ナタリー・デュフォー
Image by: FASHIONSNAP

ナタリー・デュフォー
Image by: FASHIONSNAP
現代における「ファッションアワードの意義」とは何だろうか──。賞金による資金援助はもちろん、生産背景の提供、ビジネスモデル構築のためのメンターシップや人材派遣など、受賞によって得られる支援策は、才能あるデザイナーがブランドをスケールさせるための特効薬のようなものだ。このほど、フランスを代表するファッションコンテストおよび支援機関「アンダム(ANDAM)」の創設者でマネージングディレクターのナタリー・デュフォー(Nathalie Dufour)が、東京ファッションウィーク「Rakuten Fashion Week TOKYO 2026 A/W」(以下、東コレ)の招致ゲストとして初来日。40年近く若手ブランドを育成し続けてきたナタリーは、現代の若手ブランドの課題や必要な支援をどう分析しているのか。
ADVERTISING
目次
40年近く続くファッションアワード「アンダム」の選定基準
──「アンダム ファッション アワード(ANDAM Fashion Award、以下 アンダム)」は、「フランス政府が公的に支援を始めた最初の若手デザイナー育成プログラム」として長年アワードを継続してきました。ずばり、グランプリを受賞するための資質は何でしょうか。
私たちが重要視しているのは、極めて明確なヴィジョンがあるかどうかです。ファッションとは何かという問いやジェンダー像、私たちが生きる世界に対して独自の視点を持っているか。ビジネスモデルやコミュニケーション、組織作りなどは後からサポートして改善できますが、ヴィジョンと独自性、一貫性がなければ、現代のファッション産業を耐えることができないからです。
──「アイデアは出尽くしている」とも言える現代ファッションにおいて、ナタリーさんが考える「オリジナリティ」とは。
マルタン・マルジェラ(Martin Margiela)から、クリストフ・ルメール(Christophe Lemaire)、グレン・マーティンス(Glenn Martens)、メリル・ロッゲ(Meryll Rogge)に至るまで、彼ら(いずれもアンダムの受賞者)に共通するのは「単に奇を衒っている」のではなく、「他の誰のものとも見間違えようがない」という点です。ある視点から見れば、確かにファッションは「やり尽くされている」かもしれません。それでも私が求めているのは、テーラリングやクラフト、スポーツ、デジタルカルチャーといった既知の要素を新しい言語へと再定義できるデザイナーです。カッティングからフォルム、ヴィジュアルイメージ、キャスティング、そして自身の言葉まで、すべてが一貫してこそ強力な個性が滲み出てくるのだと思っています。
──アンダムの過去40年近くの歴史の中で、受賞者を選ぶ議論が最も白熱したのは?
毎年素晴らしい才能が集まるからこそ、激しい議論は日常茶飯事です(笑)。最終段階で議論が白熱するのは、各ブランドの魅力が異なる方向性を持っている場合が多いです。例えば、「極めて概念的でラディカルな提案を持つブランド」か、あるいは「マーケット・レディ(市場即応型)でクリエイティブと対応力が成熟したブランド」か、といった対比です。こうした場合は、純粋な実験精神を讃えるべきか、スケールアップの準備ができているデザイナーを支援すべきか、私たちの責任が問われる難しい選択が迫られます。
賞金は額よりも使い方が大事?
──現在の若手デザイナーが抱える困難について、どう捉えていますか?
加速し続けるファッション業界の中で、いかに持続可能なビジネスのリズムを構築できるかが課題です。より多くのコレクション、コンテンツ、コラボレーションが求められる一方で、責任ある透明性の高い経営と財務の安定も求められます。適切なペース、流通、パートナーを見つけることは極めて困難ですが、若手デザイナーはクリエイションと並行して、このタスクを自分が引き受けなければいけない。このオーバーワークは大きな壁になっていると思います。
──中堅でも意図せず「ワンマン体制」になっているブランドは少なくありません。チームビルディングは独立したブランドの課題の一つだと思います。
同意します。現代において、天才的なデザイナーであっても一人でブランドを築くことは不可能です。最初から急いで雇用を増やすのではなく、最小限の補完的なコアチームから始めることをおすすめします。例えば、プロダクト担当、生産・オペレーション担当、イメージ・コミュニケーション担当の3人から始める。そうした採用の面でも、やはりネットワークが鍵となります。アンダムのようなアワードや、デザイナー向けのサポートプログラムに積極的にアクセスし、繋がりを作っていくことが必要だと考えています。
──アンダムのグランプリには、LVMHプライズに次ぐ30万ユーロ(約5500万円)の賞金が与えられます。それ以外のサポートプログラムで力を入れていることは?
受賞者から反応が良いのは、メンターシップとネットワークへのアクセスです。私たちはフランス政府や多くのラグジュアリーグループと連携しているので、メンターシップの内容は多岐に渡ります。各受賞者には、ラグジュアリーブランドのCEOなど、審査員長クラスの人物が1年間にわたって専属のメンターとして付きます。ブランド運営において大きな予算は不可欠ですが、与えられた資金の額面以上に正しい使い道を知ることが大事だと思います。
また、ファイナリスト全員がサステナビリティに関する専門的な指導を受けられたり、「バレンシアガ(BALENCIAGA)」や「ロンシャン(LONGCHAMP)」といったパートナーから、レザーや生地などのデッドストック素材の提供を受けられたりもします。「エルメス(HERMÈS)」の工房を訪ね、ものづくりの哲学を学ぶ機会を得ることも可能です。

2025年の特別賞を受賞した「アランポール」は特別イベントとして東コレでショーを開催
Image by: FASHIONSNAP(Koji Hirano)
大事なことは家族を増やすこと
──メンターシッププログラムについて、具体的にどんなことを話すのでしょうか。
文字通りあらゆることです。スタイリングからビジネス、マーチャンダイジング、法務に至るまで。デザイナーはビジネスパーソンではないので、ヴィジョンに対してどんなロードマップが必要なのか、賞金の正しい使い道を理解している人はそう多くありません。ですから、ヴィジョンを前提に課題と目標を見出し並走するのです。
ビジネスパーソンだけでなく、多様なネットワークによって、より親身なサポートをすることもできます。2025年に「ピエール・ベルジェ賞(Pierre Bergé Prize)」を受賞した「ブルク アクヨル(Burc Akyol)」は、過去にグランプリを受賞したアレクサンドル・マテュッシ(Alexandre Mattiussi/アミ パリスのクリエイティブディレクター)のメンターシップを受けました。ブルクからこの前、「彼(アレクサンドル)は家族のように寄り添って、一緒に冒険してくれた」と言われ、私たちのあるべき姿を教えてくれました。

ブルク アクヨルのコレクション(一部)

ナタリーが取材時に着用したジャケットはブルク アクヨルのもの
──ビジネスライクな付き合いだけでなく、有機的なコミュニティが形成されていくのですね。
メンターは受賞者のショーに必ず駆けつけ、親のように見守っています。私はその光景が好きなんです。審査の過程で、ファイナリストの作品をラグジュアリーブランドのCEOたちがしっかりとチェックすることも計り知れない価値となります。そこから新たなネットワークが生まれることも少なくありませんから。
──ファッションアワードの運営において、ナタリーさんが重要視することは何でしょうか。
具体的な支援策を考えることはもちろんですが、多角的なサポートを叶えるための「家族」を増やす必要があります。ラグジュアリーブランドのCEOやCFO(最高財務責任者)のような強力なメンターシップのメンバー、テキスタイルやサヴォアフェールを惜しみなく開示してくれるブランド、ファッションシーンの新たな才能を歓迎してくれる過去の受賞者たち。そうしたネットワークを常に構築し、拡大していくことが非常に重要です。

日本のブランドは絶対に実物を見た方がいい
──今回は東コレの関連イベントとして、アンダムとパリのショールーム「ラン(RUN)」による合同展を開催しました。
素晴らしい才能を持ったデザイナーを日本で紹介でき、心から嬉しく思います。日本のデザイナーの方々もブースに来てくれたようで、そうした交流を持つことは、グローバルなファッションシーン、ファッションウィークを盛り上げる良い機会になると思います。
──東コレを数日間回ってみて、発見はありましたか。
イノベーションとクリエイティビティの質が非常に高いと感じました。東京のムードだと思うのですが、実用性を兼ねたコンフォートなスタイルにインスピレーションを受けました。例えば、パリで見られるハイヒールと対照的に、ローヒールやチャンキーヒールなど快適性が取り入れられた靴が主流のようですね。また、ポップカルチャーの要素と、「ヨウジヤマモト(Yohji Yamamoto)」のような非常にミニマルな美学が共存している。このバランスが非常に興味深かったです。
──印象に残った日本のブランドはありましたか?
いくつかあるのですが、ショーで見たものだと「ヨウヘイ オオノ(YOHEI OHNO)」。インスピレーションにあふれているのですが、その方法が繊細。「私たちはラグジュアリーブランドです」と声高に主張するのではなく、スムースでシンプルに、ラグジュアリーなエレガンスを表現したバランスが素晴らしい。一目でクオリティの高さも分かりましたし、「若き日のシャネル」を彷彿とさせました。
今回ショーは無かったようですが、以前から「ハトラ(HATRA)」も気になっていました。ハトラは道着や着物のようなディテールから即座に日本文化の精神が感じられますが、同時にとてもモダン。さまざまなテクノロジーも取り入れているということですが、伝統とイノベーションを若者が着こなせる軽やかさでコンテンポラリーなスタイルに落とし込んでいて面白いですね。
「フェティコ(FETICO)」も個人的に買いたいと思うブランドです。グローバルでのサイズ展開は課題ですが、センシュアルな女性像を繊細な素材とハードなシルエットで表現していて目を惹かれます。
今回の経験から、日本のブランドはショーやショールームで絶対に実物を見た方がいいと強く思いました。
──それは何故でしょうか?
日本に限らず、今は多くのブランドをインスタグラムを通じて知ることが多いのですが、画面上だと海外と比べて日本のブランドはフラットに見えてしまうのです。ただ、実物を見ると力強く鋭いクリエイティビティに溢れていて、素材のテクスチャーも豊か。ショーを見ると、彼らのものづくりは非常にロジカルで、独自のストーリーをハイレベルな教養を駆使して表現していることが分かりましたから。
そこで思ったのが、彼らの創造性を正しく伝えるために、もっと力のあるフォトグラファーと協業してみるのも一つの方法かもしれません。もう少し、立体的な表現を試してみる価値がありそうです。

「ナゴンスタンス」もベストショーの一つだという。「デュラン ランティンクのようなコンストラクションのアプローチが面白かったです。世界観が明確で、すぐにモンクレールとのコラボが想像できました(笑)」(ナタリー)。
──東コレに関して、今後どんな機能が求められるでしょうか。
私が思うに、今後の展望として2つの軸があります 。ひとつは、海外進出の準備が整っているデザイナーに対して、ショー運営や発信面のサポートを強化すること。もうひとつは、東京特有の、実験的で唯一無二のスピリットを維持しながら、今回のアンダムとランのコラボショールームのように、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークとの架け橋をより強固に築いていくことです。
1回のショーで伝えるべきアイデアは一つか二つで十分
──長年新たな才能の発掘と成長に携わってきたナタリーさんから、若手・中堅ブランドがこれから国際的な舞台で成功するために、どのようなアドバイスを送りますか。
設立から5年、10年と経っていても、グローバルなスケールで見ればまだまだ若いブランドです。彼らにとって最も重要なアドバイスは、「自分たちのアイデンティティは何か」を明確に定義し、それに集中することではないでしょうか。
──アイデンティティを定義付けする具体的なプロセスのアイデアはありますか?
私の考えですが、1回のコレクションやショーにおいて、伝えるべきアイデアは一つか二つで十分。あまりにも多くのアイデアを詰め込みすぎると、見ている側は何がそのブランドの本質なのか分からなくなってしまいます。「このブランドは何が違うのか」「彼らの個性はどこにあるのか」という問いに、ごく短い時間で答えを示さなければなりませんから。コンセプトが非常に明確であれば、どのルックからもそのブランドらしさが伝わってきます。常に「人々は私のスタイルについて、何を記憶してくれるだろうか?」と自問自答し、自身のアイデンティティを研ぎ澄ませていくことが不可欠です。
一方で、グローバルに進出するブランドとするならば、精度の探究も重要。これは素材の追求とも言えます。高品質な素材だけでなく、革新的で洗練されたマテリアルへのこだわりが求められます。その点で、日本のブランドが持つ、緻密さや品質へのこだわりは大きな武器になると思います。
最終更新日:
ADVERTISING
PAST ARTICLES
【インタビュー・対談】の過去記事
TAGS
記事のタグ
RELATED ARTICLE
関連記事
RANKING TOP 10
アクセスランキング

ダイソンが初のポータブルハンディファンを発売 最大風速25m/秒を実現



















