Image by: FASHIONSNAP
「私たちが“普通”だと捉えている現実をつぶさに観察して現れる、予期せぬ“バグ”や矛盾こそが可能性を示唆するのです」⎯⎯デザイナーの青木明子がそう語るように、「アキコアオキ(AKIKOAOKI)」の服は“ズレ”や矛盾を内包している。それは、青木自身が現実社会との間に日々感じるさまざまな“ズレ”や、自己の中に抱える矛盾をクリエイションに落とし込んでいるからだ。
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「観客自身のリアリティの延長で見てほしい」との考えから、客席との距離が近いプレゼンテーション形式で発表された2026年春夏シーズンは、そんな青木ならではのズレや矛盾がコレクション製作の出発点になった。
今回青木が着目したのは、多様化が進み、あらゆる個性や価値観、ファッションスタイルが受け入れられるようになりつつある時代の中で自身が感じているという、時代や精神の「カジュアル化」。ブランドのアイコン的モチーフとして、“フォーマル”の一つの象徴でもある「ユニフォーム(制服)」に長年取り組んできたアキコアオキが“カジュアル”を捉え直すとどうなるのか、という問いと試みが今季のテーマになっている。

ここでの“カジュアル”が意味するのは、「ユニフォームがもたらす制約とは真逆にある状態」であり、「単なる衣服のカジュアルダウンではなく、プライベート(無意識)の境界線が混じり合った異なる要素が、地続きに存在する中で生まれる装い」のことを指す。
幼稚舎から高校まで厳格なカトリックの女子一貫校に通っていた青木は、規律が厳しく、“クラシック”な価値観や美学を基調とした環境の中で15年を過ごした経験をもつ。それゆえに、インターネットやSNSなどの発達によってあらゆる場所やもの、経験がフラットになり、公私の境界も曖昧になりつつある時代の中で、Tシャツやスウェットでどこにでも出掛けられるようになった今の状況に自由さを感じる一方で、自身がこれまで「良い」と感じてきたものとの違いに、小さな違和感やストレスを覚える部分もあるという。
青木は「私は着替えないまま外の世界に赴くことができないので、例えばコンビニに行くときでさえも必ず着替える(dressing upする)。内と外とは常に曖昧なものかもしれないが、私個人にとっては明らかな境界があり、ここに精神と装いの関連性が潜んでいるように感じている」と語る。

つまり、パブリック(公的・外的・規律的)な自分とプライベート(私的・内的・無意識)な自分は青木の中では明確に分かれ、服装にも紐付いているのだ。しかし、「時代や精神のカジュアル化」を決して否定したいわけではなく、一方で「そういう時代だから」と自分を安易に迎合させたくもないからこそ、今回のコレクションでは「パブリック」と「プライベート」、「ドレッシングアップ」と「ドレッシングダウン」という対照的なものをグラデーションで表現することを目指したという。
その言葉通り、コレクションではユニフォームやスーツ、ドレスをはじめとしたフォーマルでクラシックなアイテムが、スリップドレスやアンダーウェアといった女性にとってプライベートで親密なものや、ポロシャツやスウェット、コンビニのビニール袋といったいわゆる“カジュアル”なもの、ビジューをあしらったヘッドドレスやチョーカーなどのドレスアップ用のアクセサリーと、多様な形で混ぜ合わされている。
ファーストルックでは、ベージュのサテン地のアンダーウェア風スカートに、まるで構築途中のウールのグレーのスラックスをだらしなく貼り付けたようなスカートが登場。ディテールを削ぎ落とした共布のクロップドトップスとの組み合わせは、“フォーマル”が解体され“プライベート”が露出したさまが、シンプルながらも強い印象を与える。


テーラリングでは、「詰襟」のディテールや象徴性を削ぎ落としてフラットに再構築したノースリーブジャケットをはじめとしたアンドロジナスなスタイルと、ウエストをシェイプするなど女性の身体造形に立体的にアプローチし、レースのディテールをあしらったフェミニンなスタイルの2軸で提案した。



そのほか、“捻り”による美しくボディラインに沿ったシェイプが特徴の鹿の子素材のポロシャツワンピースや、フラワーモチーフをあしらったブラックのシアーロングドレスに、肩にスリットが入ったパーカーの袖を前身頃で結びフードを被ったルック、淡いピンクのキャミソールに透け感のある柄のロングスカートを合わせたルックなども登場。正統派なセットアップスタイルにビジューのチョーカーを合わせてフォーマルにドレスアップした着こなしから、まるでルームウェアのまま外に出てしまったかのような無防備さが漂うスタイルまで、フォーマルとカジュアル、パブリックとプライベートを多様な形で行き来するルックの数々を披露した。



コレクション全体を眺めたとき、そこにはマチュアで現代的で凛とした佇まいや、少女のようなピュアさと不安定さ、クラシカルでフェミニンな品と行儀の良さ、規範や常識を気にせず自身のスタイルを貫く強さと破天荒さなど、「女性」がもつ多様な側面が窺える。それらは一見、人物像や価値観、態度の一貫性のなさや揺らぎを思わせるが、おそらくそれこそが、まさに青木が思う現代女性の「リアリティ」なのだろう。
本革のバッグが紙袋に“雑に突っ込まれた”ようなデザインの「morning after bag(二日酔いバッグ)」や、レザーのローファーやバレエシューズにスニーカーソールやハイヒールをドッキングしたシューズといった小物類にも、そんな現代女性のリアリティが反映されている。


アキコアオキが描く人物像について、青木は「過去に価値や新しさを見出し現在のリアリティに合うかたちで取り入れることのできる、いろいろな視点や視野を持った知性のある人」と定義する。子ども時代から自然と刷り込まれてきた規範や美意識と、変わりゆく時代や人々の価値観、社会や世間から求められる振る舞いや理想像、女性に向けられるさまざまな眼差し、自分自身のありたい姿などがせめぎ合う中で、今の自分は何を選びとるべきなのか。
多様な価値観が混淆する中で、アキコアオキは自分と違うものを否定したり、安易に追従したり、矛盾する考えや行動をとる自分を責めることをしない。古いものと新しいもの、自己と他者(社会)の間の差異、自分の中の矛盾に丁寧に向き合いながら、自分にとって一番良い折り合いの付け方を模索する。分断せずに歩み寄り、混ざり合い、その境界をグラデーションにしていくという向き合い方は、多様化が加速する一方で分断や排除が広がりつつある今の時代にとって、とても重要で必要なものではないだろうか。

そして、実はもう一つ、アキコアオキのコレクションを見る上で忘れてはならない“ズレ”が存在する。それは、女性の身体や女性的なものに向けられたまなざしの在り方だ。アキコアオキの服は、見た人から「センシュアルだ」「女性にしかできない表現だ」としばしば言われるそうだが、青木は長年女子校に通っていた経験から「女性の身体が性的に見られる」という感覚や意識がなかったため、言われてはじめて気づき驚いたという。
青木にとって、幼い頃から制服の下に着てきたスリップドレスは「マナー」や「服への敬意を自分の身体との間に1枚挟むもの」であり、ランジェリーを連想させるレースがついたディテールの服も、「ただそういうフェミニンなデザインが好きだから取り入れているだけ」にすぎない。
大人になるにつれて、社会の中の女性の身体を性的に見るまなざしや価値観の存在に気づき、自分にとっての「普通」や「女性の身体に対する感覚」がズレていることを自覚したという青木。それでも「私は基本的に女性の身体や自分が作る服をセンシュアルだとは思っていないし、そう言われても自分ではあまり気にしていない」と話す。そこには、女性の身体や女性的な服に対する、どこまでもフラットで純粋であっけらかんとしたまなざしや態度があるのだ。

青木の経験や視点、感覚は確かに世間一般のそれからは“ズレ”ているのだが、そもそも「メール・ゲイズ(男性のまなざし)」が圧倒的優位な社会における女性(の身体や衣服)に対するまなざしがかなり偏っていることを考えると、むしろ青木の視点や感覚こそが最も“フラット”に近いのかもしれないと気づかされる。
そうしてこちらの視点や感覚の“ズレ”を自覚した上で改めてアキコアオキのコレクションをまなざしてみると、そこに見えてくるのは、美しく律した姿や、無防備でピュアな姿、だらしなく雑な姿などを併せ持った、現代社会を生きる真にリアルな女性の姿だ。そこにはメール・ゲイズを意に介さず、女性の身体や“女性らしい服”に対する性的なまなざしやネガティブな意識が存在しない、「それが私たちのリアルだから(そちらがどう思うかは関係ない)」という、おおらかで、ある種開き直りのような態度が垣間見える。

ファッションを通して女性をエンパワメントする方法やアプローチは多様に存在するが、上記のようなまなざしや意識のもとで作られたアキコアオキの服を纏うことは、性的に対象化されていない、「フィメール・ゲイズ(女性のまなざし)」による女性の身体や衣服を、女性たちの手元に取り戻すことにも繋がるのではないだろうか。筆者自身も同じく現代社会を生きる一人の女性として、共感や安心感、エンパワメントされる感情を覚える。
「服を纏うことを“時代や社会との対話の手段”として捉え、着る人の生き方や姿勢を表現する文化的な道具と考えている」というアキコアオキ。パブリックとプライベート、フォーマルとカジュアルという相反するものの共存を多様なグラデーションで表現した今季のコレクションは、女性たちが時に矛盾や違和感を抱えながらも時代や社会と向き合い、できる限り心地よさや安心感を抱いたまま軽やかに内と外を行き来することを、そっと後押ししてくれそうだ。
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