「もしもあの名曲が香水になったら...」。そんな思いを具現化したパリ生まれのフレグランスブランド「アート ミーツ アート(Art Meets Art)」は、世界最大の化粧品メーカー ロレアル(L'OREAL)のリュクス部門で経験を積んだタンギー・ル・ボー氏が、2017年に立ち上げた。目に見えない「香り」と「音楽」の融合ーー。いかにも“楽しそう”なコンセプトだが、香水界のレジェンド調香師 アルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)氏らとコラボレーションした豊かな香りは、奥深い「記憶」と「感性」の旅へと誘ってくれる。自身を「生粋の音楽フリーク」だというタンギー氏の、幼少期からこれまでの音楽遍歴や、ブランドのローンチでの困難、レジェンドとのコラボの裏話、そして名曲の名を冠したフレグランスの魅力を教えてくれた。
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■タンギー・ル・ボー氏:アート ミーツ アート ファウンダー
2005 年にHECパリ校(MSC X-HEC アントレプレナー)を卒業し、ロレアル リュクスに13年間在籍。「ランコム(LANCÔME)」と「キールズ(Kiehl’s)」のゼネラルマネジメント、キーアカウント、製品開発の役職などを歴任。歌手、ギタリストとしてミュージシャンとしても活動。2017年に「アート ミーツ アート」を設立した。日本では2023年11月から「NOSE SHOP 麻布台」「NOSE SHOP 池袋」、NOSE SHOP オンラインストアで販売中。
ビートルズからレディオヘッド、ボブ・ディラン、渋谷系まで...ファウンダーの多彩な音楽遍歴!
ーアート ミーツ アートでは名曲のような「象徴的な楽曲」がキーポイントということで、タンギーさん自身の「音楽遍歴」が気になりました。
音楽の記憶として最初に思い出すのが、子どもの頃にサマーキャンプのステージで歌ったビートルズ(The Beatles)の「イエスタデイ」。幼少期はニルヴァーナ(Nirvana)などのグランジや、マッシヴ・アタック(Massive Attack)のようなトリップポップで育ちました。その後、私の音楽体験を成熟させたのはなんといってもレディオヘッド(Radiohead)。パリのラジオ局「レディオ・ノヴァ(Radio Nova)」を食い入るように聞いて育ったんです。それから、幼い頃から世界中を旅することが多かったのですが、旅先の音楽に触れるのも大好きでした。東京には2004年に初めて訪れて、エレクトロニカのカプセル(Capsule)の「S.F. sound furniture」と、渋谷系のプラス(Plus)の「Tech Squeeze Box - Cartooom!」のCDを買って帰りました。ジャンルがミックスされた融合やアップビートなリズムが大好きなので、2枚とも西洋人の私の耳にはとても新鮮でした!
※レディオ・ノヴァ:1981年に開局。エレクトロニックからワールドミュージックまであらゆるジャンルを折衷的にキュレーションし、オンエアする曲のほとんどがコマーシャルラジオ局で掛からない曲を選ぶ独自性で“音楽フリーク”からの圧倒的な支持を得る。
ーものすごい熱量を感じます(笑)。ギターの演奏もするんですよね?
学生時代にロックバンドでボーカルと作詞作曲を担当していたんですよ。学内のバーでライブをしたり、アルバムのレコーディングもしました。最近はギター演奏がもっと上達するように練習しています。ギター音楽の参考として、最近はビートルズやボブ・ディラン(Bob Dylan)、あとはブラジル音楽などをよく聞いています。
ーさまざまなジャンルに親しんできた中で、特に影響を受けたアーティストやジャンルはありますか?
ビートルズやレディオヘッド、ジェフ・バックリー(Jeff Buckley)、トム・ジョビン(Tom Jobim)などから特に影響を受けました。
<レディオ・ノヴァが作成したプレイリスト>
香りと音楽がリンクする、記憶と感情
ー世の中にあるフレグランスのインスピレーションは、絵画や小説、詩など多岐にわたります。その中で、「象徴的な楽曲」を選んだのはなぜですか?
まずは、私自身がギタリストとしてアーティスト活動をするほど音楽が大好きだからというのが土台にあります。先ほどから語ってますが(笑)、幼少期からさまざまな音楽に触れて育ってきましたから。
フレグランスは、目に見えない香りによって記憶や感情を呼び起こしますよね。素晴らしい香りは、良い香りだけではなく、良いストーリーを語ることができると私は信じています。とてもエレガントなうえに、カルチャーでもある。音楽のなかでも、特に素晴らしい曲は、私たちに感動を与え共感できる物語として、その曲自体が私たちの「カルチャー」と深く結びついています。一言では表せないのですが、作曲者や歌手のカルチャーでもあり、ヒットした場所のカルチャー、聴衆それぞれが持つカルチャーなどです。そして、多くの人の記憶に残るとともに、聞く人それぞれの体験と結びついてる。象徴的な曲にインスピレーションを得てフレグランスを作ることは、私にとって、面白くて変革的なストーリーを伴う最良の方法ではないかと考えたのです。
そして、この2つの非常に感情的な芸術分野を融合させることが、より新鮮かつ魅力的なライフスタイルを提供できるのではないかと考えたのが始まりです。芸術を愛するパリジャンとして、私たちの美の文化に貢献するこれ以上の方法は見つかりませんでした。
ー実際にブランドを立ち上げるまでに苦労したことはありますか?
新しいブランドを立ち上げるのは、行き先のない旅のような大きな冒険です。ほかのブランドにはないポイントとして、私たちのブランドローンチに欠かせないのが、アーティストの許諾です。音楽出版社や作曲者など関係者たちと交渉する必要があるので、「この名曲の香りを作りたい」と思いついたらまずは権利関係をクリアにしなければなりません。立ち上げ当初はもちろん商品がない状態ですから、毎回私たちがどんなブランドで、どういったものができるのか、膨大な資料と熱心なディスカッションによって伝えなければいけませんでした。
ー現在展開している香りはマドンナの「ライク ア ヴァージン」、ジェフ・バックリーの「ライラック・ワイン」、サラ・モンティエルの「べサメ・ムーチョ」、マーヴィン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」※の4曲の名前を冠したものですが、なぜこの4曲を選んだのですか?
私たちは、詩的な名前と香り表現の可能性を備えた、スリリングな物語を伝える、私たちの文化の一部となった曲を選びます。題名を聞いただけで、何かのシーンが思い浮かびませんか?例えば「ライラックワイン」は傑出したワインで少し酔っているような、神秘的でエレガントな香りです。このような想像力豊かな曲名と香りが、香りを試した人の感情に化学反応を起こすのではないかと考えていました。
※トム・ケリーとビリー・スタインバーグが作曲し、マドンナが解釈した『ライク・ア・ヴァージン』、ジェームス・シェルトン版の『ライラック・ワイン』(ジェフ・バックリーのカバー)、コンスエロ・ベラスケスが作曲した『ビーサメ・ムーチョ』(サラ・モンティエルのカバー)、マーヴィン・ゲイの『セクシャル・ヒーリング』
ライク ア ヴァージン(オードパルファム):50mL、税込2万4200円
ータンギーさんが好きな曲から選んだわけではないんですか?
もちろん全曲大好きで、私自身が豊かな感情体験をしたことは言うまでもありません。ただ、アート ミーツ アートでは「私の選曲」が大事なわけではありません。もし私の趣味を体現したものにしたいなら、私が作曲から手掛けるでしょうね(笑)。香りと出合う前に曲を選ぶ時は、カルチャーを伴った名曲だからこそ、香りと出合って生まれるものを大切にしたいと思っています。私たちのフレグランスは、これらの象徴的な曲の精神を翻訳し、私はそれを「MOJO」と呼んでいます。
気分やその日の気分に応じて音楽を選ぶようなものと似ていますね。セレクトした曲にはそんな変革の力があります。このブランドのフレグランスを選ぶとき、あなたの気分に合ったもの、またはあなたが「探している気分を提供してくれるもの」を見つけてみてほしいと思います。
ー「MOJO」とはどういうものでしょうか?あまりなじみのない言葉です...。
ムードや個性、オーラ、グルーヴ、そして魔法の組み合わせなどを総称したものと言われることが多いですね。それぞれの香水にそれぞれのMOJOを持っていて、異なる香りで同じMOJOを投影することはできません。自分のプレイリストを作るような感覚で香りを選んでほしいと言えば伝わるでしょうか?アート ミーツ アートではお客さまに「WHAT IS YOUR MOJO?」と聞いて香りを選んでいただきます。
ラインナップしている香りのムードに合わせたプレイリストも公開中
レジェンド調香師たちと生み出す“名曲の香り”
ーそれぞれの香りで、レジェンド調香師たちとコラボレーションしているのも特徴ですよね。どうやって実現したんですか?
ライク ア ヴァージンではアルベルト・モリヤス(Alberto Morillas)氏、ライラック ワインではフランク・フォルクル(Frank Voelkl)氏、べサメ ムーチョとセクシャル・ヒーリングではクリストフ・レイノー(Christophe Raynaud)氏とそれぞれコラボしました。
最初に作った香りライク ア ヴァージンで声をかけたモリヤス氏はレジェンド中のレジェンドなので、もちろん一筋縄ではいきませんでした。前職での人脈をフルに活用して、何人か数珠つなぎで連絡をとり、ようやくお会いすることができたんです。
アルベルト・モリヤス氏
フランク・フォルクル氏
ファブリス・ペルグラン氏
クリストフ・レイノー氏
ー香りのクリエイションは、どういうプロセスなんでしょうか。
まずは僕から調香師の方々に、曲のイメージや香りのアイデアを伝えてディスカッションします。ある程度のイメージやムードを膨らませて、そこからは完全にプロの仕事。僕から具体的に「どんな香りにしてほしい」ということはありません。目に見えない音楽が持つ世界観を、同じく目に見えない香りで形作るとき、予想をはるかに超える美しいフレグランスが生まれるのだと思います。香りにとって「ムード」はとても大事な要素だと思っていて、お客さまには一般的にトップ・ミドル・ベースで表す香りのピラミッドを、コラージュによるイメージ「Olfactory collage(嗅覚のコラージュ)」でお伝えしています。
ライク ア ヴァージン
ー実際に香りを試してみると、どことなく曲の情景とリンクする感覚が面白いですね。ライク ア ヴァージンの香りは、スポットライトを浴びたマドンナのイメージを思い浮かべました。
ありがとうございます!この香りのキーワードは、「ピュア」、「ルミナス(明るい)」、そして「魅力的」です。フリージアやムスクの華やかさに、ローズとアンブロックスを組み合わせて、「素肌」の官能性を表現しています。あなたが感じてくれたように、煌びやかな曲調を思い浮かべる人もいれば、もう少しフェミニンなムードを感じ取る人もいるでしょう。曲に対して持っている記憶と感情は人それぞれ異なると思うので、そういった要素も香りの感想に表れて面白いと思います。
ーなるほど。ちなみに、ライラック・ワインと聞いて私はニーナ・シモンのバージョンを思い浮かべたのですが、タンギーさんがジェフ・バックリーのカバーを選んだ理由を聞いてもいいですか?
ニーナ・シモンのバージョンもとても素晴らしいですよね、僕も大好きです。今回は、時代を超越したエレガントなジャズを、活気に満ちあふれながら現代的な解釈をしているジェフのバージョンを選びました。ジェフのエレキギター演奏と天使のような声は、この曲に特別なものをもたらし、「天使の声」と評されているんです。名曲はさまざまなカバーがあるところも面白いところですから、フレグランスでも同じ香りを“カバー曲”のように、バージョン違いで作ることもできるかもしれません。
ー同じ香りの“バージョン違い”を比べてみるのも楽しそうですね。でも、もしニーナ・シモンの名曲でフレグランスを作るなら、「フィーリング グッド」をリクエストさせてください(笑)。
グッドアイデアですね!是非メモさせてください(笑)。曲名を聞いてすぐにワンフレーズを思い出しました。まさに今のように「あ、あの曲ですよね!」と記憶を共有できる名曲であることがポイントなので、今後のリストに加えておきますね。
新曲を作るように“香りのプレイリスト”を増やしていく
ー現在はどういったところで展開しているのでしょうか。
実はこのブランドは2017年に誕生したのですが、コロナ禍でフレグランスショップでの販売ができずアーティストに印税を払えなくなったため、一時休止していました。2022年12月に再スタートした際に、パリのレコード会社Ruptureと提携して、ショールームをオープンしました。パリではこのほかJovoy(世界的に評価されているフレグランスセレクトショップ)にも卸しています。海外ではルーマニアに進出しています。そしてこの度、日本のノーズショップでの取り扱いが決まりました。日本には今回を含めて5回目の訪問で、大好きな国なのでとても光栄です。ヨーロッパやアメリカも検討はしていますが、まずは日本のお客さまとの関係をしっかりと築いてからだと思っています。
ー今後は、どんな“名曲の香り”が登場予定ですか?
まだ教えることはできませんが、いくつかの香りを準備中です。アート ミーツ アートの香りは権利関係をクリアにするところから始まるので、どの曲の香りを作ろうか構想を始めてからいつローンチできるか、まったく予測ができません...。でも名曲は多く、まだチャレンジしていないジャンルもたくさんありますから、楽しみにしていただけたら嬉しいです。名曲と美しい香りの融合で、お客さまの日常に寄り添い、輝きをお届けできるよう、これからも香りのプレイリストを増やしていきます。We want to make everyday groove!(私たちは名曲から生まれた香りを通して、日常にきらめくグルーヴを届けます!)。
(企画・編集:平原麻菜実)
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