【インタビュー】タンス資産を掘り起こせ「コメ兵」が開拓する新たな中古ビジネスの可能性

コメ兵 石原卓児社長 Photo by: FASHIONSNAP

 フリマアプリや即時にモノを現金化できるサービスの登場などで新規参入が活発な二次流通市場。そのなかで、業界のガリバー「コメ兵」が創業70周年を迎える。節目となる今年、モノをお金に変えて、さらにモノを買うという循環型社会の実現を目指す石原卓児社長が繰り出す新たな一手とは?未だ開拓の余地があるという中古市場のビジネスの可能性について聞いた。

始まりは一台のリヤカー

ー今年は70周年を迎えられて節目の年ですね。

 コメ兵の生い立ちは今からちょうど70年前、創業者が戦争から帰ってきたところに遡ります。米屋の四男で生まれ、すでに米屋は兄弟が営んでいたので、なにか別の商売を始めないといけない。そこから自分の妻や身内のいらないものをリヤカーに載せて、それらを売ってお金に換えるという商売を始めたと聞いています。当時名古屋一の繁華街であった大須商店街(現名古屋本店の所在地)に5坪の場所を借り「米兵商店」の名で着物などの衣服を売り出したのがコメ兵の原型です。

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創業当時の写真




ー以来ずっと名古屋での展開でしたが、90年代に東京に進出し、2003年のJASDAQに上場。その翌年には東証2部、名証2部にも上場しています。

 90年の終わりぐらいから、名古屋でのビジネスが好調で、もっといいものを集めたいという考えから日本で一番モノが集まる東京への進出を決めました。最初に買取専門の店舗を渋谷の道玄坂にオープンさせ、資金が集まったタイミングで、2003年有楽町に200坪の店舗をオープンさせたのが本格的な東京出店です。当時は中古市場で上場した企業はなく、我々の商品に対して「本物なの?偽物なの?」とか「信用できるの?」というお客様が多くいらっしゃいました。そのため、コメ兵の信頼性を高めるために2003年に上場しました。



ー東京進出は順調でしたか?



 有楽町の店舗オープン時は、メディアにもよく取り上げてもらい素晴らしいスタートが切れました。200坪の店舗から700坪の店舗を新宿3丁目にオープンしたのが2005年です。これが蓋を開けるとなかなか思ったようにいかない。伊勢丹のお客さんがそのまま流れてくれたらありがたいな、と安易な期待が外れてしまったんですね。その時に知名度のなさと、トレンドへの意識が高い方、また富裕層の方の持つ中古に対する信用度の低さを思い知らされました。そこから接客レベルや身だしなみなど自分たちが変わらなくてはと、社内意識も変わりました。お客様がコメ兵の店を見たときに、中古市場の同業と見て比べるのではなく、伊勢丹や高島屋などの百貨店やブランドの店舗と見て比べる。一流のお店と同じトーンで接客してくれるお店じゃないとこの街にふさわしくないのでは、と。そういった所に気づかせて成長させてくれたのが東京でもありますね。

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ーご自身は4代目ですね。

 高校を卒業してからまずはヨドバシカメラに入社しました。とにかくモノを売る接客の仕事がしたくて、やるからにはどんなに忙しくてもそこを極めたいと。コメ兵は創業者が祖父、2代目が父。現会長の3代目は叔父にあたります。2代目の父が早逝してしまい、25歳の頃にコメ兵に入社しました。最初はカメラ売り場の一社員として働き、名古屋、東京と行き来をし、フロアの責任者や店長などいろいろな現場を経験しました。今年、入社20年目になりますが、売り場で立っていたのが13年ほどで現場のほうが断然長いです。

「物が売れない時代」二次流通市場の動向は?

ー今「物が売れない時代」と言われています。コメ兵にとって今どんな風向きなのでしょう?

 厳しい時代だとは思います。新品を売る百貨店を含めた一次流通の人たちが売れない。物欲が生まれないんですね。今、株価は2万円を前後し、為替も円安で決して一般の方にとって不安定な状況ではないはずなのですが、それが購買力に繋がってきていない気がします。今までは毎年15%ほど売り上げが伸びてきていたので、それを踏まえると私たちの中では追い風中の追い風。3年ほど前にインバウンド特需がきて、昨年底を打った。今年はたまたまかもしれませんが、インバウンドの売り上げも含め、今のところは5ヶ月連続で前年を上回っているという状況です。国内の消費も昨年よりは若干いいかなという感じで、動向を注視しているといったところでしょうか。

ー2年前のピーク時と現在、インバウンド需要はどう捉えてきたのでしょうか?

 やはり急激に伸びた分、落ち方も激しかった。昨年は前年比30%落ちているので、今年はそれから少し戻ったという感じです。正直、インバウンド向けの広告やプロモーションは特に何もしていなかったんです。なぜかと言うと売り物が中古品なので、団体来ていただいて一斉に買い物されてしまうと、棚に置くものが無くなってしまう。私たちが理想としている売り方のスタイルは、きちんと接客して、安心して購入いただく。それがどこの国の人であろうが、一人のお客様として接するということです。もちろん中国語が話せるスタッフを配備するなどしていますが、インバウンドの売り上げに対し、会社が必死になるということはないですね。ただ、インバウンドのお客様が購入したものを国に持ち帰られた後に不具合が出ないように、店に出す商品は厳しくチェックしています。

コメ兵流友好的な出店戦略

ー出店戦略について。例えば、新宿3丁目の店舗は向かいに伊勢丹、近隣にはラグジュアリーブランドの直営店などがあります。敢えてそういったロケーションを狙って出店しているのですか?

 立地に関しては、モノを持っている人が集まる街に出したいと常に思っています。ブランド直営店の隣に固執しているわけではないですね。ただ、大通りでなくとも、1本入ったようなロケーションには出ていたい。やはり商売上、信頼という観点から、場所や規模感、パッと見たときのイメージは大事にしています。

ーどんなニーズのお客さんの取り込みを狙っているのでしょうか?

 消費者の中には新品しか買わないという人も中にはいるかもしれませんが、きれいであれば中古でもいいと思うお客様もいる。例えば「最新よりも前のモデルのほうが好きだったんだよね」というニーズなど、お客様に向けて一つの選択肢となっていたいんです。寄り添えるくらいの存在でちょうどいいのかなと。実際、新品は百貨店で買ったほうが気持ちいいんですよ。私もそうですし(笑)。

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ー近隣の百貨店やブランド直営店などとの付き合いや関係性は?クレームなどこれまでにありましたか?

 私が言うのもなんですが、コメ兵は周りにあまり敵がいない会社だと思うんです。それはおそらく、きちんと筋を通そうとしているからだと思います。ここは銀座店ですけど、店舗をオープンする一年前からビルのオーナーさんたちが集まる会に顔を出したり挨拶周りをしていました。元々コメ兵は商店街から始まったということもあり、ご近所付き合いあっての商売。勝負とはいえ、失礼がないようにしておきたいんです。私が新宿店の店長だった時代には、町内のつながりで伊勢丹の方達と一緒に掃除したり、「うちのお店うっとうしくないですか、大丈夫ですか?」と聞きにいったりしました(笑)。販売も叩き売りのような、ブランドの価値が下がる雑なやり方はしないように気をつけています。マナーが守れないのならいっそ取り扱わないほうがいいですよね。ブランドが好きなお客様が来たときにがっかりさせないようにはしておきたいなと思っています。

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新宿店の外観

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