
Image by: Yudai Ono

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数多くの偉大なファッションデザイナーを輩出してきた、ロンドンの名門芸術大学 セントラル・セント・マーチンズ(以下、セントマ)。日本からも卒業後に欧米で活躍するデザイナーを多数輩出しているが、海外進学のハードルの高さゆえ、その入学方法や学内のリアルな実態はあまり知られていない。
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今回話を聞いたのは、広島からパリを経てロンドンに渡り、独学でファウンデーションコースからBA(学士課程)に進学したファッションデザイナーのYudai Ono。在学中から、ArcaやFKA twigsといった世界的アーティストへの衣装提供、「ルルムウ(rurumu:)」とのコラボレーションなど、精力的に活動してきた。その傍ら、彼が注力していたのが「ファッション教育」だ。2年前から、セントマ受験に向けた私塾を本格的にスタート。毎年合格者数を伸ばしており、今後は自身のブランドと並行し、より多角的な教育プログラムを立ち上げる予定だという。
そもそも、なぜ彼はファッション教育に関心を持つようになったのか。セントマ在学中に感じた個人プレーの厳しさ、ファッション教育への違和感、そして、自身が行う私塾での授業内容まで、帰国中のOnoに話を訊いた。

Yudai Ono
Image by: FASHIONSNAP
パリの学校に通うも表現に飢えてセントマへ 入学準備は自力で
──国内外さまざまなファッションスクールがある中で、Onoさんがセントマを目指した理由はなんだったのでしょうか?
僕は広島県出身で、東京への憧れが漠然とあったことから最初は文化服装学院を目指していました。でも、色々とリサーチする中で、技術とデザインの両方のスキルを磨きたいと思うようになり、海外にも目を向けたんです。そこで高校卒業後に、まず通ったのがパリの専門学校でした。留学制度や家賃補助を活用したら、東京で一人暮らしするよりも安く抑えられて。でも実際に通い始めたら、カリキュラムのメインは縫製の仕方やパターンの引き方で、望んでいたデザインを学ぶのは難しかった。むしろデザインに関しては保守的というか。それで思い切って中退したんです。そこから、セントマに挑戦することを決めました。
──セントマは“学部準備”的な立ち位置のファウンデーションコースでまずは基礎を学び、その後にBAに入学するのが通例です。入学時の準備や、学部専攻はどのように進めましたか?
完全に独学でしたね。ファウンデーションコースもいくつか専攻が分かれているのですが、僕はファッションではなく、ファインアートを選びました。パリの学校でデザインを発表する場が少なく、表現に飢えていたんですよね。ただ、最終的にファッションデザインで大学に入学するなら、ファウンデーションコースでも同じ学科にするのが暗黙の了解だった。それを知らずにファインアートを選択したので、BAにファッションデザイン専攻で進学する際の受験勉強も自力でするしかなくて。友人や知人、進学した人のスケッチブックやポートフォリオを分析して、自分なりにポートフォリオを制作しました。
──実際に入学してみて、デザインを学ぶという観点でセントマはどうでしたか?
僕の感覚で率直に言うと、教育面においては100%満足がいくものではなかったです。ファッションデザインに関するカリキュラムが充実しているというより、個人の努力に委ねられている部分が大きかった。ファウンデーションコースの時から、授業に通うよりもポートフォリオ制作に時間を充てたいと思うようになりました。BAは違うかもしれないと思い進学しましたが、そこでもやはり成果を出すために、個人プレーの比重が大きいなと感じました。
──そうした実体験が、「ファッション教育」への興味に繋がったと。
そうですね。時系列が少し前後しますが、ファインアートのファウンデーションコースからファッションデザインのBAを受験して受かったものの、実は一度入学を辞退したんです。授業から「ファッションを学ぶ」ことが少ないなら、このままストレートで進学するよりも、別の形で土台を固めてから改めて入学したらいいんじゃないかと考えて。その方が、セントマのネームバリューを活かしながら、在学中から活動を始められるんじゃないかと思ったんです。そこから「ファッション教育ってなんだろう」と深く興味を持つようになり、他の教育スタイルも知りたくなって「ここのがっこう(coconogacco)」に入学しました。
──「ここのがっこう」もセントマの教育方針を受け継いでいるところはありそうですが、Onoさんはどのように感じましたか?
大枠ではセントマと同じく、思考力や課題解決力を意識的に高めようという人が着実に成長していくように感じました。逆に言うと、打開策を自力で見つけられないと、入学時から思うようにレベルが上がらずにもどかしさが募ってしまう。実際にそう言って卒業する友人もいました。
経験則からセントマ受験をサポートする活動を開始
──それから、現在行っている私塾のような活動を始めるに至ったんですね。
自分自身もそうだし、学校を辞めてしまった友人たちの声を聞くうちに、おこがましいかもしれませんが、大きな学校という形ではなく僕個人でも、なにか日本のファッション教育に役に立てることがあるんじゃないかと考えるようになりました。
最初はセントマ志望の友人に対してトライアル的に教えてみたら、実際に受かる人が毎年増えていった。自力で学んだ方法でしたが、意外にも他の人に応用できるんだなと思い、2024年から本格的にセントマ受験生のサポートプログラムを行っています。
──具体的には、どのようなポイントを重点的に教えているのでしょうか?
セントマは服飾の学校というより芸術大学なので、ファッションだけではなく美的感覚、つまりセンスを磨くことに注力しています。自分の体験に基づいたプロセスなのですが、ファインアートや芸術分野の表現方法を理解した上で、その視点やテクニックをファッションデザインに逆輸入する方法を伝えています。服飾の技術ベースではなく、「表現全般」においての高いレベルとは何かを基礎としてファッションデザインに取り組むと、格段にクリエイティブの質が変わってくるというのが、実体験としてあったからです。ドローイング、コラージュ、イラストレーション、マテリアルの扱い方など具体的に造形や余白にアプローチする方法は、美術においては基礎かもしれませんが、ファッションで学ぶ機会は驚くほど少ないんです。

──個人的に、センスの醸成は生育環境や人生の経験も影響しているように思います。例えば、幼少期から親の影響で音楽やアート、ファッション雑誌に囲まれている環境で育ったら、必然的にセンスも磨かれるというか。だからこそ、ある程度の人格や素養が固まる思春期を過ぎてから、改めてセンスを高めるのは簡単なことではないと思うのですが。
おっしゃる通り、幼少期から芸術や教養に触れて成長した人はセンスを磨くという意味で有利だとは思います。でも、センスを磨くにも、ある程度のロジックがあるというのが僕の経験則です。受験勉強の1年ほどでセンスを一から習得しようとしても、時間が足りませんが、僕の経験談からセンスを磨くための道筋をサポートすれば、ショートカットして実践と習得が蓄積できる。自分の作品だけではなく、他者の作品の良し悪しを見分けられないと、自分のレベルがどこにいるかもわからない。そうした審美眼を養うことに重きを置いています。
──韓国では、海外の大学受験に特化したファッションスクールのビジネスが徐々に成長していると聞きました。
韓国は私塾の規模を拡大していると聞きますね。ただ、話を聞いた限りでは、ポートフォリオ制作の方法を教えるのがメインだそうなので、入学後のスキルの下支えになっているかというと、充分ではないのかもしれません。資金に余裕のある人は大規模なスクールに、そうではない人は私塾を受けている印象です。現在、僕はセントマ受験に特化したマンツーマンのプログラムを主に行っていますが、今後はそのプログラムで培ったノウハウを生かして、ファッションデザインの実力を伸ばしたい方に向けたクラスもやっていきたいと考えています。
試練はスキルアップのクエスト
──BA在学時はどうでしたか?
実際に通ってみると、在学中に制作を辞めてしまう人が多くて驚きました。他の芸術大学でも似たような現象はあるのかもしれませんが、倍率が高い受験を乗り越えて、いざ入学してみると、上には上がいることに気がついて、自分の制作物にコンプレックスを感じてしまうことがあります。作品が完成しても、周りにもっとすごい人がいて圧倒されてしまうというか。そういう環境なので、授業の自由度が高い点は楽しくもあった反面、中途半端な作品に留まってしまう危険もありました。例えば、制作にコンプレックスを抱えたまま、1ヶ月で1着を作るという授業を受けると、結局、納得がいく作品が出来ずに終わってしまうような。
一方で、先ほど話したように個人プレーの資質が高くモチベーションを保てる人は、在学中から自主制作で名前をあげていく。そうした二極化が起きていると感じています。
──各々の創造性に委ねられている分、自分が保てないと厳しい世界なんですね。
体感だと、高い熱量をキープしていたのは、クラスの1、2割くらい。徐々に授業に来なくなって、卒業だけする人もそこそこいたと思います。こうした実情を知らずに入学するとギャップを感じるでしょうし、自由度が高い授業内容に対し「思ったより教授が教えてくれない」とネガティブに捉えてしまう。セントマは入学する前も後も、結構スポ根だと思います(笑)。授業を受けて制作するだけでなく、個人で積極的にインプット・アウトプットし続ける必要があります。
──ちなみに、セントマ生の皆さんの進路はどういったところが多いのでしょうか。
僕の周りは、自身のブランドを立ち上げるというより、ブランドに就職する人や、ファッションとは関係ない職を目指す人も多かったです。セントマは学内であまり技術的なことを習わないので、創造性を養う意味では強みでしたが、実は就職に不利な部分もあるんです。在学中にそれに気がついた人は、自主学習で技術面もカバーして、ファッションの仕事に就けている印象でした。
──Onoさんは、どのようにそのモチベーションを保ったのでしょうか?
僕自身は、小中高とサッカーをしていてスポ根が染み付いていたから、自然となじめたんですよね。基本的に努力が楽しいと思える性格というか。それから、小さい頃からゲームが好きで、自分の人生をRPGのように捉えていることも、いい意味で役に立ったのかもしれません。試練もスキルアップのクエストみたいに思えたんです。もちろん、入学後は幻想が崩れた瞬間はありましたが(笑)。ここは個人プレーのフィールドなんだと分かってからは、Instagramでの発信に力を入れました。大学のネームバリューが使えるうちに、自分の認知度を高める方法として出来るだけ制作物をアップしました。徐々にフォロワーが増えて、ArcaやFKA Twigsとのコラボレーションにも繋がりましたね。
Yudai OnoがArcaに提供した衣装(2024年)
──今後のご自身の活動の予定は?
これからも活動の拠点はロンドンです。自分のブランドについては、シーズンに縛られずに制作を続けていきます。まずは卸ではなく、自社ECやインスタグラム上で販売する予定です。ただ、やはりファッションは体験も大事だと思うので、ポップアップも開催できたらなと。
教育面では、これまでは人伝にDMなどで連絡をいただいてマンツーマンのレッスンをしていましたが、近日中に新しいプログラムを募集予定です。セントマの入試期間は毎年1月末なのですが、6〜7月には受験勉強を始めないとギリギリではあるのですが。構想としては、入試で必要なポイントを一部YouTubeなどで公開しながら、より広く募集をかけるつもりです。
日本にもいずれ帰国したいなとは考えていますが、軌道にのるまではひとまずロンドンにいるつもりです。最終的には、ブランドと教育の双方の活動を通して、日本のファッション業界を盛り上げる一端を担いたいと思っています。海外からも、日本のファッションシーンが面白いと思ってもらえるよう、微力ではありますが努力し続けたいです。
最終更新日:
国内外のファッションデザイナー、フォトグラファー、アーティストなどを幅広い分野で特集・取材。執筆だけではなく、企画制作など活動の幅を広げている。2024年に始めたポッドキャスト『AfterParty』は、Spotifyが選ぶ注目の次世代ポッドキャスター として「RADAR:Podcasters 2025」選出。
photography: Sumire Ozawa
Edit: Manami Hirahara
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