


2025年秋冬シーズン、ステラ・マッカートニーは「オフィス」を舞台にファッションの現在地を問いかけた。会場に集まったゲストの前に登場したのは、力強いパワーショルダーのダブルジャケット、パイソン柄を模したハードなライダースジャケット、ドレープが美しいブラックドレスといった、いずれも1980年代の企業カルチャーを彷彿させるスタイル。そこに漂っていたのは単なる懐古主義ではない、明確なアップデートの意志だった。
コレクションの象徴が、エキゾチックレザーに見える新素材「Yatay M」。キノコの菌糸体を原料とするヴィーガン素材でありながら、パイソンやオーストリッチを思い起こさせる艶やかな質感を持つ。ブランドのアイコンバッグ「ファラベラ」や「ライダー」だけでなく、スカートやジャケットなど衣服にも大胆に用いることで、ステラはサステナビリティを制約ではなく、創造的な発想の源泉としてコレクションを発展させた。
テーラリングとサステナビリティという、自身の強みを融合させたショーを披露したステラ。彼女は、サステナビリティの旗手として、そして「あの名前」を背負いながら、いかに独自の道を切り拓いてきたのか。その軌跡を追いながら、いま改めて「ステラ・マッカートニー」というデザイナーの強さと自由について考察したい。
「マッカートニー」という名を背負う重み
人気シューズ「エスパドリーユ」をはじめとしたヒットアイテムを生み出し、現代アーティストの奈良美智ともコラボを実現するなど、ステラはファッション界のスターデザイナーとして知られている。
だが、その華やかなキャリアの背後には、逃れがたい「名前」の影があった。「マッカートニー」という名を耳にすれば、まず思い浮かぶのは、世界的な音楽アイコンである父、ポール・マッカートニーの存在。彼の名声は、音楽史に残る金字塔を築いたものであり、その影響力は計り知れない。ステラにとって「マッカートニー」という名前は、ただの名字以上の意味を持っていた。それは重圧であり、常にその影に隠れながら生きることへのプレッシャーでもあったはずだ。
父ポールが築いたビートルズという伝説の影は、彼女にとって避けられない宿命だった。しかし、ステラが選んだのは音楽ではなく、ファッションの道を進むこと。その選択は、ただ「ポールの娘」として生きるのではなく、自己の力で新たな価値を証明するための強い意志の表れとも言えよう。父の名声を超え、独自の足跡を残すことこそが、彼女にとって最も重要だった。
ステラがファッション界に名を轟かせたのは、1997年に「クロエ」のクリエイティブ・ディレクターに就任した時である。わずか25歳でフランスの名門ブランドを率いることになったが、この抜擢は単なるマーケティング戦略ではなく、ステラ自身の実力によって切り拓かれた道だった。その後のコレクションは、彼女のデザイン力を証明し、ファッション界における新たな基準を築くこととなる。
創立以来、クロエの伝統である愛らしくフェミニンなテイストを、ステラはマスキュリンなカッティングで進化させ、知的で洗練された女性像を描いた。彼女のディレクションにより、ブランドは新たな息吹を吹き込み、以前にも増してクロエの魅力を高めていった。
しかし、ステラがその成功に甘んじることはない。2001年、彼女はクロエを退職し、「グッチ」グループ(現在のケリング)とパートナーシップを結び、ついに自身の名前を冠したブランド「ステラ マッカートニー」を立ち上げる。この決断は、父の名声に隠れることなく、自己のブランドを確立するための重要な一歩となった。シグネチャーブランドの誕生は、彼女がファッション界で独自の地位を築き、父の影響から自由になるための宣言でもあった。
特に画期的だったのは、彼女が早くから掲げた「サステナビリティ」への強い取り組みである。当時、ファッション業界においてエコロジカルなアプローチはまだ少数派で、サステナビリティという考え方も、今ほど一般的ではなかった。それでもステラは持続可能な服づくりを積極的に取り入れ、ファッション界に新しい価値観をもたらすことに成功した。リアルレザーが常識とされていた時代に、ヴィーガンレザーでもリアルに匹敵する、クオリティとデザインは可能だということを、彼女は証明してみせた。
この革新的なアプローチは、ファッション界の常識を覆すだけでなく、ステラ自身の創造性を広く示すこととなった。この瞬間、彼女はついに「マッカートニー」という名の重みを乗り越え、「ステラ マッカートニー」というブランドを確立したのである。

Paul McCartney and Stella McCartney(Photo:Stella McCartney公式サイト)
ファッションとサステナビリティの交差点
2001年、ステラが自身のブランドを設立した時、レザーとファーだけでなく、皮革や羽毛、動物由来の接着剤まで使用しないと宣言した。その徹底ぶりに、戸惑いを覚えた業界人や消費者は多かったのではないか。その反応は、当時の価値観から言えば当然だった。動物性素材はファッションの常識であり、リアルレザーやリアルファーこそが高級感の象徴だったのだから。
1980年代後半に国連が「持続可能な開発」を打ち出したが、2000年代に入ってもその概念はファッション界には浸透していなかった。環境問題が意識され始めたのは、ファストファッションの成長による大量生産・大量廃棄、そして劣悪な労働環境が顕在化した2000年代後半からである。
それでもなお、エコ素材は動物性素材よりクオリティが落ち、ファッションとしての魅力でも劣る。そんな固定観念が根強かった時代に、ブランド「ステラ マッカートニー」は登場した。
ステラのサステナブルな姿勢は徹底していた。単にレザーを使わないのではない。「使わなくても成立するエレガンス」を生み出すために、新素材の開発に取り組む。
2016年にはサステナブル認証済みの森林由来のビスコースを採用。2017年にはバイオ技術によるヴィーガン「マイクロシルク」の衣類を発表し、2019年には人工ファー素材「ファー フリー ファー」を導入する。これらはステラが実践してきた、サステナブルな取り組みの一例にすぎない。そして、2010年代が訪れると、ようやく業界が彼女に追いつき始める。
2013年、バングラデシュの縫製工場「ラナプラザ」の崩壊事故が起きる。千人以上の労働者が犠牲になったこの悲劇は、ファッションが抱える問題を世界に知らしめる契機となった。
「この服は、誰がどんな環境で作ったのか?」
この問いがファッションに突きつけられたとき、多くのブランドがようやく「倫理」の重要性に気づき始める。だが、ステラは10年以上も前からその問いに向き合い、すでに行動で答えを出していたのだ。
ステラがもたらしたのは、単なる素材の代替ではない。「倫理を前提に、美を生む」という、ファッションの再設計だった。「倫理的であることと、エレガントなファッションは両立する」。その事実を、彼女は20年かけて証明してみせた。
ステラ マッカートニー×アディダスの革命的コラボレーション
2004年9月に発表され、「最高のスポーツパフォーマンスと美しさを引き出すハイエンドスポーツウェア」をコンセプトに、2005年春夏コレクションから正式にスタートした「アディダス バイ ステラ マッカートニー」。
このコラボレーションが驚異的なのは、20年近くにわたり継続している点だ。これは、単なるデザイナーコラボの域を超え、現代のスポーツウェア市場において異例のパートナーシップとして機能してきたことを意味している。
では、このコラボの何が人々をこれほどまでに惹きつけるのか。
まず特筆すべきは、ハイファッションとパフォーマンスの融合だ。アディダスの高い機能性に、ステラの美意識と倫理観が重なり、アスレチックな実用性と洗練された佇まいが共存するコレクションが誕生した。
展開されるアイテムは、ヨガ、ランニング、水泳、体操、ウェイトトレーニング、そしてウィンタースポーツと、活動シーンを問わず幅広い。カテゴリーごとに設計されたラインは、それぞれの運動に最適化された機能性を持つと同時に、日常の街中でも違和感のないファッション性を備えている。
このラインに通底するのが、ステラらしいマニッシュなテイスト。クラシック、シャープ、クールという、メンズウェアを想起させる構築的なカッティングが、アディダスならではのテクニカルな生地と出会い、他にない緊張感のある美しさを作り出す。スキージャケットやトラックパンツなども、単なる防寒具やスポーツユニフォームにとどまらず、モダンな都市生活にフィットするミニマルなシルエットに仕上げられている。
「トゥルーパーパス(TruePurpose)」コレクションでは、トレーニング用のブラやレギンスといったアイテムを、シャープなカットで躍動的に魅せることに成功。色展開もブラックによるミニマルな配色、ニュートラルなブルー、総柄プリントと、様々なニーズに応えるラインナップを揃える。リサイクルポリエステルを使用し、未来的で引き締まったシルエットは、アスリートの動作とスタイリングの自由度を両立させた。
2025年1月に発表されたフットウェア「ラサント(Rasant)」は、ヌバックレザーのような質感を持つヴィーガン素材を採用している。アクティブなルックスと環境配慮を両立し、次世代のレザーフリー市場を牽引するプロダクトとなっている。
アディダスとステラのコラボレーションは、デザインの革新性と同時に、サステナビリティへの姿勢も徹底されている。リサイクル素材の使用、バージンマテリアルの削減、海洋再生プラスチックの活用、そしてアニマルフリーの方針。アディダスが掲げる「End Plastic Waste」戦略においても、このコラボレーションは象徴的な存在と言えよう。環境配慮を前提としたデザインが、特別なコレクションではなく、新たな常識として根付きつつある背景には、ステラの理念と実践がある。
スポーツのある暮らしが特別なことではなくなった現代において、私たちはアディダス バイ ステラ マッカートニーの存在価値を再認識する必要があるのかもしれない。

TruePurposeコレクション(Photo:Stella McCartney公式サイト)

Rasant(Photo:Stella McCartney公式サイト)
ファッション界の巨人と決断の連続
クロエを去った後、ステラが最初に選んだパートナーは、ファッション界の巨大企業ケリング(当時グッチ)だった。2001年、ステラは同社と50%ずつの出資比率でジョイントベンチャーを設立し、自身の名を冠したブランドを立ち上げる。この時点で彼女はまだ30歳。ライセンス契約やデザイナー契約ではなく、「対等な出資」という形でブランドを始動した点からも、彼女がクリエイティブだけでなく、ビジネス全体の意思決定に深く関わる覚悟を持っていたことがわかる。
その後、約17年にわたってケリング傘下でブランドを運営してきたが、2018年3月、ステラはケリングの持分を買い戻し、ブランドを完全独立させる。彼女はこの動きを「ブランドの完全なコントロール権を得るのに適切なタイミング」と語った。
しかし、そのわずか1年後、2019年にステラは意外な決断をくだす。独立から再び提携へ。今度のパートナーは、もうひとつのラグジュアリー帝国、LVMHだった。ケリングから独立した際のコメントと照らし合わせれば、矛盾ともとれるこの決断。この背景を探るには、LVMHとの提携条件がヒントになる。
LVMHとのパートナーシップは、ステラ側が引き続き過半数株式を保持し、クリエイティブ・ディレクターの座にも留まることが決定された。さらに彼女は、LVMHのサステナビリティ特別アドバイザーに就任するというポジションまで設けられた。これはつまり、「資本は提供するが、口は出さない」という極めてステラ寄りの提携であり、独立時の理念を維持したままLVMHの資源を活用するという、ある意味ハイブリッド型独立とも言える形態だったのだ。
ケリングからの独立は、まさに「自分の理念(特にサステナビリティ)を妥協なく追求するための選択」だった。しかし、ファッションビジネスには、商品開発、サプライチェーン構築、店舗展開、デジタル投資、広報に至るまで巨額の資本が必要になる。とりわけ、サステナブル素材の開発に取り組むステラにとって、資金はより重要だったはずだ。完全独立後、それらをすべて自ら担うには限界があったのかもしれない。LVMHとの提携は、そうした現実の壁を打破するための、戦略的判断だったと見られる。
矛盾にも感じられるステラの決断と行動は、理想と現実のはざまで「最小限の妥協で最大限の影響力を得る」ための、リアリズムだったと解釈できる。ビジネスオーナーとしてのステラは、理想主義者であると同時に、現実に根ざしたしなやかな交渉者でもある。そのことがよく表れているエピソードだ。
しかし、LVMHとの提携にも終わりが訪れた。2025年、LVMHが保有する「ステラ マッカートニー」の少数株式を買い戻すことが発表され、ステラは再び独立。そして、英紙『The Times』などが報じた通り、同ブランドは累積損失の拡大により経営再建のフェーズに突入している。サステナビリティの先駆者として業界を牽引してきたステラも、いま、試練の時を迎えている。

23 Old Bond Street(Photo:Stella McCartney公式サイト)
「名前」から自由になるためには?
ステラ・マッカートニーという名前には、常に「誰の娘か」という問いがつきまとった。ビートルズの血を引く者としての宿命。だが彼女はその名前に甘んじることなく、「何を信じるか」「どう行動するか」を軸に、自らのキャリアを築いてきた。
サステナビリティへの執念とも言える姿勢は、その最たるものだ。LVMHとの提携が終わったあとも、彼女は同グループのサステナビリティ・アンバサダーという役割を続けている。ブランドの経営再建という困難なフェーズにあっても、環境への責任という信念を手放すことはない。
時に非現実的とさえ思える理想を掲げ、批判されることもあっただろう。しかしステラは、ただ「続ける」ことを選んだ。プレッシャーに潰されず、信じる価値を体現し続けるその姿は、リーダーシップの新たな形を示している。
名門の出自や華やかなキャリアが、本当の強さとは限らない。最後に問われるのは「どんな決断を下すのか」。その基準となるのは信念。宿命を背負いながらも、自分の道を切り拓いてきたステラ・マッカートニーは、きっとどんな危機にも怯まず挑んでいくはず。それは、彼女が歩んできた道が物語る。
ステラ・マッカートニーのサステナビリティと革新への取り組みに関心をお持ちの方へ。現在、同ブランドでは、サステナブルファッション分野で、未来を担う人材を募集しております。ご興味のある方は、こちらより詳細な求人情報をご覧ください。
著者プロフィール:新井茂晃 /ファッションライター
2016年に「ファッションを読む」をコンセプトにした「AFFECTUS(アフェクトゥス)」をスタート。自身のウェブサイトやSNSを中心にファッションテキスト、展示会やショーの取材レポートを発表。「STUDIO VOICE」、「TOKION」、「流行通信」、「装苑」、「QUI」、「FASHONSNAP」、「WWDJAPAN」、「SSENSE」などでも執筆する。
最終更新日:
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