念願の売上高1兆円突破を目前にしたアシックスが、さらなる成長に向けて研究開発を強化している。このたび、米ミシガン大学との共同研究プログラム「アシックス・ミシガン・スポーツ・イノベーションセンター(ASICS Michigan Sport Innovation Center以下、AMSI)」の活動拠点となる「AMSI Lab」を同大学構内に開設した。米国に研究開発拠点を設けるのは、同社にとって初。神戸にあるアシックススポーツ工学研究所(以下、ISS)と連携しながら、工学や建築学、心理学など、従来のスポーツ科学の枠を超えた研究に取り組む。ロサンゼルス五輪が行われる2028年を目標に、「世界の人たちが驚くような」新シューズの開発を進める。
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研究開発こそが競争力の源泉
「今後20年の成長のために、製品エンジニアリング、人間科学、そして日本国外との共同研究に、われわれはさらに投資していく」。アシックスの富永満之社長COOは、AMSI Labの開所式に集まったミシガン州のグレッチェン・ホイットマー知事やミシガン大学のドメニコ・グラッソ学長、各国の報道陣らを前に、そうスピーチした。同社は2025年12月、ミシガン大学との共同研究に複数年で2500万ドル(約39億円)を投じることを発表している。

AMSI Labの開所式に登壇した、右からアシックスの谷口憲彦AMSI共同ディレクター、富永満之アシックス社長COO、ホイットマー ミシガン州知事、グラッソ ミシガン大学長、谷口氏と共にAMSIの共同ディレクターを務めるミシガン大のケン・コズロフ博士
Image by: ASICS
シューズや衣服に機能性を求める消費者のニーズは、コロナ禍による健康意識の高まりがブーストする形で近年さらに強まっている。素材や製造技術の高度化も背景に、スポーツ・アウトドアメーカー各社は独自の研究開発を強化。それが各社の競争力の源泉になっている。ナイキは2021年、米オレゴン州の本社敷地内に大規模施設を開設して既存の研究所を移設し、オンは今夏、スイス本社内の研究開発ラボを世界のメディアに初公開した。
こうした動きの先駆けの1つとも言えるのが、アシックスが1985年に創業地の神戸に開設したISSだ(施設の竣工は1990年)。全天候型の陸上競技用トラックや人工気象室、材料工学の研究室、成型加工室、AIを活用したシミュレーション室などを備え、基礎研究から製品開発までを一貫して手掛けている。一方、今回開設したAMSI Labで取り組むのは、一見するとシューズ開発とは縁遠い研究分野だ。
学問領域を横断、「見たことのない」製品へ
例えば、共同研究に参加する6人の研究者のうちの一人、ラム・ヴァスデヴァン博士の研究室にあったのは、数台のヒューマノイド(二足歩行ロボット)。ミシガン州の主要産業である自動車産業とも関わりの深い、ロボティクスの研究室なのだという。ここでは、ロボットを正確に動かすために培った技術を、人間の動作解析に応用している。



ヒューマノイドを前に話すAMSI Labのラム・ヴァスデヴァン博士
Image by: FASHIONSNAP
従来、人間の関節の動きや身体にかかる負荷を詳細に計測するには、対象者の体に多数のマーカーを取り付け、特殊なカメラや計測プレートを備えた施設で測定するのが一般的だった。しかし、同研究室ではスマートフォンで撮影した動画から人間の動きを解析する技術を開発している。「この技術があれば特別な装置は必要ない。マラソンのラスト数マイル地点でも、カメラを構えるのが難しい山中でも、ランナーの動作解析ができる。研究室がポケットの中に入っているようなものだ」とヴァスデヴァン博士。
アシックスとの共同研究では、スマホで撮影した動画から人間の骨格や関節の動きを3Dモデルとして再現し、足が地面から受ける力(床反力)などを推定。これまで研究室内に限られていた高度な動作解析を、実際のランニング環境でも行えるようにすることで、シューズ開発に生かしていくという。



バネの力を利用した走行補助装置「エクソスケルトン」。モーター駆動でない分、軽いのが特徴だという
Image by: FASHIONSNAP
同じくロボティクス分野では、エリオット・ラウス博士が、ランニング時の身体の動きをアシストする「エクソスケルトン(外骨格)」を研究している。ふくらはぎに装着するパーツによって筋肉への負担を軽減するとともに、推進力を補助する仕組みだ。ナイキもモーター駆動式の走行補助システム「プロジェクト・アンプリファイ」の開発を進めているが、ラウス博士はモーターを使わず、バネの力を利用することで軽量化を図っているという。
ほかにも、建築分野の知見を生かして立体的なニットファブリックを手掛ける美術大学のような研究室や、生息環境に適応した動物の身体構造をシューズ設計に応用する研究室、日本の伝統的な切り紙から着想を得たバネのような構造を研究する研究室が参加。心理学や統計学などを横断する“Decision Science(意思決定科学)”の博士も参加しており、ランナーの好みや感覚と、シューズの特性との関係を数値化する研究に取り組む。いずれも、従来のスポーツ科学の枠にとらわれない、学問領域を横断するユニークな研究ばかりだ。
2028年ロス五輪に向けプロトタイプ開発
「日本のISSはスポーツ科学の研究に長けていて、多くの実績がある。ISSに加えてミシガン大学との共同研究を決めた理由は、ISSでは行っていない領域の研究ができて、なおかつそれを学際的に組み合わせていくことができるからだ」と話すのは、共同研究のアシックス側の責任者である、谷口憲彦ISS America CEO兼AMSI共同ディレクター。

米国に拠点を設けたことで、北米のアスリートやランニングコミュニティーとの接点も増える。AMSI Labの開所式には、2026年のロサンゼルスマラソンで逆転優勝を果たしたネイサン・マーティン選手をはじめとした、アシックスの契約アスリートも出席した。マーティン選手はミシガン在住だ。ミシガン大学のお膝元であるアナーバーはランニングが盛んな土地だといい、アナーバーで市民ランナーも巻き込んでフィールドテストを重ね、そのフィードバックを再び研究開発に反映するサイクルを構想している。

研究開発の強化に加え、AMSI Labの開設で北米市場での存在感を高める狙いもある。アシックスは近年、ランニングシューズを柱の1つに急成長しているが、過去の苦戦の影響から北米の売上高は欧州や日本を下回っており、世界最大級のスポーツ用品市場である米国には大きな成長余地が残されている。富永社長も海外メディアの取材に対し、米国市場でのシェア拡大を課題に挙げている。
現時点で目標とするタイムスケジュールが、ロサンゼルス五輪が開催される2028年。「世界の人たちがおっと驚くようなものを、プロトタイプという形で実現したい」と谷口共同ディレクター。「イノベーションは研究と研究を混ぜることで生まれる可能性がある。こうした研究環境から、誰も見たことがないような、今までにないプロダクトを作り出したい」。
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