Image by: FASHIONSNAP(HINAKO)

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「日常の何気ない小さな幸せや穏やかな時間に目を向ける事で、深くて美しい“感動のかけら”を手に入れることが出来る」⎯⎯韓国出身のデザイナー 印致聖(イン チソン)が手掛ける「イン(IHNN)」が、ブランドデビュー10周年を記念して開催した2026年春夏コレクションのランウェイショーで表現したのは、10年という歳月を経た感謝の思いと、平凡な日常の中にこそ美しさやかけがえのないものを見出すデザイナー自身の、そしてブランドが描く女性像の“心の変化”だった。
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インが2026年春夏コレクションのテーマに掲げたのは、「日常への招待(Invitation to the Daily life)」。韓国の歌手 シン・ヘチョルの楽曲のタイトルでもあり、「歳を重ねる中で、静かで平凡な一日一日を大切に考えるようになった」と語るイン自身の思いと、ブランドが体現する新たな女性像が過ごす「日常」を反映したという。
日常の何気ない小さな幸せや穏やかな時間に目を向ける事で
深くて美しい“感動のかけら”を詩的に手に入れる事が出来ます
朝の太陽、着古したレザーの香り、毎日飲むコーヒーカップ
道端で遭遇する花や犬、記憶の香り、季節のそよ風
暖かい陽だまり、夕方のグラデーション、夜の静寂…
当たり前の日常にちょっとした違和感(アンバランス)をIHNNらしい解釈で提案
何気ない瞬間を特別なものに変え
その人の感情を合わせるような
IHNNの服作りを一緒に感じて頂きたいです
IHNN 2026年春夏 コレクションノートより
「10年続けてきた中で、自分が当初考えていたブランドの方向性とずれてきてしまった部分があった」と話すイン。2025年秋冬シーズンはコレクション制作を休止し、1年掛けて丁寧にリブランディングを進めてきた。
従来は「Always modern」をコンセプトに、上質な素材を用い、デザインを削ぎ落としたミニマルでタイムレスなウェアを展開してきたが、2025年秋冬シーズンにメンズの新ブランド「モダネス(MDńS)」を始動したことで、今回インの方向性を再定義。「ブランド設立当初には『芯が強い女性に似合う服を作りたい』という思いがあり、自分自身もモードなファッションが好きだが、近年はビジネスに寄り過ぎていた」という反省点もあったことから、よりファッション性を高めた、ハイエンドでエレガントな大人の女性に向けたブランドに舵を切ったという。

そんなインの新たな女性像が体現するのは、何気ない日常の中に小さな幸せや美しさ、心地よさ、豊かさなどのかけらを見出す心とその風景だ。「当たり前の日常にちょっとした違和感(アンバランス)をIHNNらしい解釈で提案」というコレクションノートに綴られた言葉の通り、今回のコレクションでは全体的に“現代の都市で働き生きる女性のデイリーウェア”を思わせるスタイルをベースに、非日常的な要素をディテールや素材、スタイリングなどで散りばめることによって、生活の中の些細で美しい風景を観客に想起させた。
ショーの舞台となった草月会館の草月プラザは、イサム・ノグチが手掛けた石庭「花と石と水の広場『天国』」が広がる空間に、ガラス張りの正面玄関や窓から自然光が差し込み、街路樹の明るい緑がのぞく。「石庭」でありながら伝統的な日本の庭園ではなく、どこか現代の都市の街並みや日常のワンシーンを思い起こさせる空間は、ブランドが思い描く新たな女性像の日常の風景を豊かに伝えていた。

ファーストルックは、上品に透けたホワイトのタートルネックトップスに、裾から白いオーガンジーが覗く黒のタイトスカートを合わせた、ミニマルながら叙情的な美しさを感じるスタイル。日常的な装いでありながらも、手先まで隠れるほどの長すぎる袖や、腕に抱えた花束を模したレザーのオブジェが、非日常的な“違和感”をプラスしている。透け感のある白や歩くたびに揺れ動く裾は、朝の陽の光の爽やかさやそよ風の心地よさなどを彷彿とさせる。


続いてストライプ柄のシャツや、テーラードジャケット、シンプルなノースリーブドレス、無地のブラウスにスラックスやミドル丈のタイトスカートを合わせたルックなど、コンサバでクラシックなアイテム群が披露された。
しかし、ランダムプリーツや豊かなドレーピングをはじめとしたテクニックや、オーガンジーやギャバジン、スエード、艶のあるカーフレザーといった表情豊かでコントラストのある素材使い、夕日や海をイメージしたオリジナルグラフィックをあしらったアイテムなど、日常の中の“感動のかけら”を多様な形で表現。ロング丈のテーラードジャケットとマイクロミニ丈のショーツのセットアップや、襟ぐりが深く開いたノースリーブのスエード素材のドレスなど、潔い肌見せスタイルにも大人の凛とした上品さとモードなエッジを効かせた。





加えて、今シーズン最も印象的だったのは、レザーやメタルを用いた多様な小物使いだろう。各ルックには、さまざまなフォルムのレザーのハンドバッグとシューズや、レザーの紐を編み込んだショルダーストラップのような和状のアクセサリー、腰や首、背中に長く垂れ下がるシルバーやゴールドの大ぶりのチェーンアクセサリー、“バッグとしては使えない”花束や日常使いの食器などを模したデザインのレザー製の器などが豊富に登場。これらは全て、インのルーツである韓国のアーティスト キム・ジュンス(KIM JUNSU)や、アルチザナルレザーグッズブランド「アトリエ・ド・ルメン(Atelier de LUMEN)」、金属アーティストのユン・ヨドン(Yun Yeodong)とのコラボレーションによって手掛けたものだ。


ここには、デザイナーの名前に“and”を意味する「N」を付け加えた「IHNN」というブランド名に込められた、「ファッションブランド IHNN を通じて、さまざまな事が繋がり結ばれ、つづいて行く事」を目指す思いが反映されている。
もっともインはこれまでも、ブランドの活動を通してさまざまな「繋がり」を築き、育ててきた。しかし、文化服装学院で服作りを学び、日本でブランドを立ち上げ、写真家の鈴木親とスタイリストの北村道子を起用し制作したヴィジュアルのエキシビションを開催したり、ロエベクラフトプライズ 2019でファイナリストに残った陶芸作家 橋本知成の作品をショーに用いたりと、その対象は“日本”という場所や人だった。



けれども10周年を迎えた今、インは自身のルーツである“韓国”の人やものと日本との繋がりを築く、新たなステージへと踏み出したことがわかる。「これまでの10年間は、日本でブランドをやっていくことしか考えていなかったので、まずは日本の作家さんとのコラボレーションなどを行うことが先だと考えていた。近年は時代の変化とともに、韓国に対する関心が日本でも高まっている中で、韓国の良いものを取り入れない理由はないし、もっと良いクリエイションを生み出すためにも韓国のアーティストや作家と協業できたらと思うようになった」と、インはその心境の変化を語る。
バッグのデザインにも、「ポジャギ」という韓国の伝統的な手工芸品である布からイメージしたフォルムを採用するなど、韓国の要素やストーリーを取り入れる試みも新たに見られた。

10周年を記念した今回のショーで「エレガンスと日常」「アートや建築、クラフトと日常」「インが描く女性像の日常と着用者の日常」、そして「韓国と日本」など、デザイナー自身の心境や環境の変化とともに、これまで以上にさまざまな物事を繋ぎ、美しく融合させたコレクションを披露したイン。新章へと踏み出したインが、ブランドを通してこれからどのようなクリエイションや風景、感情を我々の日常に繋げてくれるのか、今後の歩みに期待したい。
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