今年のお買い物を振り返る「2025年ベストバイ」。3人目は、料理研究家・土井善晴さん。名著「一汁一菜でよいという提案」をはじめ、料理番組「おかずのクッキング」「きょうの料理」、ポッドキャスト番組「土井善晴とクリス智子が料理を哲学するポッドキャスト」でもお馴染みの存在です。料理だけにとどまらず、民藝や美術にも深い造詣を持ち、独自の美意識で“ものを選ぶ目”を磨き続ける土井さん。今回は、そんな土井さんが 2025年に買ってよかった珠玉の5点を教えてくれました。
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目次
池田遊子の木彫仏像

FASHIONSNAP(以下、F):1品目は宮彫師の池田遊子による木彫作品の仏像ですね。
土井善晴(以下、土井):これは先週、京都のギャラリーで出合ったものです。池田遊子は宮彫師に入門し、独学で前衛的な抽象彫刻を行い、戦後、大阪市立美術館の屋根裏を工房に使った作家。私たちよりだいぶ前の世代の方ですが、独自の世界を切り開いた人。これは、円空仏のようにというか、一木に鑿(ノミ)を入れた、ごくシンプルなものですね。
F:どのような点に惹かれたのでしょうか?
土井:まず、木そのものがいいんです。必要最小限の彫りで人の顔を表していて、どこか子どもが作ったような素朴さがあるでしょう。和食のお造りは、一尾の魚から最も美しい部分だけを切り出す“マイナスの料理”です。日本の木彫も同じで、削って、削って、本質だけを残す“マイナスの彫刻”。対して西洋の料理や彫刻は、素材を積み重ねていく“プラスの発想”ですよね。この潔さは日本ならではの美しさであり、私も学びたいと思いますね。

F:購入の決め手は?
土井:もっと遊子らしい作品もあったけど、一番に目に入ったものを選びました。民藝の考え方で「直観」と言うんですが、先入観なしに”清らかな目”で美しいものを見ることを指します。ギャラリーでは、いろんなものを見せていただきますが、迷ったら雑念が出てくるので、直感を信じ、最初に観えたものを選びました。
F:その感覚はどのように養われたのでしょう。
土井:大阪の料理屋「味吉兆」で修行していた24歳のとき、バブル時代の話ですが、茶事のお客さまが「お家元の高麗茶碗は、5000万円は下らない」と話しているのを聞きました。でも当時の自分は「数万円のお茶碗とどこが違うんや」と。その時に、自分にはその違いが見えないということを自覚したんです。

F:それからどうされたんですか?
土井:「ええ道具が見える者が勝ちや」と思ったんです。良い道具や良い料理が分からへんようでは、話にならないでしょう。自分が「これは良いもんや」と決める側にならなあかん、と。それから、美術館や道具屋、ギャラリーに通って、時間があればとにかく“見る・触れる・話を聞く”。京都には若い人を応援する土壌があるように思うんですけど、本当にたくさんのことを教えてもらいました。そういう人たちとは、今でもお付き合いがありますね。柳宗悦が、誰も見向きもしなかった下手物(民藝)に美を見出したように、まだ誰にも発見されていない美があるかもしれない。だから私は、情報でものを判断したり、見たりはしません。自分の目で見たいし、独自の目を持ちたい。料理は“美”の問題ですからね。「美しい」はどこから来るのか、それをいつも考えているんです。

F:石もたくさん集められていますね。
土井:別にそんな値打ちのあるような石じゃないけども、私にしたらすごくいい石なわけです。どこで拾ったかまで覚えている(笑)。彫刻家のイサムノグチは巨石を割った瞬間に「ああ、失敗した」って思うところから自分の仕事は始まるって言うてます。石は完璧なんです。でも彼は、元の石よりも美しい彫刻を造らないといけない。すごいなあと思います。
國吉清尚の蓋物

F:こちらは陶芸家の國吉清尚の蓋物ですが、茶入れにもなりそうですね。いつどちらで購入されたんですか?
土井:今年の春、沖縄のギャラリーで購入しました。國吉清尚は沖縄の作家で、濱田庄司(民藝運動の代表的な陶芸家)のもとで修業した方で、濱田に何度も引き止められるほど才能を見込まれていました。沖縄では読谷村で作陶し、独自のオブジェ制作を進めた芸術家ですね。常人では至らないような強いものを創作し、最後は焼身自殺されたそうです。
F:國吉の作品の魅力はどこにありますか?
土井:作為が一切ないところ。美しく見せようとか、あざとさが一切ないところ。そういう意味では健全で、國吉の作品は澄んでいます。

F:他にも國吉による作品をお持ちなんですね。
土井:ここ10年ほど、國吉の作った茶碗で毎日ご飯を食べています。この水玉の湯呑みはちょこっとかけているからとプレゼントしてもらったんですが、手のあたりがとても気持ちがいい。この徳利(とっくり)と盃(さかずき)は、私に使ってほしいと別の方からいただきました。お正月は、この徳利と皿を杯にして飲んでみようと思っています。

F:こうした作品の扱い方で大切にされていることは?
土井:両手で扱うこと。片手じゃなくて、必ず左手にきちんと乗せて、しっかりと持つ。高く上げないこと。そして音を立てないように置く。利き腕じゃない左手に乗せて、お茶を飲むときも安定させる。茶道と一緒ですね。抱いてたり触ってたり、使ってると味が出てきたりすることも含めて、心地がいい。

F:所作の美しさも出ますね。
土井:ふるまいが綺麗であることは大事なことやと思う。モノに対する意識は人に対する信頼と一緒。野菜を思うと、自然に丁寧になって料理が上手くなる。器が自分を磨いてくれている。その気持ちを大事にしたら、物が自分を応援してくれるように感じるんです。
臼杵春芳 漆の木の椀

F:こちらは臼杵春芳のお椀ですね。
土井:臼杵さんは、漆の木の栽培から木地づくり、塗りの工程まで、そのすべてを一人で担う、日本でも数少ない作家です。縄文時代から漆はあり、海外では、磁器はChina、漆はJapanと言われます。臼杵さんは大昔の人間のように、純粋に山の仕事に向き合っている人。よく知っていますが、こんな人は他にいない、本当に魅力的な人です。

F:現代の分業の漆器作りとは全く異なるアプローチなんですね。
土井:布着せたり下地したりしないで、木に直接漆を塗っています。木屑と漆を混ぜてパテにして埋めているから、ブツブツした質感になるんです。なんか温かみがあるでしょう。綺麗にすればええもんじゃないと思う。漆の縮む性質を取り込んで自然の強さをそのまま生かしているから、力強い。漆器はなぜかきれいなものが主流になっているようです。私はしっかり使い込んで、下地が見えてくるものや、こういうものの方が好き。

F:漆の木を使った器というのは珍しいんですね。
土井:他には知りません。臼杵さんのオリジナルです。自分で植えたものだから愛着があったんだと思います。薄手で歪みが出やすいかもしれないけど、そこがいいんです。近年はカチカチに乾かした固い木を削る刃があるので完全なものができますが、昔はそこまで乾かさず、乾燥が甘い時に木地を挽くから、少し歪んだもんです。それが自然でいいんです。
F:こちらはいつ頃手に入れられたんですか?
土井:最初に買ったのは30年くらい前でしょうか、臼杵さんが初めて漆の木で椀を作った時から使っています。ときどき人にあげたりするから、今年も買い足しました。そういう意味で今年のベストバイです。その時々で、形も、塗り方も、塗りの厚さもちょっと違う。5つあったら5つとも違う。そういう素朴さが魅力です。

F:土井先生といえば、日常の食事はご飯と具だくさんの味噌汁、漬物で充分という「一汁一菜」の提案で知られていますが、この漆器もお汁にぴったりですね。
土井:はい。汁飯香、ご飯と具だくさんの味噌汁、漬物。これが「一汁一菜」です。食事をお膳にきちんと整えて、ご飯は左、味噌汁は右。お箸を真横に揃える。こうした所作そのものが心を整えてくれます。一人暮らしでも、自分のために作って食べること。家での暮らしが、自分の土台になります。健康も、健全な感性も、美意識も、思いやりも、すべてそこから育つんです。家で料理して、家族で食べるという当たり前の人間の営みが、大事なんですよ。買い物に行けなくても、冷蔵庫を開けて、野菜の切れ端でもソーセージでも、何でも具にして味噌汁にすればいい。続けていれば、必ずいいことがあるはずです。台所は地球とつながっていますから、味噌汁に入れれば“食べられるゴミ”はなくなります。みんなが一汁一菜を実践すれば、家庭のフードロスはなくなるんです。具だくさんの味噌汁は、それぞれの具から自然に旨みが出ますから、出汁なんていらない。誰でも作れるんです。その上で余裕があれば、魚を焼いたり、肉を焼いたり、好きなものを足せばいいんですよ。
「福来純」本みりん

F:白扇酒造、伝統製法熟成の「本みりん」です。
土井:岐阜県加茂郡川辺町の白扇酒造という蔵の本みりん。今世の中に出回ってるみりんの多くは“みりん風”で、シロップにアルコール、化学調味料を混ぜたようなもの。スーパーマーケットに行っても本物のみりんはほとんど無いですね。でもこれは、純粋にもち米、米麹、米焼酎でできている。本来のみりんは元々飲み物やったんです。夏の栄養ドリンクみたいな。
F:飲めるんですか?
土井:飲んでみますか? こちらは3年熟成のもので色がちょっと濃いけども。

F:ありがとうございます。甘い香りがすごいですね。美味しいです。
土井:美味しいでしょ? これを料理に使うと本当に美味しくなります。このみりんと醤油を合わせて出汁にしたら、うどんやそうめんのつゆになる。丼ぶりにする時は、醤油とみりんと水が1:1:5。お玉に1杯の醤油、お玉に1杯のみりん、お玉5杯の水入れて、カツオ節ひとつかみ、中火で一煮立ちするだけ。沸騰したらもう丼ぶり出汁ができる。砂糖を入れずに1:1:4 にすれば、そうめんつゆにもなる。それくらい簡単で、自分で作ると美味しいんですよ。

F:他のみりんと比べてどう違いますか?
土井:何から何まで違います。これを隠し味に使えば何でも美味しくなる。調味料は自分のお料理の武器ですから、いい調味料を使えば、出来上がりがワンランク、ツーランク良くなるんです。
F:先生は最近、この本みりんをどんな料理に使われましたか?
土井:親子丼ぶりかな。醤油とみりん、玉ねぎと鶏肉を小切にして小鍋で炊いて、沸騰してちょっと色変わったくらいで卵とじたら、とてもおいしい丼ぶりができる。あとは、ドレッシングにちょっと入れてみるとか。ラーメンに入れても美味しくなる。万能に使えます。

実際に土井さんが調理した親子丼
Image by: 土井善晴
「田野屋塩二郎」天日塩

F:最後は高知県「田野屋塩二郎」の天日塩ですね。
土井:高知県田野町で作られている天日塩です。日本は雨が多いから、自然の塩田がないんです。でも、塩二郎さんは、雨をしのげる温室ハウスの中で作業されています。夏場なら60〜70度にもなるところで、海水を手で混ぜて乾燥させて塩を作っていきます。ハウス内はものが腐らない。生のカニを入れて塩を作るとカニ風味の塩ができるんです。日本唯一の天日塩です。ものすごい手間と時間がかかっています。
F:直接、生産者に会いに行かれたのですか?
土井:はい。そういう人がいると聞いて、高知県まで一人で行きました。すぐに意気投合してそれからも2、3回伺っています。本当に修行僧みたいにずっと毎日海水をかき回してるんです。

F:天日塩ならではの特徴は?
土井:美味しさを言葉で説明するのは難しいけれど、全然違うものです。穏やかで、尖ってところがなくて、自然な美味しさだと思います。
F:大阪万博では、この塩を使った飲み物も作られたそうですね。
土井:そうなんです。坂茂さんの建築によるブルーオーシャンドームで、原研哉さんがコンセプトをプロデュースされていて、海洋プラスチック汚染への問題提起と“未来の海”がテーマでした。そこで私に「飲み物を作ってほしい」と依頼があったんです。 でも、スープや出汁ものを出すと、他にもあるし、比べることになる。おいしさを競うつもりはないんです。過剰な競争の結果が環境破壊を招いたわけですから、そこで競争を始めたら矛盾することになるでしょう。 そこで、“競争のない世界”を表現しようと思って、「熊野の山の湧き水」と「塩二郎さんの塩」、手作りで純粋なもの同士を合わせた 「海と山の超純水」 という飲み物を作ったんですね。塩0.2gに、熊野の湧き水の熱湯40ccを注ぐだけの、シンプルなものです。 ブルーオーシャンドームのコンセプトにぴったりで、とても評判が良かったようです。

F:普段はどう使われているんですか?
土井:ご飯にかけたり、卵に使ったり、そのまま塩を味わうときに使います。高価なもんですし、料理に使うのは勿体無いです。
今年を振り返って

F:今年はどんな一年でしたか?
土井:物を今までよりもすごく楽しめるようになったように思います。2022年にテレビ朝日の「おかずのクッキング」が終わったことで、家族のために時間が取れるようになった。暮らしの中で料理することで、仕事じゃなくプライベートで料理をすることの意味を初めて知ったんです。特に今年は家にいて、原稿書いたり、ものを考えたり、いろんな時間が増えたいうこともあり、家庭生活が充実していましたね。身の回りに美しいものもあり、ほんま幸せやなあと実感しています。
F:物との関係を大切にされているんですね。
土井:ここにも世界中のものが集まっています。デンマークのもの、韓国のもの、中国のもの、もちろん日本のもの、古いもの、新しいもの。断捨離とかは私にはちょっとできないよね。その時々にやっぱり物に対する思いがあるからね。片付けてんけども、なんか出してしまうというか。でも、見ているだけで嬉しいものもあるし。全て自分にとってはすごく大事なもので。

F:お部屋には歴史を感じるものもたくさんありますね。
土井:向こうに置いてるウィンザーチェアは18世紀のもの。もう一脚は19世紀のもの。もうやっぱり200年以上前のものがあるなんて思ったらすごいよね。美術館に置いといてもいいようなものやね。

F:来年、狙っているアイテムはありますか?
土井:古丹波の発色のいい壺が欲しいとか思ってるけども。何事もタイミングがありますから。一期一会ですね。
F:生活の中で美を楽しむということを大切にされていますね。
土井:美しいもんに興味を持つことやね。それが幸せにつながるんじゃないでしょうか。

■土井善晴
料理研究家。1957年、大阪生まれ。家庭料理の第一人者として知られた土井勝氏の次男。大学卒業後、スイス、フランスで料理を学んだ後、大阪で日本料理を修業。土井勝料理学校講師を経て、92年に「おいしいもの研究所」を設立。NHK「きょうの料理」やテレビ朝日「おかずのクッキング」などの講師を務め、「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社)、「素材のレシピ」(テレビ朝日出版)、「料理と利他」(ミシマ社)、「くらしのための料理学」(NHK出版)など著書多数。
インスタグラム:@doiyoshiharu
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