現代ファッションにおいて、リック・オウエンス(Rick Owens)はまさに孤高の存在だ。コングロマリットの一員になることなく、インディペンデントを貫き、唯一無二のスタイルを築き上げてきた。その圧倒的にオリジナルな美学は、いまもファッションの最前線で躍動しつづけ、毎シーズン発表されるコレクションでは常に問いを投げかけ、挑発し、多くのデザイナーや顧客に影響を与え続けている。近年では、観る者の度肝を抜く演出のショーでも話題をさらってきた。しかしそれは決してクリックベイトのためではなく、時代の本質を突く直感と、深い思想が通底している。
ADVERTISING
そんなリック・オウエンスの回顧展「Rick Owens, Temple of Love」が、フランス・パリのガリエラ宮(Palais Galliera)で開催中だ。会期は2026年1月4日まで。1990年代初頭のロサンゼルスでブランドを創設してから現在に至るまでの、30年以上にわたるキャリアを総覧する本展では、初期から最新作までの100点を超えるルックが展示されている。加えて、招待状や雑誌の切り抜き、デヴィッド・ボウイ、クラウス・ノミ、イギー・ポップのアルバムカバーといったエフェメラや、パートナーであるミシェル・ラミー、そしてギュスターヴ・モローやヨーゼフ・ボイスといった彼に影響を与えたアーティストたちの作品や映画資料も紹介され、リック・オウエンスの創造の源泉に多角的に迫る。
さらに、美術館としては初となる屋外展示では、3体の巨大な彫刻がスパンコールで覆われ、ある部屋には2006年にフィレンツェで初披露された"小便をする等身大のリック・オウエンス像"も設置されている。長年のクリエイションを通じて彼が提示し続けてきたのはオルタナティブな選択肢であり、決して攻撃的ではなく、むしろ優しさに満ちていることを、本展そのものが雄弁に物語っている。
2026年春夏メンズコレクションのショーと回顧展のオープニングの後、日本のメディアとしては今シーズン唯一となるインタビューが実現。撮影はパリの自宅で行われ、展示からブランド、そして創作の源まで、多角的にその思考を探った。






























Image by: Rick Owens
愛と希望の表明
──本展のタイトル「Rick Owens, Temple of Love」には、"愛"という言葉が使われています。そして、2026年春夏メンズコレクションのプレスリリースでは、「LOVE IS A WORD REALLY WORTH PROMOTING RIGHT NOW(いま愛という言葉を広めることに価値がある)」と書かれていました。なぜ今この時代に、あらためて"愛"という概念が必要だと感じたのでしょうか?
今、世界は非常にストレスに晒されています。そして、私の世界は、ある人々にとってディストピア的に映るかもしれない。だからこそ、私は温かさと善意、そして希望を表現していると表明しておきたかったのです。

photography: TAKAY
──あなたは長年、服の構造的な側面─カッティング、ドレーピング、構築─に深く関わってきました。展示では、トルソーに直接手を加えながらドレープを調整する姿も映し出されていました。自分の手で服を作ることのないクリエイティブ・ディレクターが隆盛するこの時代に、自身で手を動かして服を作る重要性について、改めてどう考えますか?
デザインチームに指示を出すクリエイティブディレクターは、より大きな筆で絵を描いているようなもので、その才能に敬意を抱きます。私はただ、自分の手で職人的に作業する方が心地いい。それだけのこと。どちらの方法もまったく正当なアプローチです。
──あなたは、自身やブランドに関連する言葉をすべて大文字で表記しています。このタイポグラフィの選択の理由は何ですか?
大文字表記は、すべてを陽気な声明に変えます。少なくとも私はそう意図しています。それに、大文字と小文字を行き来するのは、慣習的で面倒に感じてしまうんです。
──展示では、アール・ヌーヴォーのように、あなたの作品とは一見対極にあるようなスタイルにも関心を寄せていることがわかりました。なぜ、異なる視覚言語にも惹かれるのでしょうか?
アール・ヌーヴォーの自然体で気怠いムードに、とても惹かれます。自堕落な崩壊を完全に許容しているように感じられ、私もかつてそれと戯れたことがあります。でも、生き延びたいなら、それには近づかないと学びました。とはいえ、それを夢見るのは好きです。
──コレクションに名前をつけるのは、創作過程の初期段階だとおっしゃっていました。タイトルはどんな創造的な効果をもたらしますか?
解放ではなく、制限し、枠組みを与えてくれるもの。つまり、ひとつのムードに集中するための課題を、自分自身に与える手段です。
──あなたが好む、「Dust(ダスト)」や「Dark Shadow(ダーク・シャドウ)」のような、かすれたブラックやフェード感のある色は、かつてのパンクキッズが軍モノを安価な染料で染めていたことに由来すると聞きました。こうした色に対する思いを聞かせてください。
グレーには柔らかさがあり、謙虚で、寛容で、曖昧で、そしてエレガントに感じられます。私は、自分が「Dust」と名付けたこのグレーをずっと愛していくでしょう。同時に、ブラックが持つ句読点のような厳格さ、冷酷なまでの潔さにも、魅了されています。

photography: TAKAY
──展示に掲げられたあなたのタイムラインでは、「VOGUE FRANCE」でコリーヌ・デイが撮影したケイト・モスの写真に触れており、その写真は展示でも見かけました。ケイト・モスは、あなたにとってどのような存在ですか?
ケイト・モスは、当時主流だったグラマゾンな美学からの、やわらかな脱却を意味した存在です。それは、グラマゾンたちが体現していたギラギラした価値観から逃れる休息所のように感じられました。彼女にはもっと静かで詩的な、壊れそうな脆さがあり、より広い層に語りかけるようでもありました。私のような人間にとって、彼女の登場は、文化の美意識を解き放つ大きな転換だったのです。
──展示の最初の部屋はフェルトで覆われていたことに、ヨーゼフ・ボイスへのオマージュがありました。あの空間は、外界と遮断されながらも、どこか"愛"に包まれているような、独特の感覚がありました。ボイスの方法論とのつながり、そしてそれを自身の作品にどう取り入れてきたかを教えてください。
彼の作品には、シャーマン的な社会意識があり、それに常に惹かれてきました。演出であれ、そうでなかろうと、彼が作品を通してそれに向き合っていたということ。倫理と美をつなぐ行為として、私の心に残ったのです。彼のおかげで、美しいふるまいに目を向けることが、肉体的な美しさを称えることに加えてできることなんだと感じられるようになりました。そして、彼の素材選びの慎ましさや、一貫したヴィジョンには、私が追いかけてみたいと感じる道標のようなものがありました。
人生で最大の喜び
──2016年以降、あなたのショーでは彫刻的なフォルムの服が目立つようになりました。展示のキャプションには、かつてあなたが「実用的でない服は絶対にショーに出さないと誓っていた」と述べていたこと、そして「でも時代は変わった。見た目がいい服を見せるだけではもう足りない」と心境が変化したことが引用されていました。何が変わったのでしょう? なぜ"見た目の良さ"だけでは足りなくなったのでしょうか?
今も「販売しないものはショーに出さない」というルールは守っています。でも、世界が耳障りなほど断罪的になってきた今、私はその非難すべき態度に挑み、時にはからかうような服を作ることで、反応してきたのだと思います。
──ここ数年、あなたはパレ・ド・トーキョーで、儀式のような演出のショーを何度も行ってきました。この空間に惹かれ続ける理由、そしてこの演劇的フォーマットを探求し続ける理由を教えてください。
アルフレッド・ジャニオによるレリーフを備えるこのアール・デコの要塞を背景にしたランウェイは、私の人生の中でも最大の喜びのひとつです。パリでいちばん好きな建築的スポットであり、毎シーズンそこで何かを発表する機会を与えられることは、常に気持ちを引き締めてくれます。
──回顧展の最後の部屋には、ロサンゼルス時代のあなたのベッドが再現され、静かで力強い終幕でした。なぜ、こうして展示を締めくくろうと思ったのですか?
これは、私とミシェルが自分たちのために初めて作った家具なんです。私が作るすべての家具の原点であり、あらゆる活動のなかで大切にしてきた継続性を象徴しています。30年前と同じように、今の自分の生活とも強く結びついている。それは、巨大な企業ではなく、小さく個人的な創造的行為についての展示であることを、親密に思い出させてくれます。

photography: TAKAY
──ここ数年で、あなたが深く感動した作品や人物、出来事があれば教えてください。
ベラ・フロイドの「Fashion Neurosis(ファッション・ニューローシス)」というYouTube動画シリーズを楽しんでいます。ここしばらく見てきた中でもっとも優雅で気品のあるファッションへの貢献だと思う。優しくて、温かくて、丁寧に練られた対話と、美しいゲストのセレクションです。
──ちなみに、今回の撮影が行われたパリのご自宅について。空間をどう構想したのですか? 特に気に入っているディテールがあれば教えてください。
私たちはすべてをそぎ落とし、人や動きが自由に出入りできるインダストリアルな受け入れ空間として残しただけです。居間にはピアノがあり、キャンドルの灯るディナータイムに演奏されます。夏には窓を開けて演奏され、まるで天国のようです。
──回顧展を通して自身の歩みを振り返ったいま、これからの人生で望むことは?
これまでにやってきたことの上に、学びを重ねて、さらに築き上げていきたい。ただ、それだけです。

photography: TAKAY
最終更新日:
■Rick Owens, Temple Of Love
会期:2025年6月28日(土)~2026年1月4日(日)
会場:Musee de la Mode de la Ville de Paris(Musee Galliera), 10 Av. Pierre 1er de Serbie, 75116 Paris,France
公式サイト
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング