日本発祥のヘアスタイル「姫カット」が海外で人気を集めている。その人気は、英語版ウィキペディアで「Hime cut」という項目が生まれるほど。グラミー賞で話題になったハイム(Haim)や、ガールズグループ トゥワイス(TWICE)のモモなどの海外セレブや著名人たちも姫カットを楽しんでいる。ファッション業界に目を向けると2021年春夏コレクションの「プラダ(PRADA)」や、2020年春夏コレクションの「セリーヌ(CELINE)」でランウェイを歩いたモデルにも姫カットが見られた。そもそも姫カットはどのような変遷を辿り、ある種の定番とも言えるそのヘアスタイルの地位を築いたのか。ヘアメイクアップアーティストでヘアメイクスクールSABFAの校長も務める計良宏文氏に、歴史的かつ年代ごとのファッショントレンドの視点から解説してもらった。
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そもそも姫カットとは、両サイドをブラント(直線上)に切り揃えた左右対称のカットライン、通称「姫毛」を含む髪型そのものを指す。姫毛とは、前髪の両サイドにかけておろす髪を頬から顎先にかけて短くカットした毛束のことで、不揃いではなく切りそろえられていることが特徴。つまり姫カットとは、直線上に切り揃えられた左右対称の姫毛を含めた髪型そのもののことを指す。逆に言えば、不揃いかつ細い毛束は「おくれ毛」と総称され、ウルフレイヤーカットや、シャギーカットなどで見られる不揃いなカットラインは似て非なるものだと計良氏は説明する。
例えば、スーパーマリオブラザーズシリーズのピーチ姫は、サイドの髪の毛が切りそろえられていないことから「姫カットではない」と言えます。
姫毛・姫カットの発祥は今から約1200年前の平安時代、女性が成人になった証として行われていた「鬢削ぎ(びんそぎ)」と呼ばれる儀式にまで遡る。平安時代では美しい黒髪を伸ばし続ける「垂髪(すべらかし)」の文化が根づいており、16歳になると鬢(もみあげ)を短くすることが大人の嗜みとされていた。計良氏は「髪が肩につかないようにする『尼削ぎ』や『振分け髪』と、前髪を一直線に切りそろえる『目刺し』を組み合わせると、現在で言うところの『おかっぱ頭』になる。これが日本人形の原型である」と説明する。
鬢削ぎが、皇族や貴族など所謂「お姫様」と呼ばれる女性が行う儀式だったことから"姫"というキーワードを用いた名称「姫カット」へと発展していったのではないでしょうか。皇族の文化である鬢削ぎと、一般階級の女性が行う尼削ぎや目刺しがミックスされる形で、現在の「姫カット」「姫毛」は生まれたと考えられます。
また鬢削ぎが発展する形で、江戸時代には舞妓などに見られる、ふんわりと髪をまとめ上げた「吹輪」と呼ばれる結髪が流行。おくれ毛の一種である「愛嬌毛」が特徴であることから計良氏は「垂れた髪の毛をスパッと切ることで愛嬌を感じ、おくれ毛=愛嬌がある/可愛らしいという日本特有の文化と価値観が形成されたのでは」と分析している。
そんな平安時代を源流とする姫カットが日本国内で最初に流行したのは1970年代。当時人気だったアイドル麻丘めぐみを発端として「お姫様カット」という愛称で親しまれたが、その仕掛け人は現在に至るまでわかっていないという。計良氏は当時流行していたファッションスタイルに着目する。
1970年代は、1960年代に流行したボヘミアンスタイル、ヒッピースタイルを引き継ぐ形でオールインワンやベルボトムなどの緩めのカジュアルスタイルが流行していました。そんな中で中心となっていたヘアスタイルが2つあります。1つは、ストレートのロングヘア。もう一つはサーファーカットと呼ばれている、サイドの髪の毛にレイヤーを入れ外側にひっくり返すヘアスタイルです。この、サーファースタイルにも見られるサイドの髪の毛を、段差を入れずに一直線で切りそろえる"アレンジ"として、姫カットが生まれたのではないでしょうか。
また、1970年代から少し時代を遡ると、1960年代にはヘアドレッサーであるヴィダル・サスーンがヘアカットの歴史を変えたことで知られている。計良氏はサスーンの功績を「それまでは、スタイリングレザーを用いて削ぎ切りする時代だったが、ハサミを使ってヘアカットをし始めたのがサスーンだった」とし「サスーンがハサミで作るカットデザインとして提案したものが、前髪ももみあげもバツっと切りそろえた日本におけるおかっぱ頭を彷彿とさせるものだった」と続ける。つまり、70年代に流行したサーファーカットと、60年代にサスーンが切り開いたシザーカットで作り上げるもみあげを一直線に切りそろえるヘアスタイルが組み合わさることで、現在の姫カットが生まれたというのだ。計良氏の考えを裏付けるかのように1970年代の海外に目を向けると、「ギッシュ」と呼ばれているヘアスタイルが流行。当時アメリカの国民的歌姫だったシェールのトレードマークでもあった。
ギッシュとは、もみあげの髪の毛だけを指すので姫カットとは異なるものです。つまり、頭頂部の髪の毛にレイヤーが入っていても、もみあげの毛がカットされていればそれは「ギッシュである」ということができます。
姫カットの場合は頭頂部の髪の毛がワンレングス。長さが揃ったまま毛先がパツッと切られています。
麻丘めぐみのほかにも、1970年代当時注目を集めていた漫画「うわさの姫子」の主人公梅宮姫子や「キューティーハニー」の如月ハニーもお姫様カットに近しいヘアスタイルをしていたが、計良氏は「梅宮姫子やキューティーハニーも正確には姫カットではない」とし「ギッシュと呼ばれる髪型なのではないか」と考察した。
「お姫様カット」と呼称し始めたのは日本ですが、ヘアカット自体は海外でももちろん存在していたと思います。
また、1970年代に流行した漫画やアニメなどでギッシュスタイルが多く見られることから、姫カットとの関係性が全くなかったとは考えづらいでしょう。つまり1970年代というのは所謂「姫カット」と呼ばれるものが初めて注目された時代でもあり、また同時に定義が混在し、複数枚の層によって形成されていた時代とも言えます。
計良氏は「その後の1980年代に世界で活躍した日本のトップモデル、山口小夜子も姫カットをしている」と指摘する。計良氏は「山口小夜子が同ヘアスタイルをトレードマークに世界で活躍したことが『アジアンビューティ=黒髪ロングの姫カット』というイメージの定着に一役買ったのではないか」と分析。また続く、1990年代にはドール文化やロココ文化を内包するゴスロリが流行し、ヨーロッパ近世の貴婦人やブライスドールを模倣する形で、ゴスロリファッションを楽しむ人の多くが「カワイイ」の象徴として姫カットを用いた。また、アイドル全盛期時代を迎えた2010年代には、小顔効果のある厚い前髪と姫毛で子どもっぽさを演出する目的で、AKBグループなど多くのアイドルが姫カットのヘアスタイルを好んだ。
平安時代の「愛嬌=姫毛」という考えに「鬢削ぎ」と「目刺し」を加えたおかっぱ頭は、1970年代の麻丘めぐみを経て"お姫様カット"の名称で「かわいいデザイン」として発展した後に、山口小夜子を通し「姫カット=かっこいい、潔い強さがある」アジアンビューティの象徴として進展。その後、ゴスロリにみられる「自分らしさを貫くスタイリング」のシンボルとしてさらなる進化を遂げる一方で、アイドル文化によって姫カットは再び「幼さ」「可愛らしさ」を増長させるものとして現代に根付いた。
日本国内から脈々と続く姫カットは、長い時間を掛けて、アジアンビューティとしての「かっこよさ」とアニメやアイドルなどで形成された「可愛らしさ」を兼ね備えるものとしての地盤をグローバルで形成してきた。姫カットの契機から約1200年。姫カットの新たな展開に期待が高まる。
(企画・編集:古堅明日香)
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