周縁に追いやられた人々が静かに積み上げてきた創造性は、キディルが重視する「パンク精神」と共鳴するカルチャーとも言える。

 今シーズン、今一度パリでコレクションを発表する意味に立ち返ったという末安は、他の国にはない“東京だけのユースカルチャー”である秋葉原カルチャーが持つ勢いや反逆性とキディルのアイデンティティの掛け合わせを通して、改めてパリにおけるその立ち位置を明確にしようと試みた。

ゴジラのシルエットをイメージしたセットアップ。

Image by: KIDILL

メイドのヘッドドレスのようなプラスチックヘッドピースは「中央庁戦術工芸」とのコラボレーション。

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 「リサーチのために行ってみたメイド喫茶で出会ったメイドさんは、真剣にメイドになりきっていてかっこよかった。見方を変えたら、メイドさんもパンクなんじゃないかと感じた」と末安。この着想は実際のショー演出にも反映され、本番に先立ち、秋葉原風のフリルエプロンを身にまとったモデルたちがゲストと「チェキ」撮影を行う特別な「キディル流ガーデンパーティ」が開催された。

 「(オタクたちは)現実の断片を組み合わせ、誇張し、小宇宙のような新しい物語を生み出し、存在しないはずのものを200%の実在感で具現化していた」という末安の言葉通り、過剰なまでに演出されたメイドや人類の理想が詰め込まれた巨大ロボットのように、現実の制限を受けないその無限の想像力は、紛れもなく、現代のファッションに通じる重要なアティテュードなのだ。


Image by: KIDILL

 秋葉原カルチャーとキディルのパンク精神が掛け合わされた2026年春夏コレクションでは、「ゴジラ」から着想を得たシルエットのセットアップや、フィギュアから引用したラバー調の質感、「ビューティビースト(beauty:beast)」出身のデザイナーが手掛けるアクセサリーブランド「中央庁戦術工芸」と共同制作したアクリル樹脂のボディアーマーから花柄の「装甲ネコミミ耳ユニット」まで、着用者が“フィギュア化”するようなアイテムが登場。一点物のピースとして、アニメカルチャーの草分け的存在「タツノコプロ」とのコラボレーションを通して、「科学忍者隊ガッチャマン」や「マッハGoGoGo」といった初期日本アニメの名作もフィーチャーした。

Image by: KIDILL


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 ショー楽曲は、末安がかつて好きだったさまざまなアニメソングやボーカロイド楽曲などをリミックス。ショーの終盤からフィナーレにかけて流れた「寝・逃・げでリセット!(アニメ『らき☆すた』柊つかさのキャラクターソング)」は、ショーの舞台となった日中のパリのホテルの中庭に、深夜アニメ文化特有のノスタルジーを鮮やかに投影した。

徹底した“本物”へのリスペクトから生まれる新しさの提案

 キディルのコレクションには、パンクファッションのアイコンである「タータンチェック」が不可欠な要素として登場する。タータンチェックの生地は全て英国製で、今シーズン採用した赤黒のタータンチェック柄は、シンプルなライダースジャケットやジップジャケット、ボンテージパンツ、ワンショルダーのプリーツスカート、キャップなどに変換され、比較的シンプルなレイヤードのルックで登場した。これらのアイテムは、コレクション全体に散りばめられた大胆なグラフィックやサイケデリックな色彩に対する視覚的均衡をもたらすと同時に、今シーズンの特徴であるヘッドピースとのコントラストによって「日本のオタクカルチャー」という着想源を際立たせている。「新しいパンク」の前提にあるのは、徹底的なクラシックへの敬意であることも押さえておきたい。

日本独自のユースカルチャーとしてのオタクカルチャーのイメージとして、着想源の一つになった2000年代のボーカロイド文化黎明期。初音ミクを思わせるツインテールヘアとクラシカルなパンクのイメージが融合する。

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バラクータのG9を元にしたジャケット

Image by: KIDILL

 パンクスタイルへの新機軸は、コラボを通しても垣間見ることができる。今シーズンはイギリス発「バラクータ(BARACUTA)」とのコラボで、バラクータのアイコンジャケット「G9」をもとにしたジャケットを発表した。「G9」は、1960年代にモッズ文化から派生した労働者階級の若者たち「スキンズ(Skinheads)」が愛用したことでも知られるひとつの“型”である。これまでもひとりの「パンクオタク」として、パンク・ロックの女王 パティ・スミス(Patti Smith)やセックス・ピストルズ(Sex Pistols)のポートレートを手掛けた写真家 デニス・モリス(Dennis Morris)といった、「パンクの王道の歴史に名を刻んだ人やデザイン」とのコラボを通して、デザインと思想の歴史へリスペクトを表明してきた。

Image by: KIDILL

 末安は時折「“安全ピンやジッパーをつけたらパンク”といった表層的なデザインはパンクではない、クラシックな“本物”を知った上でそのデザインを作っているかどうか」という話をする。日本というルーツを表現する際に「漫画・アニメ」をテーマに据えることも、一歩間違えれば表層的なものになりかねない。今シーズン唯一登場した“安全ピン”ルックでもタツノコプロとの一点物のコラボピースは、末安の「原点」に対する強いリスペクトと、「新しいパンク」に対する矜持が伺える。


Image by: KIDILL

一点物のコレクションピースのジャケットは、ヴィンテージのタツノコプロのグラフィックTシャツやバッグをカットしてパッチワークし、ヴィンテージの缶バッジやフィギュアなどのパーツを安全ピンとチェーンで繋いだ。下部にはヴィンテージのレジャーシートをドッキングした。

Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)

 憧れや好きなものの純度の高いエッセンスを研ぎ澄まし、誇張し、デフォルメし描き出す。突き抜けた愛とパッションの先で絞り出された一滴に魂が宿る。オタクカルチャーにも通じるその姿勢はまさにキディルが追求するパンクへの純粋性であり、オリジナリティとして結実している。デザイナーが自分を貫き通したクリエイションは、シックな装いが王道なパリコレの世界でも辺境から熱狂を生んでいる。

KIDILL 2026年春夏

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KIDILL 2026年春夏コレクション

2026 SPRING SUMMERファッションショー

最終更新日:

FASHIONSNAP 編集記者

橋本知佳子

Chikako Hashimoto

東京都出身。映画「下妻物語」、雑誌「装苑」「Zipper」の影響でファッションやものづくりに関心を持ち、美術大学でテキスタイルを専攻。大手印刷会社の企画職を経て、2023年に株式会社レコオーランドに入社。若手クリエイターの発掘、トレンド発信などのコンテンツ制作に携わる。

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