1947年の誕生以来、世界で愛され続けている「レペット(Repetto)」。一時期は経営が傾いていたが、それを救ったのはジャン=マルク・ゴーシェ(Jean-Marc Gaucher)氏だ。1999年の買収以降、当時は事例がなかったコラボレーション施策で「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」などとタッグを組み、ブランドを復活させた。そのジャン=マルク氏は今年5月に逝去。ブランドの経営は娘のシャーロット・ゴーシェ(Charlotte Gaucher-Holmann)が受け継いでいる。社長職の後継は父からの依頼ではなくシャーロット氏自身が立候補したという。就任に至るまでの経緯、父の背中を見て学んだこと、日本市場の可能性について来日取材で聞いた。
■シャーロット・ゴーシェ(Charlotte Gaucher-Holmann)
ロレアルで約13年半勤務し、レペットに2022年1月に入社。経営が傾いていたレペットを立て直したジャン=マルク・ゴーシェ(Jean-Marc Gaucher)氏を父に持つ。2023年5月31日から社長職を引き継いでいる。ジャン=マルク氏は2023年5月に逝去した。
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ビジネスマンの父から学んだ主体性
―シャーロット氏から見るジャン=マルク氏はどんな風に目に映っていましたか。
ビジネスマンとしては非常に明確なヴィジョンを持っていて、すごく熱意のある人だったと思います。バレエを背景に持ち、独自の技術で商品を作るレペットをグローバルに愛されるブランドとして名を上げることができたのはまさに才能ですよね。一日でそういったブランドは作れないですから。そういった意味で、ほんとに多彩なビジネスマンだったと記憶しています。
―では、父親としてのジャン=マルク氏はどんな人でしたか?
父親としては、子どもに対して「不可能はないんだよ」と育ててくれたと思います。何事にもパッションを持つ情熱的な彼のことなので、要求するレベルも高かったように感じることもありましたが、とにかく何事においても一生懸命頑張りなさい、と。それも、ただ頑張るだけではなくて、全てに興味を持って、愛情を持って追求していくように、ということを教わりました。
―その教育方針がシャーロット氏のキャリアやモチベーションにも影響している?
そうですね。人生とビジネスの両方の側面で優先順位の付け方を多く学びました。ブランドビジネスを成功に導くためには目標が必要ですが、そこに向かう上で周囲の変化や進化にも目を向けながら判断をしていくことの大切さを学びました。
―シャーロット氏は2022年1月にレペットに入社。当時からジャン=マルク氏の後を継ぐことは想定されていましたか?
最初はそういった意向はなかったと聞いています。私の前職がロレアルのトラベルリテール部門だったのですが、コロナ禍で業務が完全にクローズしてしまって。休息状態の時に父から「レペットを少し手伝って欲しい」と声をかけてもらってレペットに加わりました。ですが、いざ参加してみると、レペットのブランドの魅力や可能性にどんどん惹かれてしまって。その結果、レペットに残り「私がいずれ社長をやりたい」ということを自分からお願いして、ブランドの未来計画を父と一緒に描き始めることになりました。
―ジャン=マルク氏からは「継いで欲しい」と言われていなかったのですね。
はい、父自身は決断していません。父は教育の中でも、自分自身で将来の選択をして一生懸命頑張る姿を見せてくれていました。そんな父の仕事を手伝っていく中で、私自身もこの魅力的なパワフルなブランドをさらに発展させたいという気持ちが芽生えたのです。
Image by: FASHIONSNAP
―シャーロット氏自身も、もともとレペットのファンだったそうですね。
はい。父がレペットの事業を運営してからずっと履いているので、20年以上レペットを愛用しています。消費者の視点からもブランドとは密に過ごしてきたので、独自性は誰よりも理解しているんじゃないかなと思っています。
―後継が決まった際に、ジャン=マルク氏から託されたことは何かありましたか?
ブランドを作り上げる上で、お客様を驚かせること。そのために常に考え、提案し続けることでしょうか。
―シャーロット氏から見たレペットの強みとは?
ロレアルでの経験を通じて思うのは、やはりブランドの独自性が事業において非常に重要になるということ。レペットにはそれがありますから、今まで通り守り続けながら最大限、事業に活かしていこうと考えています。いまの時代は小売やコミュニケーションのあり方が大きく進化しています。特に若年層に対していかに憧れの地位を確立できるか、アプローチも変えていかなくてはならないので、これは私がこれから計画していかなくてはいけないところですね。
―構想している具体的なプランはありますか?
いま実際に進行しているものを含めると、まず小売においてはカスタマーエクスペリエンスを強化しています。たとえば最近、韓国で3層の路面店をオープンしたのですが、上層階にバレエスタジオを作り、バレエのレッスンが受けられる教室を併設しています。このバレエ教室を運営しているのは韓国のオペラ座でダンサーを務めていた方で、本格的なレッスンを受けることができます。このように、リテールは今までの「商品を売る」だけではない体験ができるように、変化を加えているところです。
デジタルは今後も優先すべきチャネルだと思っています。中国においては、「天猫(Tmall)」のラグジュアリーパビリオンで取り扱いが始まりました。それ以外にも、ブランドの認知拡大のためにセレブリティやインフルエンサーを起用したマーケティングにも着手しています。何かを大きく変革させるということより、いま進化している社会にブランドが対応していくことが重要だと考えています。
初のコラボは「イッセイ ミヤケ」 日本とレペットの関係
―日本市場の印象はいかがでしょうか。
非常に大切な市場で、日本のお客様とレペットは密接な関係にあると思っています。日本人のお客様にはレペットが持つ伝統や歴史、メイドインフランスのブランド独自の技術という点で評価していただき、愛用していただいています。また、アーティストや文化への貢献という部分でもおそらく支持をいただいているのではないかと感じています。
―顧客の年齢層は?
30代後半〜40代がボリュームゾーンですね。
―日本市場ならではの特徴はありますか?
「クラシック」と「クリエイティブ」の2つの側面があると捉えています。クラシックな側面では、やはり伝統を重んじているという点で「サンドリオン(Cendrillon)」や「ジジ(Zizi)」「マイケル(Michael)」といったアイコニックな商品を愛用していただいています。一方で、クラシックとは対局の形になりますが、クリエイティブな側面と言うとコラボレーションモデルですね。直近では「ノワール ケイ ニノミヤ(noir kei ninomiya)」とのコラボモデルが発売されましたが、クラシックなサンドリオンをあそこまでデザイン性の高いもの仕上げていただき、革新的なモデルになったと思います。
「ノワール ケイ ニノミヤ」とのコラボシューズ
Image by: FASHIONSNAP
―ジャン=マルク氏は積極的にコラボに取り組まれていましたね。
父はファッション業界においてコラボに取り組んだ第一人者だと、彼自身も公言していました。彼が社長に就任した1999年当時、まだファッション業界でコラボは全く行われていなくて、他の分野においてコラボで事業を成功させたケースを見て、そのアイデアをファッション業界にも取り入れたと聞いています。レペットの初のコラボレーション相手は「イッセイ ミヤケ(ISSEY MIYAKE)」(2000年発売)だったのですが、父は実際に三宅一生さんに会いに行って、ブランドの魅力や商品企画について直接話し合ってコラボが実現したそうです。コラボは今後も継続していきたいと考えていますし、来年に向けてすでにコラボの企画を進めていますよ。
【備考】レペットは2000年代にイッセイ ミヤケのほか、ヨウジヤマモト、コム デ ギャルソン、カール・ラガーフェルドとコラボを行った。
―コラボ相手を選ぶ条件は?
クリエイティビティが一つの基準になってきます。あとは新しい市場でお客様を驚かせて、感動させるような商品をどうやって生み出せるか。そういったことを考えながら、コラボ相手を探しています。ノワール ケイ ニノミヤとのコラボも日本市場がブランドにとって大切だということをアピールすることも含めて実現しました。
売上2桁増で推移、“二面性”で長く愛されるブランドに
―売上は2桁増で推移しているそうですね。
バレリーナシューズがどのマーケットでもトレンドとしてすごく注目されていて、非常に好調な状況です。特にヨーロッパやアメリカのマーケットは早いスピードで成長しています。そういった意味では大変満足しています。
―ブランドとして特に注力しているカテゴリーはありますか?
シューズにおいては、もちろんクラシックの定番はこれからも大切していきたいと考えていますが、この春夏にデビューしていま世界でヒットしている新作「ソフィア(Sophia)」というモデルは力を入れていきたいですね。バレエシューズのような形で、サテンのリボンをくるくると足首に巻くデザインです。一部の国ではもう完売状態なんですよ。
Sophia Ballerinas(税込4万4000円)伊勢丹新宿店でBrown・Beige・Blackの3色を発売中
あとはアスレジャーラインですね。アスレジャーラインにはヨガやピラティスといった運動のためのコレクションと、デイリーウェアとしても着られるラフスタイルコレクションの2つがあります。レペットのブランドの背景にはバレエのDNAがあるので、運動するときの体の動かし方を熟知している点がブランドの強みとしてあります。急成長しているアスレジャーの市場の中でもアピールするために、サテンのリボンやチュールを使うなど、デザインには必ずブランドらしさを取り入れています。バレエのウェアづくりで培ったノウハウやインスピレーションを活かしながら、これから強化していきたいですね。
―シャーロット氏のお気に入りは?
本当に愛用しているのはソフィアやサンドリオンですが、一つには絞れないですね。
―ちなみにシャーロット氏自身はバレエの経験はありますか?
実はないんです。12年間、空手をやっていました。
―空手とは意外でした(笑)。
これを話すとなぜかよく驚かれるんですが(笑)。でもレペットも、子どもたちがクラシックバレエを習う時に連想される可愛らしい側面と、ミュージシャンとかアーティストにも愛用していただけているなどファッション的な側面という二面性のギャップがあるように思います。
―時代が変化する中で、これからも長く愛されるために必要な要素は何でしょう。
お客様の心を動かす一番の要素は、やはりブランドの独自性です。レペットはブランドの発足当時からのヘリテージである「バレエ」と、自社工場で生産をしている「ラグジュアリーなものづくり」が大切な個性になるので、この2つがあり続ければこれからもお客様に愛され続けるのではないかと思っています。
―日本でも女性が活躍できる社会が推進されています。最後に新たな女性のビジネスリーダーの立場として、読者に向けてメッセージをお願いします。
不可能は絶対にない、ということですね。やりたいことがあれば、女性であってもどんなことでもできる、とにかく自分を信じて恐れずに前に進んで欲しい、それに尽きます。
(聞き手:伊藤真帆)
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