死ぬほど人を好きになったり愛したりなんてできないのかもしれない。そんな諦めの気持ちと、それでもやっぱりどこか諦めきれない自分。そこで私は、真の愛を掴むべく出会い系アプリを使ってみようと決意した。「きっと誰も好きじゃない」のかもしれないけれど。時間を共にし、話したことや出来事を、撮ってもらった私自身の写真とあわせて綴る出会い系アプリで知り合った男性とのおはなし。5人目は八王子で会った30歳のIさん。
(文・写真:高木美佑)

土曜日@八王子 30歳 Iさん
彼はずっと、アプリ上でメッセージをやりとりをしてくれていた。
というのも、出会い系アプリというのは通常、女性は無料で男性は有料なことがほとんどだ。
私が彼と知り合ったきっかけとなる出会い系アプリは、メッセージを送ることはもちろん、男性が女性のプロフィールを見ることにさえもポイントが必要だった。
女性はいくらイイネされようがメッセージが来ようが、出会い系のサクラなどのように利益を得ることはないが、男性はログインすることによってのログインポイントを得たり、必要に応じてポイントを購入する必要がある。
アプリ上でメッセージのやりとりをすることは男性にとってあまり得にはならないので、すぐにLINEなど他のメッセージアプリへと切り替えたがる男性が多いのは普通のことだ。
けれど彼は、ずっとアプリ上でメッセージのやりとりをしてくれていた。
彼と連絡をとりあっているうちに私が誕生日を迎え、プロフィールでの年齢がひとつ歳をとったことに、唯一彼だけが気づいた。
会うことが決まり、当日になってやっとLINEに切り替えた。
それも、アプリだと面倒だからと私がしびれを切らして言ったからであった。
彼がLINEへはじめてメッセージを送ってきたとき、挨拶にフルネームと電話番号を一緒に添えていて、とてもしっかりとした人だなと思った。
私はその日、少し仕事が立て込んでいて忙しかったのだけれど、「来週から仕事が忙しくなりそうなので何時になってもいいからお茶だけでも今週の内にしたい」と押され、仕事後に軽くお茶をすることにした。
また、都合の良い場所まで行くと言ってくれ、仕事後近くであった八王子駅を指定した。
のちのち調べると、彼が住んでいるあたりから八王子駅までは電車で一時間半もかかり、とても遠い場所を提案してしまい申し訳なく思ったのをよく覚えている。
そのことについて謝ると、彼は「小旅行気分で楽しかった」と言ってくれた。
彼は、以前わたしが勤めていた会社の同期に似ていて、その同期というのはとても陽気でいて話しやすい人だったため、どこか親近感を抱き、緊張の糸がゆるんだ。

八王子のカフェなどは詳しくなかったけれど、彼が事前に良さそうなカフェを下調べしてくれていた。
駅からも近く、そこへ向かうことにした。
そこは、中学時代の友人と一度来たことのあるカフェであった。
私はすでに食事を済ませてしまっていたのでデザートセットを、彼はごはんセットを頼んだ。
メニューを渡してくれた彼をみてすぐ目に入ったのは、彼の爪だった。
ほとんどの指の爪が黒く染まっていた。
彼は、舞台美術などを手がける職人さんだ。
とても綺麗だとは言えない手だったけれど、彼にとても興味が湧いた。
出会い系のプロフィールには、年収を書く項目がある。
書くことは強制ではないので空欄にしておくこともできるが、彼は「300万円未満」と明記していた。
それを見た時点でふるいにかけ、彼を選択肢から外してしまう女性もいるかもしれない。
もしかすると人によっては負い目にも感じてしまうかもしれない点を、正直に書いていることにとても好感がもてた。
年収なんて嘘をつこうと思えばいくらでもつけるのに。
彼は今までに手掛けた仕事の写真をたくさん見せてくれた。
舞台美術というと小さい模型ばかりではないので、広いアトリエを作るために最近引っ越したそうだ。
とても楽しそうに話す彼をみて、自分の好きな仕事をしている人は素敵だと思った。
カフェには色々な本が置いてあった。
その中に動物の図鑑があったためか、動物の話になった。
好きな動物や昔行った動物園の話など、いろいろな話をしたけれど、1番印象に残っているのは「種類の違う動物同士でも子どもはできるのか?」という話だ。
例えば、犬と猫が交尾をしても子どもはできるのだろうか?と。
「さすがに犬と猫は無理だろう」「ならばロバとポニーでは?」「チーターとヒョウも似ているから可能性はあるかもしれない」と、話に花が咲いた。
あまりにも盛り上がってしまい、2人ともコーヒーをおかわりした。
きっとスマートフォンで調べればすぐわかるような話だけれど、私も彼も調べないままでいた。
2杯目のコーヒーを飲み終えると、入店してから3時間近くが経っていた。
彼の家もすごく遠いので、そろそろ出ようと会計を済ませた。
彼は私が乗る路線の方まで送るよと、駅の方へ歩いた。
その道中で、彼が「こんなにいい子とお茶できてよかった」と、ひじで腕をつんつんとした。
手を握られたわけでもないのに、私のテリトリーに急激に入り込まれたように感じたのか、一気にわたしの心が遠くへ逃げていくのを感じた。
さっきまであれだけ仲良く話していたのに、自分勝手なことはわかっている。
自分でもなぜこれだけのことでと疑問が湧くが、今でも理由がわからない。
そしてきっと、私もなんてことないようなふとした行動で他人を遠ざけてしまったり、はたまた傷つけたりして、そして気づかないままでいるのだろうと思った。
最後に駅の前で、1枚写真を撮ってもらうようにお願いした。
「どうしたらいいかな?」と訊くと、駅前はまだクリスマスツリーのイルミネーションが残っていたので、「その前にたってみて」と言われ、彼はシャッターを押した。
出来上がった写真をみて、直感的に彼は写真を撮るのが上手だなと思った。

後日、彼から、新しく手掛けているという制作途中の美術の写真が送られてきた。
きっとそれはとても素晴らしいものになるだろうと思った。
企画協力:Tomo Kosuga
きっと誰も好きじゃない。
・1人目-少食だった新宿の彼
・2人目-芸術家になりたかった渋谷の彼
・3人目-かわいい絵文字を使う渋谷の彼
・4人目-なんでも出来るエリート大学生の彼
・5人目-指の爪が黒く染まっていた職人の彼
・6人目-茄子としいたけが嫌いな新宿の彼
・7人目-メルボルンで出会ったミュージシャンの彼
・8人目-紳士的ですごくスマートな台湾人の彼
・9人目-華奢でお洒落なアメコミ好きの彼
・10人目-修士号をとるために勉強をしている真面目な彼
・最終回-オリンピックのためにTVを買った読書好きな彼