デザイナー尾崎雄飛
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Fashionインタビュー・対談

【インタビュー】ヤングアンドオルセン 尾崎雄飛が考えるデザイナーとしての「信念と配慮」、ムック本製作から見るブランドの在り方

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 「世界のどこかにあるらしい小さなお店。ヤング氏とオルセンさんという若い男女が切り盛りしています」ーーー物語のような一文で始まるコンセプトを掲げるブランド 「ヤングアンドオルセン ザ ドライグッズ ストア(YOUNG & OLSEN The DRYGOODS STORE)」。デザイナーは「フィルメランジェ(FilMelange)」の立ち上げに携わり、「サンカッケー(SUN/kakke)」のデザイナーも務める尾崎雄飛で、8月17日にはブランド初となるムック本(2400円/税別)が宝島社から発行された。ムック本には、ヤングアンドオルセンの「イット・バッグ」を合皮で仕上げたエンボスレザートートが封入されており、そのバッグのクオリティの高さから絶賛の声がある一方、SNSでは「"本物"を持っている人にとっては少し複雑」「なぜ既に販売されているアイテムと同じ色形にしたのか」などの意見が寄せられた。様々な意見を受け、尾崎は公式インスタグラムでフィード投稿を行い、ムック本製作の背景と「信念と配慮」について綴った。尾崎が記した、ファッションデザイナーとしての「信念と配慮」が意味するものはなにか。幼少期の思い出を皮切りに、ブランドやファッション業界に対する想いに迫った。

憧れのお兄ちゃんとリーバイス

ーまずは、尾崎さんのルーツの話から。ファッションに目覚めたのは何歳の時でしたか?

 上下をジージャン・ジーパンで着こなしたらかっこいいんじゃないかと思いついた11歳の頃です。両親から与えられたジージャンとジーパンを着て街を歩いていると、ジージャン・ジーパンにもたくさん種類があることを知ったんです。中でも当時、古着屋で働いていた憧れのお兄さんのジージャン・ジーパンの着こなしがすごくかっこよくて。「なんだか自分のジージャンとも、他の人のジーパンとも全然違う!」と感激した僕は、父親に何が違うのかと尋ねたんです。そしたら「息子よ、それはリーバイスだ」と教えてくれて(笑)。今思えば、憧れのお兄さんが着ていたものは、一つ一つがヴィンテージのいいものである上にサイズの選び方がとても上手な人だったんですよね。

ーインスタグラムのフィード投稿で書かれていた、「月賦のように支払って買ったジーンズ」はどこのブランドのものだったんでしょうか?

 「エビスジーンズ(EVISU)」です。僕がちょうど中学生の時に一斉を風靡して、おしゃれなお兄さんたちの間でペンキのついたジーンズを腰まで落とし、ポケットに軍手を入れる謎のファッションが流行ったんです。当時中学一年生だった僕も欲しくて、欲しくて。ある日、エビスジーンズのショップに刺繍ステッチが施された初期のデニムが売られているのを見つけたんです。忘れもしませんよ、3万6000円(笑)。中学一年生でパッと買うことはできなかったため、毎日お店に通って眺めていました。ある日スタッフのお姉さんに「欲しいの、君?分割なら買えるの?」と聞かれて。その人は2回とか、3回の分割のことを言っていたと思うんですが、僕は「分割なら買えます!」と3000円払ったんですよ(笑)。その後は、一週間に1回1000円を持って行って……。支払ったものは「尾崎くん」と書かれた封筒に都度しまわれていました(笑)。

 買えた時は感激で、喜び勇んで公園のトイレで履き替えましたね。いまだに持っています。あれだけはどうしても手放しようがないですね。

19歳で単身、渡英

ーファッションデザイナーの道を志したのはいつですか?

 中学三年生の時には、デザイナーになると決めていました。だから大学には行かず、高校も適当なところを選び「高校卒業」ということだけを手に入れて東京の専門学校に行くつもりだったんです。でも、高校に通うこと自体がよく分からなくなって辞めたんですよね。専門学校の入学には、高校卒業が必須条件だったので自分の中で専門に行く道がそこで閉ざされました。「こりゃだめだ」と割とあっさり諦め、その後ロンドンに渡ったんです。

ー渡英は何歳の時だったんですか?

 高校二年生ですね。両親に「学校やめてロンドン行くわ」と話したら「いいけど自分のお金で」という条件だけを言われまして。「やってやんよ」と(笑)。それから夜から朝までバイトして、お金を貯めて英国に行きました。帰ってきたのは二十歳の時でしたね。

ー帰国後は?

 ロンドンで源馬大輔と出会い、彼が以前働いていた名古屋のセレクトショップに推薦してもらいました。でも源馬から推薦してもらったセレクトショップは8ヶ月で辞めて、ベイクルーズに入社。3ヶ月くらい経った頃に「留学行ったなら、バイヤーできるでしょ」と言われ21歳の時にバイヤーとして東京に行きました。そこから3〜4年ベイクルーズにいて、退社。中目黒で古着屋をやったりもしましたね。結構売れたんですよ。でも雇われだったので、「売れたらお金ちょうだいね」と頼んでたんですけどくれなくて(笑)。どうしようかなと思っていたら、「ブランド作りたいんだけどやる人がいないからお前作ってくれ」と依頼され「フィルメランジェ」の立ち上げに携わったのがデザイナーとしての始まりです。

「かっこよさ」とは何か、変わらぬファッション観

ー出身は愛知県。愛知で生まれ育ったことは現在の尾崎さんにどのような影響を与えていますか?

 愛知は、着るのが好きな「着道楽」な人が多い土地柄かもしれません。例えば、東京の人たちはお洒落ゲージが100あったら、100を目指さずスカした感じを出さないのが「かっこいい」の定義で「粋」な部分のように思います。名古屋の人は「100を目指す、行けるなら120も目指す」を「かっこいい」としている人が多い。そういう空気感を子ども時代から触れているので、僕もいまだに「120を目指すことがかっこいい」と思っている節があります。

ー当時、尾崎さんが「かっこいい」と思っていたスタイルは?

 やっぱり、憧れのお兄さんからの影響でアメカジスタイルですね。所謂、カレッジロゴの入ったTシャツにヴィンテージのジーパンというのがお手本スタイルでした。一方でメンズノンノ(MEN'S NON-NO)読者でもありました。ファッション誌を参考にすることで、徐々にデザイナーズブランドにも興味を持ち出しましたね。古着は好きだけどファッション全体に興味があるので、ファッションの要素の一つとして古着を取り入れてました。『「アニエスベー(agnès b.)」のシャツにジーパンを合わせるにしても、ヴィンテージの方がかっこよくない?』みたいな感じです(笑)。

 あとたまたま高校の近所にあったお店が「ヴィヴィアン・ウエストウッド(Vivienne Westwood)」を扱うセレクトショップ、というか溜まり場みたいなお店があって。通い詰めていたら「そんなに来るなら働けばいいじゃない」と誘われ、高校一年生からそこでお店番をはじめました。ヴィヴィアンも好きだけど、同時に古着も熱く好き。「リーバイス®(Levi's®)」501®のヴィンテージを想いながら、ヴィヴィアンのお店で働きつつ「ヴィヴィアン欲しいな、でも高いな」と思っていた思春期でしたね。

ー幅広いですね。

 フリッパーズギターが活躍していた時代だったということもあり、「セントジェームス(SAINT JAMES)」のボーダーシャツを着たりもするオリーブ少年でもあったんですよね。同時進行で色々な人格を持っていたので「これだけが好き!」というより、様々なお洒落をするのが好きでした。ただ、「ちゃんと分かってないとかっこ悪い」とは思ってましたし、いまだにオリジナル信仰というのはありますね。ファッション観は中学生の時から、あんまり変わっていないです。

ー尾崎さんのファッション観とは?

 モノとカルチャーについてしっかり追求して、それをミックスすることがかっこいい、というのがずっと変わらずにあります。自分がみてきたモノや人がみんなそうだったんです。フリッパーズギターや渋谷系の人たちもそうだし、古着のお兄さん、お姉さんたちもそうだし、メンズノンノに出て来た業界の大先輩たちもみんな、モノの背景を知った上で、スタイリングを組み上げていっていたので。

 例えば僕のファッション観で着る服を選ぼうとすると、トップスに70'sのイギリスシャツ着ちゃったらジャケットは同時代のテーラードで行くか、はたまた敢えて「サンローラン(SAINT LAURENT)」を着るか、年代は近い方がいいよな、とかそういうことを考えてしまうのでかなり面倒くさいんです(笑)。そういう意味で、今の若い人たちの柔軟なスタイリングや考え方に、僕はついていけないかもしれないですね。よく言えばすごく自由に生きていると思うし、悪く言えばカルチャー的なことは何も考えてない。でもそれはそれで自由でいいなとも思います。

もっと小さく、でも確かな洋服屋らしいこと

ーヤングアンドオルセンはブランドコンセプトがストーリー仕立てになっていますよね。

 2015年に「ヤングアンドオルセン ザ ドライグッズ ストア」を始めたくらいの時に、僕自身が旅をしながらモノを作って行くべきだと思ったんですよね。ヤングアンドオルセンザドライグッズストアという店自体も移転しているかもしれないし、国内である必要はないだろうな、と。そういう意味を込めて、「世界のどこかで気に入ったところに住みついて、切り盛りしているカップル」というブランド設定と序文を作りました。色んな場所に行って、色々みたものを、ヤングアンドオルセンなりに作る、それが根底にあります。

「ヤングアンドオルセン ザ ドライグッズ ストア」のブランドコンセプト。「ムック本を作る時、見開き最初のページに絶対にこの文章を入れてもらうように頼みました。」

 このストーリーの前にも手紙2、3枚分の文章を書いたんです。その手紙はお世話になっている人とか、買い付けしてくれそうなお店のバイヤーさんとか、ディレクターさんとかに渡しました。その手紙の文頭には「スモールビジネスの時代です」と書きました。「大手の人たちのやり方があまりにもファッションとかけ離れてきてた。もっと小さく、でも確かな洋服屋らしくもっと”ファッションらしいこと”をやった方がいい時代です」と宣言して、ブランドを始めました。

ー「ファッションとかけ離れてきた」とは具体的に?

 前提にTPOがあるとしても、「他人にみられるから服を着る」というのはまた別だと考えています。「自分の好きなもの」や「自分の身体に似合うもの」、「自分を素敵にみせてくれるもの」を着ると周りの人が自分に対して良い印象を持つ。つまり「他人にみられるから服を着る」というのは、順序が逆なんですよね。

 雑誌を見て「人から見られた時に恥ずかしくない服装をしよう」は入門編としてはあると思うんですが、それはファッションを「学んでいる」ことであって、おしゃれをしているわけではないのではないか。「自分をよりよく見せられるようになったら」それがおしゃれをし始めたことで、とても素敵なことだと僕は思うんですよね。それを業界主導型にしてやしませんか、と。トレンドをあまりに作りすぎているし、押しつけすぎているし、似合っているか似合っていないか関係なく売ろうとしている。僕はお金が欲しくてやっているわけではないので、そういう人に対してはおかしいんじゃないかとどうしても思ってしまうんです。

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