藤原ヒロシ、エリック・ヘイズ
IMAGE by: FASHIONSNAP
ビルの壁や高架橋などで時折見かけるグラフィティ。その多くは所有者の許可なく描かれたヴァンダリズム(故意に破壊や損傷、落書きする行為)であり、器物損壊にあたる犯罪行為として世界中で問題視されている。しかし、グラフィティを通して社会的/政治的問題に声を上げるバンクシー(Banksy)のように、その全てをネガティブにカテゴライズしてしまうのはいささか強引だろう。
そもそも“壁に図像を描く”という行為は数千年前から見られ、特にアメリカでは壁の向こうから長い鼻を垂らした“キルロイ参上(Kilroy was here)”を例に、1800年代から“公共物への落書き”が一種の大衆文化として根付いてきた。そして、現在のようなスプレーやフェルトペンなどを用いるグラフィティは、DJとブレイクダンス、MCと共にヒップホップ文化を構成する4大要素の一つとして、1970年代にニューヨークのダウンタウンで始まったとされている。このグラフィティ黎明期を支えた人物として、ジャン=ミシェル・バスキア(Jean-Michel Basquiat)やキース・ヘリング(Keith Haring)らと共に真っ先に名が挙がるのが、エリック・ヘイズ(Eric Haze)だ。(文:Riku Ogawa)
1961年生まれで現在61歳のエリックは、ニューヨーク生まれニューヨーク育ちという生い立ちから10代前半の頃よりグラフィティ・ライターとしての活動をスタート。初期の頃は「SE 3」と名乗り、バスキアやキース、フューチュラ(Futura)らとニューヨークでの“ボム(街中にグラフィティを描くこと)”に明け暮れた。その後、活動領域を広げグラフィックも手掛けるようになると、そのストリートマインド溢れるレタリングと共にヒップホップシーンを中心に支持を集め、ビースティ・ボーイズ(Beastie Boys)、パブリック・エナミー(Public Enemy)らアーティストのロゴやジャケットなどを数多く制作。さらに、1993年にはアパレルブランド「ヘイズ(HAZE)」を立ち上げファッションシーンに参画し、「ナイキ(NIKE)」や「カシオ(CASIO)」「ステューシー(STUSSY)」とコラボを成功させた、まさにリビングレジェンドだ。
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そんなエリックは、12月25日まで日本初の大規模個展「INSIDE OUT」をレイヤード ミヤシタパーク(RAYARD MIYASHITA PARK)3階のギャラリー「SAI」で開催している。同展では、限定アイテムとして藤原ヒロシが手掛ける「フラグメント(fragment design)」とのコラボアイテムを販売しているのだが、これは30年以上前に紡がれたエリックと藤原ヒロシの友好関係から実現したという。四半世紀以上ぶりに対面した二人に、出会いの経緯や藤原ヒロシがモチーフのペインティング作品などについて話を聞いた。
―まずは、2人の出会いから教えていただけますか?
エリック・ヘイズ(以下、エリック):30年ほど前に、ロンドンのマイケル(ステューシー UKの中心人物で、ロンドンのストリートカルチャーのキーパーソンとして知られるマイケル・コッペルマン)を通じて知り合いました。私が初めて来日した際、ヒロシにウェルカムパーティーを開いてもらったんです。
藤原ヒロシ(以下、HF):1980年代にキース・ヘリングが自らのアイテムを中心に取り扱う「ポップショップ(POP SHOP)」というお店をニューヨークで開いていて、そこで発見したTシャツがエリックのデザインしたものでした。Tシャツから彼の存在を知り、当時はインターネットがないので全然素性を調べられなかったものの、どうやら音楽レーベル「トミー・ボーイ・レコード(Tommy Boy Records)」や「デフ・ジャム(Def Jam)」所属のアーティストのロゴなどを作っている人物だと判明し、「すごい人なんだな」と。マイケルに紹介してもらったタイミングで「グッドイナフ(GOODENOUGH)」のTシャツのデザインをお願いしました。
―人伝ではなく作品先行の出会いだったんですね。
HF:キースのお店でTシャツを買ったのが最初のきっかけで、今回展示されているペインティング作品で僕が着ている“HAZE”のグラフィックTシャツが当時購入したものです。
―このペインティング作品は、何かのエディトリアルフォトがベースなのでしょうか?
エリック:1991年に雑誌「キューティー(CUTiE)」のために撮影されたもので、ヒロシがポップショップで発見した僕のTシャツを着てくれているというストーリーもあって、当時からずっとフォトコピーを持っています。
―藤原ヒロシさんにとっても思い出深い写真ですか?
HF:それが、あまり覚えていないんですよね(笑)。
ー改めて、今回の個展について説明していただけますか?
エリック:タイトルが「INSIDE OUT」であるように、今回展示されている作品では私の心や頭の中、感情といった“INSIDE”を表現しました。というのも、5年ほど前から他人の人生に凄く興味を持つようになったんですが、私たち一人一人の人生は互いに影響し合いながら全て繋がっているんです。私はこれを“集合意識(Collective consciousness)”と呼んでいます。
この考え方が、アーティストとしての仕事への向き合い方と人生観そのものを大きく変えました。入り口からすぐの部屋に展示している作品は全てパンデミック期間中に描いたもので、あの頃はこれまで経験したことのない不思議な時間でしたが、私たちの人生において何が本当に大切なのか、考えさせられるきっかけになりました。ヒロシも共感してくれると思いますが、歳を重ねるごとに「時間は限られたものだ」と感じることが多くなったんです。若い時はずっと生きていられるような、世界は自分たちを中心にまわっているような、そんな感覚でした。でも年を重ねると友人のことを思いながら……ね。
HF:友人が亡くなることも多くなるし、本当に今日こうして生きて好きなことができるのはありがたいことだと思えます。
エリック:毎日そういったことを考えているような気がします。だから今回展示しているペインティング作品は友人や一緒に仕事をしてきた人たちなど、今までの“自分史”に対するラブレターのようなつもりで描きました。私はアートとして作品を作りますが、私がこの世からいなくなっても地球が存在している限り遺したアートは生き続ける。アートの本質的な部分ですよね。私がいつかいなくなった時に、アートとして何を遺すことができるのか。
キースやバスキア、彼らがいたニューヨークの日々が昨日のことのように思えますが、亡くなった友人を思うと時間の尊さと限られた時間で何ができるか、彼らの分まで「今の自分に出来ることを全うしなければ」と考えさせられます。ヒロシとのコラボも同じ考え方で、私たちは長い間会えていませんでしたが、良い友人関係にあると思っています。特に、共通の友人であるキースが亡くなった時、“キースの思い出と魂を繋いでいく”という共通の信念が生まれ、ヒロシとの絆が深まったような気がしました。そういった観点から、過去のグッドイナフでのコラボや、今回のフラグメントとのコラボは、“キースの魂を遺す”という意味合いも強いと思っています。
HF:ありがとう。エリックが東京で個展を開くと耳にし、僕の友人たちが何人もサポートに携わっていたので、「僕も一緒に何かできることがあれば喜んで」という思いからフラグメントとのコラボアイテムを製作しました。
エリック:私にとって今回の個展は、フルサークル(原点回帰)のようなもの。久しぶりに来日し、日本で友人たちとまた一緒に仕事ができたこと、そして、ヒロシとまた一緒にコラボできたことは何よりも感慨深いですね。
―今回のコラボは、冒頭で話していたグッドイナフ以来、約30年ぶりになるんでしょうか?
HF:そうだと思います。彼がカリフォルニアに移住した際に連絡先を失ってしまって、しばらく連絡が取れなかったんですよ。全然会えておらず、こうして対面するのも久しぶりですが、彼がナイキとコラボした「ダンク(DUNK)」などはチェックしていましたし、活動はずっと追いかけていました。
―既に次なる再タッグの計画を練っていたりしますか?
HF:何かあればしたいですが、30年ぶりに会ったばかりなので(笑)。
エリック:一緒に何かやりたいとは思っています。2023年は初来日から30周年なので、スペシャルなことが実現できればうれしいですね。
―最後に、エリック・ヘイズさんにとってHFさんとは?また、HFさんにとってエリック・ヘイズさんとは?
エリック:物事全体の捉え方だったり、感性が素晴らしい人という印象です。ヒロシは、周知の通りインフルエンシャルな存在として、何十年にもわたってカルチャーに携わり続けている。これは本当に凄いことなんですよ。例えば、素晴らしい作品を作るのと、素晴らしい作品を常に作り続けることは全然違いますよね?そういうことです。
HF:エリックはマスターマインド的な存在というイメージがあり、「これもそうだったのか」と僕が若い頃に見ていた格好良いロゴを、彼が手掛けていたと後々知ることが多々ありました。当時(1980年代)は、アップル(Apple)のPC「マッキントッシュ(Macintosh/Mac)」でグラフィックを作るよりも前の時代なので、大先輩ですね。というか、僕がグッドイナフを始めた時(1980年代後半)ですらマッキントッシュはまだ無かったくらいなので。
エリック:今のようにコンピューターが発達する前の、“全くコンピューターを使わずに手作業で作品を作っていた最後のアナログ・アーティスト世代”ですからね。私はアーカイビスト(Archivist)なので、スケッチからドローイングまで今まで作った全作品のアーカイヴを保管しているのですが、実は2023年にアーカイヴ本を出そうと企んでいます。今の世代のアーティストたちからすれば考えられないような、興味深い内容になるはずです。楽しみにしていてください!
■個展概要
会期:2022年12月9日(金)~12月25日(日)
会場:SAI
住所:東京都渋谷区神宮前6-20-10 RAYARD MIYASHITA PARK South 3階
時間:11:00〜20:00(無休)
電話:03-6712-5706
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