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バブル期の竹下通りでティーンを熱狂させた「タレントショップ」とは

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OMOHARAREAL

タレントショップ黄金期から、新たな原宿カルチャーの芽吹きまで

(2026/07/23)

表参道・原宿エリアの文化や歴史にまつわるちょっとしたネタをご紹介する「OMOHARA TIPS」。今回は、1980年代後半から90年代初頭にかけて竹下通りを席巻した「タレントショップ」にフォーカス! 

かつて竹下通りには、お笑い芸人やアイドルの名を冠し、その人のグッズを販売する「タレントショップ」目当てに、人々が詰めかけていた。この流行は、一体なぜ竹下通りで生まれたのか?当時のタレントショップの様子とともに、実は原宿ファッションの過渡期ともつながるその歴史を紐解いていく!

1986年に撮影された原宿・竹下通り(提供:渋谷区)

タレントショップブームの背景には、1980年代の原宿という街の変化があった。DCブランドの誕生によってファッショントレンドの発信地へと進化を遂げた原宿。その盛り上がりが落ち着いてきた80年代後半、竹下通りには1,000円前後のTシャツなどを扱うリーズナブルなアパレルショップが増え、10代が集まる若者の街として定着していく。

元祖ドキュメントバラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のタレントショップ「元気が出るハウス」。番組グッズの他、ビートたけしの大きな招き猫が鎮座し、店内では番組出演者が参加したミニドラマも放送されていた(写真提供:河北茂「タレントショップ訪問記」より)

そんななか、1987年にオープンしたのが「元気が出るハウス」。伝説的バラエティ番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』のグッズを扱うタレントショップだ。お茶の間での圧倒的な人気と、竹下通りのにぎわいが見事に重なり、オープン初日から翌年のゴールデンウィークまで、連日1,000万円近い売り上げを記録したという。こうしてタレントショップブームはロケットスタートを切った。

手前から松本伊予の「Pink Bus」/田代まさしの「MARCY'S」/所ジョージの「SHOW CREWS」。右端に見える人影は、田代まさし等身大の人形。記念撮影に行列ができる竹下通り随一のフォトスポットだった(写真提供:河北茂「タレントショップ訪問記」より)

その後はテレビタレントのショップが続々と誕生。酒井法子、ビートたけし、とんねるず、山田邦子、コロッケ、光GENJI……芸人からアイドルまで当時を代表するスターたちが、本人をデフォルメしたイラスト入りのオリジナルグッズを展開した。

店内には、数百円から購入できる文房具やキーホルダー、Tシャツなどがずらり。手頃かつ原宿でしか買えない限定グッズは、東京はもちろん、全国から訪れる修学旅行生にとっても憧れのお土産となっていく。

山田邦子のタレントショップ「KUNY」。赤、青、黄の三原色を貴重とした店内には約600アイテムが並び、店員も山田をイメージしたヘアスタイルだったそう(写真提供:河北茂「タレントショップ訪問記」より)

最盛期の1989年には、竹下通りに42店舗、原宿全体では78店舗が軒を連ね、週末には1店舗で1,000万円を売り上げる店も珍しくないほどの社会現象に。

もちろん、タレント本人が毎日店頭に立っていたわけではなく、なかには名前を貸していただけのケースもあったという。それでも「運が良ければ会えるかもしれない」という期待感と限定グッズが、沢山のティーンの心をつかんだのだ。

鶴太郎の「鶴太郎」、和田アキ子の「アッコにおまかせの店」。ボクシング好きで知られる鶴太郎らしく、ファイティングポーズの鶴太郎キャラクターが散りばめられたグッズが店内を彩っていた(写真提供:河北茂「タレントショップ訪問記」より)

しかし、その勢いは長くは続かなかった。バブル崩壊の影響もあり、1991年頃から1993年頃にかけてショップは徐々に姿を消し、やがてすべて閉店。1987年の幕開けからわずか6年で、タレントショップは一時代を終えたのである。

加藤茶のタレントショップ「Cha! KATO&SON'S」。等身大パネルやサイン色紙が並び、ぐるぐるメガネ姿のキャラクターグッズを展開。ステテコや腹巻きなどユニークなアイテムに加え、名前にちなんでお茶も販売されていた(写真提供:河北茂「タレントショップ訪問記」より)

実は、このブームが原宿に次なる流れを生むきっかけになる。タレントショップの乱立で竹下通りが急速に観光地化するなか、その喧騒を避けるように、感度の高いアパレルショップやクリエイターたちは明治通りの東側や表参道の北側、つまり「裏原宿」へと拠点を移し始めた。

その後、タレントショップの終焉とともに賃料が落ち着くと、今度は若手デザイナーやクリエイターたちが裏原宿へ集結。これこそが、裏原ファッションの芽吹きだったのである。

80年代後半〜90年代に撮影された竹下通り(提供:渋谷区)

DCブランドが原宿をファッションの街へ押し上げ、タレントショップが竹下通りを若者の街へ変え、その先に裏原エリアが花開く。そう考えると、タレントショップは「DCブランド」と「裏原宿」という原宿カルチャーをつなぐ橋渡し役だったのかもしれない。タレントショップという一時代は去っても、流行を求める10代が竹下通りに集まる光景は今も変わらない。主役は移り変わっても、この街は常に新たな流行を生み出し続けていく。

Text :Rin Inoue
Photo:OMOHARAREAL編集部

最終更新日:

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