「ネグレクトアダルトペイシェンツ」2021年秋冬コレクション
「ネグレクトアダルトペイシェンツ」2021年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP

Mugita Shunichi

モードノオト 2021.03.18

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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 おお、ワンダア! 言葉の濫用であるのは承知で発するところの「驚異」。「ワンダア」の言葉の響きが新鮮で健康そのものであった大正時代に遡ってもいいのだけれど、これまで見続けてきた「ネグレクトアダルトペイシェンツ」のショーの幾つかには、まさに、「ワンダア」と云うバタ臭い形容がピタッと嵌る悪ノリ感があった。あった、と云うからには、今回はちと様相が違ったのである。これは飽く迄も私の(どうしようもなく早まった)寸感なのだけれど、時節を考えると、策士たる渡辺淳之介のことだから、さぞかし趣向を凝らした動画あたりでこちらを笑いの渦に巻き込んでくれるだろうと期待していたら、公式日程にはショーをする旨が記されていた。それであればと、更なる期待に胸躍らせていたのである。だが、蓋を開けてみると、私には、これまでの中で一等普通のショーに映った。故に、こちらは肩透かしを喰う仕儀となったのである。

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「ネグレクトアダルトペイシェンツ」2021年秋冬コレクション Image by FASHIONSNAP.COM
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 毎回新しく繰り出される作者の物語を即座に咀嚼し、かつこれに通暁すると云う芸当はなかなかに許されることではない。況してまったくの受け身の立場であったなら、評論のファインプレーは至難に近付く。技倆も体力もない私などは尚更、ファインプレーを演じることなど端より望むべくもなく、少なくともフェアプレーで乗り切らないことには、書き手としての一分が立たぬ状況に置かれてしまう。小心者の私などは、そうした忸怩たる思いがあるのだ。だから、と云うわけではないが、ショーの後に渡辺本人と少しだけ話をしてみたいと思った。実際、五分程度の立ち話で何が分かるか知れぬが、それでも渡辺と会話を交わしてみたかったのである。彼とは、数日前に発表された丸龍文人のショーの舞台裏にて面識を得たこともあり、まだ数日しか経っていないから話のキッカケも攫めそうだった(両者のショーには「フミト ガンリュウ」と「ネグレクトアダルトペイシェンツ」の協業Tシャツが登場した。丸龍の顔のイラストは渡辺が描いたものである)。渡辺の手が空くのを待つ間、ショー終了後の新方式の囲み取材を傍観した。数名の質問者(取材者)が口々に、「今日は楽しませて貰いました」との前口上を述べている。私は「あれ?」となった。だが、まぁこれが社会人(大人)としてのエチケットなのだろうと思い直した。他方、私はと云えば、これから本人に面と向かって云わねばならぬことがあるのだ。「面白くなかったとまでは云わないけれど、実にアッサリしていましたね」。口に出さずに暗唱してみた。云わぬが花の台詞を投げ掛けようと云うのである。斯様な振る舞いが、常に私を背水の陣へと押し遣るのだ。

フミト ガンリュウとネグレクトの限定コラボTシャツ Image by FASHIONSNAP.COM

 例えば、往時のウッドストックやワイト島あたりで催されたビートの放浪劇(野外フェス)の主役を演じた自由な精神を拠りどころとしたコミュニティー的な繋がりを下敷きに、1990年代の東京のナイトシーンの懐古的近未来式のノリと、渡辺の愛する不良性(ヤンキー文化)に見る極め付けの純粋さを混ぜ込み商品化したコレクションである。終(つい)の住処式の寝袋ドレスとかエアソールを装備した便所サンダルとかは如何にもこのブランドらしい遊びの品々。衣食住に纏わる固定概念にルーズなユース式且つインプロビゼーション的な生活様式に適ったピースである。時節柄敬遠される野外フェスを題材の一つにして、仮想の解放的空間を舞台に束縛のない自由な精神を描出しようと試みている。

 話は変わる。作文の倣いであれば起承転結の「転」である。なんとなく理詰め過ぎるし、時に観念的な言葉を弄し、都合よく附会しているような節があるが、一体、お前は何を書きたいのだと、我ながら自問自答することが屡々ある。以前、M氏(現在は引退されている)にも面罵されたことがある。ファッションを書くと云う命題を掲げ、単なる印象記や懐古趣味に終わることなく、僅かばかりだが、そこに史的展望とか時代観察とかを重ねられたらと、我ながら不遜な思惑を懐に仕舞いながら書いてきた、と、臆面もなく他処で書いたばかりなのだけれど、本当のところはどうなのか。赤裸々に告白するようなはしたない振る舞いはしたくはないのだけれど、ひとまず、これだけは記しておかねばなるまい。自分にはないものを持っている「ひと」の内面に触れたいのである。服を媒介に、作り手の「ひと」を知りたい、共有したい、理解したい、のである。この場合の「ひと」とは、服の作り手であることは云う迄もないだろう。

「ネグレクトアダルトペイシェンツ」2021年秋冬コレクション Image by FASHIONSNAP.COM
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 囲み取材が終わり私は渡辺のもとに擦り寄っていた。もう少し見せるのかと思っていたら...と、声のトーンが上擦り気味なのが自分でもわかった。これであれば動画でもよかったのでは...と恥の上塗り式に私は訊ねた。彼の返答が潔かった。「それでもショーを続けています」である。相手を沈黙させない程度に神経質で、愛他精神と利己主義を使い分ける即物的センチメンタリストに出来ている私は、甚く自分を恥じた。汚泥から湧き出るガスの気泡を肌で感じながら川底目指して沈んでいくような思いだった。「楽しいのです。そして楽しんで貰いたいのです」と云う外連味のない言葉。相手を煙に巻く適当な、と云うよりその時限りの融通無碍なボキャブラリーを駆使する神経など持ち合わせぬ渡辺の純粋さに心より恐縮した。悪ノリとか、人を小馬鹿にしたようなエンターテインメントの外ヅラだけを面白がって見ていた自分が甚だ情けなかった。「辛い」と「幸せ」の違いは、僅か横棒一つの差でしかない。決して過剰には書かないが、この横棒一つをひょいっと足してエンターテインメントに収めてみせたのが今回の彼のショーである。一言附言を赦されるならば、この軽業は、ヒトやコトをプロデュースする人の持つ品性が為せる技なのだろう。(文責/麥田俊一)

NEGLECT ADULT PATiENTS 2021年秋冬

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