津田沼パルコが2月28日、45年にわたる営業を終了した。ペデストリアンデッキで行われた閉店セレモニーでは多くの人が集まり、セレモニー終わりには津田沼パルコへの感謝の気持ちを口にする人の姿が見られた。
津田沼パルコは、1977年7月に開業。JR津田沼駅前で、ペデストリアンデッキが駅と連結しているA館と、裏背のB館の2棟構成で営業してきた。売場面積は計4万8000平方メートル。津田沼駅周辺や総武線沿線の開発が進行し、競合店の開業や増床リニューアルなどによって近年は減損損失を計上するなど厳しい事業環境が続き、今後も津田沼駅周辺の再開発が計画されていることなどから閉店を決めた。B館は商業施設「ビート(Viit)」としてリニューアルし、3月16日から津田沼パルコ内に入っていた10店舗が順次オープン。全面開業は9月を予定している。
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最終日には、記念品として来店先着500人に津田沼パルコのオリジナル手ぬぐいを配布する施策を用意していたが、開店前に配布人数にまで達するなど多くの人が行列を作った。閉店セールを行った店内は、17時頃には多くのテナントで空の棚やショーケースが目立ったほか、これまでのパルコの広告約200枚を展示したA館の階段には、懐かしさを感じながら写真撮影を行う人々の姿が見られた。週に1回程度利用してきたという30代女性は「スーツの安売りを狙って、よく買い物をしていた『オリヒカ(ORIHICA)』目当てで来ました。津田沼のシンボルなので無くなるのが寂しいです」とコメント。A館5階の島村楽器で約10年勤務したという30代の女性スタッフは「習志野市も船橋市も音楽が盛んなので、クラシック好きからバンドマンまで幅広いジャンルのお客様に利用していただいた。無くなってしまうのが本当に寂しい」と閉店を惜しみつつも、最終日は「閉店の実感が湧かないくらいの忙しさでした。懐かしいお客様も挨拶に来てくれたりと、喜びもありました」と心情を話した。
20時からはB館6階で閉店会見を実施し、パルコ津田沼店の野口香苗店長のほか、船橋市の松戸徹市長と習志野市の宮本泰介市長が登壇。野口店長は「閉店を発表した2021年2月24日は忘れもしない日です。お客様の反応が気になってSNSを確認したら非常に嬉しい感謝の言葉が並んでいて胸が熱くなりました」と当時の心境を振り返った。閉店に伴い、2月28日の一日限定でJR津田沼駅の総武線快速1・2番線の幕張方面側ホーム1枚の看板を「つだぬまパルコ駅」に変更したが、想像以上の混雑を受けて15時に撤去したことについても触れ、「最終日までたくさんの方に津田沼パルコを賑やかしていただいたことは館にとって最高のエンディングになったと思います。閉店に向けて掲げていた『悲しい終わり方ではなく、明るくハッピーエンドで大団円で終わりたい』という目標通りになりました」とコメントした。
想像を超える人が集まったことから閉店時間の21時から2分繰り上げて開始した閉店セレモニーでは、A館外壁面に「45年間ありがとうございました」といった感謝のメッセージや、津田沼パルコの館をイメージしたグラフィックをレーザー光線で照射。「ありがとう、津田沼」の想いを込めたという3コマのアートワークの連横断幕の間から、野口店長をはじめとする津田沼パルコのスタッフが顔を出し、来場者に笑顔で手を振った。セレモニーの最後は、野口店長が「ありがとうございました。バイバイ」と口にして45年間の歴史に幕を閉じた。
津田沼パルコ
Image by: FASHIONSNAP
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