Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】SHIMA奈良裕也が体現する美容師の現在形

奈良裕也
奈良裕也
Image by: Fashionsnap.com

 原宿ストリートで突出した存在感を放つ美容師、奈良裕也。サロン系ブームの立役者としてCHOKiCHOKiをはじめとする雑誌に多数登場し、2007年のおしゃれキング卒業後も美容からファッション、音楽まで多岐にわたり活動の幅を広げている。今回は、従来の美容師像を覆し、独自の仕事道に邁進する奈良裕也の現在の胸中を探った。

 

―美容師になったきっかけは?

 小学生ぐらいから高校生までずっと、絵を描いたり、作ることが好きだったんです。小さい頃から服飾系の仕事に興味を持っていましたが、自分に合っていそうな職業を選んでいくうちに、「服は好きだけど、作りたくはないな」というのに気付いたんです。美大も良いけどお金にならないと困るから......と考えながら、ヘアメイクにも興味があったので、国際文化理容美容専門学校に進学しました。それから、第一志望でSHIMAに入社したのが2000年のことです。今年の4月で入社してから15年目になります。

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―当時から、サロンワークと並行してたくさんの雑誌に登場されていましたね。

 高校生や専門学生の頃から、サロンのカットモデルとして「ヘアカタログのモデルになりませんか?」と声をかけられることが多かったです。ストリートスナップでsmartさんなど雑誌にも撮られていて、その中にCHOKiCHOKiがありました。

―CHOKiCHOKiでおしゃれキング(KING)になったのは何故ですか?

 編集の方たちが、一般人に毎月フィーチャーしたコーナーをレギュラー化させようという方向性を持っていて、その一環で僕を一般の人たちに近い括りで出そうとなったようです。創刊間際に始まったこの企画に、僕は最初の頃から出させてもらっていたのですが、その後も続々と人気がある人が出てきましたよね。

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―サロンワークとKINGの両立は大変でしたか?

 当初、CHOKiCHOKiは隔月発行だったということもあり、サロンがお休みの火曜日だけ撮影というスタイルで参加していました。その頃はまだアシスタントでしたし、ほとんどがサロンワークでしたよ。「CHOKiCHOKiを見た」と沢山のお客さんが来てくれました。

―2007年でKINGを卒業し、メディア露出を減らしましたね。

 25歳ぐらいのときに、なんだかあまりにも露出し過ぎて「技術よりも名前が先行してしまっているな」と自分の将来性に不安を感じてしまったんです。MADEMOISELLE YULIA(マドモアゼル・ユリア)やTOKYO DANDY(トウキョウダンディ)など、今活躍している人たちとはその頃からずっと仲が良くて、結局27歳ぐらいのときまでCHOKiCHOKiには出させてもらいました。

―当時を振り返ってどう思いますか?

 すごい格好してたなというのと(笑)、良い時代の流れに乗れて今の自分ができた一つのルーツになったなと思っています。後悔はしていないです。

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