デジタルフィッティングの技術(3DLook より)
デジタルフィッティングの技術(3DLook より)

Fashion ポスト・コロナ

【コロナ後:ファッションテック編】デジタル転換のすすめ - 注目したい3つのテクノロジー

デジタルフィッティングの技術(3DLook より)
デジタルフィッティングの技術(3DLook より)

 新型コロナウイルスの収束後、ファッション界はどう変わる――?未だ先が見えない状況だが、奥底にはパラダイムシフトの萌芽も見え始めている。かつてない困難からの気付きや価値観の変化に目を向け、これからのファッションを考える特別寄稿連載「コロナ後」

 5人目は、30年にわたりデジタルテクノロジーの最前線を取材し、ファッションテック(ファッション×IT)分野にも詳しいITジャーナリスト"nobi"こと林信行氏。ファッション業界はどのようにデジタルトランスフォーメーション(DX)を進めるべきかを導き、また注目すべき最新テクノロジーを紹介する。

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コロナ後のファッションテックを考える

 「戦後最大の人類の危機」。ファーストリテイリング柳井正代表の言葉の通り、新型コロナウィルスは我々の経済に、社会に、そして日常生活にも計り知れないダメージを与えている。最大の不安要因は、この状況がいつ収束するかの見通しが立たないことだろう。

 精神を健全に保つためにも、我々一人一人は事態が収束した後の「After コロナ」の世界が一日でも早く訪れることを夢見ることが大事だが、一方で会社の経営を任された人間は、最悪の事態としてこの問題が当面収束せず、人類がしばらくはAIDSのHIVウィルス同様にコロナウィルスとも共生をしていく「with コロナ」の想定も考えておく必要がある。最近、広く報じられているがハーバード大学の最新の研究調査では、ワクチンが発見されるか、大勢の犠牲者を出す集団免疫が獲得できない限り、ソーシャルディスタンスなどの状況は2022年頃まで続くという研究成果も出ている。

 そんな「withコロナ」の世界で事業を続ける上で必須のテクノロジーを、ファッションの製造と販売のそれぞれについて筆者の考察を述べてみたい。

 

「with コロナ」時代の生産

 まずは製造について。今、ファッション/アパレルの製造を担う会社で最も必要とされているのは、新しいテクノロジーではなく、これまでずっと「大事」だと言われていた基礎のテクノロジーを確実に採用していること、というのが筆者の考えだ。

 特に重要なのは素材の調達や生産発注、在庫管理なども含めたサプライチェーンマネージメント(SCM)の再構築だろう。

 「BCP対策」という言葉がある。「Business Continuity Plan(事業継続計画)とはテロや災害などの危機的状況下でも事業を継続できるようにする対策のこと。

 「with コロナ」の世界では、仕入れや製造をあまり他国に依存できず、国内での取り引きが重視される。しかも、さまざまな企業の経営が不安定になっている。しっかりとサプライチェーンを管理するシステムを構築できていれば、素材調達先を複数用意するマルチソースや、生産発注先を複数用意するマルチファブも実現しやすくなる。

 こういった準備は本来、余裕のある平時に行なって、緊急時に備えるのが望ましいが、残念ながら我々は既に出口の見えない緊急事態に入ってしまっている。

 幸か不幸か、この状況で止まってしまっている業務も多いはずなので、まだしっかりとしたSCMの体制を整えられていない事業社は、この機会にその余力を活かして全力で転換を進めるべきだろう。

 この「デジタル転換」は、新型コロナウィルスの事態が収束したとしても、ちゃんと大きな利益をもたらす。例えばインターネットでの評判などにより、短期間に特定製品の需要が爆発的に増えた場合などでも対応がしやすくなる。

 また、新型コロナウィルス以前に社会問題となっていた環境負荷の小さい「低炭素社会の実現」にも貢献する。遠方からの輸送などによる環境への負荷を抑えた事業への転換がしやすくなるのだ。

 

「with コロナ」における流通・販売

 では、販売についてはどうか。執筆時点(4月22日)では百貨店をはじめ、ほとんどのショップが営業自粛で閉店をしており、消費者の購買活動はほとんどECに流れてしまっている状況だ。

 以前から言われていたオムニチャネル化が進められなかった販売店は、今、そのツケを払わされている形だ。

 日々、計上されていたはずの売り上げが全く発生しておらず、季節性のある商品の在庫が、人の目にも触れずにシーズン終わりを迎えつつある(もちろん、こういう状況なので1年後に再販売ということも選択肢の一つとしてあるだろう)。

 業態によっては、一部の商品を既存の大手モール型ECサイトで販売する方法もあると筆者は思っている。そうすれば少なくとも「売り上げ0」は回避できる。

 自社ECサイトをあきらめて、今後も大手モール形ECサイトに依存しろ、という話ではない。そもそも多くのモール型ECサイトは、商品のエモーショナルな魅力を伝えるのには不向きで、できるだけ依存度を低めた方が良いと筆者は思っている。

 とは言え、すぐに自社のECサイトを立ち上げることもできない。ならば、まずはより簡単に立ち上げられる商品情報を発信するオウンドメディアを立ち上げ、受注と決済の仕組みとしてモール型ECサイトを活用する、という考え方だ。

 顧客はオウンドメディア(やブログ)で商品の情報を読み、気に入った時に「購入」ボタンを押すとECモールのその商品のページに飛ぶ、という仕組み。事態が一段落して自社のECサービスを無事に立ち上げたら、記事からリンクする購入先を自社ECサービスに切り替えれば、消費者のスムーズな移行も可能だ。

 まだオウンドメディアを持っていない企業でも、簡単に登録し立ち上げられるパブリッシングプラットフォームはいくつもある。休店で時間を持て余している従業員がいたら、普段は声で行なっている商品紹介をこの機会に文字で伝える練習をしてもらえば、ノウハウの蓄積にもつながる。

 既に自社でECのサイトを持っている企業は、この機会に新しい挑戦をしてみてほしい。記事の最後で紹介している3つの最新技術の検証もいいだろうし、例えば従業員に権限移譲をしてソーシャルメディアで情報発信といったチャレンジも、毎日が「非日常」の今ならやりやすい(もちろん企業として社員が何をしたかを把握し、いざという時に即時対応する体制は必要だ)。

 SCMの採用やEC併用は、これまでにも散々言われてきたことで、決して新しいテクノロジーではない。しかし、それだけに実効性も高い。

 奇跡的に新型コロナウィルスの広がりが収束したとしても、数年前から他のウィルスの流行も予言されている(2017年放送のNHKスペシャル「メガクライシス」が詳しいが、鳥インフルエンザのパンデミックがいつ起きても不思議ではない状態になっているという)。

 もし、次のパンデミックが起きた時、まだ「withコロナ」の対策が打てていなかったとしたら、もはや会社に与える致命傷の言い逃れはできないだろう。

 

ECをリテールショッピングに近づける3つの技術

 さて、古いテクノロジーだけを紹介して終わっても記事としてつまらない。最後に、このコロナ禍で筆者が注目しているファッションに使えそうなテクノロジーを3つだけ紹介しようと思う。いずれもファッションECを促進する上で鍵となりえる技術だ。

1. デジタルフィッティング

 1つ目は「デジタルフィッティング」の技術だ。コロナ禍に限らず多くの人がECでの買い物に慣れてきているが、試着のできないファッションアイテムの購入には、どうしてもサイズが合わないことによる返品のリスクがある。それを最小限に抑えるためにも、顧客の体型や足のサイズなどの採寸データを捉えた上で、商品サイズの提案をする仕組みは欲しいところだ。

 Virtuesizehttps://www.virtusize.jp)、Bodygramhttps://bodygram.com/jp/)、3DLookhttps://3dlook.me)など、何種類もの技術があり方式も精度も異なるので、今から社員たちにもそれぞれを試してもらって意見を集め、いずれ他の技術がスタンダードになった場合でも移行できるように、試験導入を始めてみても良いかもしれない。


3DLook
 昨年、LVMH Innovation Awardでグランプリを受賞した3DLookは、スマートフォンでたった2枚の写真を撮るだけで、身体の採寸ができるというAIを用いた技術。他の採寸技術と同様に、自社でアプリを提供するのではなく、ECサービス向けに技術を提供するビジネスモデルを取っている。

 

2. VR180

 2つ目は、VR180という技術だ。実はGoogle社の表記はVR180だが、3D Stereo 180VR、3D-180 Video、3D Videoなど、まだ呼び方すら1つに定まっていない。

 これまでゴーグルをつけて利用するVRというと、上下左右や前後など、首をどの方向に向けても、その方向の景色が見られる360度全天球画像(あるいはGoogle社の表記でいうVR360)が主流だった。

 これに対してVR180では、その半分、前方向しか見渡すことができない。その代わりに、前に広がる映像を2つのカメラで撮影しているので、実際の目で見ているような遠近感や立体感を楽しむことができ、より臨場感のあるリアルな映像を再現できるのだ。

 最近ではこのVR180の映像を5万円ほどで5K解像度(4Kテレビよりも高解像度)で撮影ができるカメラも出てきていて、明るい場所で撮影した映像であれば、本当に目の前にあるかのような臨場感を味わうことができる。既にYouTube VRにはVR180動画を検索する機能も備わっており、その効果はOculus Goなどの安価なゴーグルでも十分味わうことができるので、既に持っている人は改めて試してみると良い。

 コロナ禍が長くつづき、人々が家に籠っている今、実は外の世界に出たつもりになれるVRゴーグルの価値が急速に上がっている。秋以降に5G通信が実現したら、3D 180VRでのライブ配信なども現実味を帯びてくる。これを機会に3D 180VR映像の効果や特性の検証はしておいて良いだろう。

Insta360 EVOhttps://www.insta360.com/product/insta360-evo/
 5K以上の解像度で180VRを撮れるカメラも増えつつある。高画質で人気が高いのはこちらのInsta360 EVO。折りたためばVR360の撮影もできる。

 こちらの動画、普通にパソコンやスマートフォンのYouTubeでも再生できてしまうが、VRゴーグル越しで見るとまったく異次元の体験になる。VR180は、画質だけでなく臨場感というものがどれだけ大事かを教えてくれる注目のテクノロジーだ。残念ながらまだファッション系での利用例は少ない。どの程度の臨場感が出せるかを確認したい人は、世界のYouTuberたちによる人気カメラInsta 360 EVOやVUZEをレビュー動画を見ると良いだろう。

 

3. USDZ

 3つ目は、USDZというARファイルの配信。最近のアップル社の商品は、同社の商品ホームページに「ARを使って<商品名>を見てみよう」というコーナーが設けられている。

 このリンクをiPhone画面上でタッチすると(iPadでもOK)、iPhoneのカメラ越しに、実物大の商品映像が現れる。カメラを近づけていくと、かなりリアルな表面のテクスチャー感なども再現されていることに驚かされる。

 これはアップル社がピクサー社と提案しているUSDZというARコンテンツを配布するためのファイルフォーマットで実現している。公式ホームページのリンクをタッチをすると、商品の3D映像がUSDZというファイルでiPhone上にダウンロードされ、iPhone内のARビューアーが起動する仕組みだ。

 アップル社が4月に発表したiPad Proには、より精密に寸法や距離を図るレーザー測量の技術(LiDAR)も搭載され、同じ技術が次のiPhoneで採用されるという噂もある。

 これは、例えばECで販売している商品を、実際に部屋に置いた時にどのように見えるかを実物大で確認したり、ディテールを確認する上でも重要な技術だ。USDZ自体はオープンソース技術なので今後、利用者が増えればAndroidでも利用可能になる可能性も大きい。

 今からでも、まずはアップル商品のAR映像で体験して検証を始める価値は十分にあると思う。さらに余裕がある人は、アップル社が提供しているReality Composerというより複雑なARコンテンツを制作するための無料ツールについても情報を集めてみると良いだろう。

The Cambridge Satchel Company
 米国のバッグ販売店、The Cambridge Satchel Company(https://www.cambridgesatchel.com/)や、デンマークのオーディオ機器メーカー、Bang & Olufsen(https://www.bang-olufsen.com/)では、自社のECサイトにてUSDZ形式の商品イメージを提供している。VRマークをクリックするとiPhoneのカメラ越しに実物大の商品を確認できる。質感の再現性も高い。

 

 テクノロジーは、困難を抱えている時こそ真価を発揮する。筆者も平常時であれば、ARやVRの活用よりもリアルに店舗を訪れることの方が好きな人間だが、人々の動きが大きく制限されるコロナ禍の世界では、代用現実とも言える、これらの技術の利用も悪くはない。

 こうした技術がリアル店舗でのショッピング体験に勝るとは、まだ口が曲がっても言えないと思う。だが、社会状況がそれを許さない中、気付けばテクノロジーも(まだまだな部分も多いが)悪くない代替品質を提供し始めていることに改めて気がつかされた。消費者の気持ちが、買い物をしないよりはECでショッピングを続ける方向にシフトし始めていることを考えても、一歩先のEC体験を調査して準備をしておくのは悪くないことだと思う。

林信行
コンサルタント/ジャーナリスト。1990年からデジタルテクノロジーの最前線を取材。パソコンやインターネットの普及、デジタルワークスタイル/ライフスタイルの変化を伝えてきた。テクノロジーだけでは「豊かさ」はもたらされないという反省に基づき、現在はテクノロジー、デザイン、アート、ファッション、教育などの領域をまたいで取材。またイベントや新規事業の企画なども行う。著書多数。金沢美術工芸大学客員教授。ダイソン財団理事、リボルバー社社外取締役、グッドデザイン賞審査員。
5月6日からはkudan houseを舞台にスタートするオンラインアートサロンにてファシリテーターも務める。https://www.facebook.com/art.niwa/

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