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“完成品”に鋏を入れる勇気が導く先 「ケイスケヨシダ」の冷静で狂気的な変身

IMAGE by: FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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“完成品”に鋏を入れる勇気が導く先 「ケイスケヨシダ」の冷静で狂気的な変身

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 非常に大胆で感情的、しかしその内側には極めて冷静な熱がある。直近数シーズンのムードに通じる紛れもない“ケイスケヨシダっぽさ”を漂わせながら、どこかその印象とは異なる荒々しい感情と、しかし決して粗雑ではない何かがある。

 何かが違うと肌で感じ背筋を伸ばす、思い返せばその時すでに吉田圭佑の「狂気」に胸を打たれていたのかもしれない。「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」2025年春夏コレクションに感じた「新しさ」は、ショーを終えた吉田の言葉を聞いて確信に変わった。

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自分史を手放して、冷静の奥で出会った「ファッション」

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 「ケイスケヨシダ(KEISUKEYOSHIDA)」のクリエイションは、2023年秋冬コレクションを契機に明確に勢い付いた。そして、初めてパリでルックを撮影した2024年春夏から母校を舞台に発表した2024年秋冬へと進化を遂げる。この3シーズンに共通した姿勢は「自分から始まったものを、早い段階で手放し、遠くに投げる」こと。それまで9年間「自分史」を掘り下げ続けてきたことで獲得した純粋なものを足がかりに、自己と社会との関係性を俯瞰する視野を得たという。そうした姿勢の集大成でもあった前シーズンを終えて、「もはやブランドが表現する人間像やムードは容易く変化しない。揺るぎないものになったという自信を覚えた」と吉田は振り返る。

 これまでは、日々の中で発見した新しいものに着想し、コレクション毎の新しいムードを作り上げてきた。しかし、新しいムードを探すまでもなくブランドの根幹に普遍的なムードや人間像が確立されたことを受け、同コレクションでは、これまでのような刺激的なものではなく、吉田自身にとっての普遍的で「冷静」な部分の本質を辿った。

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 コレクションは、吉田がファッションと出会ってから今までの記憶や、服飾史、テーラリングの基礎に根ざした、これまでで最もオーセンティックでベーシックなコレクションで構成されていた。「自分が着たいと思って作った服の形に何も手を加えず、その奥行きに自身が信じているファッションを作っていく工程」が必要だったと吉田は話す。それは吉田の、作った服を「着たくても着られない」ジレンマに由来する「男性のメンズウェアデザイナーとしてウィメンズウェアを作っている」と言う感覚や、メンズウェアとウィメンズウェアの間にある溝を吉田自身が飛び越えるために不可欠な装置だった。

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 「自分が着たいと思って作るメンズウェアの奥には、自分の美意識が捉えるウィメンズウェアがあり、そこに自分の追求するエレガンス、さらには信じている『ファッション』そのものが存在していた」

 笑顔でそう話す吉田の言葉が今回のコレクションの全てだろう。不安と隣り合わせの新しい発見や挑戦が滲んだ感情的なコレクションには、そういった冷静の中に燃えるようなデザイナーの感動が滲んでいたように思う。

 冷静の立場に立ち、これまで着想源としてきた「刺激的なもの」から距離を取るために、吉田は元々の「日々の中の発見→ムード→人間像→シェイプ→アイテム」と言う製作フローを逆転させた。まずはブランドのキーアイテムであり、吉田自身も身に付けたいと感じるベーシックなメンズウェアを丁寧に仕立てる。刺激に惹かれないのと同様に「小手先のデザインで大胆なものを作りたくない」と思う感情に、新しいものを生み出したいと願う作家としての自我が対抗する葛藤の中、ボディにジャケットをただ掛け、ただ冷静に眺めたという。

 「ジャケットの裏地と表地の間に体を通したらどうなるんだろう」という発想で2枚の布の間に入れられた鋏は、ベースの衣服の型を崩さず、そこに新たな空間を作る。表でも裏でもないその空間に実際に身体を通すと、背面にジャケットの表地が垂れ下がり、その重みによって裏地がボディラインに張り付く。こだわって仕立てたモノの裏から現れたチープファブリックがただ肌に張り付く様はドレス、あるいはボンテージで拘束された苦しげな姿のようにも見える。そこに、2023年秋冬以降提案してきたウィメンズの狂気じみたエレガンスを見出し、その心許ない美しさや、本来見えないものが露わになる様、脆いものに見える美しさに惹かれた吉田は、美しいジャケット自体ではなく、だんだんとその裏地の表情に魅了されていった。表地と裏地の間を着るモデルの姿はまるで「脱皮」のようで、それでこそ出来過ぎなほど示唆的な変身だ。

Imaged by FASHIONSNAP(Ippei Saito)

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 吉田の心を捉えたチープファブリックは、キュプラとビスコースの混紡素材やシルクサテン、ナイロンなどの素材に置き換えられ、ジャケットを取り除いてボトムスにも派生。だんだんと元々起点となったはずのジャケットが分離し、裏地の造形が拡張されていくようにコレクションは構成されていった。細胞分裂のように固定と流動を繰り返しアイデアは拡張していく。本来隠され、肌に触れるはずの素材が外側に流れ出ていくことで新たな普遍的なシャツやトラウザーズ、ワンピースやジャンプスーツを展開した。裏地の間に身体を通して着用したジャケットは、一般的な着方をすれば原型通りのジャケットとしても着用することができるというから不思議だ。

 ショーは定番のシャツとタイトスカートに始まり、背中にジャケットを垂らしたアイコニックなスタイリングが続く。シンプルながら美しいシャツやドレスは、布の重力が静かに人体の立体感に重なり、その“裏地”の光沢感が艶やかな陰影を伴ってミステリアスな人物像を描く。モデルが歩き去った背後を見ると、脱ぎかけのようなジャケットが垂れ下がり、そこには急に人間味を含む新たな生々しさが見出される。かっちりと人間を飾るジャケットも、その内側は人の動きに合わせて裏地はシワになる。そういった生活の中のリアリティが表出するような表現は、美しく人間らしさをまとい、観衆と社会と接続する。

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 根幹を突き詰めるほどに、デザインは2023年秋冬以降に見られる、淑女的な佇まいのウィメンズと少年的なメンズのムードに自然と近づいた。そしてこのコントラストは、両者が同居する妖しげなウィメンズのムードに昇華される。これは、自身を「ウィメンズウェアのデザイナーでもある」と吉田自身が自覚できたことも影響している。スーツファブリックとレザーで仕立てられた帽子は、身近なものの一環としてリサーチを重ねたヴィンテージのハットに着想。ウィメンズアイテムとしては、淑女のイブニング帽子のように、メンズとしては制帽のようにも見える。ケイスケヨシダのウィメンズ・メンズそれぞれのスタイルにマッチすると同時に、吉田自身にとっても身近なファッションのディテールも象徴する。そうした吉田にとってのファッションの全てに通じる要素を持つこの帽子は、今回のコレクションテーマである「冷静の奥にあるもの」を象徴する要素とも言えるだろう。

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 自身から遠く離れたものから始まったコレクションがどこに辿り着くのか、予測できなかったという今回の挑戦は、パーソナリティやクリエイションの本質を改めて突きつけられる結果となった。冷静の奥行きには「狂気」や「不安」があり、その先で「また自分に出会えた」と吉田。何度も丁寧に確かめてきた足場が今、自信となって結実している。

 高い評価を受けるほど、その次への期待も高まる。新たなフェーズを目指す挑戦には毎度恐怖も不安もあるだろう。しかし、鋏を入れるという一つの行為で、どのような状態からファッションに向き合っても約10年間培ったブランドの「バイブス」は、確かな揺るぎないものになったのだと華麗に証明してみせた。

 茶目っ気と軽やかさに一抹の心細さを携えて、作り上げたものに(文字通り)思い切り鋏を入れる。その瞬間に、全ての動きが本質に向かって走り出す。これまでも吉田はブランドが作りあげてきたものに冷静に新たな鋏を入れ、新しい姿を見せてきた。内向的でありながら、ファッションに対しては必ず誠実で勇敢な吉田の姿勢は、周りの理解を得られずとも、自身の信じる「ファッション」を突き詰めることを通じて自己愛を育んだ少年時代から変わらない。ファッションへの狂気的なほどの愛と好奇心が常に彼を動かし続けている。

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 「ファッションで語りたい」と話す吉田の視線はいま海外に向いている。自分史を外れたところから始めたコレクションは、ファッションや自身の美意識を通じて社会とコミュニケーションを取りたいという吉田の考えの表れでもあった。自分のパーソナルな部分から始まるナラティブなクリエイションは、造形自体が美しかったとしても実社会のムードとのズレや違和感が発生することもある。

 ケイスケヨシダは、10周年を迎える来季から本格的にパリのショールームでのコレクション発表を開始する。その視察のために、今年6月にも一部のサンプルを携えてショールームに参加していた。ショーを終えた吉田は「自分(史)の話をしなくても、作った服そのもので海外の方とコミュニケーションをとれた実感があった。その発見や感覚は、今回のコレクションにも通じている」と、海外でも「ファッションで語る」ことができたという手応えを見せた。

 ケイスケヨシダの“モード”は世界でどのような存在感を発揮するのか、穏やかなその面持ちを頼もしく思うと共に、強い期待を寄せる。

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KEISUKEYOSHIDA 2025年春夏コレクシ

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