ジョン ローレンス サリバン 2021年秋冬コレクション
ジョン ローレンス サリバン 2021年秋冬コレクション
Image by: FASHIONSNAP

Mugita Shunichi

モードノオト 2021.03.14

麥田俊一

ファッションジャーナリスト

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 今日(日曜日)は午前5時に起床。本日〆切の仕事をどうにか終えた。夕刻の「ジョン ローレンス サリバン」のショー迄時間がポカンと空いたこともあり、形ばかりの慰労を弁解に焼酎を呑んだ。良い心持ちで車中の人になった。千鳥足の偽FBI(お分かりの御仁はここで冷笑してくれ給え)に座席を譲ってくれる親切な若者がいた。これから久方振りの「生」の現場である。私は「フィジカル」と云う言葉が嫌いなのだ。酔いも手伝って少しく高揚していた。気持ち良くノックアウトされ、潔く惰眠を貪る迄のハッピーな気分に大きく点火するキッカケとなったのは、焼酎などではなく、紛れもなく先程見た柳川荒士のショーだった。彼のショーは、その場に居合わせた私自身の心の隅の滓を洗い流してくれた。幾人かのデザイナーにとって、飛び抜けたファッションはロックンロールのようなものだ。そこには少しばかりの叛逆の精神がある、と私は信じている。

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 東京でのショーは11年振りだと云う。現在は、定期的にロンドンでキャットウオークをしているが、柳川が東京のファッションウイークに参加していた頃の数回と、パリメンズで見たショーが私の記憶に鮮明に刻まれている。本人にも幾度か取材をしたことがある。端より彼のユニークな経歴と、ブランドのネーミングに興味を惹かれたことは扨措くとしても、柳川の変わらない感じが好きなのだ(不器用な、と云う形容は時に最大級の誉め言葉にもなる)。彼自身が自己の言語、ひいては自己の方向や生き方を只管に信じている感じが良い。常に黙々としていて、浮ついた情報に踊らされることのない誠実さと一徹さによって支えられているところが良い。つまり、如何にも美味しそうな情報や流行式のスタイルによって、その都度、自己の音楽を変えるようなことは殆どしない。私はそう云う彼に無言の信頼を置いている。と云うと、少しく云い過ぎかも知れないのだけれど、初日より長広舌を揮うほど野暮ではないので先を急ぐ。

 やっぱり「生」は良いなぁ(麥酒のことではない)、と痛感する瞬間がやってきた。薄闇の会場。幅1メートルもないキャットウオークを挟んで、マスク姿の顔、顔、顔...皆が思い思いに突っ立って(ややミツだけれどね)ショーの開始を待っている(座席のない凡て立ち見の演出だった)。実際、眼前を通り過ぎるモデルの息遣いが感ぜられる程の間近さである(これまた、ややミツだけれどね)。この感じ、久しく味わっていないので、これだけでもビンビンになってくる。会場には妙に浮かれた感じもないしね。ちょっとした緊張感。これがまた良い。

 話は前後するが、ショーを待つ群衆の中に居て、何故かしら、NYCで見続けた「ダナ キャラン」と、ミラノとパリで見ていた「ロメオ ジリ」のショーを思い出した。はて、最近その種の原稿を書いた覚えがないから、まったくの脈絡のない思い付きだった。二つのブランドとも柳川とはハッキリと違う路線なのだから何故かしら。自分でも判然としないまま、隣に居合わせたパイセン的S君に取り留めもなくそのことを話すと、上の空式の相槌でバッサリと切り捨てられたので、それきり私も黙り込むしかなかった。本当は違うことを伝えたかったのだと、ショーが終わってから思い出したが、後の祭り。適量を超した焼酎が悪いのだからと、鉾を収めた。因みに、このS君(「タカヒロミヤシタザソロイスト.」マニア)の方が私より余程モノを分かっている。ショーの後半で登場したサングラスを、「あれ宮下さんのですよ」と囁いてくれたのもS君だった。私はと云えば、偶然にも、会場を出て当の宮下貴裕に遭遇しても、私の脳味噌はてんで働こうとはしなかった。今回の柳川のショーは、宮下がスタイリングをしたスペシャルなイベントだったことは後で知ったのだった。

 閑話休題、思い切って白状する。こんな連想はきっと私だけだろうし、多勢に無勢もいいところで、殆どの人が「?」となり、果ては、「お前、気は確かか?」となるに決まっている。だが、それを承知で云うと、私は、「ジョン ローレンス サリバン」に「アン ドゥムルメステール」を重ねていた。勿論、アン・ドゥムルメステール本人の全盛時代である。私の勝手な寸感だから、当の本人は眉を潜めるかも知れない。両者は明らかに違う。しかし、共通項もある。

 ファッションが「男らしさ」「女らしさ」と云う社会の枠組みより解放されて久しい。だが、そんなことは、端より彼女は見通していた。破壊的な迄の厳しさと不穏なロマンチシズムを併せ持ち、意図して粗く仕上げられた、とりわけ初期のデザインは、メディアサーカスよりデコンストラクション(脱構築派)のスターダムとして祭り上げられたのである。が、当の本人はどうか。そうした周囲の喧騒を常に避けてきたばかりか、彼女の作る服は、どちらかと云うと個人的で、極め付きのエモーショナルな感性(激情型)に包まれていて、周囲より光を当てられなくても、おのずから燦然と輝いていた。「武装(=軍服)」は、彼女のコレクションに頻出する重要な主題のひとつである。それはただの服の装飾とか形式などではなく、凛然と自らの主義を貫く彼女のジェスチャーの象徴に他ならなかったと思う。その伝で云えば、彼女ほど感情を露にするすることを恐れないデザイナーはいないと云うことになる。

 真っ白だと称する壁の上に汚いシミを見るよりも、打ち捨てられた襤褸の切れに美しい縫取りのある痕を発見して無性に嬉しくなる。喩えが貧相だけれど、私はそんな質に出来ているのだ。カッチリとしたテーラリングと柔らかに包み込むような重ね着(ここが勘所であり、今回の柳川のショーに於いて、私に斯様な不埒な連想をさせた所以でもある)を融合させることで男と女の性の中間の葛藤に、ヒューマンな考察を加え、ゆったりとした官能とロックンロールの精神を持ち続けている柳川のショーは、久方振りにタフだった。アル中のロートルには、最後のラウンドまで闘う勇気など残っていなかった。(文責/麥田俊一)

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