マスクの着用が個人判断になった3月13日に、2023年秋冬コレクションの東京ファッションウィークはスタートした。街やコレクション会場でマスク着用者の数がまばらになったのを見て、新型コロナウイルスが日本国内で猛威を振いはじめた3年前の2020年3月頃を思い出した。当時は、東京ファッションウィークもコロナ禍の打撃を受けた。「Rakuten Fashion Week TOKYO 2020 A/W」が9年ぶりの中止に追いやられたのも、今や懐かしいことのように思う。フィジカル形式での発表の場の喪失、外出自粛など、社会との断絶を迫られたデザイナーたちは、その有り余る時間をクリエイションの源泉にしようと、自分自身の内面と徹底的に向き合ってみたり、写真集や画集からインスピレーション源を探し出したりした。様々な制約の中で再開された、次のシーズンコレクションでは「自粛期間中に見つけたもの」を服に落とし込むブランドがとても多かった、と記憶している。その点、「ピリングス(pillings)」のデザイナー村上亮太は、清々しいほどにコロナ前も後も態度を変えていない。一貫して「人と社会の関係」に目を向け、「人」の定義を自分自身ではなく「不器用で、社会との折り合いがなかなかつかず、生きづらさを感じている人」と明確に打ち出している。村上が自身のブランドを「はぐれものたちのアチチュードとしての服」と度々形容するのもそのためだろう。
ピリングスは、コンセプトを決めてからものを作る、というよりは、答えを求めてもがき苦しみ、もがいた果てに見つけ出したヒントを編集し、コレクションを作っていく泥臭いブランドだと認識している。だからこそ、村上亮太の作るクリエイションはどこかジメジメと暗い様相を持つと同時に力強いほどに前向きで、鑑賞者はそこから希望すら見出してしまい、身勝手にも励まされているような気持ちにすらなってしまう。ピリングスの2023年秋冬コレクションも、励ましと希望を求めて会場に足を運んだ。
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ショー会場は暗闇に包まれていた。誘導灯を頼りに着席すると、小説家フランツ・カフカ(Franz Kafka)の「城」が無機質な男性の声で朗読されていることに気が付く。本作は未完の長編小説で、城に雇われた測量師がいつまで経っても城の中に入ることができずに翻弄されるいわゆる不条理小説だ。ランウェイに目を向けると、橋桁の上に街灯が数頭設置され、その中の1灯だけが点灯していた。街灯の意味合いは、ショーが始まり蛾を模したアイテムが登場した時に明らかになった。村上は「街灯に集まる蛾が、希望に向かって飛んでいるように見えた」と説明し「答えはないかもしれないけど、何かを探そうとしている。その姿を見て、なんともいえないポジティブな気持ちになれた」と話してくれた。カフカの城に登場する測量士も、城があると思って探し続ける。あるかもしれないものを、「ある」と信じ、もがきながらも探し求める姿は村上にも通ずるものを感じる。
コレクションで数多く登場した縮絨をかけたパンツは、表地が縮むことで裏地が余り、股上の中にたまると不思議なシルエットを生み出す。裏地が意図せずウエストから露出すると、トップスのシャツなのか、はたまた別のアイテムなのかがわからず、パンツからアイテムが飛び出したナードなスタイリングになる。このパンツは、村上が作業時に着用している毛玉だらけのパンツからヒントを得たそうで、ボロボロのパンツを履き、あれこれ考えながらデザイン画を描き続ける村上の姿が眼に浮かぶ。希望や答えがあると信じてもがく過程で生まれた「産物」がアイテムとなって表現されていると言って良いだろう。また、一見普通に見えるカーディガンやシャツは、ポケット位置などがが少しずつズレた歪な形になっており、作業をする過程で身体の動きに応じて形がどんどん崩れていく服を彷彿とさせる。
今回のショーで最も目を引いたのはモデルだろう。というのも、モデルの多くが手でセルフハグをするような形でランウェイを歩いたからだ。上向きについたポケットに手を突っ込み、身体を丸めてランウェイを歩く姿は、寒さで冷えた体を温めているようにも、体を守っているようにも、緊張で強張っているようにも見える。村上は「ポケットに手を入れると安心する」とした上で「ニットというものも、自分を守り、安心するようなものであってほしい」と、その着想源が、ゴミ箱に丸めて捨てたデザイン画の山だったと明かした。
手の位置は、ずっとセルフハグをしていたわけではなく、ルックの合間合間で手を下ろしたモデルも散見された。フランク・シナトラの「My Way」が流れる中でフィナーレを迎えたモデルは、全員少しだけ微笑んでおり、自信なさげに縮こまるセルフハグと堂々とした態度を繰り返すモデルを見て「ものづくり、ひいては人生は、自信がなくなったり、自信を持ったりの繰り返しだ」と励まされたような気持ちになった。My Wayの「身の丈を越えた行動も、すべてやってのけた。迷いがある時はそれを食らいつくし、吐き出した。全てに立ち向かい、背筋を伸ばし、自分のやり方でやりきった(When I bit off more than I could chew.But through it all, when there was doubt.I ate it up and spit it out.I faced it all and I stood tall.And did it my way.)」というフレーズこそが、現在のピリングスを表現するには適切な言葉なのかもしれない。
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