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山縣良和がコロナ禍で出会った「自分らしい創作」と山梨県立美術館の挑戦

 「さまざまな布を重ね合わせるように、時には破れたところを補修するように、パッチワークしながらゆっくりと新しい自分を縫い合わせていければいいと思う」。山縣良和が綴った言葉にはプレッシャーから解放された安心感が滲んでいるように感じられる。ファッションデザイナーでありながらアーティスト、教育者としての顔も持つ山縣は、長年周囲から自身の軸をひとつに絞ることを勧められてきた。そうした声を受けながら、どうにか“自分らしい生き方”を模索し続けてきた山縣が、山梨県や五島列島でのフィールドワークを通してたどり着いた一つの答えに、山梨県立美術館開館45周年記念の展覧会「ミレーと4人の現代作家たち」で対面することができる。

作業場のような展示室 ものづくりの現場を“縫い合わせる”

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 1978年の開館当時から、画家のジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet)の作品を継続的に収集している山梨県立美術館の開館45周年を記念して開催されている同展では、同館が所有するミレーの作品と併せて、それらに呼応した4人の作家たちが作品を発表している。4章に渡る展示空間の1章目「移動、創作」は、「リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)」のデザイナーであり、ファッション表現の学びの場「ここのがっこう(coconogacco)」を主催する山縣良和が手掛けた。

 展示会場に入ると、そこには一般的に想像される、整然とした空間に絵画が並んでいる「ミレー展」とは異なる空間が広がっていた。壁面に飾られたミレーの絵画の周りには、ミレーの作品と同じような構図と色調で撮影された写真家の田附勝による小値賀島の写真作品や、実際に機屋から搬入した家具とリトゥンアフターワーズの作品を組み合わせたインスタレーションが展開されている。点在するマネキンたちは、掃除や機屋仕事をして働いているようなポーズで配置され、空間の中央には舟久保織物の大きな織機を設置。展示期間中をかけて1枚の布が織り上げられていく様子も含めて、展示空間全体は大きな作業場のようだ。

大きな織機

Imaged by FASHIONSNAP

ミレーの絵と田附勝の写真

Imaged by FASHIONSNAP

 この展示空間は「Field Patch Work つくりはかたり、かたりはつくり」と題され、各地でのフィールドワークがパッチワークのように組み合わせられている。山縣はこの様子のことを「小値賀島と富士吉田の思い出や良かったものが集まって引っ越してきたイメージ」と称する。展示空間の最後のエリアには、「ここのがっこう」出身の「ビオトープ(BIOTOPE)」の作品や現在在籍している学生たちの作品とともに、ミレーの無名時代のスケッチなどの初期作品が並べられている。3年間のフィールドワークの中で出会った、様々なクリエイターや職人たちの制作の現場とクリエイションのインスピレーションが生まれる現場を継ぎ合わせ表現されている。

トルソーと布団

学生たちの作品

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壁にかけられたスケッチ

ミレーの初期作品

Imaged by FASHIONSNAP

コロナ禍を経て、美術館は「地域とクリエイションを繋ぐ場」に

 同館の青柳正規 館長は、同展を「コロナを経験した私たちにとって意味のある画期的な展覧会だ」と語る。コロナ禍以前の日本では、海外の有名美術館から作品を借りて展覧会を開催することが優位とされ、そこにかかる莫大な費用を担保できるだけの集客が見込める都心の美術館と、経済的に力の弱い地方の美術館との間には大きな格差があったという。しかし、「コロナ禍で美術品の国外への運搬が困難になったことで、各美術館が所有する作品がその地域でいかに愛され関心を持たれているのかに価値を見出す動きが世界的に広がっている」とし、今回の取り組みが日本美術界全体にとっても大きな意味があると力強く述べた。日本の山梨県に位置しながら、ミレーの作品を所有する同館は、同展でミレーを解釈する4人の作家を通して「山梨にあるミレー」の意味を見直す。

 世界をパンデミックが襲った3年前から、山縣は東京を離れ、山梨県富士吉田市や長崎県五島列島の小値賀島など、都心から離れた地域で活発にフィールドワークに取り組んできた。その姿は、1849年にパリを襲ったコレラのパンデミックを機にバルビゾン村に移り、生涯の制作の拠点としたミレーに重ねられる。加えて、同展には山梨県立美術館の、「美術館を“美術”の枠組みだけに留めず、地域の職人たちにも光を当て、地域と関わりを持たせていきたい」という意志や、美術館を美術品保護の場としてだけでなく、作品を活用し新たな発見を生む「変化する展示を作りたい」という想いが込められている。この姿勢は、王族や貴族しか描かれてこなかった西洋絵画史の中で、農民が働く姿を描き印象派に影響を与えたミレー、ひいてはファッション表現の領域を広く拓き、地域の職人とのコラボレーションを積極的に行い山梨と東京の学生を繋ぐ山縣の姿に重ねられている。

フィールドワークの先に見えた、「生き方」と「創作」

 「僕の活動は『半育半創』と言えるかもしれない」。山縣が自身の生活をそう称したのは、山梨県富士吉田市の機屋が、年の半分を農業、残りを機織り仕事をして暮らす「半農半機」の生活が古くから営まれていたこと、五島列島の1つである小値賀島では、仕事のため島外へ行き来きしなければならず、島の暮らしのほかに複数のコミュニティや環境に属する生活が当たり前だったことを知ったためだ。自分の専門領域を絞り込むべきという周囲の声や、ファッション業界の既存の枠組みに対して自分らしいあり方を模索してきた山縣にとって、複数の生活や仕事を両立しながらプロフェッショナルであり続けることが当たり前に成立する例が古くから存在したことは、自身の生き方を肯定する一助になったのかもしれない。

 今回の展示をこの3年間にわたるフィールドワークの一旦の集大成とすると語る山縣は、今後注力したい領域を「環境とものづくり」だと語る。「小値賀島の環境は、戦後の近代化の影響で、都心も地方も同じように均一化された風景を持つ日本の中で、小値賀島は近代化の波を受けず、空間や町の歴史が古くから断絶されずに地続きに繋がっている稀なエリア」とし、クリエイションと地域性の関係が希薄になりがちな日本の中で、小値賀島で生まれるものが土地の歴史や文化を反映している様子に、西洋諸国のものづくりと通じるものを感じたという。

 それらを踏まえ山縣は、貿易などを通じて自然と西洋の感覚が流入し、時間の経過に伴い馴染んでいくように西洋化を遂げた小値賀島に学びながら、今後もファッションをファッション単体ではなく空間などを含めて発表していきたいと意気込みを語った。富士吉田では、職人技術に感銘を受け、日本の職人技術が世界と比較してもとても希少で価値があるということを世界に向けてしっかりと発信し、歴史に接続しながらも昔にはなかったものを制作していきたいと述べ、同展示の中でもフィールドワークを通じて出会った職人や作家たちと共に新作の2024年春夏コレクションを制作している過程を展示。会期中に徐々に作品が出来上がっていく「生きた展示」に仕立てた。

 「今回の展示は僕1人のものではない」という言葉の通り、会場には彼を師事する学生たちや協業する職人たちが集い、展示室の最後には、同展に関わった人物全員の名前が書かれたスタッフリストが掲示されている。迷いを取り払い前進する今の山縣を作り上げたのは、彼を支える多くの人と積み上げた時間であることを強く感じさせた。また、年内にリトゥンアフターワーズとここのがっこうの活動を複合的に発展させるため、山縣の活動全般を包括的に運営する新会社「本屋」を設立するという。ハードソフトともに山縣の創作を加速させる環境が整いつつあることに、同氏の創作活動を楽しみにする鑑賞者も安心感を覚えるだろう。

テーブルで作業をするマネキン

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木箱と吊るされた衣類

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◾️ミレーと4人の現代作家たち - 種にはじまる世界のかたち - 
会期:2023年7月1日(土)〜8月27日(日)
会場:山梨県立美術館 特別展示室
所在地:山梨県甲府市貢川1-4-27
開館時間:9:00〜17:00(最終入場16:30)
公式サイト

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