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「もし虎と一緒の部屋にいたら、あなたは何をしますか?」グッチ新章へ、デムナがスパイク・ジョーンズと組んで表現したかったもの

デムナによる新生「GUCCI」をレビュー

La Famiglia

Image by: Courtesy of Gucci

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「もし虎と一緒の部屋にいたら、あなたは何をしますか?」グッチ新章へ、デムナがスパイク・ジョーンズと組んで表現したかったもの

デムナによる新生「GUCCI」をレビュー

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 現代ファッション界において、その名を轟かせるデザイナーの一人として、デムナ(Demna)の存在は揺るぎないものとなった。同氏の功績は単にファッションデザインとしてのクリエイションにとどまらず、ファッションの社会的意義と価値体系そのものを根本から問い直す哲学的挑戦としても評価されるべきものである。

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 そんなデムナ(Demna)による新生「グッチ(GUCCI)」のコレクションを披露するプレゼンテーションが、ミラノ時間9月23日に開催された。イタリア証券取引所の本拠地「Palazzo Mezzanotte」で行われたプレゼンテーションは、スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)とハリナ・レイン(Halina Reijn)が制作した短編映画「The Tiger」を上映するというもの。デムナの横に座り映像を鑑賞したデミ・ムーア(Demi Moore)が主演を務めた同作品は、「グッチ」の新時代を優雅に宣言するプロローグとなった。

2010年代からファッション業界を牽引するデムナの偉業

 2014年、デムナ(1981年ジョージア生まれ)は実弟グラム・ヴァザリアとともに「ヴェトモン(VETEMENTS)」を創設。フランス語で「衣服」を意味するこの名称は、その謙虚さとは裏腹に、既存の服飾概念を解体・再構築するという革命的アプローチを内包していた。既存のプロポーションを意図的に崩し、肩を起点とする極端なオーバーサイズのシルエットは、2010年代を席巻し、今尚その系譜は続いている。特に、ヴェトモンが発表した物流企業DHLのユニフォームTシャツは、商品価値の恣意性を暴き、資本主義社会の価値体系に対する痛烈な批判が込められていた。それは単なるプロヴォケーションではなく、現代社会における「価値」の概念そのものへの哲学的問いかけであった。

 2015年、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」のアーティスティックディレクターに就任したデムナは、その挑戦的精神をさらに洗練させていく。創業者のクリストバル・バレンシアガ(Cristobal Balenciaga)の仕事のアプローチや、女性観、創造的な活動を支えた精神性を理解することに努めつつも、そこに現代的解釈を加え、今という時代性を反映させていく。「現代のワードローブとは何か」、「ラグジュアリーとファッションの境界線はどこにあるのか」といった問いを持ちながら、特にテーラリングに注目し、歴史的な技法を現代の文脈で再解釈することで、伝統と革新の間に新たな対話を生み出した。

Image by: © Demna

 ソーシャルメディア時代の到来を予見し、いち早くそれを戦略的に活用した点にもその功績を見出せる。SNSがファッションの中心的媒体となる以前から、同氏はバイラルな拡散を前提としたルック作りを実践していた。弟のグラムの差配によるところもあるだろうが、それは単なるマーケティング戦略の成功ではなく、情報社会におけるイメージの消費と拡散のメカニズムを熟知した上での文化的介入と言えるだろう。

 また、従来閉鎖的であったオートクチュールの世界をより開かれたものにしようと、クリストバル・バレンシアガが引退して休止していたオートクチュールを53年ぶりに復活させた試みも、デムナの民主化への意志を示している。排他的エリート主義に囚われることなく、多様な文化的背景や社会階層からインスピレーションを得ることで、ファッションの表現領域を拡大しようとする同氏の革新性は、ファッションデザイナーでありながら、同時に鋭い文化批評家として機能する二面性にあると言える。資本主義システムの内部から、皮肉を交えながらそのシステムの矛盾や欺瞞を暴き出す巧妙な手法を展開してきた同氏のクリエイションは、「グッチ」のアーティスティックディレクターとして新章へと旅立とうとしている。

プレゼン直前にオンラインで発表されたデムナによるファーストコレクション

 そんな稀代のクリエイターであるデムナによるグッチのファーストコレクション「La Famiglia(家族)」は、ブランドの新時代の幕開けを高らかに宣言している。大胆さ、セクシーさ、華やかさ、そして挑戦的精神に満ちた今回のコレクションは、「Gucciness(グッチらしさ)」の本質を探求する野心的な試みだ。

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 グッチの2025年秋冬のキャンペーンを手掛けた写真家キャサリン・オピー(Catherine Opie)によるルックブックには、多彩な個性を持つ「グッチファミリー」のメンバーたちが登場する。ルックそれぞれに「Cocco di Mamma(マザコン)」「la snob(スノッブ)」「Bastard(ろくでなし)」「RUBACUORI(女たらし)」「Principino(星の王子さま)」「La Principessa(プリンセス)」などと名付けており、多様な個性がグッチの多面的な魅力を浮き彫りにしている。

 コレクションはグッチの原点であるトラベルグッズへのオマージュから始まる。GGパターンをあしらった「L'Archetipo」のトランクは、創業時のラゲージづくりの伝統を現代に蘇らせている。続いて、60年代風の赤いコートをまとった情熱的な「Incazzata(腹を立てて)」、ストライプに身を包み猫のような魅力を放つ「La Bomba(爆弾)」、凛としたエレガンスを体現する「La Cattiva(悪い人)」など、イタリアン・ライフスタイルのさまざまな人物像が描かれていく。

Image by: Courtesy of Gucci

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 また、イタリア特有のエフォートレスなエレガンスである「sprezzatura(スプレッツァトゥーラ)」、つまりは「計算された自然体」の哲学が全体を貫く。キトゥンヒールのスリングバックやかかとを踏んで履くソフトレザーのミュールなど、完璧さの中に意図的な抜け感を持たせたディテールが随所に見られる。1947年に誕生した「グッチ バンブー 1947」ハンドバッグは新たなプロポーションで登場し、1953年以来のアイコンであるホースビットローファーとともに現代的な魅力を放ち、フローラプリントは変わらぬ美しさと夜をイメージした新解釈の両方で表現され、創業者グッチオ・グッチ(Guccio Gucci)のイニシャルを冠したGGパターンはアイウェアからローファーまであらゆるアイテムに展開される。

 シルエットは、フェザーのオペラコートやハイジュエリーに代表される壮麗なマキシマリズムから、シームレスなレッグウェアが生み出す官能的なネオ・ミニマリズムまで多岐にわたる。メンズウェアにも華やかさが反映され、透け感のあるボディコンシャスなセットアップや洗練されたブラックタイ仕様のスイムウェアなど、現代の「ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)」を体現している。

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Image by: Courtesy of Gucci

スパイク・ジョーンズによる短編映画で表現したかったものは?

 「スパイクの作品は『アダプテーション』を観て以来、ずっと尊敬しています。コンセプト的に、あれは私のお気に入りの映画の一つかもしれません」と取材に対し答えたデムナは、ファッションショーではなくスパイク・ジョーンズとハリナ・ラインとタッグを組み制作した短編映画「The Tiger」をコレクション発表の手段として選んだ。

Image by: Courtesy of Gucci

 「The Tiger」には豪華キャストが集結した。デミ・ムーア、エドワード・ノートン、エド・ハリス、エリオット・ペイジ、キキ・パーマー、アリア・ショウカット、ジュリアンヌ・ニコルソン、ヘザー・ローレス、ロニー・チェン、ケンダル・ジェンナー、アレックス・コンサーニという錚々たるメンバーだ。主役のデミ・ムーアが演じるのは、グッチ インターナショナル代表兼グッチ カリフォルニア会長のバーバラ・グッチ。強さと脆さを併せ持つ彼女が、自分の誕生日を子どもたちと、先代の時代から付き合いがある大物ジャーナリストのハーロン・ウィットマン(エド・ハリス)と祝おうとする。会社(グッチ)の評判を守り、ゲストをもてなし、母親としての役割を果たすなど、あらゆることを完璧にコントロールしようと奔走する彼女。しかし、その意思とは裏腹に、祝福されるべき夜は次第に悪夢へと変貌していくという、女家長とその家族を描いた物語だ。

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 作品後半では、手違いで誕生日会のお酒に薬を混ぜてしまい、参加者たちがハイになってしまうというドタバタ劇が展開される。ここで会場では笑いが起こるのだが、実際この映画が描こうとするのは、その副作用によって露わになる人々の真実の姿だ。完璧さを追求することをテーマにした本作において問われているのは、「ファッションにおける完璧とは果たして存在しうるのか?」という問いだ。

 完璧な人間が存在しないように、身体やアイデンティティに依拠するファッションもまた完璧ではありえない。これがデムナが映画を通して伝えたかったメッセージではないだろうか。作中で投げかけられる「もし虎と一緒の部屋にいたら、あなたは何をしますか?」という問いは、まさに観る者への問いかけであり、デムナからのメッセージと言えるだろう。

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 9月25日から10月12日までの期間限定で、東京 グッチ青山などで販売されるコレクション「La Famiglia」は、メゾンの歴史に新たな一章を刻む壮大なプロローグとなる。デムナが描くグッチの新たなヴィジョンは、栄えある伝統を深く尊重しながらも、大胆で革新的な未来へと視線を向けている。このコレクションは、2026年2月に控えるデビューショーへと続く美学の礎石を築き上げるものであり、グッチの過去と未来を優美に結びつける架け橋として、新たな足跡を刻むことだろう。

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FASHIONSNAP ディレクター

芳之内史也

Fumiya Yoshinouchi

1986年、愛媛県生まれ。立命館大学経営学部卒業後、レコオーランドに入社。東京を中心に、ミラノ、パリのファッションウィークを担当。国内若手デザイナーの発掘と育成をメディアのスタンスから行っている。2020年にはOTB主催「ITS 2020」でITS Press Choice Award審査員を、2019年から2023年までASIA FASHION COLLECTIONの審査員を務める。

最終更新日:

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