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元ギャルソンのグラフィックデザイナーがファッションデザイナーに転身 作るのは"フィギュアと人間のための服"

 「クードス(kudos)」と「スドーク(soduk)」が行った初めてのランウェイショーで、デッサン人形のようなフィギュアがいくつか登場した。フィギュアの正体は、その名も「Helsドール」。手掛けたのは、「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」で約7年間グラフィックデザイナーを務めていた出口壮夫だ。出口は今年の春にコム デ ギャルソンを退社。岸田周と共に株式会社ホールグレイを設立し、新たに自身のブランド「ヘルス(HELS)」を立ち上げた。ヘルスのコンセプトは一風変わっており「人間とフュギュアのためのブランド」と謳う。

 出口はインタビュー中「ファッションに対する苦手意識がずっと薄らとある」と何度か口にした。ファッションへの苦手意識を持った人物がなぜ、ファッション業界の扉を叩き、その後グラフィックデザイナーからファッションデザイナーとして"人間とフィギュアのためのブランド"を運営するのに至ったのか。

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出口壮夫
 1988年生まれ。文化服装学院、文化ファッション大学院大学(BFGU)卒業後、デザイン事務所勤務を経て株式会社コム・デ・ギャルソンに勤務。フリーランスのグラフィックデザイナーとして、コム デ ギャルソンやヨウヘイオオノ、クードスなど様々なファッションブランドへグラフィックを提供している。
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ファッションの苦手意識を持った人物がなぜファッションの道を選んだのか

出口さんはコム デ ギャルソン(以下、ギャルソン)のグラフィックデザイナーとして約7年間勤務されていたと聞きました。

 グラフィックデザイン専門の部署に所属していました。仕事内容としては、テキスタイルや店舗のヴィジュアル、広告のほか、DMなどの紙媒体のデザインまで幅広く担当していました。

小さい頃からファッション業界への憧れはあったんでしょうか?

 それが全く無くて。小さい頃から服やファッションが好きだったというエピソードがあるわけでもなく。服飾専門学校に進学する前後も、ギャルソン在籍時代も、現在もファッションに対する苦手意識をうっすらと持っています。だからこそ、グラフィックでファッションに携わることを選んだのかな、と。

ファッションに対する苦手意識とは具体的に?

 私は理屈がないと手が動かせないんです。一方でファッションは「なんだかイケている」という風にあまり理屈的ではないセンスや気分の要素で占められる部分が多く、そういったものがなぜ人々を魅了するのか、その理由がわからないんです。多くのデザイナーが持っているセンスというものは、訓練して得られるものではないと思っています。私が「ファッションが大好きだ!」という幼少期を過ごしていたら理解できていたのかもしれませんが、私は突然ファッションの扉を叩いてしまったので、そういう先天的なセンスを持っている人に対するコンプレックスがあるのかもしれません。

ギャルソンが追求する「新しさ」を担うためには、理屈では説明できない、感覚やセンスも問われるのではないでしょうか?

 ギャルソンのものづくりは、ちゃんと理屈があるし、ストーリーもあるし、言いたいことが明確なんです。川久保さんから伝えられた抽象的なイメージを具現化していくんですが、言語化がされていないだけで抽象的なイメージは常にあります。Tシャツ1枚をとってみても「なぜ、このデザインになったのか」という理屈がある。明確な考えを持ち、ものを作ることが私の得意分野だったので、そういう意味ではギャルソンのものづくりはすごく私には合っていました。

クードス/スドークの2023年春夏コレクションで登場した「Helsドール」
クードス/スドークの2023年春夏コレクションで登場した「Helsドール」

ファッションへの苦手意識がありながらも、なぜ、ファッションの専門学校である文化服装学院(以下、文化)への進学を選んだんでしょうか。

 大学への受験勉強を投げ出して、ファッションの道へ逃げ込んだというのが正直なところです。ファッションに限らず、「デザイン」を仕事にしたいという志を何となく持っていたんですが、在籍していた高校も一般的な進学校だったし、受験期になって「小さい頃から何かものを作るのは好きだったな」と思い返しても下準備ができていないから、今更美大に行く選択肢もなかった。だからといって勉強についていけている訳でもなく、四年制の一般大学に進学するイメージも持てなかった。つまり、逃げ込み口としてファッションを選んだというだけなんです。タイミング的に残された選択肢がファッションしか残っていなかったくらいの理由で、あまり意識的にファッションを選んだとは思っていません。

 文化を選んだのも「学校の名前が漢字だからチャラくなさそうだな」「卒業生にNIGO®さんがいるな」程度だったと記憶しています。工科基礎科を選んだのも2年次になればアパレルデザイン科という「デザインができそうな学科に行ける」と思ったからです。何も考えていなかったんですけど、結果的に私という性格に合っている学校、学科だったなと思っています。

ギャルソンへの強いこだわり

文化を卒業した後は?

 技術的にも経済的にも、自分のブランドを持つという気持ちは持っていませんでした。ただ、アパレル企業に勤めるにしてもギャルソン以外の会社に勤めるイメージが湧かず、パタンナー職へ応募しましたが失敗に終わりました。

ギャルソンへの入社試験を落ちた後は?

 八方塞がりですよね。次点で興味があったグラフィックデザインを勉強し、グラフィックデザイン事務所に勤務し、基礎的な体力をつけました。一度は、ファッションの道を離れてグラフィックの道に進みましたが、グラフィックの分野においてもギャルソンの仕事は様々な媒体で特集されていましたし、ファッションとは別の角度で見ても、魅力的な会社だ、という考えは変わることがありませんでした。

どうしてそんなにギャルソンにこだわっていたんでしょうか?

 きっかけは、服のことがよくわからないまま文化に入学した1年次に受けた授業でギャルソンの1997年春夏コレクション「ボディミーツドレス、ドレスミーツボディ」の映像を見たことです。ファッションのことを何も知らなかった私にとって、その衝撃は計り知れないもので「服でこんなことをしてもいいんだ」と。ほとんど宗教にハマったような感覚でした。

ギャルソンで得た学び、経験を挙げるとしたら、なんと答えますか?

 デザインの感覚については全てギャルソンで学んだと思っています。「新しさ」を第一に考える会社だったので、出来不出来を度外視して「新しさ」のある選択肢を選んで進んでいく強い姿勢は、今でも染み付いています。それに、ギャルソンのようなスケール感で仕事ができたことは自分の人生において何にも代え難い経験です。

 もし「ヘルス(HELS)」の構想が突然思い付かなければ「一生ギャルソンがいい」「このままずっとギャルソンの服作りに携わっていたい」と思っていたほどです。でも、思いついた時に「これはギャルソンではできないな」と。新しい試みで、これをやるなら中途半端な形じゃなくてちゃんとやらなきゃいけないなと思ったんです。

グラフィックデザインとファッションの関係性

出口さんのギャルソンでの主な仕事は、二次元的(平面)なグラフィックを三次元的(立体物)な服というものに落とし込むことだったかと思います。グラフィックデザインは一見ファッションからは遠いという見方もあるかと思いますが、服とグラフィックデザインにはそれぞれどのような親和性があると考えていますか?

 考えてみたんですけど、親和性はないと思います。例えば有名なグラフィックデザイナーの作品がどんなに出来が良くても、それを服に落とし込んだものが「身に着けられるか」と問われた途端に難しくなると思います。ファッションとグラフィックは別物で、良いグラフィックができたところでそれが服と相性が良いかはまた別の問題。それは服作りにおける素材選びと同じで、時間をかけて凝ったファブリックを作ったとしても、安価で粗雑な素材の方がデザイナーのイメージに適していることは多々ありますし。

 そうはいっても、グラフィックデザイナーをやっていて一番嬉しい瞬間は服になった時。それはギャルソン時代から同じです。グラフィックデザインという物体を、ギャルソンの名前を借りアウトプットをすることがすごく面白かったです。

では、服と相性の良いグラフィックとはどのようなものなのでしょうか?

 私はファッションのグラフィックに関わりたいと強く思っているので、「グラフィックの理屈でグラフィックを作らない」ということはとても意識をします。参照するべきはグラフィックデザインの歴史ではなくファッション的に新しいかどうかで、ファッションの歴史をしっかり理解すべきだとも思いますし。

 しかし基本的にファッション、特に服は、最終的にとてもパーソナルな問題と向き合うことになります。だからこそ、モチーフ選びを変えるだけで商品の売り上げが変わったり、 下手なグラフィックの方が荒削りでカッコいいという評価になることもあって、その理屈はまだ私自身、掴みきれていません。そんなアンコントローラブルなところにファッションのグラフィックのダイナミズムがあると思っています。親和性を探すのは難しいですが、デザイナーの意思を汲み取りながら、ファッションという営みに対してグラフィックはどの程度寄り添えるかを意識して仕事をしています。私がファッションの勉強から出発したグラフィックデザイナーであるからか、グラフィックでデザインの妙を作れるかという部分に魅力を感じます。

左)「ヨウヘイオオノ」2023年春夏コレクションで発表された出口が手掛けたグラフィックデザイン 右)「クードス」/「スドーク」2023年春夏コレクションで発表された出口が手掛けたグラフィックデザイン
左)「ヨウヘイオオノ」2023年春夏コレクションで発表された出口が手掛けたグラフィックデザイン 右)「クードス」/「スドーク」2023年春夏コレクションで発表された出口が手掛けたグラフィックデザイン

出口さんの今までのクライアントワークなどを拝見していると、シンプルなデザインが多いと感じました。

 個人的なデザインの志向としては、思い切りのあるデザインを目指しています。「強調と延長」「言いたいことを1つだけ簡潔に」という視点を意識しているので、それが「シンプルだ」と思ってもらえた所以かもしれません。

 ただファッションブランドとの仕事は、グラフィックデザインだけでは完結しないことがほとんどです。メインは服やブランドの世界観なので、最も重要視していることはデザイナーの考えに対してグラフィックがしっかりとショーアップできているかという点です。自分が何をやりたいかというよりも、デザイナーがみせたいと思っているものを汲み取り「こういうことですか?」と思い切って提案する。それがシンプルさに繋がっているのかもしれませんね。

出口が手掛けたグラフィックデザイン
出口が手掛けたグラフィックデザイン

ブランド「HELS」、コンセプトは"人間とフュギュアのためのブランド"

ファッションブランド「HELS」では「人間とフュギュアのためのブランド」とその対象を人間だけにとどめなかったのはなぜですか?

 ブランドの構想としては、最初にフィギュアがあったのではなく、何かファッションのフィールドを少しでも広げうる活動をしたいという考えが出発点です。そして、ファッションとの距離に関わらず、広いジャンルの人たちに興味を持ってもらえるための仕掛けとして「ヘルス」を作りました。

ファッションとの距離に関わらない広いジャンル、とは具体的に?

 個人的な経験として、着る/着ないに関わらず、ただ欲しい服/物体として持っておきたい服というのはあると思うんです。例えば、好きなサッカー選手のユニフォーム、キャラクターショップやお土産屋さんで売っているTシャツなど、他人からしたら「なんでそんなものが欲しいの?」と思われるかもしれない服でも、それは個人の問題として「欲しいもの」になる。その欲求は、洗練されたファッション志向とは別の尺度にあるモチベーションで、欲求の内容がどうであれ、十分ファッション足りうるという気持ちがありました。

 もう少し直裁に言ってしまえば、モードの中ではファッションは洗練さを目指すものだとされていますが、ファッションを「得意/不得意」で捉える私のような苦手意識のある人だってファッションをやっているんですよね。そういう風に見ればファッションのフィールドはすごく広いと思うんです。

 この考えを強調するための仕掛けとして「人間がフィギュアと同じファッションをする」という、ファッションをグッズ的に扱うブランドという構想を組み立て始めました。構想として最初から一貫して目指している方向性としては、ファッションに対するライトさです。ファッションとの距離に関わらず、広いジャンルの人たちに興味を持ってもらえることが理想で、「Helsドールが着ているから自分も着てみようかな」と、服に袖を通す理由を一つ追加することを目指して、わざわざフィギュアを介しています。着せ替え人形という仕掛けを用いれば、フィギュアと同じコーディネートをすることが目標ではなくて、フィールドを広くできるのではないかと考えたんです。

たしかに、単純に自分自身がミニチュア化したかのような感覚を覚えたり、自分の分身に自分と同じような格好をさせたいという考えも、ごく自然に生まれる気がします。

 大それたことを言えば、自分と同じファッションをしたフィギュアが存在しているということによって「人間はどうしてファッションをするのか」という初歩的な、しかし切実な問いに直結するのではないかと期待を込めています。

ファッションデザイナーとしてブランド「ヘルス」を手掛けていますが、グラフィックデザインを生業にしていたからこそ目指しているクリエイティビティはありますか?

 先ほども触れたように、グラフィックデザインとファッションデザインは異なるものだと感じていますが、グラフィックデザインの理屈をもっとファッション落とし込むことができるのではないか、と思っています。ヘルスはプロダクトっぽい意識を持って、企業のロゴデザインやタイポグラフィーの考えを参考にしていますが、そういったグラフィックデザインを学んできた中で培ってきた知識は応用できるのでは、と。

では具体的にブランドコンセプト「Fashion to wear with it, Hels.(Helsドールと一緒に)」に沿った、人形とフィギュアのための服とはどのようなデザインだと考えていますか?

 Helsドールが人間のように様々な服を着られることが一番良いので、プロダクトデザインであるか否かというのを意識しています。ここでのプロダクトデザインとは「普遍性」と言ってしまうと簡単なのですが、デザインが邪魔をしてしまい、ファッションとの距離が遠い人が着づらくなることを避けたいという意味です。

 重複になりますが前提として、必ずしも人間とフィギュアが同一のファッションをすることを想定している訳ではなく、Helsドールというフィギュアを着せ替え人間として設定することで、実生活においても着せ替え人形のようにライトな感覚でファッションを楽しむ視点を加えたいと考えています。「人間もフィギュアも"着こなす服"」と思ったことはありません。同じデザインの人間用とフィギュア用の服をどちらも作っていますが、お揃いで着ることをゴールとしているわけではない。人間用とフィギュア用、どちらも用意があることがポイントなのです。極論を言ってしまえば「ユニクロ=ファストファッション」「スーツ=社会的な地位がある人」というような社会的な記号がついていない、なんでもない服を理想としています。

デザインしないことをデザインする、ということでしょうか?

 「デザインで勝負をしたくない」と言ったらファッションブランドの営みとして逃げている感じがするんですが、わかりやすく言うと「デザインを諦めた」という感覚に近いです。私の周りには既に素敵なデザイナーがたくさんいるし、学生時代にも服も作りましたが「自分は誰かを素敵にできるような服を作れない」「他のブランドのようにデザインで勝負をすることはできないな」と。そう考えた時に、自分が今持っているものでファッションブランドを成立させるためにヘルスを作りました。本来のファッションとは、それくらい簡単なものでいいし、簡単な服でも喜ばれるようにしたいから、わざわざHelsドールを作ったんです。デザインとしては簡素なものだけど、プロダクションデザインとして強固なものの方が着ることは難しくないと思うんですよね。

Helsドールと名付けられたフィギュアは青とグレーの2色展開で、どちらかといえばのっぺらぼうな印象を覚えます。

 没個性という個性を持ったフィギュアを作りたいというイメージを当初から一貫して考えていたので、「のっぺらぼう」をいうのはフィギュアを設計する上で最も重要視したポイントです。 バービー人形のような「バービー」というキャラクターを前提とした着せ替え人形とはコンセプトが似ているようで全く違います。Helsドールは服のためのフィギュア。なので、フィギュアそれ自体に個性を持たないように考えました。ボディカラーが青とグレーなのも、キャラクター性から距離を取るため。人間らしい肌の色をラインナップしていないことも、同じ考えによるものです。

ブランド名やフィギュアにも名付けられている「ヘルス(HELS)」の由来は?

 healthの綴り違いです。フィギュアに関して言えば「人間」というキャラクターなんです。のっぺらぼうのアバターに「健康」と名付けると軽げで心地が良いな、と。

ヒューマノイドフィギュアを扱っていると、メタバースをはじめとするバーチャルな世界観を想起してしまいます。

 たしかに、Helsドールの参照元として人型汎用ロボット「テスラ・オプティマス」や、古くは「アシモ」の雰囲気を踏襲しているので、バーチャルやSFから発想したアイデアとも言えます。しかしそのアウトプットは、物理的なフィギュアを含んだブランドですから、一見時代に逆行するように思われるかもしれません。

なぜインターネット上の「アバター」ではなく、あくまで実態を持ったフィギュアを選んだのでしょうか?

 私個人としては、新しいテクノロジーが新しい表現を生むと信じているので、時代の趨勢を意識しながら「どんなにバーチャルが発展してもやはりファッションはフィジカルなもの」という点を頼りに、「着る」ことの新しさをブランドとしては探っていきたいと考えているからです。強調したいのは「ファッションの面白さ」なので。

「現実世界に存在するあらゆる服のHelsバージョンを販売することを今後のブランド展開の一つの柱とする」というフィロソフィーに基づく取り組みの第1弾として、クードスとコラボしました。

 Tシャツ以外にも、「クードス(kudos)」と「スドーク(soduk)」の2023年春夏コレクションのショーにも、Helsドールを登場させていただきました。他のブランドとコラボする理由について、Helsドールを自分の分身とするならば別のブランドの服を着ることは「自分がクードスの服を着る時と同等の気持ち良さ」があり、このロジックのためには、ヘルス以外の服のバリエーションが揃っている方が、より効果的であると考えたためです。

 また、ヘルスのオリジナルアイテムには、制服やマニュアルを好むような普遍的なファッションスタイルをデザインの根底に持っています。でも本来ファッションはもっと自由なものですよね。なのでHelsドールに関しては、他のブランドの服を着られることが、ブランドとしての広がりに繋がるかな、と。Helsドールは「人間」という名前のキャラクターということにしているので、役割はミッキーマウスと同じです。ずっと同じ服を着ていてもいいし、イベント用の衣装に着替えてもいいし、着替えること自体に価値や意味があると考えています。

ブランド「ヘルス」の次の展開を教えてください。

 着せ替えを楽しめる程度のバリエーションや型数を増やさなければ、コンセプトが正しく伝わらないと思っているのでこの先の展開を考えていますが、スピード感で言えば、 例えば、車の新車発表のようなサイクルに興味があります。

従来よりもスローなファッションサイクルを目指す?

 そうですね。もっと言ってしまえばニュートラルなプロダクトデザインのような見せ方をしたい。新車発表で例えるなら、開発があり、完成したらその車を売りながらマイナーチェンジなどのアップデートを繰り返し、発表から2年後にもその車を購入する人がいる。このサイクルがファッションビジネスとして成立するのかは模索中ですが、そのくらいのペースでブランドが運営できると理想です。

 現在のファッションブランドは「デザイナーの今シーズンの気分」というものを形にしていくのがセオリーです。しかしおそらく、1年後にはデザイナーの考えも変わり、同じコンセプトで同じようなものを作りたいとは思わないですよね。ただ、勘違いしてほしくないのはファッションショーに代表される「あの瞬間のために作ったもの」というのは魅力的であるし、私が今まで言ってきたものとは全く別物で、そこにもファッションの面白さはあると思っています。一方で「この特定のモチーフを使いながら、新しいものを作る」というのはやり尽くしていそうで、全然やり尽くされていないな、と。なので、営みとしては普遍的で「いつでも販売することもできるし、着ることもできるデザイン」を目指したい。「それをずっと使い続けることができるのか」という長いスパンを成立させるのがグラフィックの理屈です。それをファッションに取り込むことができたらいいなと考えています。

(聞き手:古堅明日香)

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