デザイナー森川マサノリが手掛ける「クリスチャンダダ(CHRISTIAN DADA)」が、オーナー企業で「リシャール・ミル(Richard Mille)」などのブランドマネージメントやリテイリングを行っているシンガポールの企業D'Leagueの傘下から外れることがわかった。クリスチャンダダの51%の株式を保有し、これまでパリコレ進出などをサポートしてきたが2020年1月に全ての持ち株を売却する見通し。2020年春夏コレクションの生産もストップしている。ブランドは継続するのか、それとも終了となるのか、森川マサノリにブランドと自身の今後について聞いた。

クリスチャンダダは存続?それとも終了?
ーこれまでも何度かインタビューしていますが、森川さんから取材のオファーを頂いたのは初めてですね。
これからのことについて、ちゃんと説明しなければと思って声を掛けさせて頂きました。全てが決まってから情報公開しようと考えていたんですが、ブランドが終了するといった噂が先に広まってしまって......誤った情報も出回っていたので、このタイミングで伝えられたらなと。
ーブランドはどうなるのか、噂の真相は知りたいところです。
順に説明できればと思います。まず、今決定していることの1つはD'Leagueグループの傘下から外れるということ。
ーD'Leagueは、2014年にクリスチャンダダを買収した親会社ですね。
はい。現状だとD'Leagueが51%、僕が49%の株式を保有しています。2020年1月を目処にD'Leagueと僕の保有株式を含めて全て売却する予定で、新規パートナーへ交渉段階となっています。
ー約5年にわたって経営面などでサポートを受けてきたかと思いますが、なぜ離れることに?
5年という区切りで関係を見直すということは、契約上決まっていたことでもありました。それと1年くらい前から、リブランディングの話を僕から持ちかけていたんです。議論を重ねたのですが、両者が考えるブランディングのズレと、現状の契約だとクリスチャンダダのデザイナー以外の活動に制限があって、新しいことにも挑戦できなかった。それに、パリコレを経験してファッション業界における多様化の流れを肌で感じたことで、自分としても色々と思うところがあったんです。

ーパリコレに進出したのは2014年6月でしたね。何を思ったんですか?
例えば、既存の卸や直営店ビジネスはどんどん難しくなると思うんですよね。サステナブルがこれから数年もすれば当たり前になるとは思うのですが、日本は過剰在庫だったり服の廃棄量が世界でもトップクラスで、グローバルトレンドと真逆のことをやっている。これはビジネスでもそうで、セレクトショップも百貨店も厳しい中で、卸頼りになってしまうのも非常にリスクが高い。ビッグメゾンが大河だとしたら、クリスチャンダダはせせらぎみたいなものなので、シュリンクするブランド業界の中で先人と同じようなことをやっても、これ以上の伸び代が本当にあるのかどうかと考えるようになったんです。
ー実際に売り上げは伸びていたのではないかと。
M&A後から毎年増え続けていました。でも同時にゴールが見えたというか、今のやり方に限界を感じるようにもなっていて。クリエイションだけで世界に挑み続けている先輩方は、本当にすごいなと尊敬しています。ただ僕は、新しい方法を模索しなければと考えるようになった。僕のようなせせらぎを大きい河にしていくには色々な所から何本もの川を集めて大河になるように多角的にやっていかないと、未来はないと思うんです。服をデザインするのも会社をデザインするのも、自分の中では一緒なので。
ー森川さんが考える新しい方法とは?
これまでデザイナー1本でやってきましたが、今後は色々なことにチャレンジしていきたいと考えています。既に動いているのは、2020年初旬の海外企業とのデザイナー契約。それと、来夏前に発表予定ですが国内新ブランドのクリエイティブディレクターを担当することが決まって、詳細はまだ話せないんですがプロジェクトはもう始動しています。後者は日本企業からのベンチャーキャピタルで資金を調達していて、両社ともに僕の名前を前面に出すことはないですが、新しい仕組みを導入する予定なんです。
あとは、来年をめどに僕がデザインする新ブランドの発表を予定しています。それからやはり多角的というところで、そもそもの販売システムやプラットフォーム自体も変えたくて。僕一人では無理なので他社との協業になりますが、ファッションのインフラ事業を来年中に起業できないかと動いています。
ーということはつまり、既存ブランドのクリスチャンダダは終了ですか?
存続するかどうかは出資を検討してくれている企業と交渉中の段階なので、その折り合い次第になります。現時点では、続く可能性は半々くらいでしょうか。
ーでも森川さん自身は、クリスチャンダダを残したいのでは。
自分のブランドは子どものようなものだから愛情もあるし少なからずファンの方もいるので、続けていきたい気持ちはもちろんあります。ただ、これまでひたすら走ってきて、ふと立ち止まった時、今までと違うカタチで残してもいいのではないかと思うようになったんですね。メンズとウィメンズで1シーズンに約140型ほど作っていましたが、もっと小さな規模というか供給を少なくし、シーズンや販売方法自体を見直してもいいんじゃないかと。
ー直近だと、2020年春夏コレクションの生産はストップしたそうですが。
株式譲渡の関係で一時生産をストップする必要と未曾有の台風の影響などがあり、デリバリーが2ヶ月遅れになってしまうという状況で量産は難しいという判断になりました。パリでショーを見て頂き、受注もして頂いたのに商品を届けることができなかった。自分のせいで沢山の方々に迷惑をかけてしまいました。これについては本当に申し訳ないという気持ちでいっぱいです。

ーでは、現在の直営店はどうなるんですか?
ブランドの存続に関係なく、直営店舗となる青山店は12月22日にクローズすることにしました。ほかにも台北とシンガポールにも直営店がありますが、その2店舗はスケジュールを確認中という段階です。
ー従業員は?
実はスタッフには8月頃から話をしていて、一緒にやってきた仲間ですから今後も共にできたらと考えていましたが、今も交渉中で先が見えないので、現状は年末に解散の流れで店舗スタッフも同様に動いています。
ーブランドのファンは"ダダラー"とも呼ばれていましたよね。
たくさんの人が愛用してくれて、本当に感謝しかないですね。クリスチャンダダとしての航海の第一章は終えますが、もし新しいブランドとして新たな船出になっても、僕の新しいデザインに興味を持ってもらえたら嬉しいです。
イノベーションでファッションの未来を変える
ーブランドの立ち上げからは10年ほどになりますが、一番大きかった出来事は?
やはりパリコレ進出ですね。10シーズン続けたことで、外からでは見えない色々な気づきがあったので。広告を出しているブランドや、それを扱っているPRがメディアへの影響力が強かったりというような、資本主義の政治的で現実的な部分とか。それと同時に、あのパリコレのクリエイティブの舞台でずっと先端にいることを、一番身近で感じられたのは大きいと思います。

ー失敗や後悔もありましたか?
何も知らない状態でパリコレに参加したことですかね......もうちょっと地を固めてから出たら良かったのですが、その時は周りで参加している人も知人もいなかったので。最初の1〜2年はとても戦略的に大事な局面ですが、クライアントは増えても無駄に過ごしてしまったなと反省するところもあります。
ーこの10年で得たものは何でしたか?
六畳一間の自宅から始めたリメイクブランドからパリコレまでの道のりで得た「経験」。あとはやはり「人」だと思います。クリスチャンダダをやっていなかったら、いま周りにいる友人や先輩たちにも知り合えなかったですし、今回のことでも相談に乗ってもらいました。その時に言われたのが、クリエイティブからは離れないで向き合うという事なんです。正直、作る事から一度離れようと考えたこともあったんですが、ビジネス重視でコマーシャルに振り切ってしまうのは自分ではないし、森川は精神が壊れるんじゃないかとも言われたり(笑)。
ーそれだけ思い入れがあれば悩むところかと思いますが、今回のことはどうやって決断に至ったのでしょう。
悩み続けて、寝たいのに眠れない状況が続いたんですが、夢の中でさえどんなコレクションを作るかを考えてしまう始末で。こうした状況に置かれながら、逆にクリエイションに対してはハイになっていったというか、今までにないような感覚があったんです。やっぱり自分はデザインすることが好きなんだなと再認識して、ちょうど1ヶ月前に意思を固めたという形ですね。
ーファッション以外の分野でもクリエイティブを活かせるのでは?
今の所は考えていません。学生の時から僕はファッションしかやっていませんし、これしか知らないので。ほかにも好きなことはたくさんあるし世界は広げたいですが、ファッションから離れることはないと思います。
ーブランドも小売も厳しいと言われている中で、それでもファッションをやり続けるのはなぜでしょう。
僕はそう思わなくて。ファッションはまだまだ可能性があるし、その可能性を信じる人が作っていくものだと思っています。ビジネス的にもブルーオーシャンは沢山あると思いますし、そのためには業界内外の人がもっと掛け算していくべきだと思います。既存の古いやり方を真似して続ける必要はないと思いますから。
ー新しい体制やチャレンジは、そういったことの再出発のため。
そうですね。新しいインフラを築いていくプロジェクトは、既存のシステムを壊すくらいの勢いでやれたらと。
ーインフラとは、具体的には?
色々な人と組んでいて未決定のことが多いのでまだ僕の口からは話せないんですが、実験的な取り組みになると思います。僕だけじゃなく、在り方を考えるタイミングだとみんな考えていると思うんですよ。「ヴェトモン(VETEMENTS)」が自分のオフィス内に若手育成のスペースなどのプラットフォームを立ち上げるという報道がありましたけど、あれもまさに在り方を変えようとする一つの例だと思います。僕の場合は、何かブランドに還元できるようなプラットフォームを作りたいと考えています。
ー森川さん自身は今後、何を目指していくのでしょうか。
攻略の時代ではないので目指すものがないから面白いというか、誰もやったことがないスタイルを表現していきたいですね。失敗してもやり直せばいいので。一ブランドだけではなく、もっと大きいフレームの間口を作っていけたら。

ーM&Aを経てのパリ進出など、クリスチャンダダとしても新しい道を作ってきましたね。
なんでも作るのは好きです(笑)。最初は理解されないことが多いんですけど、もしかしたら数年後にはスタンダードになっているかもしれませんし、そういった意味でもレールを敷く役割を担えることができればと考えています。音楽でいえば、ライブのあの崇拝的なファンがいる空間というのは本当に一つの文化を見ているようにすごいですよね。ファッションも、ショー以外でもそういうものを作れたらなと。本当はひとつの街くらいの規模を作ってみたいというか(笑)。
ー以前の取材で、ストライプインターナショナルの石川康晴社長も同じようなことをおっしゃっていました。
できたら面白いですよね。安い言葉に聞こえるかもしれないですが、ファッションの未来を変えるようなことがしたくて。クリエイションの細分化の時代に、現状のままでは難しいと思うんです。
ーファッションの新しい未来を作る。
そうですね。新しく始めるブランドたちもインフラ事業も、イノベーションは強く意識しています。ずっと第一線で活躍している先輩ブランドも、時代に合わせて変わっていっているんですよね。これから残れるのは、そういう変化を恐れない会社だと思うので、僕も少しずつ変わっていく必要がある。それが今なんだと、覚悟を決めたところです。
(聞き手:芳之内史也)