Image by: Shingo Wakagi
フレグランスの魅力とは、単に“匂い”だけじゃない。どんな思いがどのような香料やボトルに託されているのか…そんな奥深さを解き明かすフレグランス連載。
第8回は、GINZA SIXのVIP会員限定イベント「CREATIVE SALON」で企画された「香りが呼び覚ます感性と本能 —香道志野流・フエギア 1833—」。そこで行われた聞香の様子や対談の一部を、特別に公開。
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曹洞宗の名刹「青松寺」内に1950年に開業した精進料理「醍醐」で厳かに開催された香りのイベントは、志野流香道の二十一世家元継承者 一枝軒宗苾(いっしけん そうひつ)による聞香からスタート。次に「フエギア 1833(FUEGUIA 1833)」の「ウード オブ ザ ワールド」が展示されている別室に移動し、フエギア 1833の創業者で調香師のジュリアン・ベデル(Julian Bedel)と志野流香道若宗匠による対談が展開された。
志野流香道若宗匠(以下、若宗匠):本日は、500年保有している香木の中から私が選んだものを使用しています。最初の香りは「今朝の初雪」。父が命名したもので、言葉は1000年前の和歌から引用しています。昔の人の思いを感じることも大切なので、新しい言葉で作るのではなく、常に古典に基づいています。
香炉の灰山に50本の筋を入れていますが、これこそが小宇宙。五行思想の「木火土金水」を描いています。だから香りを聞くときは自然界に感謝をしながら、天とつながることをイメージしてください。
若宗匠:香り自体は一般的に「弱い」と表現されるのかもしれないけれど、これを「弱い」と感じるのは「五感が弱っている」と考えるべきで、これを「十分いい香りがする」ととらえる感覚を、現代人は取り戻さなければならないと思います。
ジュリアン・ベデル(以下、ベデル):今日最も感動したことのひとつは、フレグランスの世界では取り組むことのない「熱」。小さな木片を温めることで、木片に凝縮された香りが非常にパワフルに放たれる。香りにおいて、いかに「温度」というものが関わってくるかということを改めて認識させられました。
若宗匠:香道では、香りとともに作法が非常に大切です。今日も道具を並べましたけれど、それらは500年間変えていないんです。例えば近年、椅子でお点前とかそういうことは多少アレンジしますけれど、使っている道具のサイズとか取り扱う順番は変えていませんし、最高の香木たちが持っている最高の香りを引き出すために何ができるのかという研究に、日々取り組んでいます。初代が決め、それを2代目、3代目が受け継ぐんですが、多少のアップデートはするけれど、根本は変えずにやっていく、そうすると「作法」というのがとても大事だということに気づいていきます。
そこにはたくさんの経験と失敗があって、香木は焦がしちゃうといい香りがしないし、怖いなと思って火を弱くしても香りがしない。それを匙加減のようにやるのですが、AIのロボットがやったらいい香りがするかといったら、しないと思うんですね。
面白いのは、僕たちが考えたことがすべて香木に凝縮されるので、気持ちがこもっているといい香りが立ちます。茶道でも一生懸命お茶を点てると、その人の気持ちが入って、めちゃめちゃ美味しいんですよ、これは間違いない。携わった人の気持ちが入ると、味は確実に変わります。私たちの作法も、一生懸命気持ちを込めて感謝して作法すると、実は香木くんがそれに気づいてくれて、いつもよりいい香りを放ってくれるんです。私は逆に、ジュリアンさんのウードコレクションにとても感動しました。
ベデル:ウード(沈香)は僕にとって、科学的にも原材料としても非常に興味深いテーマです。ミラノのラボでは約3000種の原材料を扱っていますが、なかでもウードは独特な組成を持っています。入手が難しいというだけでなく、抽出方法も非常に難しいのです。
ウードは世界的に見るとアジアと中東でニーズが高いのですが、中東のほうがアニマリックなものを、アジアではよりライトでフルーティなものが好まれる傾向にあります。なので香りの方向性に幅を持たせるため、コレクションという形にしています。精油を確保するためにたくさんのウードを必要とするので、プランテーション、古木、アジア産、南米産など多様なオリジンのウードを時間をかけてリサーチし、使っています。
ベデル:ウードが高額なのは、50年100年という膨大な時間をかけて作られた自然の産物だから。そこで僕は、南米のアキラリア種にバクテリアを注入して、わざと木の防衛反応を起こさせてウードの生成を試みたわけです。失敗もありましたが、一部の木がアジア産と同じようにリアクションを起こし、アロマを抽出することができました。学術的には東南アジアで作られたもののみが「伽羅」とされるので「ウード オブ ザ ワールド」としていますが、組成分析をすると伽羅に限りなく近いことがわかっています。
若宗匠:やりたいことを先にやられた!という感じですね。香道をこの先500年、1000年続けていくためには、東南アジア産だけでは難しいと思う。自然界の声を聞くにはあまり人間の手は加えたくないけれども、やっぱり僕たちが動かないと、香木はどんどんなくなってきていますから。まさか東南アジア以外で香木ができるなんて、すごく驚きましたし、とても嬉しいです。
ベデル:どのくらいの数の香木をお持ちなんですか?それらをどうやって保管していますか?
若宗匠:正確な数はわからないけど…何千という香木が蔵に保管されています。初代が500年前にコレクションしたものがすべて残っていて、温度・湿度をコントロールした蔵で、竹の皮にくるんで木の箱に入れて、なるべく空気に触れないようにしています。そうすれば500年1000年経っても香りが変わらない。初代や徳川家康、織田信長が嗅いだものとまったく同じ香りを体験することができるわけです。つまり、先人たちと香りでつながることができる。これはジュリアンが言っていた「先住民たちとつながる」というのと同じですね。
ベデル:それらは分類されているんですか?
若宗匠:初代が最高の61種を選定していて、次に120種、200種とコレクションが確立されています。その後20人の家元がいるから、新しく追加したりとかありますが、でもそれができる段階の前にまず、初代が選定した香りをちゃんとダウンロードというか、自分の中に入れなきゃいけないから、たぶんその作業だけで一生かかってしまう…父は今84歳ですが、香道をすべて修得するには人生が3回必要だと言っています。だから香道。「道」がつくということは一生その道を歩いていく、という意味ですね。
僕は48歳だからまだ道半ば。今父が見ている景色は、人生経験がないと理解できないもので、本を読んでわかることではありません。自分の命が尽きるまでにどこまでいけるか、というのが楽しみなんです。ジュリアンさんもぜひ、香道を習い始めませんか?
ベデル:YES, YES!
※GINZA SIXのイベントで開催した同対談全容は、GINZA SIXオリジナルポッドキャストで配信(全3回)。現在、第1回を配信中で、第2回は1月12日、第3回は1月19日を予定。
ビューティ・ジャーナリスト
大学卒業後、航空会社、化粧品会社AD/PR勤務を経て編集者に転身。VOGUE、marie claire、Harper’s BAZAARにてビューティを担当し、2023年独立。早稲田大学大学院商学研究科ビジネス専攻修了、経営管理修士(MBA)。専門職学位論文のテーマは「化粧品ビジネスにおけるラグジュアリーブランド戦略の考察—プロダクトにみるラグジュアリー構成因子—」。
■問い合わせ先
フエギア 1833:公式サイト
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