SNSを開けば、最新コレクションの動画や写真、セレブリティの到着風景が次々と投稿され、ファッションの世界が新たな形で広がっていることを実感する。しかしその一方で、実際の服やクリエイションそのものにじっくりと浸り、感じ、語る時間は少なくなっているようにも思える。
そんな中、10月3日にパリ市庁舎で行われた「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のショーは、まさに"体験"として記憶に刻まれる特別な時間だった。
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客席には、一枚のカードが置かれていた。そこにはこう書かれている。
原文
Yohji Yamamoto encourages you to be present and experience the presentation with your eyes rather than your screen. Let the moment, the movement and the clothing speak to you — they are meant to be felt with your senses, not merely digitally recorded.
日本語訳
ヨウジヤマモトは、スクリーン越しではなく、ご自身の目でプレゼンテーションをご体験いただくことをお勧めいたします。その瞬間、その動き、そして服があなたに語りかけることを感じてください——それらは、単にデジタルで記録されるものではなく、五感で感じ取っていただくためのものです。
そのメッセージ通り、会場では多くの観客がスマートフォンを開かず、目の前の光景に集中していた。
伝統を崩し、個を描く

オープニングを飾ったのは、躍動感ある筆の動きを感じさせるプリントドレス。身体に沿うように布が流れ、片袖はロングスリーブで肩を露わに、もう片方は半袖というアシンメトリーな構成が印象的だった。一見エレガントなルックに、黒いキャップとサンダルを合わせてカジュアルダウン。そこに山本耀司の"崩す美学"が宿る。
実は、このショーの招待状は習字用の半紙に筆書きで"Yohji Yamamoto"と記されたものだった。「書は人を表す」と言うように、筆跡が個性を映すように、服もまたその人の"生き方"を映し出す。伝統的な形を意図的に崩し、そこにイズムを見せるのがヨウジヤマモトらしい。

テーラリングもまた、あえて引き裂いたようなディテールで再構築されていく。
アルマーニへの追悼──二人の巨匠を結ぶ手紙
ショーの中盤では、親交の深かったジョルジオ・アルマーニへの追悼を込めたルックが登場した。

黒のロングドレスの前面にはアルマーニが山本に宛てた手紙がプリントされ、背面にはタキシードを着たモデルのフォトプリントが施されていた。この手紙は、アルマーニが9月28日にミラノのブレラ美術館で開催する自身のショーへの招待状だった。アルマーニが他界したのは9月4日。わずか数週間前のことである。
原文
Dear Mr. Yamamoto,
Sunday, the 28th of September, promises to be a moment of profound significance for me: Giorgio Armani Spring/Summer 2026 will be held at the Pinacoteca di Brera. It has been fifty years since I embarked on this extraordinary journey.
I cannot help but feel immense pride in reaching this milestone and even greater pride in the thought of sharing it with you.
I sincerely hope you will be able to attend. I shall be waiting.
Warm regards,
Giorgio Armani
日本語訳
山本様
来る9月28日(日)は、私にとって非常に特別で意義深い一日となります。
ピナコテーカ・ディ・ブレラにて「ジョルジオ・アルマーニ 2026年春夏コレクション」を開催いたします。
この素晴らしい旅を始めてから、ちょうど50年の節目を迎えることになりました。
この節目に到達したことに大きな誇りを感じるとともに、それをあなたと分かち合えることに、さらに深い喜びを覚えます。
ぜひご出席いただけますよう、心よりお待ち申し上げております。
敬具
ジョルジオ・アルマーニ


互いをリスペクトし合い、それぞれ独自のテーラリングを探求してきた二人。アルマーニはイタリアの正統なジャケットから芯地や肩パッドをそぎ落としたアンコンジャケットを提案し、山本は脱構築的なシルエットで伝統を再解釈した。正統を尊びながら、そこから解き放たれる。"自由な布"という共通の美意識が、二人を結んでいた。
父と娘、響き合うスタイル


ショーの後には、山本耀司の娘でありデザイナーの山本里美が手がける「リミ フゥ(LIMI feu)」のルック4体がランウェイに登場していたことが明らかになった。
ショルダーにフリンジをあしらったスリーブレスドレスや、白いインクが飛び散ったようなペイント柄のドレスなど、ヨウジヤマモトの世界観と自然に呼応し、静かな調和を見せた。
赤が残した余韻

フィナーレでは、赤いケープを纏った4体のモデルがゆっくりとポーズを決め、ラストにはドレスとチュールのトレーンが長い余韻を残して幕を閉じた。静寂の中に響く赤。創造の炎を象徴していたようだった。デジタルで記録するのではなく、五感で感じること、深い体験としてショーは締めくくられた。


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