死ぬほど人を好きになったり愛したりなんてできないのかもしれない。そんな諦めの気持ちと、それでもやっぱりどこか諦めきれない自分。そこで私は、真の愛を掴むべく出会い系アプリを使ってみようと決意した。「きっと誰も好きじゃない」のかもしれないけれど。時間を共にし、話したことや出来事を、撮ってもらった私自身の写真とあわせて綴る出会い系アプリで知り合った男性とのおはなし。1人目は新宿で会った34歳Kさん。
(文・写真:高木美佑)

日曜日@新宿 34歳 Kさん
メッセージを送ってきたのは彼の方からだった。
最初のメッセージからすぐ食事に誘われた。
お昼ご飯を食べようということになり、日曜日の昼間の新宿で、もちろん人通りも多いし、「夕方から用事があるのでランチだけなら」と制限を設けつつ、会うことを決めた。
メッセージの文章は短いけれどすごく丁寧な印象だった。

待ち合わせ時間は11時30分。Kさんは5分前には着いていた。第一印象の彼は、メガネをかけてシャツを着た、とてもおとなしそうな人。
彼はアプリのプロフィールに顔写真を載せていなかったので、私が「顔写真がみたい」と言うと、
画質も悪い、小さなサイズの、顔もほとんどわからないような写真を送ってきた。
その時はなんとなく、自分に自信がない人なのかなと思っていた。
メッセージでのやりとりでは積極的だったけれど、実際にはその正反対の雰囲気だった。
「はじめまして」と、お互いに挨拶をした。いつの間にか、自分で自分の髪の毛を触っていることに気づいた。これは私の良くない癖で、落ち着かないときや困ったときに髪の毛を触ってしまう。彼に会ってすぐ、それが出たのを自覚した。
「なにか食べたいものはある?」と訊かれ「なんでも大丈夫」というと、Kさんは「とりあえずあっちの方へ歩いてみよう」と歩き始めた。どこか目的地でもあるかのようにグングン歩いていく。たわいもない会話をしながらも、私は一抹の不安を抱きつつ、彼の後ろをついていった。

入ったのは、駅からそう遠くもない雑居ビルの中にある和食屋さん。
そういえば彼のプロフィールに、「落ち着いた雰囲気のところでゆっくり過ごすのが好き」と書いてあった。薄暗い店内に、少しの自然光が差し込む。静かで個室が多く、いかにもゆっくり話ができそうな場所。
ランチはバイキング形式だった。席について、店員さんから90分間の時間制限があると説明されたとき、心のなかでホッとした。それ以上はお店に居られず、外に出られるという確約ができたから。
食事をとりに行く前、KさんがiPhoneを胸ポケットからショルダーバッグにしまう仕草をみて、きっと几帳面な人なのだろうと思った。
名前を聞かれた。そういえば教えていなかった。知らないまま私に会ってくれていた。
私は「みゆです」と言った。
今年の夏に家族でタイに行ったらしい。
会う前に送られてきた写真も、タイで撮られたものだった。
私も来月旅行に行くのだというと、タイの写真を見せてくれたり、ご飯のことなど色々教えてくれた。
タイの人はみんな優しいと言っていた。
「どんな仕事をしているの?」と訊かれ、「ウェブマガジンの編集アシスタントみたいなことをしている」と嘘をついた。
彼は、それが嘘だということにも気づかない様子で、まじめに私の話を聞き、質問してくれた。
貝殻の右回りと左回りはどうやって決まるのか?という話をした。
南半球と北半球で分かれるという話はデマで、結局すべて遺伝の問題らしい。
出身を訊かれた。関西だけど、生まれてすぐに引っ越しをしたので記憶がないと答えた。私は彼の出身を訊き忘れた。
大学でなにを勉強したのかと訊かれた。
「文理学部の哲学科」と、適当すぎる嘘をついた。
そういえば高校で1番仲が良かったけれどもう一切連絡がとれなくなってしまった友人は、文理学部の哲学科だった。
彼は、シャープ(SHARP)が台湾の企業に買収されてしまったという話をしてくれた。
なぜ台湾の傘下へ入ることを選んでまったのか、なんて話だったけれど、正直なところ難しい説明はあまり覚えていない。
どうやらSHARPは雇用を守りたかったけれど、結局なにも守れなかったらしい。
すごく小食だった。
絶対にバイキングの元はとれていないと思う。
「14時までに渋谷へ行かなきゃ」と言うと、「じゃあそろそろ出ようか」と答えてくれた。
会計を済ませビルの外へ出るとすぐに「じゃあ僕は買い物をして帰るから」と言われた。
私は「さっきコンビニで使い捨てカメラを買ったから、記念に1枚撮ってほしい」と伝える。
「使い方がよくわからないな~」と嘘をつきながらカメラを渡して、「どうしたらいい?」と訊くと、ちょうどさっきまで居たお店の看板がすぐ横にあったので、「そこに立って」と言われ、1枚撮ってもらった。
私は「ちゃんと撮れてるのかな?」とさも分からない様なフリをしながら、彼の足元を撮った。「間違えてシャッターを押しちゃった」と誤摩化した。
「じゃあまた」「また時間があったらお茶でもしましょう」と、また私は嘘をついた。

その後彼とは一切連絡をとっていない。
彼から連絡が来るわけでもないし、私からも連絡していない。
今月で仕事をやめて、その先は特に決まっていないのだと私が話したとき、彼は少しうつむきながら「なんかうらやましいな〜。」と言っていた。
彼は私をふらふらとした人だと感じたのかな。
彼は大学院を出て就職、まじめな人だということは、話していて伝わってきた。
そんな彼にとって、地に足もついていないような女と真剣に付き合おうだなんて、微塵も考えないだろう。きっとまともな四大を出て、保険会社の営業だとか歯科衛生士をやっていて、淡いワンピー スを着ているような女性が好きなんだろうな。支払いはワリカンだった。
Tシャツにズボンにリュック、そんな私を好きになってくれる人がいいと思うのは、高望みしすぎだと友人たちに怒られるだろうか。
出会い系で出会うべくして出会ったのに、
そういえば彼の好きなタイプを私は訊いてもいなかった。
企画協力:Tomo Kosuga
きっと誰も好きじゃない。
・1人目-少食だった新宿の彼
・2人目-芸術家になりたかった渋谷の彼
・3人目-かわいい絵文字を使う渋谷の彼
・4人目-なんでも出来るエリート大学生の彼
・5人目-指の爪が黒く染まっていた職人の彼
・6人目-茄子としいたけが嫌いな新宿の彼
・7人目-メルボルンで出会ったミュージシャンの彼
・8人目-紳士的ですごくスマートな台湾人の彼
・9人目-華奢でお洒落なアメコミ好きの彼
・10人目-修士号をとるために勉強をしている真面目な彼
・最終回-オリンピックのためにTVを買った読書好きな彼