人の心はどんな瞬間に動くのか。もし、その答えの一つともされる「面白い」という漠然とした“感動”を敢えて定義付けるなら。明日誰かの心を動かすためのクリエイティビティのヒントを思案する。
嘘の話を事実のように語る姿の迫真さに、うっすらと恐怖を覚えながら思わず笑ってしまう漫談を芸風とする芸人「街裏ぴんく」は、放送作家の鈴木おさむや笑福亭鶴瓶、カズレーザー、有田哲平らからも高い評価を受ける注目の存在として静かに人気を集めている。独自の「ファンタジー漫談」というジャンルを確立し、淡々と鋭利に笑いを突き詰める同氏と考える「面白いってなんですか?」。
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街裏ぴんく:1985年生まれ、大阪府出身。2007年に「街裏ぴんく」として活動を開始した。2022年に開催された芸歴11年目以上の芸人のお笑いグランプリ「Be-1グランプリ」優勝。TBS Podcastで存在しない架空の平成の歴史を語る番組「虚史平成」を放送している。
ガキ使「ハガキトーク」の衝撃
ーどうして「街裏ぴんく」という芸名なんですか?
元々は、高2の時のクラスメイトと大学時代に「裏ブラウン」というコンビ名でコンビを組んでいました。当時は変に尖っていて、表舞台の“しょうもない”お笑いに怒っていたので、「俺たちは裏行ってやるぞ」というのと、当時相方の勧めでクラブでよくR&Bを歌っていて、じゃがいもみたいな見た目でジェームス・ブラウン(James Brown)を歌っていたから「じゃがブラウン」と呼ばれていたのが由来です。解散して、元相方は今ラッパーをやっています。
ーピンになって街裏ぴんくと名乗るようになったんですね。
まず色を変えようと思って。この見た目でキレ芸もやっていたので、当時お客さんから怖がられていまして。自分の見た目のいかつさとのギャップを生みたかったので、自分とは1番遠いいかつくない色の「ピンク」にしようと思ったんですが、「裏ぴんく」ってちょっとヤバすぎるんで、響きといかがわしさがちょうど良くなるように「街」をつけました。
ー「ウソ漫談」をという形式にたどり着いたのは何故?
昔、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」に「ハガキトーク」というコーナーがありまして。視聴者からの無茶振りハガキに即興で、嘘でも苦し紛れでもその場で言葉を紡いで答えていくんです。それを見た時の「どうなんねんこの話」みたいな臨場感にワクワクして衝撃を受けたのが大きなきっかけです。それ以来ずっとファンタジーな漫才が大好きです。
ーどうして嘘で紡がれる話に「面白い」を感じたんでしょうか。
喋りを聴いているうちに、脳がその空想の世界にいくんですよね。自分の居る場所から飛躍的に飛ばしてくれる、旅に出ているような楽しさがあると肌で感じました。映画とかコントは「作りましたよ感」を感じてしまってなんか違うんですよね。日常からだんだん脱線していくというか、気づいたらズレていってしまっていたような世界観に俺はゾクゾクするんで。例えば「ふと見つけた美容院が、実は存在していなかった」みたいなゾクゾクが漫談でできたら素敵だなって。
ー漫談という形式もリアリティを演出している気がします。
そうですね。大阪ではファンタジー漫談は全然ウケなかったんで、キレ芸(ぼやき)とかフリップ芸などもやりましたけど、結局身一つで完結する喋りという形式で、好きなファンタジーネタを考えるのが1番得意で永遠に作れるなと思ったというのもあります。Aマッソが主催する「バスク」という人気公演に呼んでもらった時「ホイップクリームの滝」というネタで人生で初めて「ファンタジー漫談」でウケて。自分が1番やりたいことで笑ってもらえた喜びが大きく、ネタの方向性も一本化しました。
ーそもそも「ウソ」ではなく、「ファンタジー」と表現するんですね。
そうですね。あんまり嘘とは自分では言いません。あえて「嘘」という表現を使った方が伝わりやすい時もあるので、そういう時だけ使うようにしています。独自なことをやってるんだから既にある言葉を使うんじゃなく、ジャンルとして名前をつけた方がいいなということで、「ファンタジー漫談」とか「架空漫談」と呼んでいます。
ーなぜ「ファンタジー」という表現なんでしょう。
日常ってそんなに面白いことないじゃないですか。だから自分で作ろうと。日常であった出来事に対して、自分がどういうスタンスでおった方がおもろいか、その世界にゾクゾクできるかいつも空想しています。その世界にいたいな、その会話を聞きたいなっていう自分の感覚とにらめっこしながら作っているような漫談だからファンタジーという言葉を使っています。
ー開催中のアート展では、漫談の世界観が表現された作品*を発表されています。ご本人の喋りが肝心な漫談の世界観が本人不在のインスタレーション形式で成立していて、個性の強度を感じました。漫談がアートになるには何が必要でしたか?
笑える、にプラス何か1個感じ取ってもらえるものがあればアートになるんじゃないかなと解釈しています。「消失した是毛町」の痕跡を観て、観た人ひとりひとりが是毛町にがどんな町だったんだろうって考えたり、その後どうなったんだろうって考えたり、それぞれが自分だけの楽しみ方ができるといいなと思っています。みんなで想像したいです。
*「笑い」をテーマにした企画展、「笑うアートマンションと10人の住人展」で「『ZEGE展』愛媛県是毛町-突然消えた小さな町-」と称し、架空の町が消失した“記録”を、独自の奇妙な世界観で作られたジオラマや写真、資料等で表現している。
ー作品の出来栄えは?
最初は自分の音声を組み込んでもいいかなと迷っていましたが、世界観を伝えて制作会社の方が作ってくださったジオラマが素晴らしすぎて最高でした。元々興味があった「ネタを立体化させる」ということを今後もっとやっていきたいと思いましたね。
ー立体化というのは?
駅前で幟を立てて演説したり。基本的に普段は劇場で待っていることしかできないので、1人でも多くの人に劇場に来てもらうためにいろんなところに出ていきたくて。でも、今やっても「頭おかしい」と思われそうなので、それが面白いなに代わるためにももっと売れないといけませんね。
面白いって何ですか?
ー独自のジャンルを確立しているぴんくさんですが、独自性やオリジナリティってそもそもどんなものだと思いますか?
笑いって生理現象じゃないですか。排泄と一緒っていうか。嘘つけるもんじゃないから、「こういうのおもろいって言ってた方がニッチ」とかそういうもんじゃない。「自分はこういうのが好きだ、面白いと思う」って自然に言えちゃうものだし、言えなきゃならないもの、なのかなと。人それぞれに必ずあるものというか。
ーウケるものを作るために、どんなものがウケそうか考えたり、思考を大衆化させることはありますか?
ないですね。誰かに好きだ、面白いと思ってもらうためには、いろんな人のツボに俺が自分で引っ掛かりにいかないといけないと思っていますが、それってもうギャンブルなんですよね。なので「俺が考えている面白いことは、 みんなが面白いと思えることの中にきっとあるはずや」っていう、この面白いは俺だけのものではないはずやと信じて活動しています。
ー尖りすぎてるかなとブレーキをかけたくなることは?
いや、むしろ尖り続けたいですね。だって山ほど所謂一般的にウケるような、日常に溢れている笑いってあるじゃないですか。誰もの身近にある、例えば「転ぶ」とか。そういった単純な笑いに近いものの方が、多くの人に笑ってもらえるってわかっているんですが、沢山あるしわざわざする必要はないなと。だから自分が唯一無二の笑いができているか、誰かと似たことをやってないかは常に自問自答しています。
ー誰もやっていないことしかやる意味はない?
芸人をはじめたての頃は、周りと同じようなネタをやっている芸人に対して嫌悪感がありました(笑)。人それぞれ自由なんで、それはそれでいいんですけどね。でも誰もやってないことで芸を培って、誰も到達できへんところに来ているって自分では過信してやってきているわけですから。唯一無二だと信じられなくなったら、誰でもできる笑いになってんなと思ったらすぐ辞めます。あとは俺より上手に俺と全く同じことできる人が出てきたら、30年この芸をやり続けていたとしてもすっぱり辞めそうです。
ー普段どんなものを見て面白いと思いますか?
他のジャンルで、めっちゃ喋りが上手い人を面白いなと思います。最近通い始めた皮膚科の先生が、たけしさんみたいなんですよ。喋りを聞くために通ってるくらいなんですけど、嘘みたいに妙な雰囲気の皮膚科で、最近あげた「びょういん」という漫談はこの皮膚科を想像しながら話しています。喋りって、噛まないとかそういう上手さじゃなくて本当に熱量だと思うんですよね。その皮膚科の先生は、患者に100%で向き合ってくれる。距離感とかではなく、思い遣ってくれる気持ちからくる喋りのうまさって心に入ってくるんです。喋りが上手いっていうのは話術じゃなくて、どれくらい自分に向かって気持ちを込めて喋ってくれているかどうかだと考えています。コンビニ店員さんとの一言のやり取りでもいいなあと思うことがありますよ。大先輩の居島一平さんや清水宏さんは、お客さんに嘘なく思っていることを吐き出すんですよね、それが気持ちいい。「俺はこれを言いたい、聞いてくれ、受け取ってくれ」って気持ちがいかに大事かということを学びました。普段の漫談もそういう気持ちでやっています。
ー自分のやりたいことと周囲からの期待がズレることはないですか?
R-1グランプリに出場しているんですが、そういった芸風を知らないファンの人以外も見るし、持ち時間が決まっている賞レースの時は、いかに素早くお客さんに設定や芸風をわかってもらって世界観に没入してもらうか、という問題があって、色々な先輩方から小道具や演出のアドバイスをもらいます。いつもすごいなって思うんですけど、どうしても自分は何も説明せずフラッと出ていって喋りだけで俺の「体験」を聞いてほしいんですよね。でも臨場感を高めるためだったり、自分が納得いく形なら取り入れてみようかなぁとも思っています。
ー「面白い」ってなんだと思いますか?
人って「記憶」で笑うと思うんです。本当に全く見たことがないものではなくて、記憶の中にあるものが知らない状態になっていたり、想像と全く違う見たことがないものになっている瞬間に笑いが起きるというか。「逆説の笑い」と呼べばいいのか、見たことある「記憶」じゃ得られない「見たことがない記憶」が面白いんだなと。「あるある」ネタもそうだと思いますし。ファンタジー漫談にも事実の部分を入れていますが、いかに自然に違和感のある世界に入っていけるかが大事です。
ー今後やりたいことはありますか?
90歳になってもお客さんに向かって本気で「ホイップクリームの滝に行ってきたんだよ」って素直に“脳みそで喋りかけれる”ような芸人になれたらいいですね。売れていなくてもその歳まで芸人を続けているなら唯一無二って自分では思えそうですし。辞めてないことがまず素敵やな。90歳でその話してんのは相当やばいと思うし、それを見に笑いに来てるお客さんがいるってのもかなりやばいと思います。その空間を想像した時のワクワクが楽しくて芸人をやっているかもしれません。
text & edit:Chikako Hashimoto(FASHIONSNAP)
photographer:Hikaru Nagumo(FASHIONSNAP)
◾️「笑い」をテーマにした企画展『笑うアートマンションと10人の住人展』
会期:2024年1月19日(金)〜2月18日(日)
会場:デザインフェスタギャラリー原宿 EAST館
開館時間:11:00~19:30 ※会期中無休
公式サイト
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