
Image by: FASHIONSNAP

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1990年より東京、パリなどの各都市で開催されるファッションショー及びデザイナーへの取材を続ける。雑誌『QUOTATION』のファッションディレクターを務める傍ら、新聞、雑誌に記事やコラムを定期的に寄稿。桑沢デザイン研究所非常勤講師。2019年より2021年まで共同通信社47newsにてコラム『偏愛的モード私観』を毎月更新。2014年より現在までFASHIONSNAP.COMにて短期連載『モードノオト』を寄稿。(photo by Shuzo Sato)
劈頭、この連載が尻切れになったことの弁解をしておくと、先週金曜日の正午、突発的なアクシデント(私事)が持ち上がった。予定していた残りのショー取材を凡てキャンセルせざるを得ない状況に期せずして陥ってしまった。中途で投げ出すことは、エチケット至上主義に厚い私の性質が潔しとしない。だから、せめてあと一つは原稿を納品して今季の短期連載を終えたいと思い立ち、今日、「ユェチ・チ(YUEQI QI)」2026年春夏コレクションの展示会に足を運んだのだった。ユェチ・チの作品群は少しく奇妙である。ユェチ・チは、ここ数回、東京のファッションウイークにてショーを発表しており、以前より気になる取材対象の一つとして私の胸中の帳面に記録されているブランドである。確かに、奇妙な面白さ(今季のショーの映像を見て改めて感じたのだけれど)は脳髄を刺戟してくれる。番度のことだが、私は一つの突飛な術語を思い浮かべていた。
「アナグラム」は、既存の単語や文章のなかにある文字列を並び替えて、新たに、別の意味のある言葉やフレーズを作る言葉遊びの一種である。その一例を挙げてみよう。私が敬愛する純文学作家、福永武彦は、加田伶太郎と云うペンネームのもとに、『完全犯罪』(昭和三十一年)と云う短篇集を発表している。加田伶太郎(Kada Reitarō)は、即ち「誰ダロウカ」(Taredarōka?)のアナグラムである。福永は、推理小説(犯人は誰か?)の創作に限り、この筆名を使っていた。更に、アナグラムの手法を詩作に当て嵌めるなら、詩句のなかに主題となる語を分解し、散らして嵌め込み、テクストを重層化し、複雑化する技法となる。その伝で云うと、混じり気のある詩的なもの同士を繋ぐ糸が作品群に透いて見えるユェチ・チの今季の創作には、このアナグラムの手法が活かされているな、と私は勝手に想像してみたのである。
そうした視点でじっくり見直してみると、今季の創作の神秘はスッと腑に落ちるのだ。何故なら、彼女は、前以て選び出した服地やモチーフ、服飾資材や装身具(たとえば、奇っ怪な蝙蝠の羽根を広げた黒猫やハート柄、リベットやレース、男物のシャツやパジャマ、水兵服やバイカージャケットなど)を限定して使用し、それらを意図して(ときには恣意的に)様々に入れ替え、並べ替えることで別の新しいテクスチャーを作り出したのだから。それぞれがまったく違う表情の生地でありながら、限定された共通の構成要素が通奏低音のように流れていることで、作品群に不思議な統一感が生まれてくる。それは、誰もが眼にしたことのあるアイテム(クラシックで馴染みのあるカタチ)の、誰もが見たことのない新しいバランス。詩作に於ける換骨奪胎のDNAを我流で掘り下げた、この微妙な釣り合いが、奇妙な面白さに繋がっているように思う。作者(デザイナー)の意図と、読者(受け取る側)の解釈の均衡を探る彼女の創作は、慣れ親しんだ言語のルールを踏まえつつ、その文脈を変えながら、受け手にそれぞれの物語を想起することを促し、自分自身との繋がりとか、意味を見出だす自由(余白)を我々に提供してくれる。


ユェチ・チは種々のモチーフを限定的に使う、と先に述べたが、そのくだりの「限定的」の意味合いは、作者が周到に張り巡らした創作の「糸」と大いに関連がある。つまり、手の仕事と云う経糸と、無国籍な夜会服と云う緯糸によって織られたピースは、作者の自由な解釈のもとで更なる活力を味方に付け、懐古調の夜会服の古めかしい魂は見事に解き放たれるのである。因みに、東京は鶯谷に現存する社交ダンスの殿堂「ダンスホール新世紀」を会場に選んだのは、レトロな夜会服とか、フラメンコの衣裳のイメージが彼女のなかに渦巻いていたからである。一見、相互に無関係なもの同士が、互いに関連なく存在し合っているように思えるこの創作世界が、実は、いかにたくさんの糸で繋がっているか、と云うことを理解することが重要なのであって、詩的な創作が巧く成立するか否かは、その糸が、確かに目視出来るかどうかにかかっている。


淑女と悪女。成熟した女性とあどけなさが残る女性。ロマネスクとそれに次ぐゴシック様式。手仕事の器用さとストリートの粗雑さ。ダークサイドの黒猫(本人が飼っている猫は、きっと愛くるしいのだろうけれど)と「愛」に当たる中国語の簡体字「爱」のモチーフ(レーザーカットで造形したブレードなど、至るところに散見する)。繊細な手工芸(勿論マシンメードで生産された服が大半を占めるけれど)による装飾的な造形と脱構築のカタチ。血の通った抽象を探ったフォトコラージュ的な意匠とアップサイクルと云う時代性。大袈裟な喩えと承知の上で云うのだが、服地にのせられた立体的な構成は、キュビスムを想起させるものであり、理知的とは云い難いけれど、抽象表現を自己流で咀嚼した形跡がある。こうした私の理解は、的を射ているかどうか疑わしいものだが、これもまた物語を読み解く一つの解釈であると、私は信じて止まない。(文責/麥田俊一)
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