写真左から)ピエール・カツマレク、エレナ・モットラ
Image by: FASHIONSNAP.COM

Fashion インタビュー・対談

【インタビュー】ファッションは宿題の後で、パリコレ最年少デザイナーが手掛ける「アフターホームワーク」とは?

写真左から)ピエール・カツマレク、エレナ・モットラ
Image by: FASHIONSNAP.COM

 立ち上げたのはパリに住む15歳の高校生。「アフターホームワーク(AFTERHOMEWORK)」が、設立4年でパリコレの公式ブランドに選ばれた。創業者でデザイナーのピエール・カツマレク(Pierre Kaczmarek)と、「 オフ-ホワイト c/o ヴァージル アブロー™(OFF-WHITE c/o VIRGIL ABLOH™)」「 ヘロン プレストン(HERON PRESTON)」「ナイキ(NIKE)」などのスタイリングを行うスタイリストのエレナ・モットラ(Elena Mottola)が手掛けている。"宿題の後"に活動していた「アフターホームワーク」は、どのようにして最年少デザイナーのパリコレブランドに成長したのか。 日本で初のポップアップショップを開いた彼らに話を聞いた。

物心ついたころからファッションに囲まれていた

—ピエールさんはフランス・パリ出身ですね。どういった環境で育ったんですか?

ピエール:両親がすごくファッション好きで、小さい頃からファッションに囲まれて育ったようなものですね。父はファッション関係の広告の仕事をしていて、母は「 コレット(Colette)」の近くでコンセプトストアを営業していたので。「リック・オウエンス(Rick Owens)」「エミリオ プッチ(EMILIO PUCCI)」「ニナ リッチ(NINA RICCI)」などを取り扱っていました。

—ファッション一家なんですね。

ピエール:家族とは政治やスポーツとかについてあまり話したことがなくて、ファッションの話ばっかり。まだ歩けない頃から、親に連れられて「ディオール(DIOR)」とか色々なブランドのファッションショーにも行っていたみたいです。

—子供の頃からショーを見てきて一番印象に残っているショーは何ですか?

ピエール:リック・オウエンスかな。シーズンまでは覚えていないけど、天井からバンドが降りてきて演奏する演出とか。

—リックのようなアバンギャルドなブランドは刺激が強そうですね。

ピエール:14歳くらいの頃には、そういったブランドを好んでよく見ていたんです。「コム デ ギャルソン(COMME des GARÇONS)」とか、「メゾン マルジェラ(Maison Margiela)」のアーカイブとかも。父がマルジェラ好きで、よく買い物について行ったり。インスタレーションとかショップの雰囲気も印象的でした。

—自身ではどういったブランドを着ていたんですか?

ピエール:リック・オウエンスは13歳くらいから着ていたかな。写真、見ますか?これは、2014年だから15歳の頃。

 もう少し若い頃はこんな感じでした。

—隣は ヴァージル・アブロー(Virgil Abloh)じゃないですか。

 父が仕事関係で昔から知り合いだったらしいです。あとは、 カニエ・ウエスト(Kanye West)トラヴィス・スコット(Travis Scott)とかも。

—羨ましい環境ですね。尊敬するデザイナーはいますか?

ピエール:やっぱりマルジェラと川久保玲ですね。特にマルジェラは同じパリ出身だから共感できる部分があったり、デコンストラクション(脱構築)を誰よりも早く提案したデザイナーなので凄く尊敬しています。

ブランド名は「宿題の後」

—ファッションを仕事にしようと思ったのはいつからですか?

ピエール:何かを作りたいという欲は、小さい頃からありました。最初は友達のためにTシャツを作ったり。今振り返ると遊びみたいですけど、当時から本気。それから段階を踏んでステップアップしていった形です。

—ブランド名「アフターホームワーク」の由来は?

ピエール:ブランドとして立ち上げた時は高校生だったので、父に「学校の勉強はしっかりやるように」と言われて。なので「ファッションのことは宿題の後にやるよ」とアピールした感じです。成績が良くないと反対されるから、宿題もちゃんとやっていたし、わりと優秀だったんですよ(笑)。ファッションウィーク中は休み時間にネットでショーを見たり、勉強以外の時間は全てファッションのために使っていましたね。

—デザインフィロソフィーは?

ピエール:感覚でデザインしているというか、1つに固定されたフィロソフィーはありません。例えば自分で見て気に入ったイメージがあっても、哲学が固まっていると本当に良いのかを判断できなくなると思っているので。

—では、インスピレーションも様々?

ピエール:そうですね。日常の中で、今感じること。僕の周りに今あるものがインスピレーション源になっています。映画もテレビも、日常にあるもの全て。一つだけ気をつけているのは、過去の作品から影響を受けたものを作らないことですね。ただの真似事になってしまうから。

アフターホームワークの2019年春夏アイテム。フランスのバイヨンヌで毎年8月に開催されるバイヨンヌ祭からインスピレーションを得て、首回りにスカーフが縫い付けられている。

—デザインは独自のテイストですね。

ピエール:今ストリートウェアがファッションの中心にきてますよね。セールス的にも凄くヒットしている。僕は最初ハイブランドとしてランウェイショーを発表していくつもりだったんですけど、ストリートウェアをベースにしながらフェミニンな要素を加えたり、独自のバランスを意識しています。

エレナが加入、パートナーの存在

—パートナーを組んでいるエレナさんはスタイリストとしても活動していますが、ブランドに参加した経緯は?

エレナ:ピエールの頭の中は作りたいものがいつも明確だったんですが、1人では形にしきれない部分があって。ノープランでしたが、なんとなく一緒にやろうかと、2016年から参加することになったんです。

—当時、アフターホームワークについてどんなブランドだと思っていましたか?

エレナ:あまり詳しく知らなくて(笑)。ピエールは自分にもブランドにも自信があって、そこに惹かれたのかな。ピエールを信じていたので、あんまり深く考えず。

—2人の役割分担は?

ピエール:僕の頭の中にあるアイデアをエレナが形にします。僕はファッションデザインについて学んでいないけれど、エレナは服飾の学校に通っていたので。

エレナ:2人で話し合いながら進めますが、ピエールがデザインからセールスまで全ての決定権を持っています。アーティスティックディレクターのような立ち位置に近いかも。

—スタイリングはエレナさんが担当しているんですか?

エレナ:私がするときもありますが、外部のスタイリストを起用することが多いですね。自分たちだけの感覚ではなくて、客観的な視点も混ぜて発信したいので。

ピエール:きちんと役割を決めないと、混乱してしまうからね。

ショーと歯ブラシの関係

—ランウェイショーを初めて開催したのは?

ピエール:立ち上げ当初は、パリ中心部から遠く離れたエリアの地下の30人ほど入るスペースで、小さなプレゼンテーションとして発表していたんです。それから徐々に規模を大きくして、ちゃんとしたランウェイショーになったのは5シーズン前の2017年秋冬コレクション。PRエージェンシーと契約して、本格的に動き始めた頃ですね。パリコレの公式スケジュールの間の時間を見つけて発表していました。

—昨年、パリコレの公式ブランドに入りましたね。

ピエール:申請は2017年秋冬から出していたんですけど、やっと通ったのが 2019年春夏コレクションでした。ロンドンだと大学を卒業したら学校が支援をしてくれる制度もあるようだけど、パリの場合は全て自力だから大変。審査が厳しかったので、通った時には何かに受賞したような感覚でしたね。

—ロンドンとか、パリ以外での発表は考えなかったんですか?

ピエール:やっぱり世界で最も有名なファッションウィークだと思っているし、パリで生まれてパリを拠点に活動しているから、他の場所でやるのは真のブランドの姿じゃないという気持ちがあって。公式入りすると国からのサポートがあるんですけど、インターナショナルなのでフランス出身の人は多くないから、僕らは伝統を守る役割もあるのかな。

—ショーにこだわらないブランドもありますが、それでもやる意味は?

ピエール:若手でエネルギー溢れるブランドだと自覚しているので、それを見せるためにはランウェイが最適。今はセールス的にもプラスになっているので僕らはショーを続けていこうと思っています。

2月のショーの招待状の中身は歯ブラシでしたね。なぜ?と気になりました。

ピエール:シーズンテーマとかには関係のないランダムなものが好きなので、日常の中にあるものを入れることにしたんです。「磨きをかけたクリーンで洗練されたファッションです」という思いを込めて。それと、批評などで"汚い言葉"を発する人がいますよね。そういう人には「歯ブラシが必要でしょ?」っていうジョーク的な意味も(笑)。

2019年秋冬コレクションの招待客に送られた歯ブラシ。

5年間で変わったこと、変わらないこと

—10代の多感な時期にファッションデザイナーの道を進んできて、やりたいことは変わりませんでしたか?

ピエール:立ち上げた15歳の頃と今では考えた方が全然違うし、5年間続けると疲れることもある。でもブランドと一緒で僕らも成長して大人になっている途中だから、ファッションデザイナー以外の仕事を考えたことはないね。

エレナ:今の私たち世代って、情報に簡単にアクセスができるからこそ、なんでもできると思う節があるんです。始めるのはいいんだけど、途中で辞めちゃって長く続かないのが課題。そんな時代の中でも私たちは、自分の活動に誇りを持って、難しい問題があってもずっと同じプロジェクトをやり続けることを大事にしたくて。

—振り返るとどんな5年間でしたか?

ピエール:最高だね!とても忙しいけど、同じ世代の人が経験できないようなことをたくさんできているから。

—想像していた未来とは違いましたか?

ピエール:ブランドを立ち上げたときからパリコレに出るのが夢だった。18歳の時には公式入りしていると思っていたから、1年遅かったね(笑)。

エレナ:5年前のピエールは 「LVMHプライズ」のグランプリに選ばれたとしても、それを拒否するとか言ってたっけ(笑)。

ピエール:選ばれなかったし、もし選ばれても今なら絶対に断らないよね(笑)。

—他のアワードですが 「ANDAM」では2018年のファイナリストに選ばれましたね。

ピエール:第1回をマルジェラが受賞しているアワードで、30周年の2018年にマルジェラが初めて公式審査員として参加したんです。本当はグランプリを獲りたかったけど、マルジェラが関わった年のファイナリストに選出されたことがすごく嬉しかったな。

「パリコレに出る」を実現させた19歳、次のステップへ

—今回は日本でポップアップ初出店でしたね。

ピエール:想像以上に反応があって驚きました。16歳くらいの子が来てくれて、購入したTシャツにサインを求められたり!日本人はクレイジーなレベルでファッションに熱心で、関心があるなと思いました。

—次はどのようなことを考えていますか?

ピエール:マーケットとしてメンズが好調だから力を入れていて、パリのメンズファッションウィークでプレゼンテーション形式で発表しようと考えています。もちろん、ウィメンズのランウェイショーは続けていきますよ。

—男女合同ショーの形式も増えていますが、別でやるんですね。

ピエール:僕はジェンダーレスという言葉をあまり信じていないんです。リアルを反映していないように感じて。例えばスカートを男性も女性も着ることなどは特になんとも思わないんだけど。パリは特に過剰に反応していると思う。主張がいき過ぎているというか、方向が違うようにも感じるから、その流れには乗りたくないなと思っているんです。

—パリコレに出る夢を叶えましたが、次の目標は?

ピエール:大きな夢というよりは、コツコツとブランドを大きくしていきたいな。もっとヴィジョンを広げたい。

—目指すブランド像は?

ピエール:"ネクストマルジェラ"のようになりたいとは考えるけど、まだまだ現実的ではないですね。個人的にも成長してステージを上げることができたら、メゾンブランドのアーティスティックディレクターを経験したい。

—具体的なブランドのイメージは?

ピエール:「エルメス(HERMÈS)」ですね。この記事を見て声がかからないかな(笑)。

最新の関連記事

おすすめ記事

Realtime

現在の人気記事

    次の記事を探す

    Ranking Top 10

    アクセスランキング