Fashion インタビュー・対談 Provided by: UNIQLO

"最後の写真家"荒木経惟に問う「服って必要ないですか?」

Image by: FASHIONSNAP

 今秋スタートしたユニクロ初のグローバルブランディングキャンペーンテーマは「なぜ、人は服を着るのか?」。「LifeWear」をコンセプトに進化を続けるユニクロの新たなテーマを荒木経惟ことアラーキーにぶつけた。ヌードを撮影し続けて来たカメラマンはどう考えるのだろうか。今なお第一線で走り続けている77歳の"最後の写真家"は何と答えるのか。

 

―ヌードを撮る時、服と裸の役割についてはどのように考えますか?

 俺は何も考えていないよ。成り行きにいい流れを作るだけの作業をする、それだけ。カメラマンは被写体が表現したものをすくうだけだ。写真は精神的にいい気持ちとか、相手のアクトを引っ張り出す、見つける、より良くする、そういう役割しかないよ。服を脱ぐ脱がさないの話じゃなくて、気持ちを脱がなくちゃいけないんだから。

―ヌード写真に個性がない。

 カメラの進歩がどんどん早まっていて、今の子たちは要するに修行時代がないわけ。例えば暗室作業とか、うちらのときに日常的にやってた所作が今、写真を撮る人間にはない。歩いて街を撮影したりそういうことを30年やっていないと、本当の裸が見えないわけよ。だから今って裸の写真がすんごくつまらないんだよ。

―ヌードの傑作はエロスではなく人との対話の末に生まれるということでしょうか?

 そう。エロス=セックスとかそういうことばかり中心だと思われているけど、違うんだよ。脳みそがざわざわしてくることが大事。撮ってる時にカメラが潤滑油になってくれたり、邪魔したり、そういう三角関係が面白いわけ。今のは、そういうものを感じないよな。写真からも全くその面白さが出てないじゃないか。だから想いなんて伝わらないんだよ。どんどんデジタルになって、湿度が劣っていて、面白くなくなってる。だから今のは写真じゃなく違うものと考えたほうがいい。今はそういう時期なの。だから俺は最後の写真家だって宣言してる。そういう意味で"最後の写真家"。

nobuyashiaraki-interview-20161006_012.jpg

―カメラのフィルターを通して、存在感がある人と、存在感ない人の違いは?

 例が違うかもしれないが「男-アラーキーの裸ノ顔-」写真展で水戸黄門を演じている里見浩太朗が背広で来たんだけど、これだったら水戸黄門の格好の時の方が里見だなって思っちゃうね。自分が選んだ背広なのか、事務所に言われて着てるのか知らないけれど、「あの人にとって水戸黄門の衣装が一番じゃないかな」と思われているのはつまらないんだよ。「僕にこの服は似合わない」って言って、自分に似合う服を指定するくらいじゃないとダメだよ。

―「男-アラーキーの裸ノ顔-」ではビートたけしさんのお写真が2枚ありました。1枚はボートネックのセーターを着たもの、もう1枚はスーツ姿でした。

 彼は計算できる男だからさ、状況に合わせて自分が映えるものを選んでいるんじゃないの? 彼が着ると、俗に言うスーツじゃなくて背広になるから不思議だよな。

 彼を最初に撮ったのは、オートバイで転んで色々問題になった後に再起するとき。次は「映画を撮りたい」と言っていて、いずれも新しい事をはじめようとしている時期だったな。そういう時ってね、男の場合、自分を落としたいっていう妙な殺気が出て自らも着ているものもを引き立てるんだよ。男は殺気、女は色気だな。

―ファッションシューティングにも意欲的に取り組んでいますね。記憶に残っている撮影はありますか?

 ないね。写真家としての力が分散しちゃってるからね。案外、俺は優しいんだよ。衣装と同じ比率で被写体を撮ってあげるから。被写体に寄るとファッションが従者になっちゃうだろう。ファッションに寄ると今度は被写体が丸太になっちゃうだろう。どちらも喜ぶように、お互い生かし合っている状態を撮ってあげる。だからこの服を着たおかげでより素敵な表情になるとか、彼女が着てくれたから衣装が生き生きしているとか、お互いが影響し合ってるようなものを撮りたい。どちらも贔屓しているんだよ。

―服も着ている人も、お互いが高め合っている状態が大事なんですね。

 それが最高じゃないか。要するに、無意識的に人間は長生きしたい生き物なんだよ。「もういいや」なんて口では言っているけど、長生きしたほうが面白いじゃない。それも楽しく長生きしたいじゃん。着るもの、着ること、着る行為というのは、生きることへの力をくれるもの。おしゃれをすることで、生に対して積極的になれる。自分自身が生き生きとするために着てるんだよ。だって自分が気に入ったり、好きなものだと長く着ちゃうだろ? そういう力って案外あるんだよ。根源的には「生」って作り手にとっても一番のポイントなんじゃないかな。

nobuyashiaraki-interview-20161006_006.jpg

―良い服と良くない服の定義は?

 結局、感性とか知性とか、気性とか、「気」の問題だろうな。ちょっと難しいよね。俺がね、うろたえたのはアーストンボラージュ(arrston volaju)のデザイナー佐藤孝信なんだよ。彼は俗に言う落ち目というやつだろ? すごくいいのにさ、不思議でしょうがないんだよね。初期はマイルス・デイヴィスが彼の服を気に入っちゃって、ダンボールに何箱も買っていくという話もあったね。うちにも来たり親交もある。伝説のデザイナーなのに、残念だよね。ファッションにおいて最極・最難のデザイナーなんていうのはいらないのかもしれないな。あったかいとか、着やすいとか、そういう要素がいっぱい詰め込まれたものが登場してるんだから。ここにきて流れが変わっちゃうと、難しいよな。デザイナーは個性でのし上がってきたわけだろう。

―個性を服で補う人は減り、同一化していくということでしょうか。

 いや、だからって個性が消滅してしまったらまずいわけだよ。ユニクロはそれを上手く転換して、これを着ることで主役になれるということをコンセプトにしている。デザイナーやブランドが主役にならないように。俺たちからすれば、やっぱり今の時代まで生き残っている「コム デ ギャルソン」なんかは素晴らしいんだよね。ただ今は、服によって補える個性が目立たなくなる時代だけど、そこにも一種の、妙な時代の個性を感じさせるんだよな。

 俺はユニクロに感じたわけだよ。本人の個性に擦り着くように吊り上がってそれで良い個性を出せるというコンセプトをね。

―なるほど。結果的には服によって個性が生まれるということですね。

 本来、人間は二番目とか本能的に嫌いなんだよ。だから自分が一等賞になれるように、本当はデザイナーより上になりたいという考えが心のどこかにあるはず。「自分が着ることによって新しい服が生きたと同時に、自分も生きる」。これが一番のファッションの頂点なんだよ。だからファッションというか、服というのは重要なものなのなんだよ、本当は。襟があるのとないので全然違うじゃない。そのくらい身につけるもので自分というものが決定されてしまう影響力があるものなんだよな。

―服は他人に選んでもらうのがいい?

 ただ、悔しいけれど他人の方が見る目があるもの。他人が見てくれたものが自分自身では気づかなかった美しさに気づかせてくれることって誰でもあるんだよ。だから他力本願っていうのは悪いことじゃないんだよ。人の力借りるっていうのは。自分のいいところを発見してもらうわけだ。相手が入り込める余地を持つ事も大切だな。触れると火傷するとか手切れるというような完璧なものばかりではダメなんだよ。隙っていうか無駄っていうか、そういうのがこれからもっと大切になりそうな気がするんだよな。失敗してざわつくとか、わくわくするとかっていう要素をファッションにも残してもらわないと。

―荒木さんはTシャツをよく着られています。

 Tシャツが好きなわけではないけど、自分が関わったものを着るようにしているんだ。自分がデザインしたのを着たいでしょう。全部プリントが違って、自分のための1点しか自宅には残していない。「よし、いつか並べて展覧会でもやるかな」と昔は思ってたけどね。 ダサいからやらないけどさ。

nobuyashiaraki-interview-20161006_008.jpg

―今ご自宅には何種類くらいのオリジナルTシャツがあるんですか?

 50着くらいしかないんじゃない? 海外の人からは「どこで売ってるのか?」とよく聞かれるね。だいたいTシャツなんて数を作るのが普通だろうけど、俺は10着くらいしか作らない。Tシャツと言えば、この間、京都・五山の送り火の開催に向けて書を提供したんだけけど、その書を見た若い子が「いいな、Tシャツにしたい」と言って、自分たちで作ったプリントTシャツを着てカメラスタッフが総出で撮影したらしいんだ。 嘘でもいい話じゃないか。だから服にはあるんだよ、今日はこれ着て仕事したいとか、撮影したいとかそういうチカラが。まあ自分の気に入ったのとか着ると元気が出るじゃない? だから「気」の問題なんだよ、元気とか色気とか。一番「気」をくれるんじゃないの?

―荒木さんがこれまでの人生で一番記憶に残ってる服はありますか?

 俺の奥さんに着せた俺の赤いセーターかな。

―撮影で?

 そうそう、電通のスタジオで。そういうのは記臆に残ってるよな。「これ着たら?」って言うと向こうも自然と脱がなきゃいけないじゃない? ついでに裸も撮れるじゃない?(笑)そういう時代だね。そういうようなのが、記臆に残ってる服だな。

―最後に、著書に「男と女の間には写真機がある」がありますね。服と裸の間には何が在ると思いますか?

 それは愛でしょ。愛っていうより恋だな。恋する衣装を作ってくださいよ。そうだね、恋愛っていうか恋心だね。そうすると楽しい人生になるじゃない。ロマンティックなんだよ、俺は(笑)。

荒木経惟
1940年東京都生まれ。千葉大学工学部写真印刷工学科卒業後、電通に入社し写真部に所属する。1964年に「さっちん」で第1回太陽賞を受賞。1971年に妻陽子との新婚旅行を写した「センチメンタルな旅」を自費出版した。以降、妖艶な花々や緊縛ヌード、東京の街、飼い猫など、様々な被写体から強烈なエロスとタナトスが漂う独特の写真世界を確立し、日本を代表する写真家として内外で高い評価を受けている。

Life Wear

(聞き手 高村美緒)

記事のタグ

最新の関連記事

おすすめ記事

Realtime

現在の人気記事

    Ranking Top 10

    アクセスランキング