Fashioninterview

【インタビュー】辺見芳弘 HBS出身の企業再建請負人が変えたヨウジヤマモト

ヨウジヤマモト 辺見芳弘 取締役会長  Image by FASHIONSNAP
ヨウジヤマモト 辺見芳弘 取締役会長
Image by: FASHIONSNAP

 「ヨウジヤマモト」の民事再生から約7年。名門ブランドのつまづきに多くの業界関係者が驚きをもって動向を注視していたが、今ヨウジは投資会社インテグラルと共に新しいステージに入ろうとしている。再建者として送り込まれたのは辺見芳弘氏。三井物産、ボスコン、アディダス ジャパンを渡り歩き、近年では東ハトの再建を手掛けた人物だ。前途多難と言われたヨウジヤマモトを経営陣と共に10億円超の利益を上げるまで引き上げた辺見氏は、その道のりから「いい会社になった」と振り返る。

辺見芳弘
慶應義塾大学商学部卒業後、ハーバード大学でMBAを取得。三井物産で日米10年間の勤務を経て、外資系コンサルティング会社ボストン・コンサルティング・グループに入社。アディダス ジャパンに移り立ち上げに参画し、2001年から副社長を務める。2004年に東ハトの社長に就任し、民事再生から3年間で再建を完了。2007年にプライベート・エクイティ投資会社のインテグラルを創業、パートナーに就任。2009年10月に民事再生適用でインテグラルによるスポンサー契約を結んだヨウジヤマモト新会社の取締役会長に就任。2016年2月からインテグラル傘下で再建を図るイトキンの取締役会長に就任。

■醤油からアディダスまで、ブランディングの本質

―商社や経営コンサルティングファーム、そして現在は投資会社インテグラルのパートナーとして、これまで様々な事業を手掛けてきました。

 醤油やカレーの仕事もしましたし、消費材を扱うことが多かったですね。いずれもブランドなので、ブランドビジネスにはずっと関わっていることになります。

―アディダスジャパンでは、立ち上げから参画でしたね。

 日本法人としてゼロからのスタートでした。ボストンコンサルティンググループでアディダスの日本参入と経営戦略を担当した関係でアディダスジャパンに移って、約6年在籍しました。アディダスの三本線が格好いい、という時代がありましたよね。その頃はどちらかというとファッションに偏りすぎていて、一流のスポーツブランドとしては相応しくないアパレル商品ばかりが国内に出回っていたんです。アディダスジャパンの設立は、グローバルとしても統一のブランディングにシフトしていく流れで、リセットするというタイミングでした。

―どうやってブランディングを確立していったのでしょうか。

 具体的には、ファッションから本来の軸であるスポーツに戻す、というリポジショニングです。例えば「トレフォイル」という月桂樹のロゴ。これを付けるとよく売れるんですが、逆にスポーツブランドとしては廃れるんですよ。ブランドアトリビュートの概念では、コアなスポーツラグジュアリーで重要なアトリビュートが中心にあって、トラディショナルの要素はその軸の外。トレフォイルはトラディショナルに当たるので、スポーツの中心軸からはずれてしまうんですよ。

―以前はデサントが日本でアディダスを展開していましたが、全く違う戦略をとったということですね。

 どんなブランドにも、コアとペリフェラル(周囲)があります。ペリフェラルのほうがビジネスとして上手くいくと、コアが無くなってしまうということもありますから。そのバランスは、おそらく他のスポーツブランドも抱える悩みだろうと思いますが、そういった分析と実行の繰り返しなんです。アディダスは2002年のサッカーワールドカップに向けて日本代表の契約をフルで抑えたことが、ブランディングとしても強みになりました。

―今アディダスは、ワールドワイドで一流のファッションデザイナーやクリエーターとも協業しています。

 やはりそこも、スポーツのコアがあってこそ。業績やファッション性を追いかけ過ぎると、本来のスポーツブランドとしては成り立たなくなってしまいますから。

■ファッション企業の投資は前例がなかった

―ヨウジヤマモトブランドは、関わる以前から知っていましたか?

 もちろんです。でも、インテグラルの社内で知っている人は少なかったと思いますね。ファッション企業の投資は前例がなかったので。

【2009年10月9日のニュース】ヨウジヤマモトが民事再生法適用を申請、投資会社とスポンサー契約締結

―2009年、約60億円の負債で経営破綻したヨウジヤマモト社の再建にインテグラルが名乗りを上げました。出資の決め手は?

 話が持ちかけられた時、ヨウジヤマモト社は海外の投資が順調でなく、国内の売り上げも右肩下がりという状況でした。真っ先に考えたのは、「日本を代表するブランドがなくなってはいけない」ということでしたね。中身を見ていくと、ヨウジヤマモト社はコアの一番上の部分、つまり山本耀司さんの力が非常に強いけれど、コアの下が無いという状態。ブランディングの根本の考え方はスポーツブランドと変わりませんから、通常だとブランドのコアが強ければ、その下にビジネスの幅を出していくことが可能なはずだと見込みました。あとは社内に大塚社長(2016年9月をもって退任)という改革の適任者がいたことですね。

【2016年8月31日のニュース】ヨウジヤマモトがトップ交代、LVMHベルルッティ前代表の今村英雄が新社長に就任

―コアが強いからこそ、変えられない側面もあったのではないでしょうか。

 確かに、ブランドの強みも弱みも「変わらないこと」でした。しかしコアは絶対に変わってはいけない部分です。まず海外を相手に仕事をやってきたので、ステージ1として日本でのコアをもう一度強くすることから始めました。東京でメンズのファッションショーを開催したり、国内に向けて存在感を示すことですね。社内的にも原理主義から脱して、スピードをもって変わっていく覚悟が必要でした。

yohji-yamamoto_men-1011AW_t01.jpg

2010年4月、東京で19年ぶりに開催したメンズコレクション「YOHJI YAMAMOTO THE MEN」でフィナーレに登場した山本耀司

【2010年4月1日のニュース】「日本のファッションを支えたい」ヨウジヤマモトが東京でメンズコレクション開催

■トイレのスリッパまで作ってはいけない

―国内を強くした次のステップは?

 ステージ2としては、コアからどれだけ幅を出していくか。売り場もそうです。昔は「待ちの商売」という"プル(PULL)"で通用してきたかもしれない。でも、現代でビジネスを成り立たせるには、客に提案する"プッシュ(PUSH)"の要素も必要ですから。また、コアの下に新しい事業を作っていく時には、どれだけ幅を出すかをよく考慮する必要があります。トイレのスリッパまで作ってしまってはいけないということです。

―最も成功した戦略は?

 やはり「ワイズ(Y's)」でしょう。創業ブランドなんですがディフュージョンラインという見え方もあり、また都心と違って地方都市だと"ヨウザー"はワイズを買っているという現状もある。ただ「どういうブランドなのか」と明快ではなかったと思うんです。だからこそワイズのポジショニングやビジネスの方向性が、ヨウジヤマモト社の成功の鍵を握っていた。

―ワイズはメンズラインを休止し、また展開ラインを増やすなどテコ入れがありました。

 実際には仕組みから大幅に変えていきました。例えば生産と販売のサイクル。コレクションブランドと同様のタームで展開していましたが、顧客のことを考えると違うアプローチをする必要がありました。もっとマルチかつ多頻度で投入していくビジネスの方が合っていますから。

【2010年1月22日のニュース】ヨウジヤマモト新体制、Y'sメンズライン休止へ
【2010年5月10日のニュース】ヨウジヤマモトがパリ・メンズコレクションに復帰

―デザインについても、ワイズは山本耀司氏からチームに引き継ぎましたね。

 耀司さんは一代でこのブランドを築いてこられましたから、今でも客観的に見ればヨウジヤマモトもワイズも、山本耀司さん一色かもしれない。でも中身は今、スピリットを受け継いだ若手にチャンスを与える環境になっていて、それが時代にも合っているのだと思います。全身を同じブランドで固めて着る時代ではないので。普段ヨウジヤマモトブランドしか着なかった顧客も取り込めたり、相乗効果も出ています。

ys_12aw_02-th.jpg刷新を行なった「Y's」2012-13年秋冬コレクション

【2012年4月5日】Y'sブランド改革 山本耀司のDNAを若い世代に継承

―渋谷パルコに出店した「Ground Y」(渋谷パルコの閉館に伴い閉店)では、アニメやキャラクターとコラボするなど新しい取り組みが目立ちました。

 広告や雑誌社と組んだタイアップなどはやらないので、PRになる要素が基本的にパリのファッションショーだけだったんです。そういった意味でPR店舗のような位置付けにしようという考えと、百貨店だけに依存していいのか、という販売チャネルの見直しもありました。様々なトライの一つとして、パルコに出したことは意味があったと思っています。

―Ground Yは次に銀座に開業する「ギンザシックス」に出店しますね。

 百貨店以外でどれだけスマートにアプローチするか、ECもそうですが、様々な手段がある。例えば今、SCに質の高い店がどんどん出ていますから、デザイナーズブランドとしても、新しいマーケットの可能性がまだまだあるということです。

【2017年1月31日のニュース】ヨウジヤマモト「グラウンド ワイ」がギンザシックスに出店、ファイナルファンタジーとコラボ


―若い顧客も増えているようです。

 以前から知っている世代のヨウジヤマモトと、若い世代にとってのヨウジヤマモトの解釈は違うようですね。そこをストレッチしていく作業です。やろうと思えばとことんやれる可能性があるブランドだと思っているんですが、あまりストレッチしすぎて脱臼してもいけない。世界が視野に入ってきているので、あまり急いでやっても社員の皆さんがついてこれないと意味がないですから。

次のページは>>売上・利益はどこまでいけるか?イトキンの再建も

最新の関連記事

Realtime

現在の人気記事

    次の記事を探す

    Ranking Top 10

    アクセスランキング