FASHIONSNAPの新春恒例企画、経営展望を聞く「トップに聞く 2023」。本年は、アフターコロナにシフトする中で各企業に求められている「イノベーション」をテーマにお送りする。
第15回は、ベイクルーズの杉村茂取締役CEO。前期(2022年8月期)は自社ECと同じ屋号を掲げる大型実店舗「ベイクルーズストア(BAYCREW'S STORE)」の出店など新しい取り組みがあったなかで増収増益の着地となったが、杉村氏は「今のセレクト業態は規格外なことをやっていかないと時代をリードできない」と警鐘を鳴らす。いま、日本のファッション業界には何が足りないのか、胸の内を聞いた。
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■杉村茂
1962年生まれ。アパレルメーカーを経て1984年にベイクルーズに入社し、2003年に同社初の子会社ジョイントワークスの初代社長に就任。2012年にはルドーム社長に着任し、グループ傘下の数々のブランド事業を率いてきた。2014年9月から現職。
増収増益でも「満足していない」
―昨年はどんな一年でしたか?
2022年8月期(2021年9月~2022年8月)は増収増益で終わることができました。コロナ禍の過去を振り返って自省したなかで、施策としての値引きセールを一切禁止したことが社内に意識浸透し、販売現場のファッションアドバイザー(以下、FA)たちがそれを理解して実行してくれた一年でしたね。みんなが頑張ってくれたと感じています。
■ベイクルーズ 2022年8月期の通期実績
売上高:1267億円(前年比104%)
※利益は非公表
うち、EC売上高:510億円(同95.6%)
―好調だったんですね。
でも満足はしてないですね。もう少し高いところを目指していたので。単純に数字だけを見れば悪くはないのですが、もうちょっと頑張れたかなという。
―具体的にどのような点で改善の余地がありそうですか?
売上高で見るとブランドによって良し悪しのばらつきがありましたし、ベイクルーズストアの大型実店舗に関しては、仙台店は目論見に近いところまで伸びていますが、名古屋店と福岡店は当初の予想から乖離があるのでもう少し事前に対策できたのではと思っています。自社ブランドをミックスした業態で社内的な課題、改善点も出てきているので、そういうところも次に着手すべき反省点のひとつかなと。
「ベイクルーズストア 仙台」
Image by: ベイクルーズ
―ベイクルーズストアの出店は新しい挑戦の一つだったと思います。仙台店、名古屋店と福岡店で結果が分かれた要因は?
福岡店は天神駅や福岡駅から離れた立地で、いわばゼロからのスタート。立地環境としてもファッションだけというより日常的な使い方をする方が多いので、そういったお客様と自分達の商品をうまくアジャストできていないところがあります。
名古屋店に関しては、もともと「イエナ(IÉNA)」や「ジャーナル スタンダード(JOURNAL STANDARD)」「エディフィス(ÉDIFICE)」といった名古屋パルコに出店していた店舗をベイクルーズストアに集約しましたが、思っていたよりもお客様に認知されていないことが大きいですね。1つのブランドの売場面積も狭くなっているので、品揃えの物足りなさなのかMDが合っていないのか......まだお客様のニーズを読み切れていないことが課題です。
ただいずれもトライアルなので、最初からうまくいくとも思っていません。現場で試行錯誤したプロセスは必ず経験になるし、それが自信にもなっていく。そこが大事なんです。語弊があるかもしれませんが、やる意味のある苦労だと捉えています。
―一方で、新しい発見もあったのでは?
福岡店は中心地から離れた新しい街なのに意外とベイクルーズ会員のお客様の来店が多くて、半分を占めています。そうすると自信にも繋がるのですが、名古屋店の場合は逆にもっと会員の方々が来店してくれるだろうと見込んでいたけれども期待通りにはいかなかったという。当社のオリジナルブランド中心ではなく、3階には今まで扱っていなかったゲストブランドを展開したり、2階のメンズは特定のブランドにフォーカスしてみたりと意識的に新しいことに取り組んでいるからかもしれません。ですが、2ヶ月に1回ほどお店に視察に行くと、「こういうお客様って今までうちにいらっしゃらなかったよね」という新しい顧客層が少しずつ増えてきている。ちゃんとした品揃えと提案をすればそういうお客様も取り込んでいける、というプラスの要素も感じています。
―さきほど「良い・悪いブランドでばらつきがある」といったお話がありましたが、具体的に好調だったブランドは?
既存で言うと「ジャーナル スタンダード」のウィメンズ、「ジャーナル スタンダード ラックス(journal standard luxe)」、「ジャーナル スタンダード レリューム(JOURNAL STANDARD relume)」、この3つのジャーナル系のウィメンズブランドは前年比で2桁以上アップしていますし、比較的好調でしたね。あとは昨年度で言うと「プラージュ(Plage)」も好調でした。「ドゥーズィエム クラス(Deuxiéme Classe)」「アパルトモン(L'Appartement)」も商品は高単価ですが、何年間も業績を落とさずにキープできているのでという意味ではすごく頑張っているなと思っています。規模は小さいですが「シティショップ(CITYSHOP)」は成長率では一番伸びていて勢いがありますよ。
「ジャーナル スタンダード」
Image by: ベイクルーズ
―好調を維持できているブランドの共通項は?
大抵、ブランドが不振になるときは、過去の成功体験や思考に引きずられてしまうところがあると思うんですよね。感度が鈍くなってしまうというか。売れる・売れないだけを意識していくとブランドのアイデンティティが無くなっていってしまう。ブランドの軸をぶらさずに、お客様の反応を見ながら、ちゃんと時代感に応じた新しいものを作ること。そこがしっかりできているブランドは好調ですね。
―ECの売上高は減収でした。リアルの消費復活が背景にありますか?
それもあります。ただ、これで少し正常に戻ったかなと思っています。
―自社ECとモールの売上比率では、自社が74%と高水準です。
比率自体はその時々で変わって良いと思っています。全体の売上高を伸ばすためにはECの売上高も高めていきたいですが、自社ECだけではなかなか新規顧客を増やすのは難しい。そこに固執してしまうと、それこそ変化がないままになってしまう。それにベイクルーズを知らない人も世の中にはたくさんいるわけで、他社のモールに出店することによって知っていただくという意味では、自社EC比率が高いことが望ましいとは決して思いません。
―EC化率は43%とこちらも引き続き高水準だと思います。
高すぎますね。そこは評価されるべきところじゃない。リアル店舗よりもECの売上の方が大きいブランドがいくつかありますが、ECで得た結果だけに走ってしまうのは危険です。ECの売れ筋にMDを合わせた結果、感度が下がってしまったという事例もあります。ECは売上を1を100にする力はありますが、リアル店舗での体験や情報収集、発信力を高めていかないと新規顧客の獲得には繋がりません。今の自分の感覚ではEC化率40%超えはバランスがよくないと思っています。
―2022年の新しい取り組みの一つに、「マスターマインド・トウキョウ(MASTERMIND TOKYO)」の店舗およびEC事業の運営もありました。
実は、事業譲受の打診を受ける前日に、生まれて初めてマスターマインドのTシャツを買っていたんですよ。これはたまたまだったんですけど(笑)。その翌日にそういった相談があったので、そもそもブランドに興味がなきゃ僕もTシャツを買わないですから、本間(正章)さんにも入っていただいて話を進めていきました。
―杉村CEOが思うマスターマインドの魅力は?
ドメスティックブランドというよりラグジュアリーブランドのような価格帯ですが、その価格を裏付けるだけの素材や裁縫技術がある。直営店を持たない、高価格帯のブランディングもビジネスモデルとしてとても考え抜かれています。そういったブランドと手を組むことで、ベイクルーズのFAも新しい経験ができ、会社としても新しい領域にチャンスを見出すことができていると思っています。
―イエナからデビューしたコスメラインも新しい挑戦になりました。
イエナには30年以上の歴史があり、長きにわたりファンでいてくださるお客様もいます。まだ規模は小さいですが、まずはイエナのファン層を中心に広まっていけばいいなと思います。
「売上高3000億円企業」実現のために必要なこと
―円安進行やウクライナ情勢の影響は大きかったですか?
毎年同じモノを作っているわけではないですけど、原価率を数%削りながら商品の価格も従来から引き上げなくてはならない状況にあります。「キス(Kith)」や「ノア(NOAH)」などに関しては直接商品を輸入しているので、特に影響を受けています。いままでフーディーだと2万円程度でしたが、今では3万円弱ですから。
―杉村CEOも昨年は海外に行かれたそうですね。
海外のブランドをやっているので、本国チームとのミーティングを兼ねて、ニューヨークとパリに市場の視察をしました。パリに関しては6年くらい行っていなかったのですが、日本ほど街の景色がコロコロ変わっていないなという印象でした。
―ファッション消費については?
海外の方がめちゃくちゃ元気ですね。若い子たちはモノを買うためにストリートに並んでいますし、熱があるなと感じましたね。
―日本も活気付くといいですよね。
物価が上がっている以上、所得も上がらないと厳しいですよね。海外ツーリストのお客様が大きなショッパーを持って買い物しているのを見るようになりました。パリでも海外からの富裕層が多いのですが、彼らが満足できるサービスも充実しているんですよ。そういう意味では、インバウンド需要を重視するつもりはないですが、ドメスティック視点だけではなくグローバル視点から見ても「かっこいい」と思われるブランドをもっとやっていかないといけない。日本は人口が減少しているし、経済も今後正直どうなるかわからないですから。
―アフターコロナでECにはどんなことが求められていくと考えますか?
大きく言ったら「情報収集」と「利便性」だと思いますね。新作や在庫状況、価格、イベント情報などを網羅していることが求められると思います。
―アフターコロナに向かって、ファッショントレンドもまた大きく変化していきそうです。
もちろん変わっていくでしょうけど、どんどん細分化されていますよね。そうなると個人商店の人たちはやりやすいと思うんですよ。規模が大きい企業になるとマネジメントが難しくなってくるだろうと感じています。
―具体策として考えていることは?
対策というより、ベイクルーズに関わる人材で、できることの全てをやりきるのみです。
―社員の個性を活かしていく?
そうなんですけど、ベイクルーズのことを理解して入社してくれた人たちが思う“ベイクルーズの幅”だけでは、この先戦えないと思っています。他社を含め、今のセレクト業態は規格外なことをやっていかないと時代をリードできない。視点を変化させていかないと時代に遅れていってしまうと思っています。僕らは「8年後に3000億円企業を目指す」と明言しているので、そこに到達していくためには新しいことへのチャレンジが必須で、その“幅”を広げていくことが急務だと考えています。
―“幅のある”人材獲得が鍵になりますね。
新卒採用も今までとはまた違う視点で進めています。“ベイクルーズに合う人”以外に、インフルエンサーとしての採用や、ラグジュアリーブランド業界からの転職者など。ただそれでうまくいくとは限らない。そのマネジメントを従来の中間管理職者に任せると、意識が売上志向になってしまう傾向にあるので、そういうところは自身で責任を持ってチームを作るようにしています。いきなり黒字には絶対ならないので、赤字でも支援していく。そうでないと新しい事業は生まれていかないですからね。
―将来を案じて、ファッション業界を志す若者が減っているという話も聞きます。
今に始まったことじゃないですけどね。僕らの会社は売上規模だけで言えば1000億円規模ありますし、全国展開もしている。ライトな感覚で応募する新卒の方は増えています。でも、“尖った人”は減っている。僕としては、学歴は気にしなくていいからそういう尖った人をもっと採用するようにと伝え続けています。そうしないと、普通の会社になってしまう。ここ3年くらいは個性豊かな人材も増えて、新卒の方が新しいことを提案してくれて少しずつ変化が見え始めていますよ。
―来年度の新卒入社では何人採用されたんですか?
60人ですね。例年に比べて半分ほど少ないですが、コロナ禍で先が見えなかったので。再来年はもっと増えると思います。
「ベイクルーズストア」次は都心に旗艦店出店へ
―2023年はどんな一年になりそうですか?
ここ2〜3年で一番の問題がコロナだったんですが、インバウンドにも活気が出てきているし、いわゆる“正常”に近づくかなとは思っています。でも人が戻ってきても、僕らドメスティックのセレクトショップの業績がそのまま戻るのか、といった懸念はありますよね。セレクト系ブランドがどこまで必要とされるか。今ではどこの商業施設にも僕らのようなショップが入っていますけど、セレクトショップとしてやっていることが変わってきてしまっているし、そこにある価値も少し崩れてきている。どれだけ踏みとどまれるのか、もう一回全てのブランドのポジショニングや在り方を再構築していかないと、そろそろ淘汰されるようになるのではと危惧しています。
―今期(2024年8月期)増収増益の達成となる鍵はなんでしょう。
「ブランドのアイデンティティ」「時代感」「お客様の顔」、この3つを常に捉えていくことですね。収益を支えている既存のウィメンズブランドの動向は大きな鍵となります。もう一つは赤字のメンズを立て直すことです。去年から副社長の古峯(正佳氏)がメンズの立て直しを行っていますが、黒字体制にすることも課題です。
―何か新しいイノベーションにつながるような計画はありますか?
見出しになるような新しいことはなく、先にもお伝えしましたが決めたことをどれだけやりきれるか。どちらかというとそっちの方が大事ですね。プロパー消化率を高くしていかないといけないし、そのためにどうしたらいいのかをさらに深掘りしてやっていく。それが今一番必要だろうなと思います。
―ベイクルーズストアの追加出店については?
いま森ビルさんが開発している虎ノ門ヒルズ ステーションタワーに800坪ほどの大型旗艦店を今秋、都心では初めて出店します。既存3店舗とは全く違う新しい形のベイクルーズストアにしたいと思っています。このお店を通じて新しい街づくりや商圏開拓に一役かうことができ、グローバルで知的なお客様に向けたランドマークのようなお店づくりを目指しています。こちらの店舗でベイクルーズストアとしての出店の第1フェーズが完了となります。
―2022年の業界の大きなトピックとして「ジェラート ピケ」や「スナイデル」を運営するマッシュホールディングスがファンドの出資を受け、上場を目指しています。ベイクルーズとしてはIPOに興味はありますか?
今の段階で上場を目指すといった話はないです。上場はメリットもデメリットもありますから。計画通りに全てうまくいく業界ではないじゃないですか、ファッションは。ただ、いつでも上場できる会社にはしておかなくてはいけないなとは思います。
(聞き手:伊藤真帆、福崎明子)
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